胸糞悪い
「ここが第2の事件が起こった場所ですね。うーん………広い。」
真夜中の町の中心部近くの広場。広場を囲むように街灯が幾本かありはするけれど、それでも心許ない光の強さだ。
「こんなところで本当に殺人なんて起こるものなの?信じられないんだけど。」
夜の11時……死亡推定時刻を正確に測る術がないからなんとも言えないけれど、殺人が起こったのは11時から翌日の朝4時までの間だそうだ。なぜ朝4時かというと、4時にランナーが見つけたんだって。つまり、その間は誰も死体を見ていないということになる。………いや、結構いるよ?人。
「一昨日は、ここを通勤路とする社会人が早めに帰宅する曜日だったんですよ。見たいテレビ番組の曜日だったとか色々と重なったんです。……もしこれが偶然ではなく狙ってこの曜日を選んでいたのだとしたら、犯人はこの地域周辺を熟知している人間になる。」
てことはこの地域周辺をよく遊び場にしているものか、住んでいるものになる……ってことになるのかな。といってもこんな時間に遊ぶ子供なんて普通はいない。だから、この周辺に住んでいる子供に絞り込めるわけか。
「………やはりテープでマーキングすらされてませんか………これまた誰かに聞かなければなりませんね。面倒臭いなぁ。」
「………ねぇ。」
背後から幼い声が聞こえた。
振り返ると、子供が立っていた。10〜12歳ぐらいの男の子だ。
「さっき体育館にいた勇者さんでしょ?何してるの?」
「んん?僕達は仕事中でね、ここら辺を調査しなきゃいけないんだ。………それより、君こそいったい何をしているんです?こんな夜遅くに子供が歩き回るなんて危ないですよ。」
「友達の家に泊まりに行くんだよ。……本当は昼から遊ぶ予定だったのに、さっきまで体育館にずっといたからね。」
………ああ、なるほどね。私たちのせいか。
「それは悪かったと思ってます。子供達の貴重な時間を潰してしまうなんて……僕がもし君達ぐらいの年だったら、確実に顔面腫れ上がるまで泣きますね。」
泣くのか………時間を潰した人間を殴らないのか…………
「………ここで起こった事件とか見ました?」
「事件?………お母さんがそんな事を言っていたような………」
「あ、やっぱりなんも答えなくていいです。」
子供が何も情報を知らないと分かるとすぐにカイは質問を切り替えた。
「それじゃあこの周辺に住む子供達の名前を教えてくれませんか?」
「うーーんと………僕の友達の古谷君と、霧島君。佐原さんと………」
お、結構少ないね。
「大地君かな。」
「………わかりました。ご協力感謝します。」
「てかさ、勇者さん達は強いの?」
………なんでそんな質問をするんだろう。
「まぁ、強いんじゃないですかね。紛いなりにも勇者ですし。」
「そう……それじゃあその事件の犯人に襲われても安心って事だね!僕達!」
「そういう事です。さ、遅いから早く友達の家に行った方がいいですよ。」
「うん!わかった!」
そういうと男の子は走って行ってしまった。
「………あの子の名前分かる?」
「最後の方に相手をした子だったので辛うじて覚えています。名前は小暮勇人。一昨日の夜は友達の古谷君の家でお泊まりをしていたので完全に白です。古谷君からも裏が取れているので間違いありません。」
「一昨日お泊まりして今日もお泊まり………めっちゃ仲良いね。」
「ですね。僕達じゃ手に入れられないものですよね。」
「僕達じゃなく僕でしょ。私を入れるな。」
「……それじゃあ今度は大地君の家に向かってみますか。容疑者宅と事件現場の道を把握する事は重要ですから。」
てなわけで、私達は広場から大地君の家へと向かった。しかし、近いといっても途中の道路が通行止になっていたり、上り坂が結構急だったりして時間がかかった。
もうね、通行止めになっていた道路。あそこの周辺汚すぎ!泥とかありすぎでしょ!え?なに?泥を接着剤がわりにしてタイルをくっつけてるの?粘土じゃなく?……原始的すぎる!!
「ふむふむ……地図通りの立地ですね。」
カイは懐から地図を取り出し、この周辺と照らし合わせる。
「むしろ地図通りじゃない立地である時を教えて欲しいんだけど。」
「この場所………最初の事件の場所と近いですね。それに昨日の事件の場所とも近い。」
「うわーー……てことはなにさ。犯人は大地君?」
物証があるわけじゃないけれど、状況証拠だけだったら完璧に大地君が犯人となる。いや、だってさ、家が3つの犯行現場と近くて動機があってでしょ?……犯人じゃないわけないじゃない。
「………そう決めつけるのはまだ早いですよ。ミステリー小説とかだったら、1番怪しい人物は大抵犯人じゃないですからね。」
「あのね、これ現実。ミステリー小説みたいに変な動機が入り混ざってトリックが複雑………なんてことはないの。」
「事実は小説よりも奇なり。ですよ。」
そういうと、カイは笑った。
「最初からこうすれば良かった………」
3つの事件現場を見た後、私達は自治会の本部がある町の中心地に行き、事件発生当初の調書を借りることにした。
本当だ。なぜ最初からこれを求めなかったんだ。これがあれば色々なことを省略できただろうに………
「1つ目の事件の詳細は、資料とほとんど変わりがないですね。」
カイは資料を見てウーンと悩ましげな声で唸った。
「ただ1箇所気になることがあるとしたら、被害者は目の前にあった何かをさすような姿で死んでいたってところですかね。」
私も資料に目を通してみると、確かに死体の形が変だった。右手だと思われる四肢が、体とほぼ直角な状態で捻れていたのだ。何かに手を向けていた。そんな感じ。
「第2の事件もそうです。腕が体の前方へと伸びている。………ほら、第3の事件も。………ダイイング・メッセージなのか、ただ逃げようとしていたのか、それとも別の意味があるのか…………よく分からないですね。」
ダイイング・メッセージだとして、可能性があるとしたら目の前に犯人がいたことを教えるためとか………うん、分からないね。
カイは今度は第2の事件の資料に目を向けた。
「さっきの殺人現場の資料ですね。……ふむふむ、足跡があったらしいです。泥のような粘土のような、茶色じみた土によって形成されたものが。」
「ふーん………」
「第3の事件現場も同じです、土によって出来た足跡がクッキリと出来ていたらしいです。第2の事件現場と違うところがあるとすれば、茶色のかけらがあったぐらいですかね。布切れです。何かで引き裂いたかのような………」
「…………大地君が犯人でしょこれ。証拠が言ってるもん。」
カイの一連の話を聞いて、私はその結論に簡単に辿り着いた。いや、もう、聞く限りそうじゃん。疑いの余地がないよ。
「まぁ、大地君が犯人ですね見る限り………でも、確実な証拠がない。今目の前にあるのは状況証拠だけですから。」
「それでも大地君が犯人である可能性は高いでしょ。」
「そうやって捜査の範囲を狭めてしまったら何か大切な証拠、証言を逃してしまいます。何よりも客観性を失ってしまう。それは危険ですよ。」
「いや………知らないし。私ミステリー興味ないもん。」
「そうですか、あれ頭使わないで済むのでオススメですよ。暇なときに是非………さて、夜も遅いですしそろそろ寝ましょうか。」
カイが私の肩に手を乗っけるとすぐにテレポートをして、宿の廊下まで飛んで来た。
「イリナさんの部屋はここですね。鍵を渡しておきます。」
懐から鍵を出し、私に手渡した。
「チャックインは昼に済ませておきましたので、自由に使ってください。あ、でも汚くはしないでくださいよ。追加料金かかっちゃうので。」
昼にって………あんな仕事をこなしている合間に宿をとっていたっていうのか………
「それでは良い夢を。僕はこれから読書でもして華麗な文彩にでも触れておきますかね。」
笑いながら、自室へとカイは消えていった。
「………今から読むって、本当に言っているのか。」
私は呟いた後、自分の部屋へと入りそのまま熟睡した。
「ねぇ勇者さん。」
朝の9時ほど、宿を出てカイと2人で歩いていると、子供達に声をかけられた。
「おっと、君は勇人君ですね。それにその右隣の子は大地君、左隣は古谷君……違うかな?」
「凄い!当たってるよ!勇者さんはエスパーなの!?」
「ふふっ、そうですよ。僕が本気を出したらエスパーでも何にでもなれますからね。なんなら今から超高性能の探偵にでもなってあげましょうか?」
どっちかというと最初から探偵みたいなものでしょ。
「うんうん!なってなって!それじゃあ僕達がいままで何をしていたか当ててよ!」
カイは子供達の姿を一瞥した。私もなんとなく視線を移した。
何回も洗って着ているようなよれた服。泥まみれの靴。大地君の手には熊のぬいぐるみ。勇人君はポケットに手を突っ込んで立っている。古谷君は胸に茶色のフェルトで作られた熊がつけられている。少し、古谷君はオドオドしている。
………私の視察じゃこんなもんだね。何かを見つけるのは難しいよ。
「うーんそうですね………例えば、皆さんの靴は泥塗れだ。泥がある場所で遊んだのでしょう。で、今夜は雨が降ってなかったので、泥がある場所は限定される。きっと最近舗装し直されている道路が遊び場でしょう。次に熊のぬいぐるみ。泥遊びをしたという割には全然泥がついてないです。砂が付着しているようにも見えません。床に置くことがなく、かつ、泥の上に存在しなかったという証拠です。次に勇人君の手。今は手を突っ込んでいるせいで手を見ることはできませんが、さっき前から君達が来る時、僕は君の手を見ました。赤く、手のひらが擦れていましたね。何かを力一杯握った証です。最後に古谷君。………特にないですね。それじゃあ総括すると、君達は舗装道路で遊んでいて、古谷君と勇人君は泥遊びを、勇人くんに至ってはタイルをめくって遊んでいたのでしょう。そして大地くんは熊のぬいぐるみを持ちながらそれを鑑賞。………こんなんでどうです?」
「おお!!さすが探偵!!全てあってるよ!!」
「いやーーそうでしょう。僕にかかればこんなものです。」
何得意顔になっているんだよ。私だって7割ぐらいは推理できたもん。そこまですごかないよ。
「しかし皆さん今からどこに行くんですか?広場ですか?」
「おお!!それも正解!!いまから広場で友達とサッカーをして遊ぶんだ!!」
「そうですか。それでは楽しんでくださいね。遊ぶことは大事ですから。」
「うん、それじゃあまたね!!」
子供達は歩いて行ってしまった。
3人の後ろ姿………同じ子供でも違いがあるものだね。自信に満ちた背中、不安に満ちた背中、やる気のない背中。それがはっきりと現れている。
そして、私はほんの少し困惑した。大地君が持っている熊のぬいぐるみの耳の部分が欠けていたからだ。
「思わぬ収穫でしたね。こんな朝から容疑者と会話することができるなんて。」
「ああ、やはり容疑者なんだもう………」
「子供だろうと犯人は犯人。容疑がかかれば容疑者になりうるものです。………まぁ、僕達には用事があるのでこんなところで油を売っているわけにはいかないんですけどね。先を急ぎましょうか。」
その後私達は第1の殺人事件が起こった場所から西に700メートルほど離れた場所に来ていた。そこにはたくさんの野次馬。自治会の人々。そして姫子さんがいた。
「やあやあやあ遅かったじゃないですか!!探偵の風上にも置けない奴ですね!!」
うわーーこの人夜も仕事をしていたはずなのに妙に元気だな。………え?疲れを知らないのこの人。
「すみませんね。僕って朝ごはんをゆっくり食べるタイプなんですよ。」
「なるほど!私は5分以内で食べてしまうので正反対ですね!」
へーーそうなんだ。私は2人の中間ぐらいかな。
「まぁそんな無駄口は放っておいて、事件ですよ事件。現場を見て証拠を集めないと!」
そう言いながら、姫子さんは私達を引っ張り事件現場へと案内する。
朝ごはんを食べている時、自治会の人が駆け込んで来て事件が起こったことを知らせてくれた。まぁ、食べている途中だったからすぐに駆け出ることもなく、さっきみたいにのんびり歩いて来たのだけれどもね。
「証拠を集めると言っても……どうせまた何もないんでしょう?分かってますよ。」
「ふっふっふっ………そう思うでしょう。ですがあるんですよ!なんかよくわからないやつが!!」
姫子さんの言葉が気になり、私達は現場に入った。
うーん。生で見るとやはり気持ち悪いな。人間がグチャッと潰れている情景というのは。
骨があるのかないのか、まるで布きれみたいに体が捩じ上げられていた。緻密なツイストロールみたいな脚。チョココロネのような腕。ストリゴリのような首。ただただ捻りあげられている。鬱血してドス黒くなった皮膚が痛々しい。
「今回の被害者は上位聖騎士級の力を持ったこの村の戦士です。ここ周辺を警護していた者だと思います。」
カイが、自治会の人からもらった資料を読む。
私は気持ちが悪くなったから死体から目を背けた。その時に姫子さんと目があった。姫子さんも死体を嫌っていたのか、2人で苦笑いをした。
「この人も何かに手を向けて死んでいますね。3つの事件と同じだ………ほんの少し違うところがあるとすれば…………」
カイは血だまりに近づき、固まっている真っ黒な血から何かを拾い上げる。
小さな物体。血に触れていた部分が黒く固まり、触れてない部分は吸水作用によって一部分がまた同じように黒く固まっている。しかし垣間見える柔らかそうな白色の部分………これは何度か見たことがあるね。
「綿ですね……人形などに詰まっている綿。それと…………」
今度は綿を拾った場所の近くで何かを拾い上げる。血で全てが染まった捻れた小さな物。それを握ると水によって凝固していた血が落とされ、指の隙間から黒色の水がボトボトと音を立てながら流れ落ちる。そうして出て来た茶色のような茶色じゃないような、よく分からない物体。捻られているから判別不能だ。
「………後でなんとかするとして、これといった目ぼしい情報はなし……それじゃあ姫子さん。お互いに情報交換をしましょうか。」
「………なんでですか。私達は勝負をしているんですよ?互いに意見を交わしてしまったら、勝負にならないじゃないですか。」
「ならなくていいんですよ。僕は解決したいだけですし。」
「いいえ、私が認めません!貴方に勝たないと気分が悪いんです!」
「じゃあ僕の負けでいいですから」
そういう問題じゃないでしょ。
「いいでしょう!分かりました!それじゃあ私の勝利ということで、各々情報交換をしましょう!!」
いいのか、いいのか姫子さんそれで………
その後私達は30分ほど、仕入れた情報を互いに交換しあった。姫子さんが昨日ゲットした情報は、「大地君と古谷君、勇人君は親友なんだそうです。大地君は泣き虫で、イジメられている時にいつも他の2人が助けに来てくれる………それほどの関係です。」という仲睦まじいものと、「アリバイに関して言えば、大地君は何もないです。寝ていたという証明を、両親、家族の誰もをが出来ないらしいです。」
「………分かっちゃったね。」「わかっちゃいましたね。」「…………」
だから私達は町の中央にある広場に赴いた。もう、どうしようもない事実が、真実が見えていたから。
「やあやあやあやあ……やあ!!カイとかいう勇者をぶっ倒した超凄腕探偵の森脇姫子さんですよ!!」
四号球で遊んでいる3人組のところに私達は歩み寄った。
私は、ざわつき跳ね上がるようなこの気持ちを抑えながら、彼らの顔を見ていた。
彼らもまた、多分だけれど、ざわついた気持ちで姫子さんを見ているだろう。いや、だって、いきなりそんなテンションで自己紹介されたら困惑するもの。
「………?」
案の定ハテナ顔で古谷君がボールを持って固まる。大地君のぬいぐるみを抱く力も強まる。勇人君は何がなんだかって顔で目を見開いている。
「驚いているところ悪いんだけど………」
サラ………
姫子さんは大地君の頭を撫でた。
「自首しよう。大地君。」
「…………!?」
そしてまた、3人は固まった。立て続けに起こる不可思議。それが3人を縛り上げているのだ。
「動機があって、証拠があって、全ての事件現場から近くて、アリバイがないのは君だけなんだよ。………魔がさしただけなんだよね?そうでしょ?」
姫子さんはガンガン大地君に言葉を浴びさせる。
大地君の顔がみるみる変わっていく。困惑から、得体の知れない恐怖を目の当たりにしたような、深い焦燥と厚い不幸が混ざり合った表情。
「ち、違う………僕は何……も………!!」
大地君は姫子さんを引き離そうと両腕を突っぱねる。でも、姫子さんは引き下がらない。むしろ引き寄せて抱き寄せた。優しく、壊れかけのブリキのオモチャを抱き寄せるように。
その間、古谷君と勇人君は私達の背後に来ていた。
………大地君がこれ以上の罪を重ねない為にも、この2人は守らないと。
「いいんだよ……もう、全部分かっているんだ。認めようよ。悪いようにはしないから。……仕方なかったんだよね。操られていたんだから。」
「違う違う!違う……ん、だよ!!僕は本当に何も………」
………ハァ
「………それじゃあなんで、現場に君の熊のぬいぐるみのカケラが落ちていたんだい?」
姫子さんは大きなため息を吐いた後、質問をした。本当はそんなことをやりたくないのだろう。でも、自首をさせたいから仕方なくしている。悲しい顔で、大地君の首元を見つめていた。
「そ、それは!は……」
ベキベキベキ……プチュン
大地君の体が捻れた。高知に芽吹く枯れ木のように。




