走り書きナンバワン
シネフィシの村から西へ20キロメートルほど進んでいくと、大きな村が見えてきた。村というよりかは町といったところかな。大きなリュックを背負った旅人が、チラホラと行き来している。交流が発達しているのだろう。
「この町の名前はヤーサスです。確か、そんなギリシャ語があって………えーっと、こんにちは?ハロー?みたいな意味合いだったハズです。」
隣を歩いているカイが頭を抱えながら、聞いてもいないのにこの村の補足情報を追加してくる。
「よくそんなどうでもいいことを覚えてるね。ヤーサスなんて言われても私は槍持った人の掛け声にしか聞こえないよ。」
ヤー!!刺す!!みたいな感じ。片手で槍持ってるやつね。
「興味深いものって調べたくなっちゃうじゃないですか。詮索欲ってやつですかね。」
「何そのホラーゲームで最初に死ぬ浮気調査に乗り気な人間みたいな欲求。」
「僕が浮き足だっていると言いたいんですか。……そんなバカな、僕は誰よりも強かで慎重なんですよ。」
「慎重な奴は初心相手にあんな無理な試練は課さないよ。」
「僕は初心者に対して[現実は甘くない]と言うことを身を以て分からせただけです。そう簡単に強くなんてなれるわけないじゃないですか。考えなくてもわかりますよ。」
「ああ言えばこう言う………性格以前にその減らず口を直すべきじゃないの?ん?」
「性格以前とは一体どういうことですかね。まるで僕の性格が悪いみたいに」
悪いんだよ!!
心の中で叫ぶが、なんかもうめんどくさくて言葉に出さなかった。
カイ……本当よく分からない男。頭は良くて知識も豊富。ただ運動が苦手。第二類勇者だから速く動けているように見えるけれど、私なんかと比べたら天と地ほどの差だ。かまぼことちくわぐらい違う。
「それ全然違いがないですよ。」
私の考えを見透かしてか、反論してきやがる。
「あ、もしかして僕の実力が板についてきたって言いたいんですか?それならそんな回りくどいことしないで、僕のことをちゃっちゃと褒めればいいじゃないですか。お礼にはんぺんあげちゃいますよ。」
「違いがほとんどない!!!」
「魚のすり身だけでここまで楽しむことができるっていうのは人間特有ですよね。おっと着きましたか。」
他愛ない会話をしながら歩いていると、いつの間にか町の前に着いていた。
「人口1万人ほどの町ですね。勇者領やその周辺地域には敵いませんが、このような辺境の地の中では最も発達した町だと言ってもいいでしょう。キャベツとトマトがこの村の主流作物だとか。………ロールキャベツとか食べたいですね。」
「河童の肉とか使われるんだろうから食いたくはないね。」
河童とはこの世界で強さワースト1位を争う魔物だ。イワトビペンギンのような眉毛。フンボルトペンギンのような綺麗な毛並みの坊主姿。皇帝ペンギンのような腕。それでいて甲羅があり頭の皿はない。髪の毛で隠れてしまっているからだ。つまるところペンギンのハイブリッドみたいな容姿をしている。そしてウジャウジャいる。50歩進めば3匹と遭遇するほどの頻度だ。もうね、見た目と相まって最高に気持ち悪い。それで美味しければまだ救いがあるのに、全然美味しくない。皮だけ食べてるような食感。筋肉がないのだ。
「僕達の仕事はこの村の役に立つことです。村の中を歩き回って、困っている人から依頼を受け、その仕事を完遂する。言ってしまえば便利屋ですよね。」
河童の薄っぺらい、骨と脂身のみの肉の味を思い出し顔をしかめていると、カイが仕事の内容を確認してきた。
「そう言われると癪だけれど、確かにそうね。」
「町人から依頼を聞いてこなす。それだけですよ。………いつもなら。」
「………と言うと?」
「僕達は今、確実に危機に直面している。魔物と力を貰った子供達による村単位での襲撃によって。……王様は涼しい顔をしていましたが、実は結構ギリギリなんですよ。地方の勇者達は対応に苦慮していて、既にいくつかの村が潰れている。」
結構ギリギリ………まぁ、あれほどの力を持つ子供が相手なんだ。聖騎士、聖騎士長クラスじゃ太刀打ちできない。それにあの魔物の数は捌ききれない。力と物量。その絶対的な2つの点で負けていちゃ、それは潰される。当たり前さ。
「僕達は別の仕事を押し付けられていますが、だからと言ってこの事態を見て見ぬ振りは出来ません。仕事をこなしながら、青ローブの手がかりを探ってみましょう。僕達なら出来るはずです。」
「なるほど。あんたらしいといえばあんたらしいね。」
「僕達で、今、不幸に陥っている人々を救ってあげましょう!!」
右手をあげ、声を張り上げ、意気揚々と語るカイ。
「………本当は?」
「今の体制が崩れると職にあぶれちゃうんですよ。おまんまのためにも僕達に助けられやがれ群集ども。」
「………あんたらしい。」
ベキッ
「おうふっっ」
ふくらはぎを、なんかイラついたから思いっきり蹴飛ばす。
「じゃあ二手に分かれて仕事をしよう。それだと情報収集の効率が良いでしょ?」
ふくらはぎを押さえ、悶絶しているカイを尻目に町へと歩いて行った。
と言っても、広すぎるよね町って。
私は町の中心地に構えられた大き目の喫茶店に入ってホットミルクを飲みながら、優雅に座って時を過ごしていた。
この町がいかに広かろうと、私に見合うだけの困り事というのは数が少ない。つまりそれと巡り合う可能性が低いのだ。それならば息抜きでホットミルクを飲むのも仕方のないことのように思える。だって私昨日戦ったし。命がけだったし。
店内の人、店外の人達が、優雅な私の姿に目を向けていた。
困ったな………美しすぎるというのは罪だね。
「おねぇちゃーん。俺達とあそばなーい?」
そして、数人の男共が群がってきた。金髪やらツーブロックやら剃り込みやらの勘違いした自称イケイケ野郎というやつだ。こいつら60代になったら一体どんな人生送ってんだろ。
「………ごめんね。私、イケメン以外興味がないの。」
手で男達をシッシと追いやる。
実はイケメンにも興味がなかったりして。
「な、なんだと!?てめぇ、俺がカッコよくねえって言ってんのか!?」
茶髪で鼻にピアスをつけている男が掴みかかってこようとする。
はぁ………手を出す相手を間違えちゃいけないよなぁ。
メシッ
私が手を出そうとする直前に、私の前に誰かが滑り込んできて顔面で男の拳を受け止めた。
「………え?」「え?」
私も、男も突然のことで驚嘆の声をあげた。
「やれやれ………1人のか弱い少女を数人の男達で囲み、さらには手を出すとは!!男の風上にも置けない奴らですねぇ!!!」
ベレー帽を被り、シャーロックホームズが羽織っていそうなオレンジ色のコートを羽織った女の人は、頰に触れている男の腕を払い男達の前に堂々と立った。
「正義を愛し、真実を愛するクールビューティ!!森脇探偵事務所期待のエースの森脇姫子とは私のことよ!!!」
タラーっと鼻血を垂らしながら、右手を頭の後ろに、左手を袈裟に垂らし、両足を大きく開く姫子さん。多分決めポーズか何かだろう。
「お嬢さん!!私がきたからにはもう安心!!こんなやつら森脇護身術37手の前では蛇の前のカエル、猫の前のネズミみたいなものですよ!!!」
うわーお、一矢報われそう。
とか言っておきながら、姫子さんの膝はガクガクと笑う。戦闘が苦手なのだろう。
………本当に一矢報われそう。
「てっめえ!!邪魔だ!!」
なんかもう、ダサい男は姫子さんに殴りかかる。
「こっちのセリフなんだけど。」
クルッと殴りかかってきた男の腕を捻り、男を背中から地面に落とす。
「いって………てめぇ!!」
「ねぇ、金髪でさ、碧眼でさ、身長170センチぐらいでさ、真っ黒なドレス着ていてさ、この町ぐらいなら簡単に消し飛ばすことができる超強い勇者って知ってる?結構有名なんだけど。」
殴りかかろうとしてくる男達に問いかけてみる。
「イから始まって、真ん中の言葉はリ。最後の言葉はナなんだよ。知らない?知らないかな?ん?」
男達の顔が青ざめていく。
「あ、あの………もしかして、貴方様は第二類勇者のイリナ様っすか?」
「んーーどう思います?」
拳をチラつかせる。
「ご、ごめんなさい!!失礼しました!!!」
そう言うと男達は慌てて走り去っていった。1人が机にぶつかってズボンでコーヒーを浴びていて笑ってしまった。
「イリナさん!?イリナさんってあのイリナさん!?」
「イリナ……マジかよ。」
姫子さんの声に合わせて、周りからひそひそ声が聞こえてくる。
………ここにいてももう落ち着かないか。
「うん、まぁね。ここら辺の村を徘徊中なのさ。んで、偶然ここにたどり着いた。」
私は立ち上がり、この店から出ることにした。
「というか姫子さんって探偵なんでしょ?一体全体どうしてこの町に来たの?」
店を出てから、大きな道を2人でのんびりと歩いる。出るときに私が無理矢理連れて来たのだ。探偵だと言っていたから。
「………え?ああ……」
隣にいる姫子さんは気の抜けた返事をした。
そりゃそうさ。私みたいな女と偶然にも出会ってしまったのだから。放心してしまうのは仕方がない。
「実はこの町で連続殺人事件が起こっているんですよ。その依頼できました。」
「………連続殺人事件?」
町の中でホットミルクを飲んでいた時は、そんな気配は一切感じられなかったんだけどなぁ。
「手口が結構異質らしいんですよ。だから優秀な私が所属する森脇探偵事務所に依頼がきたというわけです!!」
ビシィッッ
道の真ん中で、またよくわからないポーズをした姫子さん。みんなの視線を一身で浴びていた。
「………その仕事、手伝ってもいい?」
来た!!来たよこういうの!!この村にさっさと貢献して、青ローブの情報を一度に大勢の人に聞くことができる最高のチャンスが!!
「良いんですか!?それはありがたいですね!!イリナさんがいれば鬼に金棒、そばにそばつゆだ!!」
ということで、見ず知らずの姫子さんの仕事を手伝うことになった。
こんなこと言っちゃおしまいだけれど、姫子さん単純すぎるよ。




