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地底800マイル  作者: 悟飯 粒
眩い閃光
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輝くは希望

「はぁ……はぁ………」


もう何度往復したのか分からない。朝からずっと、休みなく荷物を持って同じ場所を歩かされている。屋内だから太陽がどれだけ傾いたのかも分からない。………ずっと屋内だから、本当のことを言うと、何日ここにいるのかも分からない。30回ほど寝たから1ヶ月は経っていると思うんだけれど………


1ヶ月前、故郷で畑仕事をしているとよく分からない連中に拉致された。のちに分かったのだけれど、そいつらはここを根城にする盗賊だってこと。盗賊だけれど人身売買とかはしないってこと。


「オラオラ!!チンタラしてないで働け!!酒が出来ないじゃないか!!」


パシーーン!!

私の側にいる男が鞭をしならせ地面を打つ。


……そのかわり、密造酒を作らされている。しかも大量に。

一つの工場に約10人が押し込まれ、その工場がいくつもある……らしい。ここに先に連れてこられていた人から聞いた話であるから、実際に私の目で確かめたわけではない。


私は材料を運ばされていた。中身は見ていない。見たら酷い目にあうから。


バシィ!!

私の後ろで大きな音がした。

反射的に振り返ると、男の人が倒れていた。その傍らには鞭を持った男。


「何止まってんだよああ!?」


ベキッ!ベキィッ!!

鞭を持つ男は、倒れた男の腹を何度も何度も蹴り飛ばした


「ゔっ………」


倒れた男がべっとりとした血を吐き出す。


「そういやお前、昨日も倒れてたよなぁ?……もうお前は限界だな。処分だ。」


その言葉を聞いた瞬間、倒れていた男は勢い良く起き上がろうとして腕を地面についたが、力が足りなくてベチャッと血まみれの地面に突っ伏した。


「ぞ、ぞれだけは………」「いいや、ダメだね!!」


鞭を持った男は、懐から折りたたみ式のナイフを取り出し、それを………

ドスッ

倒れている男の背中に突き刺した


ドスッドスドスドス!!

何度も何度も、何度も何度も背中に突き刺す。

突く度にグチャっていう肉を潰す音が聞こえてくる。倒れている男が痙攣を始めた。


「代わりなんていくらでも攫って来ればいいんだから!!使えない奴は処分だ!!」


「ヒャハハハハ!!」男は笑いながら何度も突き刺した。

男の痙攣が止まっても、ナイフの動きは止まらない。もうすでに破壊された筋繊維をずっと刺し続ける。


「はぁ……スッキリした…………」


男は立ち上がった。

その時、私と目があった。ゾワッとした。危うく荷物を落としそうになった。


「あ?何立ち止まってんだよ。早く仕事しろよ。」


「…………はい。」


ここは、危険だ。仕事ができなくなればすぐに殺される。だから私はずっと働き続けなければいけない。いつ解放されるのかも分からずに………



「おいお前ら、新入りだ。仕事の内容と工程をみっちり教えてやれ。……仕事は1時間後だ。その時呼びにくる。」


檻のような今の私の住居で休憩していると、ここを管轄している盗賊がきた。隣に女の子を連れて。真っ黒で長い髪。碧眼で、とても可愛らしい。身長も高い。凄い美人だ。


男は説明し終わると歩いてどっかに行ってしまった。


「ユリネです。よろしくお願いしますね。」


ユリネさんは私達にペコリと頭を下げた。

………こんな場所なのに、なんて律儀な方だろうか。私なんて、初めてきた時は状況がよく分からずに挨拶なんて出来てなかったというのに。


「……私の名前はカリーナ。22歳よ。よろしくね。」


「………カリーナさんですか。よろしくお願いします。」


私が自己紹介をした後、私と同じ部屋にいた人達が続いて自己紹介をした。


自己紹介をした後、私達は仕事の内容と工程を、何をしたらダメなのか、どの人間が看守の中で危険か、ご飯がまずいことを話した。その後とりとめもない雑談をして結構盛り上がった。

ユリネさんがとても面白かったのだ。[ここを抜け出したらどんなことをしたいか]そんな暗い会話から始まったのに、ユリネさんは「まぁまずホットミルクね。それを飲まないと1日が始まらないもの。」なんて、まるでこの状況を気にもとめていないように話して場を和ませた。


「私はそうね……結婚ね。村に婚約者を残してきちゃったからさっさと結婚したいわ。このままここで三十路になるとかありえないもの。」


ユリネさんに触発されて私も来る前ぐらいに明るくなっていた。


「あっはっはっはっ!確かにそうね!こんな所でおばさんになんて絶対になりたくないもの!」


ユリネさんは私の話を聞いて馬鹿笑いした。


「それじゃあなんでここを抜け出さないの?盗賊相手だったらいくらでも抜け出せそうじゃない?」


そして、笑いながら、最も言ってはいけないことを言った。


「ユリネさん!ダメよそんなこと言ったら!誰に聞かれているか分からないんだから!」


私は慌てて彼女の口を塞ぐ。


「え?言ってなかったじゃん。したらダメなことを言ってる時に」


「だ、だって普通そんなこと言わないでしょ!口止めしなくても!私達拉致されてる身なんだよ!?」


拉致されて監禁している人間が、逃走の話なんてして、盗賊に知られてしまったら生きて帰れるわけがない!ここの盗賊じゃなくてもそうなるでしょ!


私は住居から少しだけ顔を出して、外を伺った。

……見張りはいないか。それはよかった。


「とにかく、逃走の話とかはしちゃいけないの!見張りに聞かれたらおしまいだから!」


「………へーい。」


ユリネさんは不服ながらも分かってくれた。

渋々頷くと、顔を住居の外に向けた。


「………でも正直さ、どうなのさ。」


ユリネさんがよく分からない質問をしてきた


「どうってなにさ」


「盗賊相手なら、カリーナさんなら絶対に逃走することを考えると思うんだけど。」


………まだその話か


「なんでそう思うのよ。私がそんなに勇ましい人間に見える?」


連れ去られた初日にテンパったこの私に勇気があると思うのだろうか。


「婚約者がいるって言ってたじゃない。しかも解放されたら真っ先に結婚したい。とも言ってた。………そういう人って結構勇気があるものなのよね。」


「………あんなの冗談よ。確かに婚約者はいるけれど、どうせ私のことを諦めてるわ。1ヶ月ぐらい行方不明になっているのよ?」


5日とかならまだしも1ヶ月だ。こんな魔物と盗賊がはびこっている世界で、そんな日数音沙汰なければ死んだと見なされていても仕方がない。


「笑わせるための冗談。もし解放されることがあったならば、私が本当に願うのは就職先よ。」


………本当は解放されることしか願っていないのだけれどね。


「ふーーんやっぱり強い人だなぁ。………私どうしてもカリーナさんがここでウジウジしている理由が思いつかないわ。やっぱりそれっぽい理由があるんじゃないの?」


ユリネさんは、今度は私だけでなく同じ居住スペースに住んでいる人達に話を振った。


「………た、確かに、盗賊だけならなんとでもなると思うんだ。」


男が重々しく口を開いた。


「ちょっとあんた!?」


その男の隣の人が声を荒らげる。この2人は夫婦だ。


「い、いいんだ。今は見張りがいないからな。今のうちにここのちゃんとした実情を知らせてやらないと。」


男はここの説明をした。


「ユリネさんが言う通り、なんとでもなるんだ。こうやって10人ほどが一箇所に集められていて、しかも監視がザルだ。計画を立てて実行するのは簡単なんだ。……盗賊だけなら。」


「盗賊だけ?………つまり?」


「盗賊と魔物が手を組んだんだ。まぁ、手を組んだと言うよりかは盗賊が魔物の手足になって行動させられているってのが実情だけれどな。」


「魔物ねぇ………やっぱり強いの?」


「つ、強いも何も聖騎士長でも手をこまねくような化け物だって聞いている。それにそいつ以外にも手強い魔物がたくさんいるらしい。俺達農民がどうこうできる相手じゃないんだよ。」


「なるほどねぇ………どうりで脱出とか考えないわけだ。」


ユリネさんは、それでも大きく笑った。

こんな絶望的な情報を聞かされたのに、口を開いて笑っているのだ。

………分からない。なんでこんなに明るくなれるのか。


「………なんでユリネさんはそんなに笑ってられるの?絶望しかないのに」


私は思わず聞いてしまった。


「………絶望ねぇ。まぁ、確かに絶望しかないよね。農民とか一般市民じゃどうしようもない。そういうのは勇者の出番だ。しかもとびきり上位のさ。」


ユリネさんは頭を掻きながら天井を見上げた。


「でもそれだけの理由で諦めるのは、私は嫌なの。一筋でも希望があるのなら、明かりがあるのなら、すがってみたいと思ってしまうの。人間なんてそんなもんよ。」


………私なんかよりも、全然強い人じゃないかユリネさんは。


「それに、私すごい言葉を知っているんだ。どんなピンチもチャンスに変えてくれる魔法の言葉。」


「魔法の言葉?」


「そうなんだよ魔法の言葉。……まぁ、言うの恥ずかしいんだけどさ。」


照れ隠しのように、ユリネさんはニヤッと笑った。


「[私は負けない。私は絶対に負けない。雷は止まることを知らないのだから。]ってね。………本当、恥ずかしいよね。」


「…………魔法の言葉というよりかはただの格言ね。」


私は絶対に負けない………ただの自己暗示みたいな言葉だ。さして効果があるようには思えない。

てかそもそもそんな言葉でピンチがチャンスに変わるわけがないじゃない。魔法の言葉でもなんでもない。


………でも、ユリネさんがそう言うと、本当にそんな気がしてくる。こんな光がささないようなジメジメとした暗い場所でも、ずっと笑っていられる彼女だから…………


「あ、そうそう。トイレってどこ?さすがにここでするってわけはないよね。」


私が何となく言葉を噛みしめていると、ユリネさんが聞いてきた。


「………ああ、トイレ?トイレならここの道まっすぐ行って右に曲がった突き当たりよ。トイレに看守がいるから、長居してると怒られるわ。」


「ありがとうカリーナさん。………なんじらに祝福があらんことを。」


ユリネさんは胸で十字を切ると、私達に笑いかけ、そのままトイレに行った。


………どういうこと?

私はユリネさんの言葉の意味がイマイチわからなくて困惑した。



1時間後


「………全然看守が来ない。」


看守が言っていた迎えにくる時間をもうとっくに過ぎていた。それなのに看守は一向に現れる気配がない。

それに、ユリネさんもトイレに行って以来戻ってきていなかった。

一体なんなんだ………


「てめぇら!!」


私達がこの状況に困っていると、奥の方から怒声が響いた。

そして、すぐにその声の主が走ってきた。

盗賊だ。でも、いつもここを見張っている奴ではない。………本当にどうしたんだ。


「今日は仕事は休みだ!!大人しくこの部屋にいろよ!!いいな!!」


盗賊は私達の部屋の前まで来ると、ポケットをまさぐり、慌てながら鍵の束を取り出す


「ど、どうしたんですか!?なにか事故でも………」


「脱走者だよ!!どこのバカかわからねぇが逃げてんだよ!!」


逃げてる?…………

ドクン!

私の心臓が強く跳ね上がった。

直感でわかったからだ。その逃げている人間が、ユリネさんだってことが。

そんな、脱出経路も何もわからないのに!?それでもやったというの!?


「一筋でも希望があるのなら、明かりがあるのなら、すがってみたいと思ってしまうの。」

ユリネさんの言葉が私の頭を打った。

そんな、本当に、一筋どころか光があるかどうかもわからないこの状況で、それでも希望にすがれるって言うの!?


ジャラジャラ!!

盗賊はここの扉を閉めるための鍵を見つけられずにイラついている。


「…………ぅ」


私は、気がつけば駆け出していた。


「あああああああ!!!」


「な、なんだてめ!?」


私は盗賊の腰についているナイフを奪い取ると、盗賊の首に突き立てる!


ドスッ

柔らかくて、弾力のある感触がした。そして、血がゴポゴポいいながら首から溢れ出し、盗賊は倒れた。


………やってしまった!!


「はぁ………はぁ………」


荒い息の中、私は今の状況をずっと考えていた。

盗賊を1人殺してしまった!………もう、逃げる以外選択肢がない!

でも、でも!!ここは化け物の縄張りだ!!生きて逃げられるわけが…………

でも、


「………雷は止まることを知らないのだから、か。」


また、ユリネさんの言葉が、今度は私の胸を打った。

私はナイフの血を自分の服で拭うと、後ろを振り返った。


「みんな!多分今回の脱走騒動はユリネさんが仕組んだことだと思う!」


みんな黙っていた。多分、誰もがその結論に達していたのだと思う。


「そしてユリネさんは私達に言った![なんじらに祝福があるんことを]と!多分彼女はこの隙をついて脱出をしてくれって私達に伝えたかったんだと思う!」


自分を囮にして私達を逃がそうと………いや、あの人なら囮とは言わないだろう。あの人なら逃げ切れるような気がするからだ………1時間も会話していないのに、何故こんなにも知った気になっているんだろうな私は。


「私は脱出する!多分これがラストチャンスだからだ!ついて来るものがいるなら手を挙げてくれ!」


…………誰も手を挙げない。まぁ、そりゃそうか。


「………最後にもう一度だけ言うよ!!これが、ラストチャンスだ!!これを逃せばきっと金輪際陽の目を見ることはないだろう!!温かな家庭も、温かな食事も、温かな人間関係ももう一生手に入らない!!馴れ合いの人間関係、腐りかけの食事、家庭なんてもってのほかだよ!!ここにいたら!!………本当に、」


スーーッ

私は深呼吸をした。


「それでいいんだな!!!」


…………誰も、手を挙げない。


「………そうか、分かった。」


やはり私程度の農民じゃ、人を動かすのは無理か……


「ま、待ってくれ!!」


振り返り走り出そうとした時、男が声をあげた。

あの夫婦だ。あの夫婦の夫が声をあげたのだ!


「俺達も行く!」


「な、何を言ってんだい!!」


「お前はいいのかよ!!こんな肥溜めみたいな最低の場所で、人生を終わらせたいのかよ!!密造酒作ってはい終わりで良いのかよ!!」


男は婦人の肩を掴んで叫んだ。


「こんなところで生活して行くのは生きているなんて言わねぇ!!死んでるのとおんなじなんだよ!!それなら俺はかける!!ちゃんとした人生を、ちゃんと生きて、行きたいんだよ!!」


シーーン………

時間が一瞬、止まった。


「…………分かったよ。あんたの言う通りだ。」


夫の力強い説得に、婦人は折れた。


2人は檻から抜け出し私の横に立った


「さぁ、他には!?他にはいないの!?生きるか死に続けるか、あんたらはどっちが良いの!?」


バッ!!

今度は全員手を挙げた。


「よっしゃ!!それじゃいきましょう!!」



私達は細心の注意を払って、盗賊達に出くわさないように物陰に隠れながら出口を求めた。

出口の一応のあたりはつけていたのだ。いろんな囚人から話を聞き出して。

ただ、勇気がなかった。行動を起こす勇気が………


「何やってんだて!」


そして、見つかりそうになったらその盗賊の首を切り裂いた。

躊躇はなかった。逃げ出す。ただそれ一心で動き続けていたから。


「あと少しで出口よ!!」


30分ぐらい経ったと思う。

とにかく神経を研ぎ澄まして進み続け、とうとう出口付近にたどり着いた


「………!!みんな隠れて!!」


けれど、私達は物陰に勢いよく隠れた!!

………くそ!!何なんだあの化け物は!!


出口の前に巨大な生物がいた。体長5メートル、横3メートルぐらいのトロール。人間がすっぽり入りそうな口、丸太みたいに太い腕。右手には巨大な棍棒。

あれが聖騎士長でも手を焼くと言う魔物!!この根城の長か!!


ああも出口の前で陣取られていたら身動きできない!

どうする?別の出口を探すか………


「どうしたんだぁ?こんなところに隠れて?」


「!!!」


バシーーン!!

振り向こうとした瞬間、頰を思いっきり叩かれ、私は倒れこんだ。


しまった!!

体が物陰から出てしまった!!


「連れてきましたよーゴーマンダイザー様。脱走者です。」


私達は5人ほどの盗賊に首根っこを掴まれ、ズルズルと引きずられながらゴーマンダイザーと呼ばれる魔物の前に連れていかれた。


「グフッグフッ………こいつらが脱走者か。」


そう言うと、化け物は私の隣にいた夫婦を両手で掴んだ。


ミシッミシッ………

2人の体から酷い音が鳴り響く。


ブシュッ!!ドバッッッ!!

2人の口から大量の血が吹き出る!!


「やめろよ!!!その人達は家族なんだ!!!」


ガン!!ガン!!ガン!!

盗賊に頭を掴まれ、地面に打ち付けられる!!

頭から血が出てきた!!目にかかって最高に痛い!!


「家族ぅ?しらねぇよなぁんなもん。ゴーマンダイザー様の前にはどんな人間もただの食料なんだよ!」


バキバキッ、メシァアア!!


骨が砕け散る音が聞こえた。


「あん………た…………」「お……ま………え………」


2人の声が、骨の砕ける音がうるさいと言うのに、すごくはっきりと聞こえた。まるで耳元で囁かれているように。

ブワッと目の前が晴れたような気がした。やらなきゃいけないことが明確になったから。


ザクッッ

私は手元に隠しておいた瓶の破片を盗賊の手に思いっきり刺した。

作業中にくすねていたのだ。


「いっっ」


ピュッッ

私は盗賊が言葉を言い終わる前に首を掻っ切った。


さっさとここを脱出して、この夫婦を救い出さなきゃ。街に出ればベッドがある。それに魔力を供給してくれる人もいる。


………その為には、


ダッ!!!

私はゴーヤサイダーとやらの元に駆け出した!!

こいつを殺さなければいけない!!なんとしてでも!!


私は振りかぶり、ゴーヤサイダーの腕にナイフを突き刺した!!


ブニッッ

けれど、ナイフが全然通らない!!

な!?なんだこの体は!!!


ガン!!!


ゴーヤサイダーに殴られ、吹き飛ばされ、壁に思いっきり激突する!!

なんなのこの力!?…………やっぱり、私じゃ……………


私は力なく、その場に崩れた。


「………グフフッ、弱いくせに意気がるから………さて、それじゃあいただきまーす。」


怪物は口を大きく開け、2人を口に放り込もうとする。


………ダメだ!!そんなの、ダメだ!!

私は、ふらつきながら起き上がり、なんとかして走り出す!!


[私は負けない。私は絶対に負けない。雷は止まることを知らないのだから。]


彼女の言葉が、今度は私の足を打った。走れ、走れと私に言い聞かせる。止まってはいけないと、私を必死に鼓舞する。


「私は!!!絶対に負けない!!!」


「もぉ、邪魔だなぁ。」


怪物は2人を地面に投げ捨てると、私に向かって拳を振り上げる


「なぜなら雷は止まることを!!!」


ナイフを両手で持ち、前に突き出す!!

身分不相応だってことは知っている。分かっている!それでも、この2人は救いたい!!いや、この2人だけじゃない!!今この目の前にいる10人だけでも!!せっかく生きる希望を燃やして、光り輝いているのだから!!!


「知らないから!!!!」


バチチチチ!!!


怪物が雷に覆われる!!!


「え!?」


そして私は怪物の腕によって吹き飛ばされた。


ガシッッ

けれど壁にぶつかることはなかった。

誰かが私の後ろに回って私の体を止めてくれたのだ。


「その通りだよカリーナさん。ピンチはチャンスに変わる。私が来たからにはね」


振り返るとそこにはユリネさんがいた!

捕まっていなかったの!?流石はユリネさんだ!!………けど


「流石のユリネさんでもこんな化け物には敵わないわ!!!私を見捨ててさっさと逃げて!!!」


農民がこんな化け物に勝てるわけがない!!こいつはすっとろそうだから、隙をつければなんとか逃げきれそうだし………


「グフフフッ!!逃すわけがないだろぉぉおお!!!」


化け物はユリネさんに向かって走り出し、その重たい拳を振るう!!


バキッッッ!!


すると、腕の骨が折れた。

化け物の。


「な…………!?」


ガァァアアアアア!!!!

ガンガンガン!!!

化け物は痛みのあまりのたうちまわる!!


「その通り!普通の農民じゃこんな化け物勝てっこない。でも、とびっきり上位の勇者なら、勝てる。………そう言ったよね?」


そう言うとユリネさんは、いつ手に入れたのか分からない、左手に持っていた丸い容れ物を開き、中に指を突っ込んだ。

取り出した指には何か白い粉が付いており、その指でツーーッと髪をなぞった。


すると、黒色は消え、髪の毛が金色へとなっていく。


「き、金髪に碧眼!!!まさかお前………」


盗賊の1人が声を発狂した


「そ、第2類勇者のイリナだよ。」


イリナ!?イリナってあのイリナ!?

勇者最強と言われているあの!?


「カリーナさん。私はね、貴方の婚約者の依頼でここまで来たの。」


………あの人まだ私のことを諦めてなかったのか!!

ちょっと、涙が溢れそうになった。


「[どうしても見つけ出して欲しい。お金ならいくらでも出す!だから……って]うるさくてねぇ。………まっ、私が来たからにはもう大丈夫。もう無理する必要はないよ。」


バチッッ!!!

イリナさんが消えたかと思うと、いつの間にか5人ほどいた盗賊の首が逆になっていた。


「さて、ゴーヤサイダー。あんたにはちょっと聞きたいことがあってね。協力してくれたら楽に死なせてあげるよ。」


「ち、近寄るな!!」


ゴーヤサイダーは叫んだ後、懐からよく分からないボタンを取り出した


「グフフフッ。これは爆弾の起爆スイッチだ!!牢屋の全てにとりつけられたな!!こ、これを押せばここに収容されている奴隷どもが全員死ぬことになるぞ!!」


そ、そんな!!なんて酷い!!これじゃあイリナさんが………!!


「うん、いいよ別に。爆破すれば?」


「………はぁ!?な、何言ってるんですかイリナさん!!そんな事したら何百もの人が!!」


「だって全員逃したし。」


…………ええええ!?!?!?


「依頼内容ではなかったんだけどさ、出血大サービスというやつさ。………カリーナさんが盗賊殺して撹乱して時間を稼いでくれたお陰だよ。」


「…………」


こんなすごい人に褒められて、少し嬉しかったりして。


「グフフフッ!!だ、だが俺にはまだ人質が……いない!?」


いつの間にか、私と同じ牢屋に収容されていた人達が消えていた。あの夫婦も、いなくなっていた。


「あんたがバカ丸出しで私に釘付けになってる時に、私のパートナーが連れ出したわ。」


イリナさんはそう言うと、ゴーヤサイダーに向かって歩き出した。


「さて、質問。あんたら魔物が人間と関係を持って一緒に行動することなんてそうはないわよね?てかいままで一度もなかったわよね?それだってのに今回の行動………あんたの裏に高位の魔物がいるわね。そいつの名前と居場所を教えてくれない?」


「あ、ああ!!グフフフッ。分かった!!教える!!」


ゴーヤサイダーはヘコヘコと頭を下げた。


「そいつとは今日、10分後にこの洞窟の入り口前で待ち合わせしているんだ!!」


「へぇ………それってどこらへん?」


「ここを出て左手すぐの大きな木の下だ!グフフフッ。見たらわかる!!」


「なるほどね。それじゃあ嘘かどうか確認してくる。」


………!!ゴーヤサイダーの腕が変形してまるでアイスピックみたいになってる!!まさか、後ろを振り向いた瞬間に刺そうと!!


「イ!」


「よし!!確認して来たよ!!」


イリナさん。と言おうとした瞬間、イリナさんがよく分からないことを言った。

確認して来た?ん?確認して来た?何を言っているんだ?


「確かにあったね、大きな木。今行って見て来て戻って来たんだよ。………あれ?見えなかった?」


…………まじですか。


バチバチバチバチバチ!!!

イリナさんの右手に雷がたまっていく


「それじゃあ、情報を吐いてくれたから………」


「ま、待ってくれ!!他にも情報が!!」


「くどい」


カッッッ!!!!


イリナさんのパンチがゴーヤサイダーの体を貫き、巨大な雷が拳の直線上を駆け抜ける!!

そして、ゴーヤサイダーの体は真っ黒な炭となり、イリナさんが息を吹きかけるとサラサラ………と、崩れてどこかに飛んで行ってしまった。


「………あ、そうそう、カリーナさん。」


イリナさんは振り向いた。


「結婚式場はもう作ってるよ。」


!!………はぁ、やっぱりすごい人だよこの人は。


「……それじゃあとびきりのホットミルクをご馳走するわ。」


「脱走後の夢が叶って何よりだよ。」


イリナさんは満面の笑みを浮かべた。


この人は、光を振りまく人だ。出会った人すべてに、希望を与えてくれる。この笑顔が何よりも物語っているじゃないか。彼女の行動が全てを物語っているじゃないか。


出会えてよかった?………それは私のセリフだ。こんな素晴らしい人と、数時間一緒にいられたのだから。


これはイリナ=ヘリエルが人に希望をもたらす物語。その笑顔が人に伝わるように、彼女の伝説もまた、人々に広く伝わってゆく。

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