幕間1
目の前に置かれた大量の紙の束は、何かの建築物のように高くそびえ立っている。
豪華な装飾が施されている机や椅子、美しく飾り付けられた華たちは、紙に埋もれて姿を隠してしまっている。
そんな一室で頭を抱えているのは、髪・服装・肌の色に至るまで、そのどれもが白い一人の男性だ。
「・・・どうしたものか」
大量の紙に対して頭を痛めるのはいつもの事であり、一国の王であるクロエ・リュードにとって大したことではない。しかし、今に至っては頭を痛める理由が明確に存在し、部下からの一つの報告書が、現在頭を痛めさせている原因である。
「『魔鉱石の在庫が底を尽きかけている。至急、追加の魔鉱石を追加されたし』・・・か。」
燃料管理を専門にしている部下からの報告書、並びに依頼書でもある。
あらゆる場面に使用される、刻印石の原料となる物だ。料理をするための火を起こしたり、洗濯するのに水を出したり。果てには、一部の国だけが行っている事だが、空を飛ぶために使用したりすることもある。
それほどまでに利便性に富んだ刻印石だが、無論、このような道具が永久的に使用可能という訳がない。
一定回数、または時間、外的要因による破損などによって、刻印石は劣化してしまう。要するに消耗品なのだ。
全ての国民へと、一定の品質を保持している刻印石を普及させるために、クロエが収めるこの国は生活に使う刻印石を全て管理している。一部、外から持ち寄られたモノも当然存在するが、それも含めて、だ。
防犯目的も少なからず存在するが、管理することで国民の生活状況を知ることが可能であり、それに合わせて政策を行える、というのが一括管理の一番の功績だろう。
「確かに、先の祭りの際壊れた王宮と町の一部の復旧に大量に使ってしまったが、まさかそんなに消費していたとは・・・。やはり、外から買い付けるしかないが・・・どうしたものか」
無いから買う。当たり前の事ではあるが、その為にはファブログラインを介することになる。
幾つもの仲介業者を経由すれば額も当然跳ね上がるし、それに相手はファブログラインだ。三大商業国として名を連ねているこの国に、弱みを見られてしまえば骨までしゃぶられるかもしれない。
ましてや、今この国にはそのように取引を直接行えるような者は、軒並み居なくなってしまった為、取引を任せられる人物がいない事も、クロエが躊躇う大きな原因の一つだ。
「すでに行っている交易だけで大変なのに、「交易を増やす」なんて言ったら卒倒しかねない」
慣れないことをしている者や、一人で五役六役している者もいる。そんな部下たちに仕事を押し付けるのは、どうしても躊躇われる。
「・・・であれば、一つしか無いか」
目尻をほぐしながら立ち上がり、軽い扉を重そうに開いて、ある人物へと相談に向かった。
◇◇◇
昨日と同じように紙に囲まれた部屋で作業をしていると、不意に扉がノックされた。
「鍵は開いているよ」
扉近くのソファーに座ったままそう声を掛けてやると、「失礼します」と一言添えて入ってきたのは、きれいな身なりの男性だった。
ふくよかな体形のこの男性は『熱砂族』と呼ばれる種族で、この国の中においては、貴族と称される人物だ。
「ご機嫌麗しゅう、クロエ様。本日はお日柄も良く・・・というお話しはしない方がよろしいですか?」
「そうだね。そうしてくれると助かるよ、チャック氏」
劇役者のように大げさ身振りをとっていたチャックと呼ばれる男性は、クロエの周囲に積まれた大量の紙を見て引きつった笑みを浮かべていた。
「コホン。では早速本題ですが、ダンロート氏に依頼なされた魔鉱石の買い付け、これをわたくしに一任してほしいのです」
「あぁ、そういう事か。じゃぁ、あなたがダンロートから紹介されたってことで良いのかな?」
「はい。ダンロート氏も、私の交渉術を知ってる御方ですので、個人的な魔鉱石の買い付けの任務に打って付けであると考えられたのでしょう」
「・・・ふむ」
手に持っていた紙と印を置き、鼻の目の前で両手を組んで考え込む。眠るように閉じられた目が開かれたのは、それから数分程経ってからだった。
「分かった、そこまで言うなら任せるよ」
「はっ! このチャック、謹んでお受けいたしますぞ!」
分厚い脂肪の胸を叩いて、大声で笑いながら部屋を出て行った。
「相変わらず元気な方だ」
出て行った背中に笑って、再び大量の紙を向かい合おうとしたところ、ノックもなしに扉が開かれた。
国王であるクロエの部屋に、ノックもなしに入ってくるなんて普通はあり得ないのだが、この人物だけは例外だ。
「・・・良かったのか?」
そう問いかけてくる羊の獣人、ダンロートは紙と向かい合うクロエに向かってそう声を掛けた。
「あなたが『推した』んでしょう。だったら信じますよ」
「しかし、もし外れていたら私は今度こそ━━」
「昨日も何度も言いましたが、その為の『彼』です。都合だとか、身勝手だとかそんなものを気にしている余裕は無い。・・・それに、このための契約でもありますし、十分に働いて貰いましょう」
ニコリと笑うクロエに、ダンロートもついには呆れのため息しか出なかった。
「まったく、お前は悪い奴だ」
「それはお互い様ですよ。ホント、彼には頭が上がりませんね」
誰にも知られることなく行われた密会は穏やかに行われ、不穏な雰囲気を漂わせながら、夜は少しずつ更けていった。




