影の中から
また何かの冗談だろうとそびえ立つレンガのように組まれた壁に触れるが、指先から伝わる硬さ・温度・手触りにいたるまで、その全てが石でできている壁だった。
「なぁ、俺たちってここから来たんだよな?」
「そのはずだが・・・。貴様はこれをどう見る? 私にはただの石の壁にしか見えないのだが。 」
「一緒だよ。俺にもただの石の壁にしか見えないさ。」
「嘘を言っているんではないだろうな? 貴様には見えない壁の前例もある、簡単には信じられんぞ。」
「変なとこで噛みついてくんなよ。信じられないんだったら、壁の色や造りまで言ってやろうか?」
ロウの隣で同じように壁に触れるジェリカは力の限り壁を殴るが、びくともしない。おそらく、本来ならばこんな石の壁ごとき易々と砕くことが出来るようで、壁を見詰める目には悔しさと不思議さが入り混じっている。
「ここに『何か』がいるのは間違いないじゃろう。いつまでもこうしては居られん、今すぐにでも行動したいのじゃが?」
「反対なんぞする訳がない、・・・二ニル立てるか?」
壁から離れてへたり込む二ニルの元へと駆け寄り肩を貸すが、身長差があるためにひどく歩きづらそうで、怪我している二ニルをロウが背中に担いで移動することに落ち着いた。
それからは元々進む予定だった道を行き、一本道の通路を歩いている最中にロウが二ニルへと問いを発した。
「・・・なぁ、二ニル。何でここにいたんだ? 俺はてっきりこの国から出ていったものだとばかり思ってたんだが。」
「・・それは、そう・・なんですが、捕まったんです。・・彼らに。」
「なるほど、それでか。ここであの海賊団に捕まって、ここに連れてこられたのか。それで命からがら逃げだしたと。」
「違う! 違わないけど・・・違うんです!」
ロウの背中ではまだかすかに震えているようで、細かく動いているのが分かる。聞き取った二ニルの言葉の断片を繋いで、ロウが口にした予想を否定するのかしないのか曖昧な答えを返してきた。
しがみつく両の腕に力が込められたことから、おそらく二ニル自身も何といっていいのか分からないのだろう。
「貴様、そろそろ説明したらどうだ? 自分だけ理解するなど、この場において信用を無くすことと同義だぞ。」
「あぁ、いや。そんなつもりは無い。こいつは二ニルっていう商人で、・・まぁ一時期手を組んでいた相手だ。」
簡潔にロウと二ニルの関係を説明し、とりあえず納得した二人は話の続きを促してきた。
「さて、まずは海賊に捕まって、それからどうなった?」
「海賊の、方々は・・何もしてきませんでした。」
「何もしてこなかった? ・・・気にはなるけど、それは後にしとこう。それじゃ体の傷は一体何なんだ? 何もされてないなら傷を負うハズも無いし、何よりそこまで震えることも無いだろ。」
「あいつが・・あいつが来たんです。そこであいつが・・・全員を、殺したんです。」
「全員、・・殺した?」
二ニルの言葉を聞いて隣にいるセンジュの方に顔を向けると、隣のセンジュも同じことを考えていたのか、ロウが口にする前に欲しい答えを口にした。
「確かに流れてきた話では、皆同じ布を身に付けていたとも聞いておったが・・・。まさか、のう。」
「二ニル、あいつってどんな奴だ?」
「・・・あいつ、あいつは・・・」
抱き着く腕にさらに血からが籠る。もし二ニルの言うことが本当ならば、港で起きた前代未聞の事件の犯人を目撃していることになる。
事件解決に尽力したいわけでは無いが、こんな異常な殺しをする奴はあの凶団『サルワートル』と関わっている可能性がある、・・・ような気がする。
勘でしかないが、こんな異常な事件を起こす奴がそういるとは思えない。二ニルの話を聞きながら歩くこと数分、殆ど一本道である道を進むといきなり道が広くなり、その先には海を眺めることのできる港が目の前に広がりだした。
潮の匂いが広がる中、犯人の特徴を口にしようとした二ニルの言葉は、いきなり飛び跳ねたロウによってとめられることとなった。
「ひぃ!」
いきなり上から降ってきたその物体を後方に下がることで避け、後ろで叫び声を上げる二ニルの声を聞きながら降ってきた方向に目を向ける。
「・・・避けるんじゃねぇよ、てめぇは罪を償わなきゃいけねぇだろうが。」
「いきなり何を言いだすんだ。俺はお前みたいなの見たこと無いんだが、だれだ?」
「はっ! とぼけるのも大概にしろやぁ、俺の仲間を大量に殺しやがったくせによぉ!」
港に入った入り口付近から少し離れた場所に建てられている何かの店のような屋根の上に、巨大な錨のような槍を持った誰かがいる。上半身は裸で下は紫の長ズボン、刈り上げられた白の髪と焼けた黒の肌が一層威圧感を与えてくる。
錨の槍を振りかぶってロウに襲い掛かってくるその男の一撃を、二ニルを背負ったままでは躱しきることは出来ずに食らいそうになった寸前。
「・・・こいつか?」
返すことのできない質問を投げると同時、下がったロウと入れ替わるようにして前に出たジェリカがその男の一撃を正面から受け止める。
両腕に氷の手甲を装備したジェリカは左の裏拳で槍の一撃をはじき返すと、地面にヒビを入れて踏み込むと同時に炎を纏った右の拳が半裸の男を殴り返した。
「こいつが『マーリン』なのか?」
「お前、知ってるんじゃないのか? さっきの口ぶりだとそう感じたんだけど。」
「そいつが来た時だけ私はいつも外されていたからな。知っているのは名前だけで、姿も性別も知らない。」
ここに来て衝撃の事実を知ってしまった。マーリンの事を知っていると思っていたので見つけられるかどうかは、ジェリカに頼るしかないと踏んでいたというのに、まさか知らないとは思いもよらなかった。
「それで、あいつが『マーリン』なのか?」
「・・・分からない、俺も見たことはないからな。」
「なんだと! それではどうやって見つけると言うのだ、貴様は! 屋敷での口ぶりは明らかに知っている口調だったろうが!」
「その言葉そのまま返してやるよ。」
互いにジロリと睨み合うが、追撃を放ってきた半裸の男の手により中断させられ、そんなことをしている場合じゃないと頭を切り替える。
「お前! 一体誰なんだ、俺はお前に恨まれることした覚えが無いんだが!」
「まだ言うか! そいつを背負っている時点で、言い逃れなんて見苦しい真似してんじゃねぇ!」
錨の槍で指し示したのはロウが背負っている二ニルで、怒りに染まりあがっている半裸の男はそれ以上言うことは無いと言うように地面に槍を突き刺した。
刺した瞬間、槍の元からいくつもの刀の刃が地面から生えてきて、真っ直ぐにロウ達の方へと襲い掛かり、動きの鈍いロウは致命傷こそないもののいくつかその身にくらってしまった。
「死ねぇ!」
動きの悪いロウではこれ以上裂けきることは出来ずに生えてきた刃に囲まれ、半裸の男は地面から槍を引き抜くとロウめがけて投擲してきたのだ。
まさに窮地に陥ったロウを救ったのはジェリカで、投擲された槍を叩き落として半裸の男に迫る。生えた刀の一本を掴み取り、向かってきたジェリカと激しく打ち合いだした。
「ロウ、あ奴と知り合いか?」
「まさか、初めて見る。・・知ってるのか?」
「あ奴、ギャザリックじゃ。ギャザリック・ドート、ここいらで有名な海賊の頭じゃよ。」
「ギャザリック!? あいつが?」
確か二ニルが漏らした海賊団の名前と同であるかと、後ろにいる二ニルに視線を向けて確認すると、その視線に気が付いたのか小さくうなずいて答えてきた。
あいつが何故あそこまで怒っているのか、たしか仲間を全員殺されたとか言っていた気がしたが・・・。
分かっている情報を繋げて一つの形に整えると、あるかていが生まれた。
「まさか、また勘違いされてんのか?」
「勘違いとな?」
隣のセンジュはロウの考えを追いかけるように自身の思考へと没頭し、それから少し経ってからなるほどとこぼした、
「ギャザリック! 落ち着け! 俺たちはお前の仲間を殺してなんかいない!」
「まだ言うか!」
ギャザリックの足元から大量の剣を生み出し、ジェリカが距離をとったことで一旦区切りがつけられ、ロウの叫びに怒りの感情が籠った声で叫んでくる。
「背中のそいつと一緒にいる時点で、お前等しか考えられねぇんだよ! 俺らみたいな裏の世界の住人とやり取りしているそいつみたいな商人と、いったいどこの誰が手を差し伸べるってんだ!」
「それに関しちゃ一例がここにいる。それでも、俺たちはお前の仲間を殺してなんかいない。これは間違いない、事実だ。」
「そこまで言うならよぉ、何か証拠見せろや。口だけで『やってません』だなんて、ガキでもできらぁ。」
「・・・証拠なら、ある。今朝がた見つかった大量の死体、あれがお前の仲間だったんだよな?」
「その情報知ってる時点でテメェが殺したと自白してるようなもんじゃねぇかよ!」
「いいから聞け、話は終わってない。」
いきり立つギャザリックは今すぐにでも襲いかかってきそうだが、辛うじてそんな自分を止めている風だ。
「あの下の山は昨日の夜に造られた、そうだなセンジュ。」
「うむ。あくまで予想でしかないが、昨日の夜遅くに殺されたものじゃと思うぞい。」
「だとしたら明白だ。俺たちは昨日の夜は『黄金の鹿』に出向いてたんだからな。あそこであれだけの殺しをするだなんて不可能だ。」
「あのイカれた祭りに・・? だとしても、それで納得できるわけがねぇ!」
生やした剣を握りなおして両手に持つと、再びこちらに襲い掛かってこようとした姿勢を見せる。これが明らかに仕組まれたものであることは明白だというのに、それを相手に伝える手段が見つからない。
じりじりと寄ってくるギャザリックと、再び打ち合おうとする姿勢を見せるジェリカを止めるが、ジェリカの方も殺気に満ちており簡単に止まるとは思えない。
こんな無駄なぶつかり合いを止めなくてはいけないのに、どうしていいのか分からず悔し気に歯を食いしばると、不意に誰かの視線を感じた。
「誰だ!」
いきなりのロウの叫び声に、ジェリカとギャザリックは一斉にロウの方へと視線を向けてくるが、ロウの方は誰かの視線を感じた方を見つめたまま動こうとしない。
港を囲っている高い倉庫の屋根の上に向けたまま固まるロウに、近くのセンジュがどうしたのかと声を掛けようとした瞬間だった。
「・・やれやれ、その様子じゃいまさら隠れたところで意味が無いようだね。」
聞き覚えの無い第三者の声が響くと、殺気に満ちていたジェリカとギャザリックの二人も互いの事より、響いてきたほうの声に意識を割き始めロウが見つめる先に集中する。
登りだした太陽のせいで作られた影の中から、溶けた氷が巻き戻るように姿を見せたのは、黒いウェーブがかかった目の下にできた隈が印象的な、首輪をつけた男だ。
手に持っている杖の鐘がカランコロンと、澄んだ音を響かせるが今はそんなところに注目している場合ではない。
「・・お前は、誰だ。」
「誰だ? ふふ、おかしなこと聞くんだね。もう分かってるんだろ?」
「・・・・・・。」
「ギャラハッドがロウの事を絶賛していたよ。あの実力者は桁が違うって、器にピッタリだとね。・・・こんなもんで、いいかな?」
何やら楽しそうに笑うその男の体はボロボロで、別々の布を繋り合わせたような短いマントを肩と腰に巻いており、吹く潮風がそのマントを揺らしている。
「そうか、これで確信が持てたよ。」
「そんなに勿体ぶらなくてもいいのに。そこまでされると、少し恥ずかしいというかなんというか。でも悪い気じゃないから、もう少しもったいぶっても・・・」
「お前が、・・・マーリン」
体をくねらせながらロウの言葉を聞いていたその男、マーリンはロウがその名を呼ばれると少しがっかりしたかのように肩を落としてため息をつくと、背筋を伸ばして一行の方へと目を向けた。
「もう少し勿体ぶってくれた方が良かったのに。・・・けど、名前を呼ばれたからには答えるしかないね。」
影の中から歩み出てきた姿に息を飲む。暗い影の中ではいまいち分からなかったが、明るい日に元に出てくるとその異常な姿に言葉を失う。
手に持っている杖除いて、体全身が大量の血で染まったうえ、さらにマントからはポタポタと赤い血がしたたり落ちてきているのだ。
「初めまして。ご紹介されました私、マーリンと申します。以後、お見知りおきの程をよろしくお願いしますね。」
向けられる笑顔は歪で、グニャリと潰れたような顔は見る相手に嫌悪感を抱かせるものだった。




