表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全てが新しい異世界にて -fast life-  作者: 鰹節
第三章 交易公国 ファブログライン
91/132

 

 目の前で起きたことが信じられない。腐ったような濃密な血の匂いが鼻を刺激し、美しく飾れていたであろうその部屋は赤一色に染まってしまっている。


「・・・何の冗談だ、これ。」


 ふらつく頭を抑えながら呟いた言葉は、倒れそうになる自分を保つもので誰かに言ったものではない。ただの簡単な話し合いだけのはずだったのに、何がどうしてこうなった?


「マ、・・ザール・・・様?」


 ロウの後ろから聞こえた声はジェリカの物で、扉を開けてから微動だにしないロウの事を怪しんで、後ろから部屋を覗き込んでいた。


 二人の中間にいるロウの姿が目に入っていないのか、よろよろとした足取りで、進んだ先にいるロウにぶつかり部屋の前で倒れる。そこから立ち上がろうとしないジェリカをそのままに、ロウは赤く染まったマザールの元へと歩を進める。


 マザールの部屋といっても内装は随分と簡素なものだった。扉の正面に机と椅子が置かれていて、その椅子の背後にベランダへと繋がっている大きな窓は、眩しいくらいの朝日を部屋の中へと流し込む。


 朝日といっても赤く塗られた窓ガラスは、ただ怪しく光り輝くだけで気持ちよさも何も感じない。そこまで大きくない部屋の端に置かれている本棚にも大量の血が飛び散っている。


 床も赤いためか気づきにくいが、微妙に床の色が違う。マザールを中心として円形に飛び散ったのだと、そう推測した。


「・・・どうやったらこんな殺し方できるんだ?」


 今迄数多くの死を見てきたロウではあるが、目の前で起きているマザールは異常だ。クロエの国で起きた殺し方も酷かったが、目の前の惨状も劣らない。


 マザールから見て左の頬、首筋、肩の三か所が何かで抉られたんじゃないかというほどの、深い切り傷を残している。首については文字通り皮一枚でつながっているような状態で、左腕は切り落とされて床に転がっている。


 流れ出る血を見ても分かるが、殺されてからまだそんなに時間は経っていない。血だまりの中に滴り落ちるピチャピチャという音が、気持ち悪さを余計に際立たせてくる。


「ロウ」


 声を掛けてきたのは浮かぶ座布団に座ったセンジュで、マザールの死体を間近で見るなり少し声を漏らしたが、その後すぐに手を合わせて一礼をした。


「ロウ、これは一体どうゆう事じゃ?」


「俺に分かる訳ないだろう、・・むしろ教えて欲しいぐらいだ。」


「この異常事態を教えてきたのはお主じゃ。だとすれば、何か知っているんじゃないかと疑うのは当然じゃが?」


「・・そこを突かれると何も言えない。何で俺だけが認識できていたのか、・・何かあるとすればあの透明な壁とか、か?」


「ただふざけているようにしか見えんかったが・・・。なるほど、確かにそこも調べる必要がありそうじゃな。・・・ジェリカ、ジェリカ!」


 呆然とマザールを見つめていたジェリカは、センジュの声で我に返る。座り込んだジェリカは相変わらず青い顔だが、今はそこに情をかけている場合ではない。


「思うことはいろいろあると思うが、こんなことになる心当たりとかあるか? なんか怪しい奴がいたとか、付き合い上で何かあったとか。なんでもいい、あったら教えてくれないか?」


「・・心、当たり? そんなもの、ある訳が・・・」


 ただでさえ動揺が隠しきれていないのだ。何か思い当たることがあるのは、素人でも分かる。目線を合わせて揺れる目を正面から覗き込み、何を隠しているのか問いただす。


「あるんだな、心当たり。教えてくれ、何だ、何があった?」


「私は、何も・・・あれは言ってはならないことだと・・・」


 あまりの出来事に記憶が混乱しているのか、一人でブツブツと呟きだし何を言っているのか分からない。


「ジェリカ! しっかりしろ! 今は自分の世界に入るときじゃないだろう。きついのは分かるが、今は何を優先すべきか考えてくれ。・・マザールの仇をとれるのは、今はジェリカしかいないんだ。」


「・・・・・。」


 肩を掴んで揺すってくるロウの叫びに、今度こそジェリカは我に返った。


「・・・・マーリン。」


「 !? 」


「昨晩、帰りの馬車の中で、マーリンと手を切ると・・。そう言っていた。」


「マーリンと・・手を切る? ・・・つながってたのか、『あいつら』と。」


「知っとるのか?」


 センジュの言葉を聞いて、死んだような目をしていたジェリカは一気に息を吹き返す。肩を掴んでいたロウの手を払うと、今度はジェリカがロウの肩を掴んできた。


「おい、何か知ってるなら言え! 言わないっていうなら・・・」


「隠すつもりなんかねぇさ。・・マーリンは俺が追っている人物の仲間だと思われる、敵だ。」


 センジュもジェリカも、ロウの答えに固まってしまう。ロウの方は嘘を言っている訳でなく、本当の事をそのまま伝えただけなのも影響しているだろう。

 嘘をついているように見えないロウの姿に、ただただ呆けたままだった。


「俺がこの国に来ていろいろ調べていたのは、そいつらの事を探していたからなんだ。」


「それじゃ、マザール様はマーリンという敵と手を切ろうとしたから殺されたと?」


「単純につなげるとそうなるな。アイツらは自分たちに繋がるものを消そうとするから、おそらくその関係であることは間違いないと思う。」


「・・・どこにいる。そのマーリンとかいうやつは何処にいる!」


「分かったら今俺はこうしていない。ここで何もできていないのが、・・・答えだ。」


 簡単に言い返された言葉にジェリカはただ茫然とするしかない。ここで大人しくしておくことしかできない自分の不甲斐なさに、床を叩いている拳の手に血が滲むほど強く叩いている。


「ロウ、今お主『繋がるものを消そうとする』と言ったな?」


「あぁ言ったけど、それがどうした?」


「・・・もしかしたら、そのマーリンとかいう奴に追いつけるかもしれん。可能性の話じゃがな。」


「何だと!?」


 思いがけないセンジュの言葉に、俯いていたジェリカは顔を上げる。浮かんだ座布団の上に座っているセンジュは、座り込んでいるジェリカの高さまで下がってくると、懐から刻印石を取り出して手渡した。


「今すぐ商会と連絡を取って、何も無いか確認するのじゃ。繋がり全て消そうとするならば、商会が狙われる可能性だってあるじゃろ。」


「 ! ・・・私だ、今・・・」


 センジュの言葉を聞くなり差し出された刻印石を奪い、直ぐに商会の元へと連絡を付ける。その間、ロウとセンジュはマザールの部屋の外に転がっている多くの死体の方を調べる。


「・・・どれもこれも酷いの。ほとんど原型を留めておらんではないか、どうやったらこんなことが出来るんじゃ。」


 部屋の前とすぐ隣の通路に転がっている死体の数は十二体。その全てがマザールの死体に刻まれたゴツイ切り傷が付いており、大半が体をいくつかに切り分けられているような惨状だ。


 クロエの国での事件で見た死体は全てが見る物に吐き気を催させる、殺した側の快楽が垣間見える物だったが、目の前の死体たちはただ殺すために殺されたように思う。


 長年のロウの勘というもので、多くの死に関わってきたからこそたどり着ける結論だ。


「全くだ、それに分からないことならまだあるぞ。この惨状、三人全員が気が付かなかったなんて、おかしいにも程がある。」


「ロウが気が付いたのもマザールの部屋の前じゃからな、・・・実はの、それについては一つの推測が浮かんどるんじゃが・・・」


「本当か? いったいなんだ?」


「結界じゃよ。『寄らずの結界』といわれとる。書いて字の通りなんじゃが、その結界を張った場所は誰も気が付かない、という単純なものなんじゃ。」


「『気が付かない』だとしたら、俺たちがここまで来れた意味が分からない。もしその結界が張られていたのだとしたら、俺たちはこのマザールの屋敷すら見つけられてない可能性もある訳だろう?」


「そう、・・・なんじゃがのう。」


 センジュの言い分はそれなりに筋が通ったものだが、納得できるかと聞かれれば答えは『NO』だ。大本はそれでいいかもしれないが、細かいところに矛盾が生じる為に決めつけることが出来ない。


 二人の間にわずかな沈黙が訪れた頃、連絡が終わったジェリカが話しかけてきた。


「・・・異常は無い、・・いつも通りだって。」


 本来であれば喜ぶべきなのだろうが、マザールが殺された今は落胆の気持ちが大きい。本人はそんな感情を隠しているつもりなのだろうが、正直全く隠せていない。


「他には無いのか? 確かどこぞに新しい商店街を作るなど聞いた記憶があるんじゃが、それはどうなんじゃ?」


「何処で聞いたのか気にはなるが・・・、有るには有る。港に建設中の場所があるが・・そこはまだ何もないところだぞ? つながりも何もないと思うんだが。」


「けど、あるなら行ってみるしかないだろ。場所はどの辺だ?」


「・・・行くのか? お前が来る理由など・・」


「言ったろ、俺も追いかけてるって。大事な家族が連れてかれたんでな、大人しく引き下がる事なんてできやしない。」


 どうやら一人で行くつもりだったらしいジェリカは、ロウのその発言を聞いて嫌そうな顔を見せはしたが、そこまで拒否するといった感じではない。


 二人の間で話が纏まったと察したセンジュが出発を促してきて、二人はそれに逆らうことなく館を後にした。


「・・それにしても、港・・・かの。」


「どうした、嫌な思い出でもあるのか?」


「その様子じゃ、今朝がたの事件を知らんようじゃな。・・・情報制御が行われたんじゃから、当然なんじゃがな。」


「今朝がたの事件だと?」


 以外にもジェリカも食いついてきた。きっと何かしら言ってくるものだと勘ぐったが、以外にもセンジュの言葉に興味を示している様子だ。


 明るい方の興味ではなく、あくまでこの先の為にしておかなくてはいけないと、自分に言い聞かせるように。


「うむ。あまりの事の大きさに、裏で国の方から情報を公開しないと決定されてな。ある殺しの事件なんじゃ。」


「余程のお偉いさんが殺されたとかか?」


「それならばまだ平和じゃろう。なにせ、推定五十八名が皆殺しにされたんじゃからのう。」


「五十八!?」


 四階建ての三階から二階に繋がる階段を下っている最中で、歩く足が思わず止まってしまう。ふたりの前を歩いているせいで、止まったことに気が付かずそのまま進んでいってしまい、慌ててロウとジェリカはその後を追いかけた。


「そうじゃ、皆原型を留めないほどグチャグチャでな。あまり言いたくないが、ひき肉になっとったわい。・・骨ごとな。」


「推定てことは・・・」


「実際はまだ多いじゃろうな。五十八と言うのはあくまで数えることのできる数でしか無いからの。」


「・・・少し、急ぐか。」


 そのロウの意見に反対する者はおらず、この三人が出て行くことでマザールの屋敷の中に命ある者は、誰も居なくなる。


 ジェリカが連絡した際、館の中を任せられるようにと仲間を呼んだらしく、いろいろ任せて三人は港へと急いだ。


 ◇◇◇ ◇◇◇


 再びセンジュの指示のもと、曲がりくねった道を行くことでかなり早くつくことが出来た。塩の香りとむさ苦しいほどの熱気は、港のにぎやかさを雄弁に語ってくる。


 レイバに乗ってここまでやってきたロウ達は、近くの小屋に預けた後マザールが企画していたという商店街への道を行く。


「こっちだ。」


 先頭に立って歩くジェリカの足は速い。気持ちが逸るようで人ごみをかき分けるのではなく、物騒なオーラを纏ったジェリカに恐れたのか、人ごみの方が避けていく。


 歩きやすいのは歩きやすいのだが、あんまり目立つことはしてほしくない。


「ジェリカ、落ち着け。下手に焦ると足元すくわれるぞ。」


「私は焦ってなど!・・・いや、そうだな。入り口はもうすぐそこだ。」


「儂の方は問題ないぞ。いつでも行けるぞい。」


「右に同じく。・・・それじゃ行こうか。」


 到着した場所はいくつもの店となるであろう建物が軒を連ねており、マザールがもし存命したならばこの場所はこの国の中で結構有名になったかもしれない。


 息を殺しつつ、その商店街の中へと足を踏み入れる。誰もいないのだから当然なのだが、辺りは不気味なほど静かで隣にあるはずの海の音すら聞こえない。


 港の大通りからその商店街の中に入って五十mほど進んだところで、再びあの感覚がロウに襲い掛かった。


「・・・ッ。」


「おい、どうした。・・・まさか、・・・また?」


 隣を歩くジェリカが恐る恐る聞いてくる質問に、首を縦に振ることで返答した。より一層警戒を強め、周囲にいを配りつつ進んで二つ目の曲り角を曲がった瞬間、何者かの気配を感じて周囲を見回す。

曲がった先の壁の前、行き止まりの道に置いてある木箱から何かがはみ出ているように見える。


 もぞもぞと震えているようなそれに近付いて、その実態を確認しようとしたところ、またしてもロウの予想を裏切る相手がそこにいたのだ。


「・・・二ニル? お前、二ニルか!」


「・・・・ロ、ロウ・・・さん?」


 ガチガチと激しく歯を打ち鳴らしながら震える二ニルの姿を見ると、取り出したナイフをしまって駆け寄った。何度か会った時と同じ服装をしており、唯一違うのは来ている服が全身血に染まっていることだ。


 怪しいとは思いながら警戒を解くことなく近づくと、しゃがんだロウに二ニルが震える手を伸ばしてきた。近くにきて分かったことだが、二ニルの体には至る所に傷が出来ており、ロウ達と別れてからいったい何があったのか非常に気になる。


 別の場所で話を聞こうと二ニルを宥めつつ、後ろの二人に声を掛けた。


「この場所じゃ落ち着いて話もできない。いったんここから出たいんだが、二人はどうだ?」


「その考えには賛成じゃ。賛成ではあるんじゃが・・・」


「なんだそのあいまいな答え。賛成だったら良いじゃねえぇか。まだ深く入ってないんだ、直ぐに戻ろう。」


「いや、それがの?」


 煮え切らない答えを返すセンジュに言い返そうと振り返り、言いよどんだ理由を瞬時に理解した。


「・・・道が無いんだ。今来た道が。」


 今通ってきたはずの道を戻ろうと、曲がり角の所まで行くとそこには巨大な壁が立ちふさがり、港に続く道が完全に塞がれていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ