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全てが新しい異世界にて -fast life-  作者: 鰹節
第三章 交易公国 ファブログライン
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誤解

 

 影すら消えるほどの光も収まり、今はようやく辺りを視界に入れることが出来るようになったところだ。


 痛む体は言うことを聞かず、立ち上がることが出来ない。目の前では特別製の『死陣』が発動してしまい、その中心にいたロウはおそらく・・・


「やったぞ! 誰も逃げた気配がない! 倒した、騎士を倒したんだ!」


 目の前の獅子は諸手を上げて喜んでいるのは気に入らない。死陣をまともにくらったロウの行方も気になるが、今はその隣にいる細身の男が言った言葉が何よりも気になった。


「・・・お、い、『騎士』というのは、どういう・・・?」


「おぉ、起きていたのか。話せるならば行幸だ。」


 目の前にいるのは筋骨隆々の獅子と同じような顔立ちの男。ただ違うのは鬣が無いということ、スラッとした体は隣の獅子と正反対で強く息を吹けば倒れてしまいそうだ。


「答えなさい、あなた達にとって『姫』とはいったい何なんですか?」


「何を・・・言ってる?」


「とぼけるんじゃねぇぞ、こちとら裏は取れてんだからよぉ。ちゃっちゃと言わねぇと、マジで死んじまうぞ。」


 聞きたいことの意図が分からない。『姫』? 確かに姫はいるが、いったい何だと聞かれれば・・・


「護衛、の、対象でしか・・・ありませんが・・・?」


「それだけではないでしょう。それともこの期に及んで言う気が無いのですか? それならばこちらも、それなりの対応をしなければ・・・」


「兄弟!」


 いきなり叫んだ隣の獅子は細い体の仲間を庇う様に立つと、少しのうめき声をあげてその場に蹲る。慌てて駆け寄った兄弟が見た物は、肩に見覚えのあるナイフが刺さっている。


「どうした! いったい何が・・・」


「・・・離れろよ、お前ら。」


 声が聞こえたのは『死陣』の発動した先。魔法陣から吹きあがる白い霧の中から聞こえてきており、何度も効いたことのあるその声は間違えることなんてありはしない。


「ロウ? ロウなのですか?」


「・・話せるってことは無事だな。ちょっと待ってろ、すぐ行くから。」


 白い霧の向こうから動く影が見える。少しづつこちらに近付いてくる影は、その姿を現すと同時にリリアに莫大な安心感を与えた。見た目こそボロボロだが、何も変化のないいつも通りのロウがそこに立っていた。


「そんな・・・馬鹿な・・・。」


 そんなリリアとは正反対に、目の前の獅子たち二人は膝をついて絶望に染まっている。歩くロウを見る目は明らかに信じられないと言った様子で、心なしか怯えているようだ。


「何で、・・・何で無事なんだよ、テメェ!」


「はぁ? 何言ってんだ、無事なわけないだろうが。片腕折れてんだぞ。今にも倒れそうなんだよ、分かるだろう。」


「・・・違う。何で『死陣』を食らって生きているんだ。何なんだ、お前は。」


「あのなぁ、さっきから何言ってんだ。『死陣』ってなんだ、それ?」


「死陣というのは、呪い。外法の一種ですよ。」


 ロウの質問に答えたのは後ろでぐったりとしているリリアだった。苦しそうな表情は相変わらずだが、自身に簡易的な治癒を施したようで、顔色は先程より良くなってる。


「その魔法陣の中が効果範囲で、俗に言う即死魔法というやつですよ。詳しい原理は知りませんが、魂を消滅させて殺すものだと。」


「あれがか? 確かに体の中を何かが通った気がしたが、特に何もないぞ。」


「あり得ない! あれはどこにいても即死するように改造した特別製なんだぞ!」


「どけよ兄弟。起き上がったんなら、今度は俺が殺るだけだ。」


 見上げる瞳は怯えと驚愕、化物を見るようなそんな目だ。


 膝をついた獅子を庇うようにしてロウと向かい合うが、ロウの方はもうそんな気はどこにもない。


「まだやるのか? お互いに頭冷えたろ。そろそろ俺としては、話し合いに行きたいところなんだが?」


「何を今更! 同胞を大勢殺しておいて、よくもそんな事が言えるな!」


「お前らの言う同胞というのが分からん。が、もし今日のあの集団について言ってるなら、俺達は誰ひとりとして殺しはしてない。」


「ふざけてんじゃねぇぞ! ンなの信じられる訳ねぇだろうがよ!」


 肩で息をしながら悪びれるわけでもなく、そう言い張るロウに獅子は吠えるが、相方の兄弟は何も言わない。


「どうした、・・・兄弟?」


「ついでにもう一個聞かせろ。お前らの雇い主はマザールで、最近の取引で起きた失敗に関係してる、違うか?」


「・・・何が言いたい。」


「大事な事だ。もしかしたら、この一戦は無駄なもんなのかもしれねぇからな。」


 自分にかけた治癒も大方終わり気味で、頭も正常に動きはじめた頃、ロウの言いたいことを考える。


 無駄、ということは有っても無くてもどちらでもいいという事だ。・・・いや、少し違う。有っても無くてもというよりも、本来は必要ない物であるということの方が、しっくり来る気がする。


 ロウが騎士という先ほどの言葉を思い出し、ここまで考えた所でリリアの頭に一つの考えがよぎる。


「・・・まさか」


「多分リリアの考えた通りだと思うぞ。・・・お前らの言う姫様ってさ・・・」


 睨んでくる二人の視線を正面から受け止め、受け止めた上であまり肯定して欲しくない予想を口にする。


「・・・『サルワートル』の姫様のことだろ?」


「当たり前だろうが! 他に誰がいるってんだよ!」


 即答されたその答えに、全身の力が溶けて無くなっていく錯覚に陥って、膝から崩れて仰向けに倒れる。


 獅子の兄弟二人の後ろでは、リリアもまたロウと同じように深いため息をついて、壁に深くもたれ掛かった。


「・・・骨折り損のくたびれ儲けとは、よくできた言葉だ。」


「全くもって、文字通りの意味ですね。」


「笑えない冗談はやめろ。・・・今回はマジで笑えねぇ。」


 軽口をたたき合う二人の話の内容が理解できずに、ただ混乱するばかりの二人に、呼吸を落ち着かせたロウがゆっくりと説明を始める。


「早く気がつくべきだった。俺たちの姫が襲われる理由が無かったんだから。」


「お前は何を言ってるんだ?」


「勘違いだったんですよ。私たちの『姫』とあなた達の『姫』は別人なんですよ。」


「最近の取引で失敗したマザールは、噂話を聞くにまず間違いなく報復に出る。そこいらの情報屋に失敗した理由が出回ってんだ、気が付かない奴じゃないだろう。そこで起用されたのがあんたらってことだと察するが、どうだ?」


 ロウの質問に無言を貫く二人に、肯定の意志であると解釈したロウは納得したようにその続きを話す。


「一方、俺たちの方は『本物の』一国の姫様を抱える身だ。姫を狙うという情報が入ってくれば、嫌が応にも対応せざるを得ない。」


「いろいろな方向の情報が入ってきたことが災いして、その理由まで考える時間が無かったんです。仕方ないと言えば仕方ないのですが・・・・悔やまれますよ。」


「全くだ。・・・けれど、ここで一つ疑問が生じる。俺たちの方からしたらあんたらが暗殺集団だと分かるが、逆にあんたらは何で俺たちがサルワートルの一員だと思ったのか、についてだ。」


 仰向けの状態から起き上がり、変な方向を向いている左腕を庇いながら獅子の兄弟という二人の方へと向き直る。


 少し考えれば行きつく当然の質問で、こっちがそうであると決めつけたように、相手の方にもロウ達の一派がサルワートルの一員であると決めつけた要因があるはずだ。


「とぼけんじゃねぇよ、このナイフが動かぬ証拠だろうが。サルワートルの一員として認められた奴の、その全員がこのナイフを所持してんだからよぉ。」


「・・・そうゆう事か。てことは、そのナイフについても説明が必要なのか。あんまり話したい事じゃないが・・・仕方ない。」


 垂れてくる血をぬぐい、痛む頭を抑えながら再び説明を開始する。ナイフの入手したいきさつや、何故聞いて回っていたのかを。


 話した全てを信じたわけでは無いようだが、それでも兄弟の方はロウ達の話を半分程度は信じたようだが、金色の獅子の方はいまだ納得していないという風だ。


「信じられる訳ねぇだろが、人間が何言ってやがる。」


「・・・やっぱり分かるのか。」


「ったりめぇだ。いろんな腐ったものをまとめて煮詰めたような、ゲスの匂いを間違えるわけないだろうが。」


「人間てそんな臭いのか? ちょっと盛りすぎだろ。」


「うるせぇ! テメェが人間である以上、テメェの話を何一つとして信じることは出来ねぇ、出直してこいクソが。」


 取り付く島もないとはまさにこのことで、今何を言ったところで話を聞いてもらえない。知りたい情報をもしかしたら知っているかもしれないからこそ、ロウの方は是が非でも話をしたいのだが、相手と自分の体がそれを許してくれなさそうだ。


「・・いてて、リリア頼んでいいか?」


「仕方ありませんね、また何か奢って下さいよ。」


 体の大半が復調したリリアはいつもの調子を取り戻しているようで、顔色はいつもの通りだ。

 背筋を伸ばして胡坐あぐらを組んで座り直すと、手を合唱させて座ったまま一礼した途端、ほんのりと温かい不思議な風が流れ出した。


「『貴方様そなたの身元に集う者ども、その身に付くは消えぬ傷。神羅万象の理に従い、祈るは彼方の行方なり。朽ち果てる身が哀れと思うのなれば、どうか一筋の加護を、優しさを、温かさを、冷たく苦しい者どもへと分け与えることを願い申し奉る。』」


 詠唱が終わったのか、緑色の円形の魔法陣が周囲に広がる。リリアの居場所を中心として、ロウをその範囲に捕らえることのできる大きさまで膨らんだその陣の中は、小さな光の粒が漂う。


 それは幻想的な景色だが、実際維持しているリリアの方は非常に苦しそうだ。瞑る目の横を一筋の汗が伝う。


「・・・ロウ、傷つきすぎですよ。もう少し加減してください。」


「んなこと俺に言うなよ、文句あるなら目の前の獣に言ってくれ。お門違いもいいとこだ。」


 その話題の中に出てきている二人は、今目の前で起きているリリアの魔法をみて唖然としている。

 これを見るのはロウは二度目で、最初はシュロロの屋敷でボコボコにされたリリアが自身に対して使ったとき、偶然傍にいたために見ることになったのだ。


 今迄であったエアの使い手はシュロロとリリアの二人だけで、一般的に魔法といったものがどれだけすごいのかピンと来ていない。


 シュロロの方がすごい、と言う率直な感想を漏らしたロウは、隣にいたシュロロの式神であるセレスティアに


『あの二人を基準にしてはいけません、どちらも常軌を逸した使い手ですので。』とたしなめられた。


 実際に他の奴を見たことが無いのだからそう思うことは致し方なし、という感が目の前の二人によって壊された。


 ここでもまた信じられないものを見るような目で周囲を見回し、ロウの回復のついでに獅子の傷の手当てもしている。


 少しの時間をかけてようやく終わったと思うと、今度はリリアが倒れこむ。この姿は何度か見ている為に、ロウの方も特に慌てることなく声を掛けた。


「おい、歩けるか?」


「無茶言わないでください。回復にほとんどのマナをつぎ込んだ恩人に対して、もう少し優しくしても良いと思うんですけどねぇ。」


「はいはい、ありがとうありがとう、っと。」


 立ち上がってリリアの下まで歩いて、抱き上げると左手に少しの痛みと痺れを感じる。完璧に発動されたと思っていたリリアの魔法だが、どうやらロウの傷を感完治させるまでには至らなかったようだ。


「左腕に関しては、キリエ様に頼んでください。・・今の、私のマナ量では・・これが、限界・・なので。」


「あぁ、無理させたな。もう寝てろ、後はやっとくから。」


「・・・お願い、します。」


 それから糸が切れるように眠りに落ちた。マナの枯渇による症状は何段階かあり、意識を保てなくなるほどの枯渇は中程度一歩手前。無理せず休ませることが一番だと、セレスティアから教わった。


 震える左手で通信用の刻印石を取り出すと、いろいろの誤解や確認をとるために連絡する。最初こそうるさく言っていたものの、最後には主の方が大丈夫との鶴の一声でその後の行動が決まった。


「まさか、中級上位の魔法を一人でやり切るだと・・・。そんな、あり得ない。」


「なぁ、あんたらさ。」


 リリアの魔法に驚きの色を示し続ける二人に声を掛ける。どうやら先ほどの魔法はかなりの難易度らしく、軽く使える物ではないらしいのは二人の反応を見てわかる。


 村の手当てなどに結構使っていたからてっきり、そこまで難しくないものだとばかり思っていたが、どうやらその認識を改める必要がありそうだ。


「これからいろいろな誤解を解きたいから、あんたらさえ良ければこれから来ないか?」


「来ないかって、・・どこに?」


「何処にって、俺たちの宿泊場所だよ。」


 ◇◇◇ ◇◇◇


 海から流れてくる風は塩辛く、じめじめした空気は肌をべたつかせる。ほとんどが気持ち悪いと吐き捨てるこの感じ、実は結構気に入っていたりする。


 時たま強く吹く風に、手に持っている杖に釣り下がっている鐘がガランゴロンと鈍い音を立てており、静まり返った港では何より大きな音として耳に入ってきた。


「うーん、良い風だよね。肌に纏わりつく何とも言えない悍ましさが癖になる・・・って言っても、誰も分かってくれないんだ。」


 誰に話しかけるわけでもなく、一人呟くその言葉はとても悲しそうで、聞く者がいたのならば一緒にいてあげなければ可哀そうだと思う事だろう。


 聞くだけならばそうなるだろうが、マントを纏った小さな体の周りに散らばっている無数の死体は、そのような慈悲を与えてはいけないと訴えてくる。


「だからこそ、僕の事を真剣に考えてくれる彼は特別なんだよね。誰が悪いとか言うつもりは無いよ、みんなそれぞれいろんな事情があるんだから。」


 一人や二人ではない。十人二十人、少なく見積もっても軽く四十人はいるだろう。そんな状況の中、一人寂し気に、それでいてとても楽しそうに鼻歌を歌う小柄なマントは、急に立ち上がって振り返る。


「だから今回はたまたま運が悪かっただけ、偶然運が悪かっただけ、図らずも運が悪かっただけ、思いがけず運が悪かっただけなんだから。」


 楽しそうに、じゃれつくように、杖をクルクル回してスキップする姿は子供のようだが、周囲の光景と姿が合っていない。


「・・・それ故に」


 港の一角で震える一人の男がいる。首輪は外され、手枷足かせはついたままで、体を抱いて激しく震える男の前に立つと、二つの怪しく光る相貌がその男を見つめる。


「運が悪いのは必然なんだよ。僕の友達に手を出すんじゃない、・・・殺すよ?」


 殺す、という脅しを使う相手はすでに皆殺しにされていて、視線を向ける相手は殺された面々と何のつながりもない。


「・・・なんて、言う相手が違うか。」


 子供の成りで放つ言葉は真っ黒で汚い。ネチャネチャと纏わりつくような視線と言葉は、とてもじゃないが普通のそれとは常軌を逸脱していて、震える男をより震え上がらせた。


「君、なんかいい匂いがする。もしかしたら僕と友達になれるかもしれないね、・・『これから、よろしく』。」


「ウアアァアァアァァァぁァあああぁぁ」


 一人の吸血族ヴァンパイアの叫び声が木霊する。心の底からあふれ出る恐怖を吐き出すように声を出すが、無くなるどころか溢れ出てくる。


 ドロドロドロドロドロドロと、自分の中に別の何か生まれそうなその恐怖は、いつしか快感となって男の体を埋め尽くす。叫んだ声は誰に聞かれるでもなく、溶けて消えていった。




 この国での生活もあと半日。・・・・悪夢は今ここで目覚めた。

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