表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全てが新しい異世界にて -fast life-  作者: 鰹節
第三章 交易公国 ファブログライン
88/132

決断

 

 未だ深い夜の中、誰もいないはずの工場の中から獣の咆哮が夜空を貫く。だが、そこに近付いてくる誰かの気配はない。


「オオオォォォオオオ!」


 工場の中へと入ってぶつかり合った場所から、今はかなり離れている。迫りくる獅子は本物の嵐で、壁や障害物など存在しない。手当たり次第に破壊して進む姿は先程とは違って、鬼気迫るものを感じる。


 触れれば即死の一撃はくらいはしないが、合間に出す様になってきた拳や蹴りが避けきれない。


 外で戦っていた時のように遮蔽物が多くあるこの工場の中で、立体的に動けるからこそ今こうして互角に戦うことが出来ているが、ロウもリリアも傷ついていて、血で濡れる額をぬぐう暇すらありはしない。


 今はこの工場の地下ではなく、二階に相当する場所で戦っている。どこかの狭い通路ではあるのだが、両サイドにある壁もろとも粉砕しながら横に薙ぎ払う。


 その棒の上を転がるように避け、地面に足が触れると同時に獅子に横に跳躍し、回し蹴りを顔面に向けて放つ。

 

だが獅子はその蹴りをしゃがんで躱すと、片手で逆立ちしてロウの横めがけて蹴りを入れる。その衝撃を手で受けて吸収し、吸収した衝撃で一気に下がると同時、離れた場所にいるリリアが炎弾や氷柱を放って獅子を襲う。


 大半は持つ棒で叩き落とされるが、いくつかは被弾して血を流すというのに、それでもお構いなしに前へ出てくる。止まることの無い獅子の猛攻に押され、二対一である数の有利もあまり意味を成しきれていない。


 連携がうまくいっていないわけでは無い、それどころか今まで以上にうまく戦えているというのに押されるということは、相対している獅子の実力が異常なのだ。


「ぐぁっ!」


 殴り飛ばされたリリアを庇う様に獅子の前へと躍り出る。止まることの無い獅子は巧みに棒を振り回して、上から叩き付けるようにして振り下ろす。

 僅かな回避ではその一撃の余波を食らってしまうが、そんな事を考えていてはこの獅子は超えられない。


 先程の狭い通路から今は広いホールのような場所まで出てきており、獅子は制限から開放されて猛威を振るう。


その一発をギリギリで躱すと、思っていた以上の余波が体を襲う。吹き飛びそうになる体を地面に片足を差して固定し、すぐ目の前にいるロウに向かって追撃の姿勢をとるが、思わぬ方法で止められる。


「っ゛!」


 ロウの手に伝う血の一滴が獅子の目に直撃し、一瞬動きを止められた。止まった隙に地面に刺した足とは別の足で、振り下ろされたままの棒を上から踏みつける。


 ヒビを入れながら地面に埋まったその棒を引き抜こうとするが、かなり深く刺さったのかびくともしない。片手では抜けないと判断した獅子は、両手で引き抜こうとするがそれを許すロウではない。


「させるかぁ!」


 力任せに引き抜いた足をそのまま獅子に向かって放つ。片手で持っていた棒を手放すことで躱すことに成功し、体勢の崩れたロウを仕留める好機だと言わんばかりに殴りかかるが、降り注ぐ無数の氷柱がそれをさせない。


「・・・ちぃ。」


 二転三転してその氷柱を回避し、ロウ達二人と距離を取って自身の状態を確認する。見た目ほど酷くない、とはとてもじゃないが言えないのは向こうも同じだ。どうやら少し血を流し過ぎたようで、頭がクラクラする。


 二人の方に目を向けると、刺さったままの棒にこれでもかと言わんばかりの厚い氷を張ったところで、この戦闘中はあいつを使うことは無いだろうと判断する。


 最初見た時は簡単に終わりそうな奴らだと思っていたが、なかなかどうして、苦戦している自分の事を思うと少し笑えて来る。


 少しの間自分より強い者と戦わないだけでこうなるとは・・。自身の未熟な実力にイラつきと、思わぬところで出会うことが出来た強者に感謝の念が心を満たす。


「・・・あと少しが、遠いぜぇ。」


 なかなか倒れてくれない相手に不敵に笑うのは相手も同じで、流れる血を袖で拭っている。


「何なんだよ、アイツ。殴っても蹴っても効いてる気がしない。」


「ホントですよ。何度かいい感じの炎弾がいくつか当たってるのに、びくともしなんですから。なんか、自信無くなってきそうですよ。」


「おい、頼むぞ。この場面で一人でやれなんて言うなよ?」


 会話だけ聞いてると油断してるように見えるが、あの二人・・特に銀髪の方はそんなことは全くない。それどころか、下手に近付いたら痛い目に遭うのは間違いないだろう。


 治癒魔法を使うだけのマナも枯渇しており、体全体の傷の修復は不可能と判断すると、立ち上がって膝の汚れを払う。

 

正直全身が血まみれになっているこの状況で、払う意味なんて今更無いのだが、しいて言うならあの二人に対してのハッタリになる。


 自分の体の汚れを気にする程度の余裕はあると相手に見せて、少しでも自分に警戒させておこうとしての行動だ。


 あいつら二人は向こうで俺のことを異常な硬さだの、中身は鉄でできてるんじゃないかだの好き勝手言ってるが、あいつらの方こそ一体何なんだ。


 連携こそいい感じだがまだ拙さが残ってて完璧とは言い難いのに、それでもこうして拮抗でしてる現状を見るに、それぞれの実力が異常なんだろう。


 特にあの銀髪だ。近接戦闘に関しては俺と同等が、悔しいが俺以上の実力を持っていやがる。


 人間って話じゃなかったのか? もし全員がこれだけの実力を持っているとしたら、キツイどころじゃねぇ。マズい、マズ過ぎる。あのレベルと対等に戦えるのが俺しかいないことになるからな。


「こりゃ、片腕持ってかれちまうかもなぁ。・・・仕方ねぇ、とっとと作戦に移るとするか。」


 小さく呟いた声は届かない。俺の動きに合わせて、相手方二人も構えをとる。武器が無い今、素手で相手するしかないのだが、銀髪の方に一抹の不安を抱えながらも、強く前に踏み出した。


 緑の髪の男は自分の周りにいろいろな属性の弾を浮かべており、炎弾、氷柱、雷弾、土塊。四種族の弾丸を一斉に発射し、その影に隠れるようにして銀髪も向かってきてる。


 悪くない近づき方だと認めてぶつかる直前、かち合うほんの手前で振り上げた拳を下ろす。叩き付けた地面は砕かれ、この部屋一帯の床が抜け落ちる。


 どうやら向こうの二人はこの行動が意外だったみたいで、うまく態勢を整ええきれていない。


「オオォオォオオオ!」


 下の階層との高さが結構あったようで、体重が重い獅子の方が先に地面に着地すると、ついた瞬間銀髪の男の元へと飛び上がる。


 雄たけびを上げながら向かってくる俺のことに気が付いたのか、何やら反撃する態勢を作ってるがいまさら遅い。


 伸ばした左手を上手く躱されたが、そのまま銀髪の男を抱きかかえると、空いた右手で掴んでそのまま別の通路へ向かって思い切り放り投げた。


「ラアアァアアイ!」


 投げた拍子に転んだがそれどころじゃない。あの緑髪を止めて、さらにもう少し押し込まなければいけない。


 落下した場所は何かの倉庫なのか、いろいろな鉄パイプだの木箱だのいろいろ置かれている中、たまたますぐそばにあった配管を掴むと緑髪の男の元へと駆ける。


 銀髪はまだ空中、少し上に向けて投げたのが功を奏したようだ。


 着地したばかりの緑髪はこちらに気が付くのが遅れ、距離をとろうとするがもう遅い。最後の悪あがきとして地面を竜の形に変えて向かわせてきたが、それでも・・・だ。


「オオオオォォオ!」


 手に持った二本の配管の一本を、真っすぐに投擲して向かってくる竜の一部に穴をあける。ギリギリ通れるかどうかのその隙間に体をねじ込み、その男の下までたどり着くと思い切り腹部を殴りつけた。


「ぐぅ・・ぁ!」


「アアァァアア!」


 勢いを止めることなくそのまま振りぬくと後ろの壁を粉砕して、隣の部屋まで吹き飛んだ。緑髪の方はこれで片付いたとして、再び視線を銀髪の方へと向ける。


 着地まであとわずか、目的の場所までまだ押し切れていない。これじゃ、まだ駄目だ、もう一つダメ押しする必要がある。


 銀髪とまともにやり合うのは愚策だと判断した結果、掴んだ配管を強く握って、裂帛の叫びと共に銀髪に向けて投擲。風を切りながら飛ぶ配管は、目的に向かって真っすぐ飛び、着地して地面を転がっている銀髪に直撃する。


「がぁああ!」


 ギリギリのところで躱したのか、直撃を免れはしたものの勢いに負けて、後ろの部屋へと転がり込む。


あと一歩、あと一歩だけ。


 全速力で駆け抜けた先にいる銀髪にとどめの一撃を叩き込む。敵ながら見事だと賞賛を送りたいほどだ。


 投擲した配管を逸らすために片腕を犠牲にしたこの銀髪は、腕で守りながら後ろに下がることで体にかかる衝撃を無くしたのだろうが、今回についてはそれは悪手だ。


 下がったことを確認すると、誰かに知らせるように大声を張り上げる。


「兄弟! 入ったぞォォオ!」


 飛んだ銀髪は何かに気が付いたようだが、・・・手遅れだ。


「見事!」


 叫んだ声に答えた声が聞こえると同時、吹き飛んだ銀髪の足元に強い光を放ちながら何かの魔法陣が浮き上がる。いつもの強化版で、この日の為に作り直してきた新作だ。

何度も試して、その全てにおいて成功を納めてきた自慢の一品。


 目的を達成したことによる安堵の息を吐くのも束の間、今いる部屋の別の入り口からあの緑髪の匂いが鼻につく。まだ終わった訳じゃないと、最後の最後に緩みかけた自身の気を入れ直すと、その入り口めがけて走る。


「あれは? ・・・まさか『死陣』! そんな馬鹿な、あれは簡単に・・そうか、最初からこの場所に・・」


「よぉ、まさかまだ生きてたんだなぁ。・・敵ながら見事だぜぇ、お前も、あいつもよぉ。」


 魅せる姿は傷だらけでここまで歩いてくるのは大変だったようだ。飛ばした先の部屋はどうやら|この部屋(目的地)の隣だったのは知らなかった、次から気を付けるかと思いはするがこの場所に訪れることはもうないだろう。


「くっ・・・逃げろ! ロウ! そこにいたんじゃマズい、死ぬぞ!」


「・・・そうしたい、のは、やまやまだが・・・動かねぇ。」


 銀髪の名前はロウというのか。ここまで苦戦する相手だったんだ、本当の最後になっちまったが名前を知れて良かった。


 目の前の緑髪の男についてもそうだが、こいつとはまだ長い付き合いになるんだから、今名前を知らなくても問題はない。


「盛大に行こうぜぇ、兄弟!」


「『・・から外れし哀れな魂、その身に宿る呪いから解き放とう。穢れなきその身で生まれ変わるがいい。』」


 詠唱が終わったのか、後ろの魔法陣は今まで見たこと無い量の光を放っている。あまりの眩しさに目を覆いたくなるが、これは自分が負うべきものなので覆うことは許されない。


 止めるためにあがこうとしている緑髪の男は、俺がここにいる限り何もできない。・・いや、何もさせない。これは世界を救うための闘いだ。


「『死陣 死転滅天陣』!」


「ロウ!」


「動くんじゃねぇ!」


 走り出した緑髪を蹴り返し、後方の壁にぶつかったことで、ついに立ち上がるための力も無くなったのか、苦し気に手を伸ばすだけ。


 兄弟の声が響いた数秒後、この部屋は影すら消えてしまうほどの強烈な光に包まれた。


  ◇◇◇ ◇◇◇


 ガタガタと揺れる外見とは違い、内装はどこかの部屋を連想させるほどの広い造りで、こんな馬車を個人で所有しているのは世界でも一握りだけだろう。


 今は退屈なオークションも終わって、買った奴隷の配置も終了した。後は家に帰るだけなのだが、・・目の前の主、マザールは非常に難しい顔をしている。


「・・マザール様、どうかなされましたか?」


「いや、何もない。ただ疲れているだけ・・・・、などと言っても苦しいか。」


「はい。やはり先ほどの二人についてですか? もし、私で良いならお話を聞きますが・・・」


 外を見つめるマザールの顔は非常に複雑で、嬉しそうでもあるし悲しそうでもある。何とも言い難いその顔からは、苦しそうな思いがヒシヒシと伝わってくる。


「・・・話せるならばジェリカしかいないだろうな。」


 やっとの思いで開いた口からは重い口調で話しかけられ、その次に出てくる言葉はそれから少ししてから紡がれる。


「あの二人と話していたら、私の方も未熟であると感じて始めてな。」


「何を仰いますか! 世界でも有数の商人であらせられるマザール様が、未熟であるわけがないではないですか!」


「私のこの成功も、所詮は作られたもの。私本人など、彼らと何も変わらない。むしろ私の方が・・・」


「マザール様!」


 それ以上は言わせてはいけないと、ジェリカの本能が叫んでいる。今日はやけに落ち込みすぎているようで、先ほどのようなオークションのときに見せた楽しそうな感覚が、今はひどく遠い。


 いったい何を考えているのかジェリカには想像もつかないが、それでもマザールに対しては絶対の信頼を置いている。


「・・すまない。どうやら今日の私は酒の飲みすぎなようだ。」


「いえ、・・こちらこそすいません。出すぎた真似をしました。」


 そこからは冷たい沈黙が流れる。何を考えているのか全く分からないのは今に始まったことでは無いが、それでも今日は様子がおかしい、おかしすぎる。


 一人でどうしたものかと慌てていると、マザールの方が静かに口を開いてきた。


「やはり大きな事の前だと、緊張してしょうがないな。こればかりはいくつになっても、治らんとは・・・困ったものだ。」


「あの退治屋の事でしょうか? 情報の方も伝えておりますし、何も問題は無いと思いますが・・・」


「これは勘だ。何の理由もない、ただの私の勘でしかないのだが・・・彼に死なれては困るかもしれない。」


「何故ですか? やはりあそこまで堂々と姿を現したことが、気になっておられるのですか?」


 外を眺めていた眼は手元のグラスに向いた後、テーブルに置いてから離れた場所に座るジェリカの隣までやってきた。


「気にはなっているが・・・それが全てではない。何か見落としがあるような、そんな不安があるのだ。」


「見落とし・・ですか? いったい何の・・・。」


 マザールの言葉の裏には何かありそうだが、それが分かるほどジェリカの方もマザールの事情を深く知っているわけでは無い。これがまさかマーリンと繋がっていることなんて、思いつきもしない。


 それからまた長い沈黙が訪れる。隣に座るマザールは先程から不安そうに自分の手を叩いている、これは例の癖だ。


「ジェリカにだけ話しておこうか。もしかしたら、ということもあるかもしれん。」


「・・・何を、ですか?」


「実はな、・・・」


 叩く手を止めて立ち上がり、ジェリカの方を向いて真剣な顔で話し始める。告げられた言葉の真意を察せられず、ただ聞くことしかできない。それがいったいどれほどの決断なのか、知る由もない。


「・・・・マーリンと、手を切ろうと思っとる。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ