罠
目の前の手すりに肘をつき、おぼろげに上空を見つめる。気温も上がりだしたこの季節、近くに海辺があることも重なって生暖かい風が頬を撫でる。
そんな中、頭から足元まで全身をマントに包んだ彼ら二人は、その場所で待機を命じられている最中だ。
「・・・全く、なんて日だ。」
「どうした? 嫌なことでもあったのか?」
「何でもねぇよ。完璧な環境が揃ってるなって、感動してたんだよ。」
雲に隠れた月を見上げてそう答える。どこにいても照らされることの無いこの環境は、闇に生きる者にとっては絶好の仕事日和だ。
「それにしては、随分と不安そうな顔じゃねぇか。これほどの好機を、逃すわけにもいかないだろう。」
「分かってるさ。姫様の殺害だなんて、今まで聞いたこと無かったからな。」
強めに吹いている風は、少しの足音ならば簡単に誤魔化すこともできる。この環境に加えて十分に準備をしていた彼らに、負ける要素など微塵も無かった。
「それが分かってるなら、もう少しちゃんとだな・・・・。はい、こちらシェル。」
二人が今いる場所は噴水広場の近くのマンションの上。辺りの遮蔽物がないこの場所は、辺り一帯を見渡すには十分な場所だった。
相方に何かしらの連絡がきたのか、ふざけたような笑い顔から真面目なものへ変化する。表情に現れやすいこいつの顔を見れば、それがどのような連絡だったのかはなんとなく分かる。
「・・・来たぞ。依頼主からの直接の情報だ。」
「そりゃまた随分と仕事熱心な依頼主だこと。それで、場所は?」
「噴水広場段下、商店通りの二本南だ。」
「!? メチャ近いじゃねぇか! すぐそこだぞ!」
「おまけに俺たちの入念な準備がある場所でもある。これはまさに好機だ。逃すわけにはいかない、行くぞ!」
相方の声に返すことなく、我先にとその場所から飛び降りる。高い場所からの着地であるハズなのに、物音は一切しない。地面にヒビを入れることなく着地に成功すると、音も無く目的の場所まで走り出した。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・あれか?」
指示された場所まで向かうと、近くに一台の馬車が走っていることに気が付いた。それは伝えられた通りの情報で、赤と白の馬、緑の髪の男性が御車席に座っている。
全てが合致する馬車を目で捉えると、すぐそばの家の屋根に飛び上がって姿を隠すして数分後、少し遠めに見えるその馬車が小さなトンネルのような場所を通った瞬間、待ちに待ったその瞬間が訪れた。
「今だ!」
屋根に飛び上がってから魔法式の起爆準備を一瞬で終わらせると、うるさい相方の声に合わせて手を大きく叩く。
パチンと叩かれた手の合図から一拍の間を置いて、その馬車が盛大に燃え上がった。
「何か、今・・・」
「やったか!」
自身のわずかな違和感にほんの少し首をひねったが、隣のうるさい相方の声にその思考も長くは続かなかった。
ため息と共に相方の後を追って屋根から降り、手にはナイフを構えてゆっくりと近づく。まだ生きている可能性は捨てきれないと、十分に警戒しながら燃える馬車の中を覗く。
赤く燃えるその中身は、何もない。ただ場所が勢いよく燃えているだけだ。
「あれ? ・・・おい中に誰もいないぞ。」
相方のその報告を聞いてよくよく中を覗くが、確かに誰もいない。確かに巻き込んだはずなのに、姿形さえ残らない何てこと今まで無かったことだ。
着地した地点、馬車の後ろからゆっくりと正面に回ってみたその光景に絶句する。
「おい、馬すらいねぇぞ! 御者までもだ!」
相方が近づいてきて同じように絶句する。その光景を見てある事に気が付いた瞬間、二人の背後を赤と白の二頭の馬が引く馬車が勢いよく駆け抜けた。
あまりにもとっさのことで対応が遅れ、馬車が少し離れたところで我に返り追いかけようとするが、背後から忍び寄ってきた何者かに意識を刈り取られその場に倒れこむ。
良すぎる環境が揃いすぎていたことが気がかりで、頭によぎっていた嫌な予感が当たったことに対して驚きはないが、悔しさだけは拭えない。
薄れゆく意識の中で、自分の意識を刈り取ったであろう銀髪の男の後ろ姿を眺めつつ、後のことは頼んだと願って深い底へと意識が沈んでいった。
◇◇◇ ◇◇◇
『お疲れさまでした。そちらは何かありましたか?』
「特には無いが、しいて言うなら新しい仲間が出来たかな。」
『無いことないじゃないですか。何言ってるんですか、かなり大きな問題じゃないですか!』
時間は再び巻き戻り、今はフィオナを引き取って外に出たばかりだ。下ろしたフィオナとキリエが話し込んでいる最中、ロウがリリアと連絡を取った時の事。
「分かったから、後で話す。それで、準備は?」
『・・・問題はありませんよ。フェザーとリウも準備は完了していますから。』
何か靄ついた感情を残したような返事で、釈然としていない様子。そんな事に気づいてはいるが、全く意にも留めず話を先に進める。
「そうか、じゃあ予定通りに進めるとしよう。」
『分かりました。何も無ければそれでいい、ですね?』
最期の確認をとるリリアの言葉に何も言わず、ただ待ってるから急げとそう言葉を話してから刻印石の通話をきる。
見た目はただの四角い石だが、使い心地は前の世界の通信機器を遜色ない。それどころか、利便性の面においてわずかに勝っているように感じる。
少し眺めてから腰のショルダーにしまって、キリエに近付こうとしたらリリアの操る馬車が登場したことに驚いたのは言うまでもないだろう。
◇◇◇ ◇◇◇
少し長めのトンネルのような場所で、落ち合う約束をしていた。今までロウたちが乗ってきていた馬車と同じものがそこにあり、ロウ達の乗る馬車が近づいてきたら扉を開けて誰かが出てきた。
「・・・やっと登場か。ちと遅いんじゃないか?」
「文句言うなよ。これでも急いだ方・・とは言えないが、いろいろ確認しながらだとこれが最速だ。」
「ま、無事にここまでこれたんならそれで良いわい。」
この場所で待ち続けていたフェザーは、ロウとキリエの姿を見て安心するのも束の間、すぐに切り替えて次の目的のことについて話を聞く。
「それで、おるんか?」
「あぁ。細かい人数は把握できてないけど、おそらくそんなに多くない。二・三人ってとこだろう。」
「今は、ですよね。」
細かい情報のすり合わせは短く終わらせる。今いる場所の出入り口を街灯が照らしているおかげで、月のが隠れている今宵では確認することは難しい。
だからと言ってのんびりするわけにもいかない為に、短く次の行動について確認をとる。
「ここからの行動についてだが、問題はないな?」
「儂が姫さん、リリアがロウと一緒に討伐担当でええんじゃろ?」
「それで問題は無いが、そこにもう一人加わる。フィオナって言う竜人だ。詳しいことは帰ってから話すけど、キリエの他にもう一人いるってことだけ知っといてくれ。」
確認することも知っていて欲しいことも伝え終わった今、後は行動に移すだけ。三人が頷き合うとリリアはフェザーが待機していた馬車に駆け寄り、フェザーはキリエたちの乗る馬車へと向かう。
軽くストレッチしたロウがトンネルの入り口に立って外の様子を伺いながらリリアに合図を送る。
静かに印を刻んでフェザーから渡された石を強く握り、何かをささやいたかと思うとその石をトンネルの外に向けて放り投げた。
投げられたその石は放物線を描いて地面に着地した瞬間、ロウ達が乗ってきた馬車へと姿を変えて投げられた勢いのまま走り出す。
リリアが作り出した馬車の幻影はトンネルから出てほんの数秒後、フェザーの石が破裂して爆音を鳴らすと同時に豪快に燃え上がる。
思いのほか近い場所で仕掛けてきて、さらには燃え上がる幻影の近くまで集まっている。視認できるのは二人だけなので、この程度ならばと手で合図を送った。
その合図を受けたリリアは馬車を走らせて、わざと二人の背後を音を立てながら爆走することで視線を集める。その隙をついたロウが二人の意識を刈り取ると、去り際のリリアに目標地点を叫ぶ。
「C地点だ! 先に行っててくれ!」
聞こえたかどうか分からない。聞こえていることを祈りつつ、ロウの方も近くの住宅の屋根に上って叫んだ目標地点を目指して走り出す。
それから少しして、辺りに静寂が包まれてからキリエたちの乗る馬車も、一時のかりやっどに向けて静かに動き出した。
◇◇◇ ◇◇◇
厚い雲も薄れてきていて薄らと月明かりが照らし始める中、その集団の頭目は今の状況に少し違和感を感じていた。
もたらされた情報は正直なところ嘘臭かったが、ここで数日過ごしたことでその情報の根拠となる証拠もいくつか見つかっており、信じない訳にはいかなくなってしまった。それでも、快く頷く事は出来ないのだが。
「頭目! 対象の馬車は港の方へと向かっているようです。仕掛けた罠ほぼ全て無効化されており、使い物にならないと。」
「・・・今すぐ全員を招集して、全員で直接叩け。絶対に逃がすな、此度の獲物は大きい故に、もたらされる恩恵も莫大なものとなる。」
「承知しました。今すぐその伝令を伝えます。」
とある商会のある一室。ここには自分と連絡の整理を行う者と体の大きな兄弟分のみしかおらず、目の前に広げた地図を眺めて感じる違和感に首をかしげていた。
「・・・何だ、この違和感は。今までと違いすぎる。相手が姫だからと言って、こんなにも違うものなのか・・?」
「兄弟、何か気になることでもあんのか?」
「気になることなら腐るほどあるが、正直今は相手の動きがやけに頭脳的なんだ。」
「今回は大物だからだろう? そんなに気にしたところで、みんな倒しちまえばそれで済む話じゃねぇか。違うか?」
「それは・・・そうなんだが。」
次々と知らされる多くの情報を一つ残らず書き残していく。見事に欲しいところの罠だけを潰され、あろうことか襲撃しようにも裏道を駆け抜ける何者かもいるそうだ。
一国を救ったことのある騎士が味方に付いているから、こんなことになっているのかもしれないが、それを差し置いても今まで見てきた奴らとあまりにも違いすぎる。
予想もしていなかったこの状況に慌てることなく、冷静に一つ一つ処理し続ける。そんなことをつづけた十数分後の事、ある連絡が頭目まで知らされることになる。
「頭目、連中を追い詰めたとの報告が上がりました!」
「行こうぜ、こんな好機逃す手はねぇぞ。」
その言葉を聞いて2m程の布でくるまれたいつもの武器を持つと、地図と睨み合っている兄弟分へと声を掛けて扉を開ける。
「こんな奴らが・・・・何か勘違いでもしてるのか?」
「兄弟! いつまでそうしてんだよ。聞きたいことがあるなら直接聞きゃ良いじゃねぇかよ。」
しびれを切らした相手は開いた扉を叩く。強く叩かれた扉はその勢いに打ち勝つことが出来ず、外れて壁まで吹き飛んでしまった。
ガラガラと音を立てて崩れる棚の音を聞きて、ようやくその重い腰を上げて兄弟分の下までやってきた。
「・・そうだな。ここまで来たんだ、行きたいことがあるなら直接聞いた方が早いか。」
「当たり前じゃねぇか。さぁ行こうぜ、俺の獲物が盗られちまうよ。」
「それじゃなおさら急がないとな。頼めるか、兄弟?」
動く巨体はまるで岩の様にドスドスと音を立てながらも、俊敏に走りながら近くのテラスに向かって走りだした。
自分よりはるかに小柄な兄弟分を掴むと、連絡のあった方向に向かって思い切り飛び上がる。黄金の鬣をなびかせながら、月明かりに照らされてひたすら真っ直ぐに飛び上がって消えていった。




