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全てが新しい異世界にて -fast life-  作者: 鰹節
第三章 交易公国 ファブログライン
83/132

黄金の鹿

「行ってらっしゃいませ。」


 不安を噛み殺しているためか、向けてくる笑顔はどことなくぎこちない。


「行ってきます。大丈夫よ、ロウが付いてるんだから。」


「ですが・・・」


 そんなリウの心情はキリエの方も分かっているようで、それ以上は何も言うことなく扉を開けて出ていった。その後に続いて出ようとした去り際。


「任しとけ」


 そう一言添えて外に出る。これだけで安心させられるとは到底考えられないが、何も言わないよりはマシだろう。


 少なくともこれは意思表示としてのものなので、相手を安心させられるかどうかは、別の問題だ。扉が閉まる瞬間何かを伝えようとしたのか、何か叫んでいるように思ったが、閉じられた扉に遮られてロウまで届くことはなかった。


 その後、二人はリレーションに乗り込み下の階層まで下っていく。


「なぁ、キリエ」


「ん?」


 二人しかいない小さな空間は小さく揺れており、四方の壁に付いている刻印石がこれでもかと明かりを放っている。


「・・怖いか?」


「まぁ、少しはね。オークションは何度か経験あるけど、こんな風な目的を持つなんて今までなかったことだから。でも・・」


「違う、そっちじゃない。」


 今の気持ちを正直に話そうとしたら、ロウがそれを遮ってきた。その割込みは予想外で、また小ばかにしてくるとも思ったがそれも違う。そんなロウの今の表情はまるで・・


「人間が、だよ。」


 まるで小さな子供が悪いことをして叱られている最中にするような、そんな悲しげな表情だったのだ。


「俺は人間だ。この世界を破壊しようとした、・・しようとしている悪魔みたいな存在だ。あいつらと同じだと認めたくない、思いたくないが・・・人間てのはあんな事を、平気でするクズだって知ってる。」


「ロウ?」


 話す表情は悲し気を通り越して悔し気で、ギリリと歯をきしませる音が聞こえる。


 いつもと違いすぎるロウの姿に戸惑うが、頭によぎったのはフェザーと二人きりの時のあの会話だ。


「例に漏れず、俺もその一人だってことも。認めるわけじゃない、思いたくない、けど自信が・・な。」


「・・・・そっか、ロウは怖いんだね」


「怖い? まさか、怖いかどうかを聞いてるのは俺の方なんだけど。」


「違うわ、そっちじゃない。私を巻き込むことを怖がってる、って言いたいの。」


(儂はロウは弱くて脆い、そんな人間なんじゃと思っとる。)


(自分の傷より他人の無傷を見て安心する、そんな馬鹿野郎なんじゃと儂は思うぞ。)


 そんなことはあり得ない、そう返したことがひどく遠くに感じるとともに、なんてバカな返事をしたのだろうと自分に嫌気がさす。


 本当に何も見えていなかった。ロウは同じ人間というくくりの中で、ただ一人こちら側で活動している。そんな彼が同族である『あいつら』と戦うことに、何も感じることが無いはずなかったのだ。


 貼り付けていた仮面も少しづつ剥がれ始め、今のこの優しく弱そうなロウが本当の姿なのだろう。


「怖くない、って言ったら噓になる。」


「・・・そう、だよな。」


 一拍の間を置いた後に告げた言葉に、安心するような、悲しいような、そんないろんな感情が入り混じったため息が漏れる。そんなロウを見て、フェザーのロウに対する感想が間違っていないことを確信した。


「あのグルークル地下墓地で会った時のこと覚えてる?」


「忘れたくたって忘れられないさ。あんな濃い記憶、そう簡単に消えるはずない。」


「フフッ、私も。最初にあった時は『誰?』ってなったから。」


「そりゃそうだ。見たことない奴がいきなり現れて『助けます』なんて言うんだ。怪しいったらありゃしない。」


 忘れるハズがないその記憶は、未だに新しい記憶としてこびり付いている。決して色あせることないその記憶を思い出していると、隣のキリエが子供へと向けて話す様にして、ゆっくりと語りだす。


「うん。あの時は本当に怖くて、どうしようもなかった。全く知らないロウのこともすごく怖かったけど、・・・その怖さもその時だけ。」


「キリエ?」


「こうして護衛してもらってまだ短いけど、一緒にいるとその怖さもどっか行っちゃった。他人の私にあそこまで本気になってくれた人の事、怖いなんて思うハズが無いよ。」


「・・・・。」


「ロウがどんなふうに感じてるかは分からないけど、少なくともロウが感じているよりも、ロウは優しい人だと思うよ。」


 そこまで話したところで正面にリレーションの扉が開き、キリエは軽い足取りでそのまま出て行く。腕を引かれてロウも出ると、そのまま外まで腕を引っ張られていった。


「それに私ロウの事何も知らないから、教えてくれなんて言われても何も言えないよ」


「それは・・・」


「ねぇ、教えてよ。ロウの事。オークションの話のとき、誰かの事思いだしたんじゃない?」


 準備前に開かれた会議の際、ロウが誰かの事を思い出すようなしぐさを取ったことを、キリエは見逃していなかった。


「ただの勘だろ。変なカマかけるなよ。」


「それがそうでもないの、だって私もよくあんな顔してたから。経験上誰か別の事考えてるなって分かっちゃった。」


 あらかじめ用意していた馬車が入り口前に用意されていた。二人しか乗らないのに、ちょっと大き目なその馬車を引くのは赤い馬『レイバ』と、白い馬『ヴィーブル』。どちらも自前のその馬は非常に頼りになる、相棒といっても過言ではない。


 キリエの質問に押されているロウを見ると、レイバが暴れそうな気配を出したが、手を軽く上げると荒れた鼻息が落ち着いていったのが分かる。扱いづらいのか扱いやすいのか、ハッキリしない奴だ。


「だから教えてね、その人のこと。」


「・・・聞いたところで、面白くもなんともないぞ。」


「私が聞きたいんだから、面白いとか関係ないよ」


 開かれた馬車に入ると、扉が閉まると同時にゆっくりと動き出したようで、左右へと体が揺れる。


 その馬車の中には明かりは無く、外の街灯が照らす明かりが差し込む光だけ。ポツポツと照らされるキリエの目はどこか楽し気で、どこかへ出かけるときのような笑い顔だ。


「・・ったく。キリエの予想は、・・・悔しいけど正解だ。血の繋がってない家族であり、大事な仕事仲間のビーって女のことだ。」


「へぇ、ビーさんね。可愛かったの?」


「どうだかな、そんな事考えたことも無かったから。それに、好きだ惚れたって話なら俺よりもアニの方だ。弱いくせにやたら喧嘩売ってくるから、ムカつく印象しかない。」


「ロウにケンカ売るって、・・・すごいわね。そんなアニさんに惚れちゃったのは、何かキッカケがあったからなんでしょ? 何があったの?」


 正面に座るロウは気恥ずかしそうではあるものの、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。話を聞くキリエは他人の色恋沙汰に興味津々なのか、グイグイと押してきており、話すロウも少し下がり気味だ。


「何があったって言うか、最初からだな。これが思い浮かべた理由になるんだが、ビーは元々奴隷だったんだ。」


「奴隷!?」


「あぁ、奴隷を専門に扱う商人がいてな。・・偶然、本当に偶然その商人と敵対して、俺たちがそいつらと戦ったんだ。その時アニがビーを助けて、一緒に生活することになったんだけど・・あとは察しの通り。」


「日を重ねるごとに思いは増していき・・・みたいなのでしょ! 本で何度か読んだことあるけど、まさか本当にあるなんて!」


 赤らめた頬に両手を当てて、自らの熱を覚まそうとしているが、覚めそうな気配が全くしない。それどころか、さらにヒートアップしていく勢いで、次から次へと質問が雨の様に降りかかってくる。


 二人はどんな様子だの、お互いの距離感はどんな感じだったのか、周りはそれを見ていてどんな気持ちを浮かべていたのか・・・・等々。


 挙句の果てにはロウにまでその飛び火が飛んできて、そんな相手はいなかったのかどうかまで聞いてきた。


「ロウはどうだったの! そんな思い焦がれて、今にも発狂しそうな相手はいなかったの!?」


「いねぇよ! どんな質問だ!」


「嘘! 今、嘘ついたわ! そんなこと言っても、私の目は誤魔化せないんだから!」


「お前、嘘って言ったらなんでも行けると思ってんじゃないだろうな? おかしな本の読みすぎだ!」


 今迄溜まっていた物が、今現在噴出しているようだ。姫様という立場で、こんな知識を得ることができる方法はただ一つ。得る物が本しかないから、非常に偏った知識としてキリエに根付いているせいで、話しにくいことこの上ない。


 この世界にも恋愛関係の本があることに驚きつつ、今は目の前で爆発しているキリエを止めることを優先させた。


「少し落ち着け、キリエ。まだ目的を果たしてないどころか、場所にすら着いてないんだ。今からこれじゃもたないぞ。」


「う・・、そうでした。けど、気になる・・。」


「いい加減諦めろ、そんなのはいない。それでいいじゃないか。」


「ぐぅぅ、絶対いるのは間違いないのに・・。これが終わったら話してもらいますからね!」


「・・勝手にしろ。」


 熱がようやく冷めたのか、キリエの赤く上気していた頬はいつもの色へと戻った。あの驚くほどのハイテンションが収まったことに安心しつつ、外の景気を眺めて今いる場所を確認する。


 テツが親と出会うことが出来たあの噴水広場を通り過ぎ、目的の場所までもう少しだと気合を入れ直す。


 少しの間、ガラガラという車輪と馬のひづめの音だけが聞こえる中、キリエがポツリと質問を投げてきた。


「ねぇ、ロウ。聞いていい?」


「さっきみたいのなら断るけど?」


「うぅん、・・合ってるような、違うような・・。」


 自分で聞いておきながら、その先の質問にためらってはいるが、それも少しの事。頭を振ってロウへと向き直ると、その先の言葉を告げて来た。


「今、その人たちはどうしているの?」


「それは・・・・、死んだよ。どこかの馬鹿が先走ったせいで、一人残らず全員な。」


「・・・ごめんなさい。」


「謝んなよ、これは昔の話だ。キリエが謝ることじゃないし、聞いてきてくれたおかげであいつらの事、少し思いだいたしな。」


 謝罪するキリエにロウは微笑みで返答する。決して口にすることは無いが、キリエが聞いてきてくれたことが嬉しかった。


 話したかったわけじゃない、聞いて欲しかったんじゃない。ただ知って欲しかったのだ。


 前の世界での家族のことを知っているのはロウただ一人で、そのロウも居なくなってしまってはその家族のことも一緒に消えてしまう。それがロウからしたら少し怖かった。


 嫌な顔をしてくると思っていたキリエは、ロウのそんな対応が安心半面、不安半面。


 言葉の一つ一つに嘘が籠っていないことは聞いていて分かるが、申し訳ないという謝罪の感情が芽生えていることも確かだ。そんな気持ちを察してか、ロウは冗談交じりで話してきてくれる。


「さっきの変に明るいと思ったら、今度は陰鬱とは。感情の起伏が激しい方だこと。」


「うぅ。茶化さないでよ」


「気にするんだったら、今はこの会話よりこれからのことを気にしてくれ。・・・・・着いたぞ。」


 言葉と共に揺れていた体が止まる。音も振動も無くなったことから、どこかに止まったことを理解すると、途端に体全体に緊張の波が押し寄せてきた。


 開かれる扉の先には、今まで御車席で運転してくれていた緑の髪の男性が頭を下げており、先に降りたロウが手を差し出してきて、その手を掴んで用意されている小さな階段を使ってゆっくりと馬車から降りる。


 辺りはほとんど真っ暗な裏道で、飲まれそうなほど黒い闇が目の前に広がっている。センジュからの情報によればこの場所が例の『黄金の鹿ネアリウス・ワインド』という会場につながっているらしいが、そんな扉は見当たらない。


「・・・ここで、良いのよね。」


「そうゆう事か。あぁ、ここで合ってる。入り口は目の前だ。」


 後ろにいる緑の髪の男性が頷くと、ロウの方もそれに応じるようにうなづき返した。そのまま馬車はどこかへ行ってしまい、この場にはロウとキリエだけが取り残された。


「それじゃ行こうか、お嬢様。」


「えぇ、しっかりと護衛お願いね、執事様。」


 ロウの服の袖を握って、その闇の中へと身を投じて行った。


 ◇◇◇ ◇◇◇


 ねっとりと体に纏わりついてくるような、気持ち悪いその空間を進む。地面も壁も無くなり、闇の中を歩き出して十秒ほどしてからだろうか、暗いその空間にいきなり一つの扉が現れた。


 一際輝くその扉はこの空間において、進むものに安心感を与えてくれるように明かりを放つ。ロウとキリエはためらいながらもその扉に手を掛ける。


 見事な装飾が施された木造の扉を開けた先には、煌びやかな金色の部屋が広がっていた。


 部屋の中央には大きい植物が生えており、入って右手にはカウンターのような場所があり、限界が見えない天井に向かって伸びている階段が左手に見える。


 今入ってきた扉の左右にはそれぞれ五人ずつ正装し、その全員が顔に不思議な面を被っている。


「ようこそ『黄金の鹿ネアリウス・ワインド』へ。此度の来場、歓迎いたします。」


 話しかけてきたのは左右に並ぶ面々とは違い、一人だけ少し大きな面を付けている男だった。体は筋肉質で、身長もかなり大きい。二mはあろうかというその大男は、恭しく一礼すると近くの扉へと誘導してくる。


「開始まで少し時間がございます。それまでの間、どうかあちらの方でお待ちください。」


「分かりました。丁寧なお出迎えありがとう。」


「・・恐縮の至りです。」


 サラッと話した言葉は慣れたもので、キリエがロウの一歩前を歩いてその扉へと進む。示された扉を開くと、そこは大きなホールの待合室といった様子で、数十人の正装した魔族がそこに集まっていた。


 先程の金色の部屋とは違い、ここは落ち着いた雰囲気の部屋だ。金色から白っぽい灰色へと変わり、壁全体が適度に装飾されている。先の部屋の影響で、なんだか目がチカチカする。


 扉を開けたことを気にも留めておらず、その場の全員が自分の話に夢中になっている。耳を澄ますと最近の流通状態や流行といった会話が聞こえてくるから、ここにいるのはほとんどが商人なんだと伺える。


「・・結構、いるんだね。」


「これでもまだ少ない方さ、ここにいるのが全員だとしたらだけどな。」


「まだいるの?」


「金色の壁のせいで見えにくかったが、入っていた扉の横にいくつかの扉が付いていた。役員専用の通路ならば、客人を通す真横に設置するなんてしないだろう。考えられるとするなら・・」


「別の案内される部屋。それじゃ、この部屋の中にマザールって商人がいない可能性があるのね。」


「確証はないけど、恐らくな。」


 いつまでも扉の前で立ち話をしているわけにはいかないので、二人は部屋の中を一周することにした。


 壁沿いに置かれたいくつかの椅子や、部屋の中央にはいろいろな料理が並べられており、その料理や酒を片手に何か話していようだ。


 皆が初対面なのか、接している態度はよそよそしい。


「ここにマザールはいないな。」


 そう結論付けたロウに、キリエは不思議そうに聞き返してくる。


「顔も姿も知らないのよね、何で分かるの?」


「マザールはこの国一番の商人だ。ということは、この国で一番顔が利くのは必然的にマザールになる。」


「そうか、ここにいるのが商人ならば顔のきくマザールに自分を売り込もうとする。そうなれば、自然とその周りはたくさんの商人であふれかえる。」


「ここにいる魔族たがちが、各々話し込んでいるのがその証拠。おそらくマザールは、常連として別の部屋に案内されたんだろう。」


 考えが甘かった。向かえば自然とマザールの姿だけでも、拝むことが出来ると楽観的に考えていた。相手は常連、一元の客であるロウ達とは扱いが違うのは当然のことだったのだ。


「ロウは何か詳しいこと聞いてないの? 特徴とか。」


「・・小太りの犬の獣人ということしか聞いてない、後はいけば分かると。せめてもう少し時間があれば、もう少し違ったと思うんだが・・・。」


 現状として打開する方法はない。部屋が分けられていることが痛く、別の部屋へと移ろうものなら目を付けられることになる。こんなところに何度も来る気は無いが、動きづらくなることはどうしても避けたい。


「今はオークションが始まるのを待つしかないのね。」


「そうだな。けど、そこからマザールを見つけて話ができる環境までもっていかなきゃいけない。正直、無理な気がしてきた。」


「大丈夫よ。私運良いみたいで、仕事のときもそうやって助けられてきたから」


「・・・いまいち安心できないな、それ。」


 両手を握りガッツポーズをしているキリエはそれなりの自信があるようで、僅かに余裕の笑みを浮かべているようだ。


 そんな話をしていると、会場が急に静かになったことに違和感を覚えると、辺りの商人が同じ方向に視線を向けていることに気が付いた。


 その視線の向く先、色の違う照明を当てられているその場所には、ピエロの格好をした四本の腕を持つ男が現れており、何もない壁の所まで進むと大きな声で話しだした。


「マコトニ、お待たせイタシマシタ! コレヨリ『黄金の鹿』が開かれ・・ます! ので、来場のお客様方は、秩序を持って、礼式を持って、札を持って、お金を持って、振るってご参加を!」


 一言話すたびに四本の手からいろいろなものが湧き出てくる。手品なんて久しぶりに見たなんて感傷にひたる傍らで、キリエはその手品に興味津々の様子。


 何も無いところから出てくる花や棒、箱や鳥など出てくるものは様々で、そんな風に出てくるたびに周囲はどよめきに包まれる。


「・・・とまぁ、長い説明など聞く気になりませんでしょう。ので、のでので、ここまでで説明は終わりでございます。ここからは皆さまに直接行っていただきましょう!」


 上げた片足を膝の上に乗せる。一本の足で起用に立ち、四本の腕はそれぞれで不思議に動き回る。醜い踊りの踊るようにしてくるくると回り、三回ほど回った後壁に手を叩き付けた。


 途端に壁はボロボロと崩れだし、そこに現れたのは鉄製の扉。重くのしかかってきそうな雰囲気を醸し出すその扉が、ギギギと音を立てて開く。


「サァサァ、ここから本当に開始します! どうか皆々様、お楽しみください! この一夜が思い出となることを心より願っております。」


 扉の横で中に入っていく面々に頭を下げ、番号札を手渡している。男女一組の面々に一枚となるように渡してきており、ロウとキリエにもその番号の札『八十二』を受け取った後、扉の中へと入っていった。


 ◇◇◇ ◇◇◇


 入った先は劇場のようなホールだった。部隊の方へと近づくにつれて下っていく方式となっており、ロウ達が渡されたのは後ろから二列目。


 二つの並んだ椅子の横は通路となっていて、隣に誰かが座ることが無い配置になっていた。場所は一階席だけなく、二階と入ってきた扉の上にガラスのようなものが付いているが、暗くてよく見えない。


 渡された椅子の下まで進み席に着く。思っていた通り、他にもいくつも部屋があったみたいで、五つの扉からどんどん流れ込んできている。


 そんな雪崩れのような入場も終わり、薄暗く照らしている明かりが消えると、正面の部舞台に明かりが灯される。


 その明かりに照らされて、小さな鹿の角を生やした一匹の男が音楽に合わせて登場する。その男の登場に合わせて会場に雰囲気も上がり、今や最高潮に達しようかというところだ。


『みいいぃいなさま! 非常にお待たせしてぇ、申し訳ありませェええん! ですが、待ったかいがあるというもの。』


 舞台を端から端へと動き回り派手な光と音の演出により、何かのショーお見せられている気分になる。全く気が乗らないが。


『今宵はそれだけの時間に見合った品々を取り揃えておりますので、どうか皆さま期待に胸を破裂しないように膨らませて、参加していってください! では行きましょう! まずはこちら!』


 舞台へと登場したのは鎖につながれたいろいろな種族の奴隷たち。着ている服は所々汚れており、纏う雰囲気からはとてもじゃないが喜んでいるようには見えない。


 隣に座るキリエは口に手を当てて肩を振るわせている。


『ここにいるのは皆獣人です。では一つづついきましょう、まずは一番から。年は十五、性別は女。今が食べごろの一番は、つい最近こちらに流れてきたものです。多くは語りません、その実態は皆さまの手で知っていただこうと思いますのでね。デハ参りましょう、まずは三十から!』


 その掛け声とともに、一斉にそこかしこから渡された札が上がる。上に投げることで一定の高さに滞留し、落選したら手元に戻る仕組みのようだ。


 開始から間もなくして、一番の値段を百まで跳ね上げられており、上がる札の数も減っている。そういっている間に締め切りとなり、誰かが落札に成功したようで司会者の男が次の商品の説明に移る。


「・・ねぇ、これみんな正気なの?」


「言ったろ、こっち側は目を逸らすの普通だって。・・・出て行くか?」


「・・ううん、ごめん。私が言いだしたんだもの、これから慣れていくわ。まず、マザールを探すのが先決なのよね。」


「そうだな、周りに怪しまれないように目を走らせろ。お嬢様は下を、俺は上を見る。」


 キリエは目の前で行われている、今まで感じたことの無い気持ち悪さを抑えつつ、周囲に目を配り続けた。


 ◇◇◇ ◇◇◇


 番号が進むにつれて上がる札の数も上がっていき、今は数は四十七まで上がっている。


「ねぇ、マザールってここの常連、なんだよね?」


「そう聞いたけど、・・どうかしたのか?」


「今回は来ている確率が高いんだよね?」


「らしいな。何か思いついたのか?」


 舞台の方ではほとんどが売れていき、出てきた商品が全ていなくなった時だった。照らす明かりが激しく明滅し、司会者の男もいったん消える。

 次に出てきた姿は派手な金色の服から、今度は黒の服へと変わっており、戻ってくると同時にその明滅する光も収まった。


『さて、この辺で少し休憩といたしましょう。今までは選りすぐりの商品を並べてきましたが、次は珍しい商品となります。他では扱うことの無い品ですので、ぜひ手に入れて帰って下さい・・ね!』


「このオークションを利用するのは、どうかなって。」


「・・・どういう事だ?」


 司会者の言葉に皆がわら声を漏らす中、ロウとキリエだけは真剣な面持ちで話を続ける。


「マザールとこのオークッションで競り合うのよ。そうすれば相手の印象に残ることも、話をすることも可能になるかもしれないわ。」


「・・・確かに不可能じゃないかもしれないが、そのマザールがいったいどれを買うかなんて、分かるはずない。案としては悪くないが、前提条件が破綻してる。」


 どこにいるか分からない相手を探すために、その相手を使うなんて目的と方法が矛盾している。


「大丈夫、マザールがどこにいるかは、なんとなく分かったから。」


「見つけたのか?」


 驚きの発言に聞いていたロウは思わず飛び上がりそうになる。運が良いとか言っていたが、それを認めなくてはいけないようだ。


「見つけたって言ったら語弊があるわ。マザールはこの国一番の商人、ということはお金に困ることは無いはず。常連ならば、ここに来て何も買わないなんてことしない、違う?」


「まぁ、そうだな。確証はないが、筋は通る。それで?」


「ここまでの競り合いで寸前に提示された金額から、大幅にかけ離れた金額を掲示して落札したのは九回。そのうち六回は同じ場所の札、百二十番が上がっていたわ。」


「大金持ちで、楽しんで参加、同じ場所とくれば・・・」


 二人が見上げるのはよく見えない二階の窓ガラス。相変わらずそこには暗くてよく見えないが、何かと目があった気がした。


『・・・・お次はこちらの吸血種ヴァンパイア。年は二十二、性別は男。ちょっとやそっとじゃ壊れない頑丈な肉体が特徴の一品。日ごろいろいろな鬱憤をためておられる方もおられるのではないでしょうか?』


「このままいてもジリ貧だ。賭けの要素が強いが・・・・その案に賛成だ。けど、良いのか?」


「・・うん、私も何かしたいって言ったから。それにこっちが引き取ったら、後はこっちの自由にしていいのよね?」


「そっか、じゃぁ俺は何も言わない。・・・後はいつ上げるかだが、なるべく少ないほうが良い。どうせ一か八かの賭けなんだ、思いっきり行こう。」


『おめでとうございます! さて、息抜きの品も最後となりました。こちらは誰も見たことが無い一品となっております。さぁ、その目を開いてしかと見よ!』


 舞台に上がっていたのは五人。右端から順番に売れて行き、最後に残ったその奴隷には全身を覆うほどの布が掛けられている。


 その掛け声えと共に盛大にその布を引きはがすと、一拍の間を置いてから悲鳴に近い叫び声が会場を蹂躙した。


 出てきたのは黒い大きな尻尾を持った女で、鱗のような模様も首元に見える。叫び声が上がった理由が分からず、ロウは隣のキリエを見ると、キリエも周囲と同じようにして驚きの顔をしていたのだ。


「・・・・黒龍種。嘘、何でこんなところに」


「すまん、キリエ。説明してもらっていいか?」


「龍は伝えられた伝説から、色んなものをつかさどる神として奉られているの。龍種はそんな龍の特性を身に宿している魔族で、滅多に現れないんだけど・・まさかこんなところで。」


「じゃぁ、みんなこぞって欲しがるな。」


「ううん、多分逆。龍種には『白龍種セント・ドラゴニア』と『黒龍種デッド・ドラゴニア』の二種類があって、それぞれの色で司っているものも違うの。」


 周囲のざわめきも収まったところで司会者が説明に入る。これでもかというくらいの説明の量に、聞いているこちらとしては良い印象は無い。


 少なくとも、部隊の方で叫んでいる司会者よりも、隣のキリエの方に傾けている為に全く聞こえてこない。


「『白竜種』は、命と運命、司るのは【豊穣】で、『黒龍種』は死と滅亡、【災厄】を司っているの。」


「・・災・・厄。」


『さぁ、それでは参りましょう! 手始めに十から、どうぞ!』


 いつもの通りに叫ぶも、誰一人として札を上げようとする者はいない。今までの盛り上がりは何だったのかと思うほどの静寂ぶりだ。


『あ、あれ? 皆さまよろしいのですか? 他ではお目にかかれない商品でございますよ?』


 全くと言っていいほど誰一人として動く気配がない。それからどれだけ待っても上げる物は居らず、司会者が商品を退散しようとした時だった。


 シンと静まりかえるその中で、一つの札が昇る。その札は『八十二』。いきなり上がったその札に対しての反応が遅れ、再び少しの間が空けて司会者が声を上げる。


『おおぉっと、ギリギリ滑り込んできたのは『八十二』の方々! 怖いもの知らずとは彼らの事を言うのか!』


 湧き上がるどよめきは収まらない。まさか購入するものがいるとは思いもよらなかったのだろう、会場の面々や司会者までもが驚いているように見える。


『もうこれ以上は居りませんか! だとしたら締め切らせてもらいますよ、落札したのは八・・・』


 番号を言い切る前にもう一つ札が上がる。司会者からしたらそれは予想を超えていた事で、まさか上がってくるとは思わなかった。


 上ずり気味の声で、その競り合いの実況は続く。


『またまた最後になってから、八十二の落札にストップをかけてくる者がいようとは!』


 二人がギリギリになって頭を巡らして考えた結果、チャンスはここしかないと上げたのだ。祈る思いで掲げ、戻ってきた札を手にすると、代わりに輝く札に目を向ける。


『八十二の落札に待ったをかけたのは、・・百二十!』


 望んで止まない相手が土俵まで降りてきた瞬間だった。


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