解かれる『殻』
昼食を食べている最中に、渡されていた刻印石が震えだす。
「・・ロウか。そっちはどんな具合じゃ?」
『どうしたもこうしたも無いな。思ったより近い場所で開かれるのは良かったが、場所が悪い』
「広いのか?」
『なかなかに。上からじゃ移動が辛いと思うから、地面を歩いての行動が基本になると思う。帰ったらまた話すから、そのつもりしといてくれ。』
「了解じゃ。」
連絡を切ろうとしたところ、相手がロウからリリアに変わったようで何か話している声が聞こえてくる。
『・・・フェザー、そっちの様子はどうですか?』
「どうしたもこうしたも変わりはないわ。今リウ嬢とフィルが話をしに行ったところじゃ。」
『・・問題とかは、なさそうですか? 』
「何を問題とするか分からんが、正直先は暗いの。」
机に置いた刻印石の向こうで大きなため息が聞こえる。気持ちは分からないでもないが、もう少し抑えろと内心でそう答える。
『ほんと頼みますよ、私女装なんて嫌ですからね。』
「もしかしたら新しい何かに閃くかもしれんぞ?」
『お断りですよ、そんなの。』
カッカッカッと笑うフェザーをよそに向こうでゴソゴソと音が聞こえると再び通話の相手がロウに戻る。
『まぁ、そんな訳だからもう少ししてから帰る。その時までに見つけてもらうと良いんだけど。』
「分かっとろうが、答えは求めすぎるなよ。姫さんは特殊な例じゃろうからな。」
『んなことは分かってる、少しでも見れればそれでいいさ。』
短い連絡も終わりリビングにはフェザー一人が残され、静かな部屋には三人の笑い声が耳に届く。
その声を聞きながらコップに口をつけて、音楽代わりに耳を傾ける。ロウが帰ってくるまでに答えを見つけられるように祈りながら。
◆◆◆ ◆◆◆
「ごちそうさまでした!」
三人が一様にそう声を揃えて手を合わす。目の前にある皿に並んでいた料理はきれいになくなっており、今は窓から差し込む日差しに照らされて白く輝くばかりだ。
「キリエ様も大変だったんだね。私くらいの頃にはもう今の仕事に関わっていたなんて。」
「大変なのは認めるけど、そこまで苦しくは無かったかな。私の性格に合っていたみたいで、楽しく仕事していたから。」
余すことなく食べられると、作り手としては感慨深いものがある。綺麗なった皿を見つめつつ、こんなことを思っている自分が騎士らしくないことに葛藤するも、楽しそうな二人の笑顔の前に消え失せた。
「私は勉強があんまり好きじゃないから、キリエ様の勉強が好きって気持ちが分からないもん。」
「新しいことが身に付くのってなんか気持ちいい気がすると思うんだけど、そんなことない?」
扉を開けた時のキリエの暗い面影は今は見当たらない。フェザーやロウが気が付いたっていうところがいまいち分からず、食事のときもいろいろと話はしたものの結局分からずしまいだ。
「分からなくもないけど・・・、キリエ様は他になんか好きなこと無いの?」
言葉に詰まったフィルがキリエにそう聞きだした。
基本的に体を動かして覚えるのが得意なフィルは、椅子に座って覚えることがあまり得意ではないのだろう。それについては今まで一緒にいてなんとなく分かるが、今リウが気になったのはその質問に答えるキリエの言葉だ。
「他に? ・・・うーん、いろんな魔族の方と話したりするのは結構好きかな。」
「・・・あれ?」
「どうしたの、リウ?」
小さな呟きに反応したのはフィルだ。これも一緒にいて分かったことだが、フィルはどうやら耳が非常にいいらしい。今みたいな囁きよりも小さいため息みたいな声にも反応してきたり、馬車の中でもロウとリリアの話が少し聞こえてくるらしいのだ。
「ううん、何でもない。私の気のせいだよ。それより、キリエ様は他に好きなこととかありますか?」
「他にって聞かれると・・・、勉強は今言ったから・・。そうだ、リウから教えてもらった料理とか好きかな。」
言葉というのが正解か。話し方というのが正しいのかは分からない。しかし、この場において数日を共に過ごした経験と今の会話である可能性がリウの中に浮かび上がった。
「それじゃもう一つだけ聞かせてください。キリエ様は何かしたいことはありますか?」
「急にどうしたの? 何か様子がおかしい気がするんだけど・・」
「すいません、少し気になったもので。こうして姫様とお話しできる機会なんてそうは無いと思っただけですよ。それで何かしたいこと、例えば夢とか。」
「夢、か。あんまり考えたことは無いけど、学んだ知識が活かせれるようになりたいかな。」
その言葉を聞いてリウは腑に落ちたようで、内心に渦巻いていた靄が消えていく感覚が全身を巡る。
「そうゆう事、これがあの二人からしたら納得できないところだったのか。」
「・・・・え?」
「キリエ様」
名前を呼ぶと同時に座り方を正し、真面目な顔になってキリエの方に向き直る。その雰囲気押され、キリエの方も自然と背筋が伸びる。
「私も先程まで分からなかったのです、何でロウやフェザーがキリエ様に反対していたのか。・・・私は反対なのですが、言っていることは否定しきれません。」
固唾をのんで見守るフィルの視線を受け流しつつ、そのまま話を続ける。
「何が足りないのか、それをフェザーに聞いたところ、彼は私にキリエ様と話せばわかると言ってきました。ただそれだけで分かると、そして分かりました。キリエ様に足りないもの。」
「それは・・・・。」
聞きたい答えであり聞きたくないと内側で叫んでいるその言葉、一拍の間を置いてから告げたリウの言葉は・・
「分からないんですよ。」
「分からない? それは分かってない事じゃ・・」
「どうか早合点なさらないでください。私が言ったのは足りないものではなく『キリエ様』が分からないと言ったのです。」
「私が、・・・分からない?」
拍子抜けするような答えに愕然とする気持ちの一部がひどくざわめき始めた。今まで目を逸らし続けていたその謎に手を掛ける。
「キリエ様とこうして長く一緒にいて、やっと気づくことが出来ました。私、これでも嘘には敏感なんです。エアの特性が『判別』で、ハッキリと分かる訳ではありませんがなんとなく分かるんですよ。」
「・・・・。」
「話を戻します。先ほど仰っていた言葉、ほとんど嘘ですよね? 今まではキリエ様との間に何か線が引かれているような距離を感じていました。これは付き合いが薄いからこその物であると、そう考えていましたがどうやら私の勘違いです。」
一言一言聞くたびにキリエの心の中は食事のときのような穏やかな流れではなく、濁流のごとき荒々しさでざわついており耳を塞ぎたい衝動に駆られるのを辛うじて防ぐ。
「距離を感じるのは当たり前だったんですよ。だって、キリエ様が今どこに立っているのかが分からないんですから。」
「そんなこと、私は私で何もおかしいことなんて・・」
「その『私』って言うのは誰のことですか? 私がいうその距離の相手はクロエ様のご息女『キリエ・リュード』ではなく、一人の女性としての『キリエ・リュード』との距離が分からないと言っているのです。」
「・・・・。」
荒い息を吐きながら決壊しそうな自分の心を必死に抑え、目の前にリウに詰め寄って話の続きを促す。
「何を言っているの、私は私でこうして・・・」
「認識を『姫様』として扱えばそれは気づかない、だってそうゆう方であると知っているから。けど『姫様』ではなく一人の『友人』として接した場合、急にキリエ様のことが分からなくなった。・・・私の言いたいことが分かりますか?」
「分からない・・・私は・・、『私』は・・」
リウの肩を掴む手は震えている。その手を掴んでくれるリウの手は温かく優しいのだが、その事には気が付かない。
『私』は何を思っていたのか、何がしたかったのか。クロエには接することが出来るようになったが、・・・違う。
あの時の『私』が本当に望んでいたことは・・・・
「キリエ様。」
「!?」
すぐ目の前からの声に気が付かないほどに周囲に目がいっていない。いきなり聞こえたように感じたその声にびくりと肩を震わせ、心配そうに見つめてくるその瞳が今のキリエにはひどく怖く感じる。
「大丈夫ですか? 顔色が悪くなっていますが・・・」
「・・・大丈夫です、から。少し一人に・・・」
「ですが・・・」
「一人にして!」
そう叫ぶことで我に返る。いきなりの怒鳴り声で呆気に取られている二人からの、その視線から逃げるように立ち上がると「・・・ごめんなさい」と、そう言ったところで扉から出て行ってしまった。
「私、余計なことしちゃったのかな。」
「きっと大丈夫だよ。だって」
閉まった扉を見つめるリウにそう話しかけるフィルは、一旦言葉を区切ると安心したように扉を見つめてその名前を告げる。
「すぐそこに師匠がいるから。」




