キリエ・リュード
大変遅れてすいませんでした。
「・・・ふぅ。」
キリエの部屋から出てきて扉を閉めると、大きくため息をついた。普段やり慣れていない事はするものじゃないなという感想と、今の話がいい方向に転がればいいなと思う気持ちが混在してのため息だ。
「フェザー、どうだったキリエ様の様子は。」
「落ち込んどったよ、しっかりとな。」
「・・そう。ロウもあそこまで言わなくても良いと思うんだけど、それにどっか行っちゃって気まずい空気が残るし。」
「仕方ないじゃろ、時間が今日一日しかないんじゃ。のんびりなんぞしてられんよ。」
「・・え? 行けないんじゃないの?」
「リウ嬢は知識は一流じゃがまだまだ若いな。」
リビングへとリウを連れて歩いていき、キリエにもした説明をリウにもする。
「反対じゃなかったの! てっきりリリアを女装させていくものだとばかり・・。」
「それは最悪の手段じゃろうな、リリアは認めんじゃろうが。」
話を聞いて惜しい間違いをしていたリウはそこまで驚いていなかったが、隣に座っているフィルは楽しくなるくらいの驚きを見せた。
「・・・師匠、そんな事考えてたんだ。ケンカして風に見えたけど、実はそうじゃなかったなんて。」
「ロウは無駄な事はしとらん。今もリリアを連れて行っているのにも理由はある。」
「理由? フェザーさんが問題起こすのを防ぐ為じゃなかったんですか?」
「リウ嬢は儂のことどう見とるんじゃ。」
意外な答えにずっこけそうになりながらも、窓の方に視線を向けつつ話を続ける。
「リリアに勉強させとるんじゃ。」
「勉強ですか。それなら書庫でも出来そうなんですが・・・」
「リリアは裏の世界を少し知っとるが、若すぎる。今儂らが相手しようとしとるのはその一番奥にいる化け物だ、と言っても過言ではないじゃろうからな。」
それはそうですけど、と口ごもると今度は隣にいるフィルが言葉を投げてきた。
「それじゃ、フェザーがここにいるのはその必要が無いから?」
「まぁ、これでも大戦のときは隠密、センジュ様の影として活動しとったからの。ロウ程ではないが、儂もそっちの世界についてはよく知っとる。」
思ってもないところでフェザーの昔のことを知ることになり、驚きの言葉に動揺を隠せないでいる者が一人とよく分かってないものが一人いる。
「・・・そんな事よりも今は姫様じゃ。」
見た目と性格らしくないその話に興味が出てくる前に、逸れた話を戻す。フィルは少し残念そうにしながらもその話に乗っかってきた。
「・・そっか、夜のことはキリエ様次第なんだもんね。」
「そこで一つ気になることがあるんだけど、聞いていい?」
「何をじゃ? 話すことは全部話したと思うが・・・。」
「まだ一番大事なこと、聞いてないよ。」
姿勢を正してフェザーに向き合うと、真剣な顔で尋ねてきた。
「あの時のキリエ様の言葉に何が足りなかったの?」
◆◆◆ ◆◆◆
時間は再び巻き戻り、扉から出ていったロウとリリア側
扉を開けて出ていくと、二人は足早に下層の出口へと移動する。
「あれは言い過ぎだったんじゃないですか? 見てて可哀想になったんですけど。」
「そんな事ない、むしろ優しい方だと思うぞ。俺の時は顔の形が、変わるんじゃないかってほど殴られたからな。」
「相手はお姫様なんですよ。ロウみたいなのと一緒にしちゃ可愛そうですよ。」
「みたいなのってどういう事だ?」
そんなことを話しながら下の階層につくと、近くの売店に駆け込んで辺りの詳細な地図と筆を購入して馬小屋まで駆ける。
「これからの行動が無駄の可能性があるなんて、少し悲しい気分になります。」
「結果のことなんか考えたところで意味がないって、キリエが言ってたろ? 」
馬小屋の管理者にお願いして、二頭の馬を手配してもらった。両方とも茶色い毛色の馬で、随分と機嫌良さそうに鼻を鳴らしている。
「あぁ、フェザー頼みますよ。もし失敗したらロウに当たり散らしますから。」
「分かった分かった。向こうから行くぞ、ちゃんとついて来いよ。」
手配された馬にまたがり、地図を片手に勢いよくその場を後にした。
◆◆◆ ◆◆◆
王宮での勉強は自分の知識になっていたことは間違いなく、それは絶対だと自信をもって言えるだろう。
しかし、裏側の世界を知ってしまってからというもの、その勉強で得た知識が役に立った試しがない。スティーブルの村での時も実際に役に立っていたのは、あの事件の後新しく学んだ治癒に関するエアについてだけ。
それじゃぁ今まで学んできたのは何だったのか、何のために私は多くの時間をかけて勉強をして来たのか分からなくなってくる。
それに加えて先程のリビングでの話し合いと、部屋でのフェザーとの会話だ。
考えたことも気にしたこともないその内容は『キリエ』という女性の根幹を揺らすものだった。
大戦が終わった時は八歳とまだ幼く、何で楽しくて喜んでいるのか分からない状態で周囲の声に応じるままに、求めるままに行動してきた。
母は生まれて間もなく死んでしまったと聞かされていたキリエは、幼いながらに頼ろうとするのは父であるクロエだけ。その父親も戦争が終わった後の処理に追われて、キリエとの交流が全くといっていいほど無くなってしまうのは仕方の無いことだった。
寂しさを紛らわすために、世話役としてつけられたメイドと一緒に分からないことに頭を悩ませ、寝る間も惜しんで勉強に勤しんだ。それもクロエと一緒にいたいという子供ながらの願いを叶えるための物で、三年の月日を費やして渋るクロエの説得に成功し、仕事の手伝いを任されるまで至ったのだ。
そこからはクロエ同様、多忙を極めた。目まぐるしく変わる日々の情勢に頭を痛めながらも、仕事をこなしていくにつれて多くの魔族たちと接することが増えていく。
元々勉強が好きな性格だったのだろう、知らない知識が増えることが楽しく感じるキリエは仕事をもらったその翌年に、国をまたいでの交流を任されるまでに成長した。この時まだ十三歳という年齢だった。
そこから今に至るまで外交関連の長として仕事をこなしていき、この仕事が自分に合ったものだという認識が出来上がる頃には本来の願いは忘れてしまった。最初は大した願いじゃなかった気がする、けど大事な願い。
忙しい日常がその謎を封じ込めて、その数年後例の事件が振りかかる。
「・・・私は、何がしたかったんだろう。」
その謎を閉じ込める忙しさは今はどこにもいない。静寂が埋め尽くすその部屋で、答えの出ない自問自答を繰り返した結果そこに辿りついた。
「いろんなことを知りたかった・・・、そうだけど違う。・・・合っているのに何かが違う。」
喉元まで上がってきているその答えが見えているハズなのに、言葉として出てこないことに怒りと少しの悲しさがキリエの心を焦らせる。
「・・・何が、・・・知ってるはずなのに、何で・・・」
リビングでの言葉は間違ってはいないとフェザーから言われ、周りもそれを肯定してるのにも関わらず、認めてくれない。
「・・・出てこないの。」
悲しいはずなのに出てくるのは荒い息遣いだけ。隣にある机を強く叩いた手は鈍い痛みを訴えてきており、焦るキリエの心を逆なでてくる。
「・・・っ!」
苛立ちと悔しさが入り混じって痛む手を叩き付けようとした時だった。
「キリエ様、少しよろしいでしょうか。」
「・・リウ?」
呼吸を落ち着かせて椅子から立ち上がり、叩かれた扉に向かう。開いた扉の先にはお盆を持ったフィルとリウがそこに立っていたのだ。
「キリエ様、大丈夫? 何か顔色悪い気がするけど。」
「・・大丈夫よ、問題ないわ。ありがとうフィル。」
かがんで頭をなでるキリエの顔を見て、リウは心配一色だった表情が少し安らいだ。
「キリエ様、もうお昼の時間です。そろそろ小腹が空いてきたと思うので、作ってきました!」
大き目の皿の上に並べられた料理は白いパンにいろいろな食材が挟まっており、彩り鮮やかな見た目でそこに並んでいる。
「・・・綺麗。」
「食べよう、キリエ様。私お腹すいちゃった。」
「フィルは途中でつまみ食いしてたでしょ、それで我慢しなさい。」
「あれは別腹だから大丈夫、まだ食べられるから!」
「違う! 私はフィルのお腹の中を心配してるんじゃない!」
リウの言葉も聞かずキリエの横を通り過ぎて部屋の中に入っていき、お盆を抱えるリウもキリエに一礼してフィルの後に続く。
今まで座っていた場所にある机にそのお盆を並べると、フィルが抱えて持ってきたカップに飲み物を注ぎだした。
「キリエ様は何が良い? どれが良いか分からなかったから、いくつか持ってきたけど。」
「フィル早い、ちょっと落ち着きなって。」
締め切られたカーテンを開けると、薄暗い部屋に明かりが差し込んでくると、暗がりの部屋に慣れてしまったキリエはその眩しさに、手をかざす。
「・・・そう、もうこんな時間になっていたのね。」
「キリエ様?」
呟いたキリエの言葉にリウが気に掛ける。朝から昼まで一歩も出てくることなく、部屋に引きこもり続けていたのだから過剰に反応するのは仕方の無いことだろう。
「いいえ、何でもない。気を遣わせちゃって、ごめんなさい。」
「そんな、滅相も無いです。私は騎士として・・・」
「もう、キリエ様早くコッチ来なよ。全部私が食べちゃうよ!」
「今話してるでしょ! 少し料理から離れなさい!」
誇らしげに告げようとした言葉を途中で遮られ、半泣きになりながら声を荒げる。カッコをつけきれず、恥ずかしさを隠すようにして怒るリウにフィルは笑顔で言い返す。
「これ以上離れたら手が届かないよ。一人で食べようなんて、許さないからね!」
「物理的な距離じゃない!」
先程までの暗く静かな空気が嘘のようで、部屋には明るく商店街みたいなにぎやかさが充満し始めた。
「フフッ」
大きい声ではなくささやく様な小さな声で噴き出したキリエに二人が反応する。
「キリエ様?」
「何でもない。食べましょう、せっかくの料理が冷めてしまっては勿体ないから。」
そう話すキリエの顔には笑顔が戻っており、先ほどまで苦しんでいてのは何だったのか馬鹿馬鹿しくなって噴き出した。
キリエの提案に諸手を上げて賛成する二人と一緒に、皿の上に並んでいる宝石のような料理に向かい合ったのだった。




