迷い
部屋に戻ったキリエは窓際の椅子に腰掛けて、先ほどのやり取りを思い出す。
「・・・分からない。」
あんな世界がある事を知った時の恐怖は未だにこびり付いており、その世界で生きる者達がいる事を知ったらただ守られるだけは出来ない。
そう思った自分の考えは間違って無い、確信にも似た思いのはずなのにさっきのロウの言葉が否定出来なかった。
絶対に興味本位などというふざけた理由では無い・・・はず。
「・・・分からない。」
さっきのあのやり取りだけで急に頭の中が纏まらなくなり、考え直す事さえ容易では無くなってしまった。
グチャグチャの思考に動揺していると、椅子に座ると同時に扉をノックする音が耳に届く。
「儂じゃ、ちょっとええか。」
「フェザーさん?」
正直今は一人になりたい気分ではあったが、纏まらない思考でいくら考えたとしても結果は見えてる。
それならば誰かと何かを話す方が気が紛れるんじゃないかと、フェザーを部屋へと招き入れた。
「調子は・・・あんまり良くは無さそうじゃな。」
「すいません、見苦しい所を見せてしまって。」
そこからは沈黙が流れる。何か考えているフェザーは何も話さず、キリエの方も何を話せば良いのか分からない。
「あの、聞いても良いですか?」
「何をじゃ? 儂に分かることなら答えるが。」
気まづい空気を感じる中、一度聞いてみたかった事を聞こうと話しかけた。
何やら考えていたフェザーが、なんてことない様に返してくれた事に安堵の息を漏らす。
「ロウとは長い付き合いなんですか?」
「長いとは言えんな。じゃが付き合いの深さならかなりのものになると思う。何せ初対面で殺し合った仲じゃからな。」
「えぇ!」
「ロウに片腕折られたんじゃが、その後の牢屋で治しやがったのは驚きじゃった。」
牢屋に入っていたことは聞いてはいたが、そんな事をしていたのは初耳だ。想像を遥かに超えたその出会いに何も言えないでいると、フェザーから声を掛けられた。
「姫さんはロウのこと、どう思っとる?」
「どうっていうのは、印象とかのことですか?」
頷くフェザーの言葉に少し考える。
フェザーほど鮮烈ではないが、キリエの時も中々特殊な状況だった。まさか自分が殺される直前に現れるなんて考えもせず、更には護衛になるなんて思いもよらなかっただろう。
「・・・強くて冷たい、鋭いナイフのような人だと思います」
それがロウに対するキリエの率直な感想だ。
先ほどのやり取りが後を引くわけではないが、ロウに対しては苦手意識が強く出る。第一印象がここまで影響しているのだから、出会いというのは大事なものだと考えさせられる。
「そうか。それが姫さんのロウに対する印象か。」
「はい。悪く言う訳ではないのですが、どうしても・・・その・・・」
「取っ付きにくい、か?」
上手く言い表せない言葉に近いそれに、静かに頷く。
その行動を見てフェザーは何かを深く納得したようで、一人だけスッキリしたような表情だ。
「・・・フェザーさんはどう思ってるんですか?」
「儂か? そうじゃなぁ、儂はロウのことは弱くて脆い人間だと思っとる。」
「弱い?」
「そうじゃ、弱くて脆い。それが儂の率直な感想じゃな。」
キリエの評価とは真逆の感想に呆気にとられて、次の言葉が出ずにいるとフェザーが説明するように話し出した。
「確かに姫さんの言う通りロウは強いし頭も切れる。あながち間違いではないわ。けどそれは肉体の話であって、中身とは別物なんじゃ。」
「中身?」
「おそらくこの場所で、いやあの国の中でさえあんな顔を見たのは儂しかおらんじゃろうな。」
天上を見上げてその時の記憶を手繰り寄せ、ゆっくりと開いた細い瞼の先には、暗い牢屋の部屋での記憶がよみがえる。
「儂も戦争を経験して多くの難民や孤児を見てきたが、あの目は見たことないほどの暗い目をしていた。」
「そんな事・・」
「ある訳ない、か? じゃろうな。あいつは近くにいる奴に程、見せない傾向があるからの。一人で立てないハズなのに、なまじ力があるから立ち上がれちまう。そして最後には傷だらけの自分の体を見ずに、無傷の仲間の体を見て安心する。おそらく、あの『ロウ・ガーウェン』はそんな馬鹿野郎なんじゃろう。」
あの牢屋の中で見せた暗い眼と、自分のことに見向きもしないその姿にフェザーは強い不安を持ったのだ。
「・・・信じられない。」
「絶対にそんな奴だとは言わんが、おそらくそんな人間なんだと儂は思うぞ。」
顔を俯け手を握る。キリエが持つロウのイメージとかけ離れ過ぎて、どう反応していいのか分からずにいると続けてフェザーから話しかけてくる。
「さっき姫さんはロウのことが取っ付きにくいと言っとったが、それは儂らも同じなんじゃないのか?」
「そんな事・・・」
「ありません、とは言わせんぞ。姫さんは気づいとるかどうか分からんが、この場所にいる儂ら全員と視線を合わせようとしたことないじゃろ。」
「・・・・・・。」
そんなことない。その短い言葉が喉で止まって出てこない。この数日一緒にいて、いろんな言葉も交わして、知らないことをたくさん知ることが出来た。それは楽しい記憶として頭に残っている・・・のに。
「・・・・・あれ?」
料理してる時のリウは笑っていた、怒られたフィルは半分泣いていた、痛む頭を抑えて必死に考えていたロウの顔は・・・・・、どんなのだっただろうか。
「・・やはりか、合点が行った。さっきのオークションの話に戻るんじゃが、姫さんの言葉に間違いはない。」
「え?」
「知らない世界を知った、怖い世界を知った、そんな場所を知ったから私も何かしたい、してあげたい。目的も理由も完成してるのに、ロウの苦しまぎれの反論で何も言い返せなかったのは、分からなかったからなんじゃろ。」
キリエが座っている正面の椅子に座ったフェザーがキリエに視線を向けてくる。その強い視線を受けて、見返そうとするが・・
「・・・そうしてまた目を逸らすんじゃな。」
「・・・ッ!?」
「これは儂の予想なんじゃが、あの王宮の中で姫さんは信じることのできる相方がいなかったんじゃないのか?」
「・・・・!」
図星だ。恐ろしいほどに冴えわたるフェザーの勘に、キリエは只々動揺し続けて息が荒くなってきていることに遅れて自覚する。
「信じられるのは自分だけで、周りの者に歩み寄ることも寄られることもされなかったのじゃろ。結果として身についたのは、他者との交流を円滑に進める会話だけ。他国や近場の長との話し合いがそれを加速させたのじゃろうな。」
「・・・・。」
「その証拠に姫さんは自分を魅せることに怖がっとる、故に視線が勝手に逸れて行く。・・・そんなところじゃろうて。」
「それが・・・」
震える喉からやっとの思いで出した声は弱々しく、力が無い。
「それが、さっきの会話とどうつながるんですか?」
「そこの部分を次にロウに話すまでに見つけにゃならん。それは姫さんが自分でやらんといけない場所じゃ。」
「次って、ロウはあの時否定したじゃないですか!」
憤るキリエの言葉に、フェザーはため息をついて頭を振る。
「・・ロウは最後に『諦めろ』ではなく『考え直せ』と言ったことは覚えとるか?」
「・・・・。」
「リウ嬢の情報整理の能力は儂も認めとる。『男女一組での参加』という条件が出た時点で、姫さんがオークションに向かうのが理想じゃった。あの時の姫さんの提案はこの上ないほど魅力的じゃったが、少し足りない。」
「フェザーさんが断ったのは、それが足りなかったからだったんですか?」
「儂はロウよりも姫さんと一緒にいた時間が長いからの、ロウも遅れてそこに辿りついたというわけじゃ。」
そんな事にも気が付かない事に歯噛みして、あまりの悔しさに顔を歪めた。
「私はどうしたら・・・」
「さっきも言ったが、そこは自分で考えなきゃならん所じゃ。それ程重要である事を知ってくれ。」
これで話は終わりだと、膝を叩いて立ち上がる。
一人俯くキリエの頭の中はグチャグチャになっており、何も浮かばない。
ロウやフェザーが一体何を言いたいのかが、どれだけ考えても出てこないのだ。
「・・・もし、どうしても浮かばないのなら。」
扉の前で不意に話し出したフェザーの方へと視線を向けると、振り返ることなくドアノブに手をかけたまま、ゆっくりと語りかけてきた。
「文句なり何なりいろいろ叫んでみてもいいと思うぞ。」
「文句だなんて、そんなの・・・」
キリエの質問に答えることなく、そのまま開けて出ていってしまった。一人残されたその部屋に静寂が訪れて、どれだけ時間が経っても一向に整理がつかない状態が続いていたのだった。




