予想外の名前
今日で二日目となり、この国にいる時間もそろそろ折り返し地点を経過する。
昨日得た数少ない情報を話し合った結果、基本行動は今迄通りという結論にたどり着いた。
サルワートルという名前が出た時は、流石に皆の表情が強ばりはしたものの、場なれしている者が多い為かそこまで怖がる者はいなかった。
こうして二日目の朝、恒例の三人は昨日教えてもらった鍛冶屋へと足を向ける。
向かった先は港の反対側、多くの建物が乱立している場所を抜けた先にある、緑に覆われた自然豊かな場所だ。
朝一で出発したのにも関わらず到着したのは昼前で、その事からもどれ程長い道のりだったかは、察することが出来るだろう。
「・・・なんか、いかにもって感じの建物ですね。」
率直な感想を述べたのはリリアだ。それについてはロウも同じで、今までの建物がレンガ造りであったが、この建物は木造のからぶき屋根で建てられていた。
大きい訳ではないその家に汚い印象は無く、むしろこれ程清潔そうに見えるのが不思議な程だった。
そんな家を見つめるフィルは、先程まで見せていた疲れもどこえやら。目を輝かせながらも、ここで燥いではいけないと必死に体を抑えている事が伺える。
「・・・それじゃ、行こうか。」
いつまでもここにいる訳にも行かないので、目的を果たそうと僅かに聞こえる鉄を打つ音を頼りに、人がいそうな場所を探す。
正面にある民家をぐるりと周って裏手に出ると、その音は一層強く耳に響くようになり、木で作られた柵の入口と思われる場所を抜け、音が聞こえる建物へと進んで入り口に差し掛かると足が止まる。
そこに流れる肌を刺す雰囲気がそうさせるのだ。鉄を溶かす炉から伝う熱、鉄を打つ音は骨へと響き、そこにいる者へと刺さる空気が歩む足を止めるのだ。
その感覚はロウも未だに慣れるものではなく、その空気を感じた瞬間息をのんだ。後の二人はそれが初めてのようで、完全に圧倒されてその職人の後姿に視線が釘付けになっている。
「・・・・すごい」
「・・ん?」
ポツリとつぶやいたフィルの言葉に反応して、鉄を打つ音が止まる。炉の前には所々焦げている紺色の作業服を着た魔族、三人が一斉にロウたちの方へと振り返る。
突然の光景に押されたフィルはロウの後ろへと隠れてしまった。
「・・・何者だ、お前たち。」
「・・すいません、悪気あってのことでは無いので何とぞご容赦を。」
珍しく頭を下げるロウの姿にリリアが驚きの顔をするが、すぐにロウと同じように軽く頭を下げる。
「質問に答えろ、お前たちは一体何者だ?」
こちらに歩み寄ってくるのは赤面の人間かと一瞬思ったが、頭に巻いていた布を外して一本の角が見えた瞬間その答えは消え去った。
「・・怪しい者じゃない、と言ってもあまり意味はないようだ。信じる信じないはあなた方に任せるが、私たちはとある国からある物について調査するように派遣された者たちです。」
「ある物の調査だと? それはいったい何だ?」
「えぇ、それは・・・」
「・・消えろ!」
全ての音を遮ってその声は鳴り響く。発した人物は今も炉の前に座る頭に三本の角が生えた、頭領だと思われる存在だ。
身に纏う気配は明らかに常軌を逸しており、ロウの頬に一筋の冷汗が伝う。
「オメェみたいな奴に話すことはねぇよ。とっとと失せろ。」
未だに背中を向けたまま目だけをこちらに寄越しているその頭領は、そう話すと再び炉の方へと顔を戻した。
「ですが、頭ぁ・・・」
「・・・聞けねぇのか?」
近付いていたその男が頭領に疑問に近い声を発した瞬間、熱いほどの空気が充満しているにも関わらず肌に感じるのは悍ましいほどの寒気だ。
「邪魔したのは謝ります、ですが・・・」
「馬鹿か、違ぇよ。・・くせぇんだよ、これは血と人の匂いだ。そんな化け物と話す気なんざ、全く起きねぇってだけだ。・・・まさか身に覚えがない訳じゃないよな?」
必死に反論したリリアの言葉は空しく、言い返してきた頭領の言葉がロウに刺さる。
その言葉を受けたロウは一度空を仰いで息を吐くと、一礼してその場を後にした。
ロウのその行動に後の二人も同じようにしてその場を後にすると、柵を超えたあたりで再びあの音が耳に響く。
「・・師匠、大丈夫ですか?」
人間についてあの村人達はあまり話していなかったのだろう、隣にいるフィルはロウに悲しそうな視線を向けてくる。
「悪いな、まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。」
「いえ、あれは仕方ないですよ。それにあまり気にしない方が良いですよ?」
「・・あぁ、分かってる。」
頭では分かっていたのだ、人間はこうゆうものであると。しかし、あの実を食べてからはロウの体にも微弱にマナが流れ始めたようで、初対面の連中にそう言われることが無くなっていたのだ。
それゆえに最初のようなあんな態度をとるような者がいなくなり、だんだんとその感覚が薄まっていた。
昨日も同じように言われたが、印象が薄いために特に感じることは無かった。だが、今回の様に尋常ではない殺気を正面から浴びて、あのように言われれば感じざるを得ない。
━━━━━━拒絶される孤独感を。
一行が言葉を発することなく町に戻ろうと、民家の前を通り過ぎると聞いたことのある声が耳に届く。
「お姉ちゃん!」
「・・・テツ! 何でここに?」
振り返った先には先ほどの作業場でロウたちの方へと歩いてきたあの男性と、その男性に寄り添うようにあの綺麗な女性が立っていた。
以外な出会いに喜ぶのはフィルとテツの二人だけで、ロウは気まずい思いをしながら軽く会釈するとそのまま歩き出す。
「・・・待ってくれ。」
「何だ? 俺と話さない方が良いんじゃないのか?」
「それは・・・、いや違う。」
呟きと共に頭を振って再びロウの方へと向き直る。その目は先程とは違い、強い決心を抱いた目でロウへと向き直る。
「・・あんたと、話がしたい。」
◇◇◇ ◇◇◇
案内されたのは民家の中のある一室。
リリアとフィルは母親に案内されて行き、その部屋の中にはロウとその男性のみが残された。
畳が1面に敷かれたその部屋にある、丸い窓からは庭と思われる景色が覗いている。
その部屋に取り残された二人は互いに話さず、異様な沈黙が流れており、口火を切ったのはロウからだ。
「俺に話ってなんだ? さっきも言ったが、俺と話さない方がいいだろうに。・・・またあの頭に怒られるぞ」
「怒られるくらい、何でもない。まず一つは息子を案内してくれた事に関してお礼を言いたい、ありがとう。」
「その礼なら俺じゃなくてフィルに言ってくれ、シュールと二人面倒見てたんだから。それに俺は説得された側だからな、感謝なんて見当違いだ。」
「たとえそうだとしても、あんたが連れてきてくれた事に変わりはないだろう。」
イマイチ要領を得ない会話に、ロウの眉間にシワが寄る。
「・・・何が言いたいんだ、お前は。他に言いたい事があって俺を連れてきたんだろう? 試すような事しないで、話したらどうだ。」
怒るでもなく、呆れるでもない。訝しげに話すロウの言葉に、男性は油断ない眼差しで見つめ返してくる。
「・・・自己紹介が遅れたが私の名前はヒューマ、この鍛冶屋で若頭をしている者だ。あんたは?」
「ロウだ。・・ヒューマの言う通り人間だよ。」
互いに簡単すぎる自己紹介が終わると、正座していたヒューマがロウを見つめる瞳に力が籠る。
「・・・そうか、ロウというのか。それじゃぁ、お前は何しに来たんだ? まさかこんなところに話をしに来ただけじゃないだろう。」
「いきなりなんだ、そんなに殺気込めやがって。するも何も言ったろ、ただ聞きたいことがあってきただけだって。」
「とぼけるな!」
叫び声と共に殴られた畳は、ヒューマの手の形に添って焦げ跡のようなものが出来ていた。
「お前のような人間が、それだけで来る訳ないだろが! 他に何を隠している、人間!」
「・・人間、人間うるさいな。馬鹿の一つ覚えか、てめぇ。確かにお前等からしたら人間は災厄の象徴だってのは俺も認める、けどそれと俺を一緒にするんじゃねぇ!」
「はっ、まるで自分は違いますとでも言いたげだな。えぇ? あまり俺を舐めるなよ、ここにいる男衆はみなあの大戦の経験者だ。死にたくなければ全て話せ!」
先程と正反対の態度とあからさまなケンカ腰に、ロウの方も抑えた怒りがあふれ出る。
「大人しく聞いてりゃ何だお前、偉そうに。二言目には話せ、話せってそれしか言えねぇのか? 随分と小物臭いんだな、大戦経験者ってのは。」
「・・何だと?」
「脅す言葉に過去の話持ってくるんじゃねぇっての、軽いんだよ言葉が。・・・そこまでして知りたいならもう少し行動を考えろよ、若造が。」
言い切った言葉に応じて額の角が赤く光を灯し始めると、何度か感じたことのあるマリアと似たような鬼気がヒューマから滲み出してきた。
「よくぞ言い切ったな、人間が。そこまで言うなら良いだろう、お前から感じる歪なマナの気配についても聞いてやろうじゃないか」
「最初からそのつもりのクセしやがって、あの作業場で最初に来たお前が俺に向けた視線は『警戒』じゃなくて『殺気』だったのに気づかない訳ないだろうが」
ユラリと立ち上がる二人は鋭く睨み合う。片方は景色が揺らぐほどの鬼気を、片方は背筋を凍てつかせる殺意を纏いながら立ち上がる。
八畳ほどの部屋がまるで「止めろ」と言っているようにしてきしみ声を上げる中、二人は構え、そして激突した。
◇◇◇ ◇◇◇
「あわわわ」
襖の隙間から覗いていたフィルとテツは顔を青くしてその光景を眺めている。
リリアとフィルは最初ロウとは別の部屋に案内され、もてなしのお茶に口をつけて他愛無い世間話が始まる、そんな時いきなり聞こえた轟音。
少しの揺れと共に聞こえたその音に、一気に真面目な表情に変わったリリアがその音の下へと駆け付ける。
その場所は突き当りにある部屋、ロウとヒューマが話をしている場所でわずかな隙間から中の様子をうかがっていたのだ。
「ど、どうするのリリア。これ大変なんじゃ・・・」
「・・・そうですね、少なくとも私ではロウを止められません。一度敗北していますので、どうしようも。」
期待の表情と共にヒューマの妻、カレンへと目を向けるがその返事は首を横に振って答えてきた。
その後ろから作業場にいた魔族も二人やってきて同じことを聞いたが、返ってくる答えは皆同じ。
「若頭には一度も勝てたことがねぇ、泥つけるのですら一苦労するんだってのに」
襖を開けることをためらうその部屋の空気は次第にエスカレートしていき、気が付けば家が小刻みに揺れるようになっている。
慌てて中を覗いたフィルとテツは、初めて見る二人の異常ともいえるその姿にただ戸惑うことしかできなかった。
「いつまで遊んでやがる、さっさとそこどけ。邪魔だ、小僧ども。」
決して大きな声で言われたわけでは無い、それは非常に小さな呟いたような声だったにも関わらずその場にいた面々が一斉に振り返った。
三本の角を生やし炉に焼かれたような赤い顔には、額から目の間を通って左頬に流れる大きな傷を持った頭領がそこにいたのだ。
リリアと同じか少し小さいぐらいの身長の頭領は、後ろでくくった白髪をなびかせながら震源である部屋の前へと立つ。
誰も触れることが出来なかったその部屋の襖に手をかけて勢いよく開けると、鼓膜が破れるんじゃないかと思わせるほどの大声で怒声を上げる。
静寂が訪れた後には、もう先程までの揺れは起きていなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・・ったく、ガキがはしゃぎやがって。」
くわえた煙管から煙が揺れる。その部屋はロウ達が話をしていた時と同じ部屋で、違いといえば並んだ二人の前に頭領が座っていることぐらいだろう。
「けど、頭! こいつは・・」
「ヒューマ、俺ぁ関わるなと言ったはずだが? こいつぁ、どういうことだ、あぁ?」
刃物よりも鋭く感じる頭領の言葉にヒューマは何も言い返せない。沈黙で応えると今度はその刃先がロウの方へと向かってきた。
「てめぇもてめぇだ、俺の家で何やってやがる。さっさと消えろッつったろうがよ。」
「・・俺が怒られんのは見当違いだろ、どっちかって言うと被害者だぞ?」
「家壊そうとして被害者とはよく言ったな、馬鹿はどっちだよ。おぉ?」
頭領の正論にロウもヒューマと同じように沈黙でしか答えられない。二人が静かになると、煙と共に息を吐きだして頭を掻きながら口を開く。
「ロウとは俺が話す、ヒューマは出て行け。」
「ですが!」
「また破るつもりか? えぇ、ヒューマ。」
冷たく言い放たれたその言葉に強く歯噛みすると、ロウを睨んでから部屋を出て行った。
この世界の奴らは一回睨んでからじゃないと次の行動に移せないのか、なんて冗談も思いつく辺り思考は冷静になってきてると確認する。
が、それも一瞬ですぐにまた冷静じゃなくなってしまう、とは誰が予想しただろうか。
「・・・おい、人間。ロウ、つったか? てめぇただの人間じゃないな、何やった。」
その答えを告げるのは簡単だが、それを話すと『あいつら』のことまで話さなくてはいけなくなる。
どうやって話そうかと頭を捻っていると、以外にもその助け舟を出してきたのは頭領だった。
「『実』、食ったろ。」
「・・え?」
「何処のだ、クロエか? 孫か? 龍か? まさか、石か?」
驚きのあまり頭が上手く回ず、理解が追い付かない。掠れる喉からやっとの思いで声を絞りだした。
「・・・クロエだ。」
「・・・そうか、ドレッドノートの。・・・てぇことは、こいつがあの・・・」
妙に納得したようで頷きながら煙を吐き出しているが、ロウはやっと声が出るようになると聞きたいことがあふれ出てきた。
「・・・おいおい、待てよ。何でここであいつの名前が出てくるんだ? 孫とか龍とかどういうことだ? 何で実のことを知っている? 答えろって!」
前に出ようとしたロウを視線で止めると、頭領は煙管を手に持ってまるで何事も無かったように振舞いだす。
「てめぇが何が言いたいのか、さっぱり分からねぇな。」
「ここに来て知らぬ存ぜぬで通れると思うなよ、答えろって。アイツは俺に何をさせたいんだ、俺がこの世界に連れてこられた理由は一体なんだ!」
すがるようなロウの言葉に、頭領は変わらぬ調子で静かに答える。
「・・・分からねえな。知らないことを話すのは無理だ、そんなに知りたいなら自分で調べたらどうだ?」
「・・・ぬけぬけと!」
詰め寄ろうとするが頭領との距離が近くて遠い。手を伸ばせば届く距離にいるハズなのだが、そこに巨大な壁があるような錯覚がロウに襲い掛かるのだ。
詰め寄りあぐねているロウに頭領が、ゆっくりと語りだす。その言葉には祈るような切なさが込められており、重ねてロウは激しく動揺する。
「調べたいのなら『亀』に聞くといい。場所と時間は知ってるな?」
「・・・『亀』? 亀って、海とかの亀か?」
「一度出会ったとは聞いているぞ、そいつならてめぇの力になるやもしれねぇ。」
「・・・くそ、謎ばっか増やしやがって。何がしたいんだ、お前らは。」
立ち上がる時、一瞬だけロウに近づくと静かに耳打ちをしてきた。まるで誰にも聞かれまいとするように。
「・・・俺たちは何も出来ねぇ、頼んだぞ。」
「はぁ?」
深まるだけの謎の言葉を残して頭領は開けた襖から出て行ってしまった。
遠くの方で「叩きだせ!」なんて叫んでいる言葉が聞こえてくるのは、近付いてくる足音の数からして気のせいではないようだ。
文字通り玄関から『叩きだされた』ロウの後から、ゆっくりと歩いてくるリリアとフィルは満足した表情で登場すると、その扱いの差に何ともできないもどかしさを感じつつ、一礼してその場を後にする。
時間も昼下がりとなって空腹を感じ始めたロウだが、それとは反対に随分と満足そうな笑顔を向ける二人に話を聞くと、テツの母親から昼食をもてなされたそうだ。
ここまで扱いに差があるとむしろ清々しい。一人で拗ねるロウに空っぽの謝罪を述べてくるリリアとフィルが、これほどうっとおしいと感じることは初めてのことだった。




