忍び寄る影
所変わってある商会の一室。
広めの部屋の中には椅子に座ってふんぞり返っている小太りの犬の獣人と、傍らには頭まで黒のコートを被っている男が立っている。
その正面には膝をついた長い毛をもつ獣人が膝をついて頭を下げていた。
「まだ見つからんのか! 腑抜けども!」
「申し訳ございません、相手もかなりの腕の立つものたちでして。」
「言い訳など聞きたくないわ!」
正装を身に纏い膝をついている魔族に中身の入ったコップを投げつけた。
パリン、と音を立てて割れたコップの中身が正装している魔族へとかかり、毛を伝いしたたり落ちている。
「まだ『あいつら』は到着せんのか! もう五日だぞ、どれだけ待たせるんだ!」
「はっ! そちらの方ももうすぐ到着するとのこと。明後日には合流の後、目標を狩りに動きますので、もう少しお待ちください。」
「明後日となると、買い物の次の日か。・・・まぁ良いだろう、失敗は許さんぞ?」
「心得ております、マザール様」
深々と頭を下げて部屋から出て行く。その広めの部屋にはその二人だけが残され、窓の方へと歩み寄るマザールがおもむろに口を開いた。
「・・・すまないな、あなた様にも迷惑をかけてしまって。」
「気にすることはありませんよ、何事も想定外のことが起きるのは必然なのですから。」
「そう言っていただけると気が休まりますよ、マーリン様。」
「あなたとは長い付き合いです、これからもよろしくお願いしますね。」
傾く夕日に照らされて長い影を伸ばしながら、二人は固く握手し合ったのだ。
◇◇◇ ◇◇◇
「違うよ! さっき向こうに行ったから、今度はこっちだって!」
「何を申すか! 向こうはまだ行っておらぬだろうに、変に勘違いするでないわ!」
「あはははは!」
先ほどまでのじめっぽい雰囲気はどこへ行ったのか、そこにはただ楽しそうに笑い合う子供たちの姿がそこにあった。
「・・・楽しそうだなぁ。」
「そうですね、全くもってうらやましい限りですよ。」
歩き始めてから数時間、少年の言う通りに歩いてみたものの一向に親らしき人と会う気配がない。
終いにはこうして三人で遊んでいる(内二人は本気で探しているハズ)のだから、どうしたものかと頭を抱えたい気持ちに襲われる。
そうこうして歩いていると大きな噴水のある広場に差し掛かると、不意に少年が立ち止まり辺りをキョロキョロと見回し始めたのだ。
「・・どうした?」
「ここ来たことある気がする。」
その言葉にフィルとシュールの二人が少年と同じように辺りを見回す中、リリアは一人で近くの店へと近づいていった。
「・・・すいません、今日この辺で子供を探している親は見ませんでしたか?」
「親ぁ? ・・あぁ、確かいたな。あの噴水の辺りにいないか? 俺が見たのはそこが最後だったからよぉ。」
「そうですか、ありがとうございます」
その様子を見ていたロウはリリアが返ってくるなり、
「まさか、また買いに行ったのかと思ったよ。」
「失礼な、いくら私でも状況ぐらい考えますよ。・・・後でお礼に行きましょうね。」
「買うんじゃねぇか」
スイーツの出店を営んでいる魚屋にいそうなおっちゃんの言葉をもとに、大きな噴水の所まで歩いて近寄る。
「お母さん!」
「・・・! テツ!」
長い黒髪を後ろでまとめた綺麗な女性だ。その少年、テツはそう叫ぶと母親の下まで走って近寄り、母親に抱き上げられた。
フィルとシュールが寂しそうな顔をしている中、その母親と軽く挨拶を交わしてそのまま別れ、その場所を離れるようにして歩く。
その後、シュールを宿泊しているところへ送ろうと、人通りの少ない通路へと入った瞬間だった。
「・・・来るぞ」
その言葉にリリアが反応し、近くにいたフィルを抱き上げて、頭上から振り下ろされた剣を横に転がって避ける。
ロウはシュールを抱き上げて同じようにして転がるが、襲い掛かってきた剣はロウの方へと止まることなく襲い掛かってきた。
飛び起きて躱すが、その連撃は止まらない。
フードを深くかぶっている為に襲い掛かってくる敵の姿がいまいち判別しづらい。腕の細さや胴体のくびれから、襲撃者は女性であることは分かる。
その襲撃者の攻撃はロウ一人ならば捌けるものだったが、片手にはシュールを抱えている為にうまく動くことが出来ない。
「・・・ちっ」
軽い舌打ちと共に大きく下がると、足元にあったゴミ袋を蹴り上げる。
「・・・・っ!」
突然視界に入ってきたゴミ袋に動きが止まり、持っていた剣でその袋を切り捨てたその隙を逃さずロウは詰め寄った。
振り切った腕を掴み片足を踏んで動きを制限し、持っていた件のナイフを襲撃者の喉元へと突き付けると、そのまま動きが止まる。
「さて、少し話しを・・・」
そう切り出した時だった。完全に動きの範囲を抑制したはずの襲撃者が殴り掛かってきたのだ。
「・・・なっ!」
予想外の攻撃にロウはたじろぎ辛うじてその一発を躱すと、続けて振り下ろされた剣を持つ手を掴んでそのまま投げたのだ。
「・・・やべ!」
予想外の攻撃に反射で投げてしまったロウは、投げた位置が悪いことに気が付いて顔を上げる。
そこにはシュールを庇うようにして座る襲撃者の姿が目に入った。
「お怪我はありませんか?」
「・・メシアか?」
「話したいことはおありでしょうが、それは後で。今はこの状況を切り抜けることが先決です。」
シュールの無事な姿を確認して安心したのも束の間、先ほど持っていた手とは反対の手に剣を持ち直す。
フードの奥から見える目は油断なくロウへと向けられている。心臓の鼓動が聞こえそうなほどの静寂が漂い始めると、ロウは手に持っていたナイフを懐へとしまった。
「・・・何を、」
「連れてけよ、身内なんだろ?」
戦闘終了の雰囲気を纏うロウの言葉の真意が分からず、剣を構え直した襲撃者に変わらず話しかける。
「もともとそいつの身内を探すの頼まれてたんだ。まさかこんな出会い方するなんて思わなかったが、目的は達成できたからな。止めないから、さっさと行けよ。」
連れて行っていいというロウの言葉を信じ切れず、深くかぶるフードの下でかすれるような声で叫んできた。
「・・貴様の」
「ん?」
「貴様の・・・人間の言うことなど聞けるものか!」
そう叫んで再びロウへと切りかかってきた。正面からくる相手に、ロウは一歩前に出る。
逆手で持った剣を下から上へと払う一振りをギリギリで躱し、相手の顔に手を当てて踏み込んできた相手の足を払った。
「・・・っ!」
バランスを保てなくなった相手はそのまま後ろに倒れ、その勢いのまま地面に叩き付けようとしたが、当たる寸前で止める。
「諦めろ、あんたじゃ俺には敵わない。・・・シュール、お前からも何か言えって。このままじゃじり貧になる。」
話しかけられたシュールはその声で我に変えり、慌ててロウの下へと走ってきた。
「メシア、良いんだ。この人は大丈夫だから、剣を仕舞ってくれ!」
ロウが離れたところを見計らって、シュールはその襲撃者に言葉を発するがいまいち聞いてないように感じる。
「・・ですが」
「いろいろ言いたいことあるかもしれないけど、この人は何も悪くない。だから、帰ろうメシア。」
シュールの言葉をいまだに飲み込めていない、飲み込もうとしないそのメシアという女性は剣を仕舞うとロウの方を一瞥して去っていった。
去り際、ロウの方に目を向けて頭を少し下げてきたが、その深いところの意味がロウには分からなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・結果オーライというべきか、ひどい目に遭ったというべきか。」
「最終的には全員が目標達成してるんで、それでいんじゃないんですか?」
「全員って、俺たちの方はそこまで達成できてないだろ。・・・ゼロじゃないが、有益とは思えないな。」
先程の道から戻り、噴水のある大きな広場まで戻ってきて空いている席に座り一息ついたところだ。
あの後は特に襲われるでもなしに、真っ直ぐにこの場所へと戻ることが出来た。
「師匠、目的は達成できなかったんですか?」
「・・半分、てところか。お世辞にも十分とは言えないな。」
「半分でも進展はあったんですよね。それじゃそろそろ戻って、話の整理でもしますか?」
リリアからの提案に頷こうとした矢先、遠くから手を振ってこっちを読んでいる見たことのある獣人の姿が見える。
「・・・二ニル?」
息を切らしながらロウの方へと駆けてくるその獣人、二ニルはたどり着いて膝に手を置き荒い呼吸を整えようと、何度も深呼吸を繰り返す。
「・・みな、さん。あの場所で、待って、・・いったじゃないですか!」
「こっちもいろいろあったんだ、まぁいらない手間かけたのは謝るよ。」
荒れた息も落ち着いてきたようで、ロウ達が座っている席の空いている場所に座ると、ロウの軽い謝罪に口をとがらせる。
「何か私の扱い軽くないですか?」
「そうですか? 十数か所回って収穫ゼロだったんですから、妥当だと思いますけど。」
「うぐっ! それは・・、まぁ置いときましょうか。」
気まずい流れを断ち切るように小さく咳ばらいをして、話の内容を変える。
「・・・さて、これから話すのはあのナイフについての提案です。」
「提案ねぇ、話してくれ。」
「はい、それでは失礼して。・・・皆さん分かってはいると思うのですが、提案というのはそのナイフについてです。」
「それはなんとなく分かっていましたが、またいくつかの店を回るんですか?」
「店を訪れる、ということに関しては同じことなのですが、今回は目的が変わります。」
一同が頭をひねる中、ロウが静かに呟いた。
「目的・・・流通じゃないってことか。じゃぁ、製造元か? それでもあまり変わらなくないか?」
「まぁ製造元ではあるんですけど、私が言いたいのはその材料の所まで遡っては、ということなんです。」
「なるほど、ナイフ自体の流通元が分からないなら、材料を調べればある程度の地域は絞れるってことか。」
「はい、そうです。剣やナイフに使われている金属の特性は、地域ごとで大きく違います。密度から結合までほぼ全てです。」
話が半分ほどしか理解できていないフィルも横でなんとなく頷いている。
「ですので、これから向かう先は流通に関する場所ではなく金属加工の場所、鍛冶屋へと赴いてもらおうと思ってます。」
「思ってます? 随分と他人事なんだな、お前も来るんだろ?」
「いえ、私は明日少し用事が出来てしまいましたので、皆さんと合流するのはその後ぐらいになると思います。」
何か裏が有りそうな雰囲気を感じながらも、了解と短く告げてその場は解散となった。日はかなり傾き、辺りは少し薄暗くなっていた。
◇◇◇ ◇◇◇
ここは暗い一本道。この国を囲う大きな壁が見えるこの場所で、一人の男がある集団を待っていた。
「・・・やっと来たか。」
「すまないな、途中の道に面倒なゴミが並べてあったからよ。掃除してたら時間食っちまった。」
その場に集まった者はみな黒いコートを身に纏っている。
明かりの無いこの場所で彼らはしっかりと見えているようで、道に落ちているゴミにつまずくことなく真っすぐに歩き始めた。
「遅すぎるぞ、全くこっちがどれだけ大変だったか。」
「がはは、重ねてすまねぇ。まぁ、これからの仕事できちんと返すから見逃してくれや。」
笑う男の姿は非常に大きく、うっすらと分かる腕や肩幅は一般の三倍はあろうかというほどだ。
「頼むぞ。・・・もう『姫』の場所は特定してある。数人の手下を引きつれているようだが、お前らにかかれば大したことは無いだろう。」
「大したこと無い、ねぇ。できたら少し歯ごたえのある奴と殺り合いてぇんだがねぇ。」
「お前と対等にやり合える奴なんざ、居るわけないだろうが・・もしかしたら一人いるかもしれんぞ。」
「ほぅ、兄弟が認めるほどの相手がいるのか。誰だ、そいつは?」
「嘘か本当かは分からんが、何でもその国を救った影の英雄らしい。そいつの名はな・・・・・」
そんな話し声と共に暗い闇の中へと溶けていく。静かに、誰に気づかれるでもなくゆっくりと、確実にその毒牙は目標へと迫っていた。




