仲直り
「・・長かったですね。」
「まぁ、いろいろとな。それで、これはどういう状況だ?」
あの暗いバーからちょうど商店街へと出た正面にある椅子に座っているリリアに話しかける。
リリアが目を向ける先には、先ほどまで沈んでいたと思われるシュールとフィルの他に、幼い子供と一緒にいたのだ。
「どうもこうも見ての通りですよ。あの後、この場所まで戻ってきたら迷子の少年を見つけまして。泣いているあの少年をなだめようと、あの二人が奮闘していたんですよ。」
「・・なるほど、状況は分かった。それと二ニルからなんかあったか?」
「それに関しては全くです。まぁ、行先を告げてないんですから当然なんですけどね。・・・なにか新しい情報はありましたか?」
「新しいというか、なんと言うか・・・。」
リリアの隣に腰かけて、空を仰ぐ。その様子からあまり芳しい情報が入ってこなかったことの想像は難くない。
「あれ、『ただの』ナイフらしい。全部信じるつもりは無いけど、あぁも断言されるとさすがにな。」
「そうですか、流通先とか何か聞かなかったんですか?」
「一応聞いたけど、どうやら無理らしい。なんでも最近ナイフの流通が大量に行われたらしくて、その中から一本だけ見つけるなんて簡単には出来ないそうだ。」
「・・・手詰まりですね。」
「口に出して欲しくなかったな、その言葉。」
諦めのため息を吐くと、ロウのことに気が付いたのかフィルたち三人がロウの元へとやってきた。
「師匠! いつの間に帰ってきてたんですか?」
「ついさっきだ。それより、ずいぶんと賑やかになったな。」
幼い子供とフィルは明るい声を上げる中、シュールだけは一人で暗い顔を浮かべている。
そんなシュールの姿を見てロウは静かに目をつぶり、先ほどの会話を思い出す。
◇◇◇ ◇◇◇
「だったら昨日のこと教えてくれ。」
「昨日の事?」
ロウの言葉の言わんとすることが分からず、煙草をくわえる。
「何かあったから、さっき怒ってたんだろ? 情報屋を怒らすなんて珍しいからな、知っときたくて。」
「・・・あんた、趣味悪いね。」
「自覚してる、それで話しは?」
「それほどおかしい話じゃない。単に、ケンカ吹っかけてきたってだけさ。」
話し始めると椅子に座るように手で示してくる。それに逆らうでもなく、ロウは大人しく先ほど座っていた椅子に腰を掛けた。
「さっきも言ったが、あたしは商人のつもりでこんなことしてる。代金に見合った商品を提示することを心掛けてるのは話したね。」
「あぁ、さっき聞いたよ。だから今こうしてんだから。」
「・・そうだね。」
少し笑った後に、煙草の灰を皿へと落とす。後ろの棚から自分で飲む用のグラスを持ち出して、水を灌ぐ。
「昨日あいつらはここに来てある情報の話を聞いてきてね、明らかに釣り合わない金額を提示してきたから、蹴ったのさ。」
「あいつらってことは昨日は数人で来てたのか?」
「あいつらといっても、あのガキの他に二人だけだったよ。両方女でそれなりに綺麗だったさ。」
「蹴られて怒ったあいつらが、あんたに殴り掛かったみたいなとこか。けど、よくありそうな話だと思うんだけど?」
首を振って煙草を置く。グラスに注がれた水を飲み干して、ロウの方へと向き直る。
「確かに、それだけならよくあることさ。それに加えてあのガキはあたしを侮辱してきたんだよ。」
「侮辱?」
「『こんなところで働いてるんだから、自分の役目はきちんと果たせ』ってね。」
「それは・・・」
トカゲの店主の話を聞いて、先ほどの怒りは最もだと理解した。
この店主は自身が行っているこの商売に誇りを持っている。
ロウとの話で得た報酬がそれに見合っていない、商売人として納得がいかないからこそ、こうして話をしている姿をみてもそれは伺い知れる。
好きでこの場所で商いをしていないということは言葉の端々から理解可能だ。
それなのに『こんなところで働いている』などと、馬鹿にするような言葉に加えて『自分の役目は果たせ』と来たものだ。
家来でも何でもないし、さらに聞いてきているのは相手の方だというのに、こんな上から目線での偉そうな言葉を投げられては怒るのも無理はない。
「自分でも珍しいくらいに怒ったよ。あれだけ叫んだのは久しぶりじゃないかってくらいね。」
「理解したよ、あの怒り方もな。・・・とすると、やっぱり気になるのは『ある情報』だな。」
「あんたも聞きたいのかい? まさか本当はあのガキの仲間だとかいうんじゃないだろうね?」
「まさか! 俺も言えた義理じゃないが、こんな場所に子供を連れてくるなんておかしな話だ。それにあんたの話を聞いてると、あの子供が話を持ち掛けていたように感じたしな。」
疑い深い目を向けてきた店主に怖じることなく正面からぶつかり、嘘をつくわけでもなく、正直な感想を述べてきたロウに店主は目を丸くする。
「・・・あんた、結構曲者だね。」
「俺なんかまだまださ。それに、ここにいたのが俺じゃなかったら破産してるかもだぞ?」
「怖いこと言うんじゃないよ。」
置かれた煙草はほとんどが灰となっており、新しい煙草に火を灯す。
新鮮なその煙を天井に向けて吐くと、ロウに指を三本提示してきた。
「あの金貨三枚だ。この情報は、あたしの身の危険に関わる可能性があるからね。」
提示された条件に、ロウは何も言わずに追加でその金貨を取り出して店主に渡す。
渡された店主は自分が言った条件だというのに、渡された金貨に目をくぎ付けになっている。
「あんた、この金貨の価値分かって出してんのかい?」
「・・・何だ? ただの金貨だろ?」
「これは老婆心だ、お代はいらないよ。・・・良いかい、この金貨は世界で一番価値の高い金貨だ。」
「価値の高い? いろんな国ごとに発行されてるから・・か?」
「金貨の価値って言うのは、どれだけ信用されてるかで決まる。この金貨は戦争終了して間もないころ、荒れる情勢を落ち着かせた通貨なんだ。」
店主からもたらされた意外な情報にロウはその金貨を凝視する。
「落ち着いてからは色んな国が自分たちの通貨を発行したが、いまだにこの金貨に勝ることは出来ない。戦後を落ち着かせたという功績は簡単に超えられるもんじゃないからね。」
「これそんなに凄かったのか。それじゃ今まで俺は軽く扱いすぎてた?」
「ま、そうゆうことだと覚えときな。・・・それで件の情報についてだ。」
店主の咳払い一つで流れが変わり、ロウは頭を振って耳を傾ける。
「・・・この国一番の商会、『マザール商会』が大口の取引で失敗したって話さ。」
「・・・マザール商会。確か二ニルも脅された相手がそんなような気が・・・」
その名前を呟いて反芻する。聞いたことのあるその名前を、記憶の中から掘り起こす。
「何だい?」
「あぁ、いや何でもない。続けて。」
自分の思考へと落ちかけていたロウは、店主の声で我に返る。
「ここからが問題なんだ。なんでもその取引で失敗した原因に『サルワートル』が関わってるらしい。その証拠にマザール商会の警備が厳重になったから、まず間違いないだろう。」
「・・・サルワートル、ねぇ。厳重になった警備ってのは、そんなに凄いのか?」
「あぁ、今までお目にかかったことの無い量さ。なんでも凄腕の傭兵を何人も雇ったとか。」
これで話は終わりだと告げた店主はグラスを片付けはじめ、それを見たロウは席から立ち上がって扉へ向かう。
「タメになる話ありがとう、勉強になったよ。」
「次はちゃんと酒を飲みに来るんだよ、こんな場所に来て話すだけなんて寂しいからね。」
二人が軽く笑い合うとロウはそのまま扉を開けて出て行った。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・師匠?」
少し長く黙りすぎていたようで、目の前にいるフィルは不安そうな目を向けてきていた。
「あぁ、悪い。なんでもない、・・それでその子供はどうするんだ?」
フィルとシュールの手を握るその子供は、丸刈りの頭に半袖長ズボンをを穿いていて、目の下にある傷が目を引くまだ五・六歳程度の子供だ。
「お母さんとはぐれたみたいで、連れて行ってあげたいんですけど・・」
向かう視線は俯くシュールへと投げられる。その視線を感じてか、恐る恐る口を開く。
「・・・後のことはお願いします。・・・我はここまでだから。」
手を放して去ろうとするが、丸刈りの子供の手が離れない。
振りほどこうと暴れるが、それに応じて握る力も強くなっていった結果、どうしていいのか分からないシュールは半泣きの顔でロウの方を見てくる。
「・・・追い込んだロウとしては、コレどうするんですか? 無理やり引きはがします?」
半分笑っているような顔で話しかけてくるリリアに、大きなため息をついて答える。
「俺を悪者にしたいのか、リリア。・・・その子供たっての願いだ、シュールも付いてこいよ。」
「・・でも」
バツが悪くなったところでロウは頭を掻いて視線を逸らす。何が面白いのか、リリアはその隣で小さく笑っているだけだ。
「さっきは、・・俺が悪かった。」
「・・え?」
「いろいろ気が立ってたんだ、その中で変に嘘つかれたら誰でも怒るさ。それでもやっぱり、子供相手に言い過ぎた・・からな。・・すまん。」
予想外に頭を下げてくるロウの姿が意外だったのか、シュールは目を見開いたまま動かない。
「まぁ、それでもシュールには良い薬になっただろ。未熟な力で誰かを嵌めようなんて、しちゃいけない。今回は俺たちだからまだ良かったものの、相手が悪けりゃ殺される危険だってあるんだ。」
「・・・はい。」
「シュールはまだ幼いんだ、覚えることも学ぶこともこれからいくらでも出てくる。焦んなよ? お前はまだ誰かに頼って良いんだから。」
「・・・・ごめんなざい」
いきなり泣き出したシュールにロウは少し戸惑ったが、前にリウから言われた教訓を生かして携帯しているハンカチをシュールに渡してやった。
「さて!」
話が一段落したのを見計らって、リリアが手を叩いて立ち上がる。
「一件落着したのも束の間で、次の目的が出来ました。行動を起こす前に一つだけ、やらなきゃいけないことがあります。」
「やらなきゃいけない事?」
疑問符を浮かべるロウの肩に手を置いて、もう片方の手で後方の店を指す。
「腹ごしらえですよ」
「・・・お前さっきの喫茶店でもなんか頼んでたよな? まだ食うの?」
キラキラ輝く瞳に言い返したロウの言葉には、目の前にいるフィル、シュール、丸刈りの子供の三人の腹の音が代わりに答えてくる。
「お前等・・・。」
諦めのため息と共に、先ほど教えられた価値のある金貨を取り出して、名残惜しそうに手渡す。
物の価値を知るだけでこんなに使いづらいものになるということを、改めて確認したロウだったのだ。




