ナイフの結論
「さて、もう良いだろう。結局お前何者なんだ? まさかただの一市民とは言わないよな。」
「うむ、そうなのだが・・・、メシアはこんな時なんて言ってたかな」
「なにブツブツ呟いてんだ、ハッキリ言えよ。」
「そう慌てるでない、物事には順序があるであろう?」
今歩いている場所は、先ほどの喫茶店から少し離れたところにある大通り。
位置的にはこの国について最初に訪れた商店街の、ちょうど反対側にある通りでいくつもの馬車を乗り継いでここまで来た。
道中の馬車では年が近いせいもあるのだろう、フィルとこの子供『シュール』の言い争いは続いて、好きな食べ物だの嫌いなものだのなんだのと、言い争いは尽きなかった。
埒が明かないその話にロウが間に割り入って話を切り出し、小さくうなずいてからロウの方へと向き直り質問に答える。
「私はある事情でこの町まで商いに来たのだが、付き添いのものとはぐれてしまってな。その相方を探すための手伝いを、主らにお願いしたかったのじゃ。」
「・・・何故俺を選んだんだ? この場所に商いに来るんなら、他にも仲間がいたと思うが?」
「他の仲間たちは・・・少し、野暮用が出来たらしくての。お主を選んだのは単に暇そうだからに決まっておる。」
「・・・嘘だな。」
「!?」
その一言に肩が大きく跳ねる。その行動だけで、今まで話した内容が嘘だと語ってしまったようなもので、それを見逃すロウではない。
「話し方がよそよそしいし、何より『暇そう』なんて理由で選ぶなんて商売人として、危機管理が出来なさすぎる。明らかにそれが嘘なのは明白だ。」
「・・・・・。」
「さっき俺は話すことが条件だとは言ったが、嘘を話せなんて言ってない。少なくとも理由が納得できるものでない限り、俺はシュールとの約束を守り切るつもりは無い。」
「・・・ならば、どうするのじゃ。ここで別れるのか?」
不安そうな目を向けてくるシュールの方には目もくれず、ロウは少し目をつぶって思考する。
一同の視線を集める中、おもむろにロウは口を開く。
「・・・あの場所でシュールが提示した条件、それなりの情報を持つ相手を紹介してもらおう。そこまでならば俺たちは、しっかりと護衛の役を務めよう。」
「その後は・・・」
「先に約束を違えたのはシュールだ。自らが提示した約束を守らない以上、相方を見つけるまで付き合うなんて約束を守る義理は無い。」
「・・・守らねば相手は紹介せぬぞ?」
「だとしたら俺たちはここにお前をおいて帰るだけだ、無駄な時間を過ごしたってな。」
冷たい目でシュールを見下ろすロウに、フィルが不安そうな眼差しで見つめてくる。
「師匠、それは・・」
「フィル、これに口を出してはいけない。ロウも言っていましたが、先に約束を違えたのは向こうなのですから。」
「でも・・」
「可哀そうだとか、辛そうだなんて話が通用しない世界があることは、フィルも知るべきです。彼は商人として商談を持ち掛けたというのに、その話を真っ先に破ってしまったんですから。」
冷たい態度をとるロウに話しかけようとしたフィルを、リリアが止める。
商人として約束を違えるなんてことを持ちかけた本人が行った上に、さらにこちらの言うことを聞かないと約束を守らない、なんて脅し文句まで使ってきたのだ。
ロウの冷たい態度は至極当然のもので、自然とシュールを責めるような形になるのは仕方のないことだ。
「・・・・・。」
「どうするんだ? シュール。言っとくが、案内する振りをするなんてことは無駄だぞ? お前の嘘の癖は分かったから、そう言い放った瞬間俺たちは帰るからな?」
「・・・・分かり、ました。」
今にも泣きだしそうなシュールの声にロウは短く「そうか、頼んだ」と答えるだけで他には何も言わない。
トボトボと重い足取りで向かったのはその商店街中央辺りの裏道を進んだ先にある、バーのような店だ。
日が傾きつつある今の道は、今にも切れそうな明かりに照らされていることも重なり、かなり陰鬱なイメージを抱く。
「ここじゃ。」
シュールはそのバーの前で立ち止まり、先を促してくる。嘘はついてないようだが、少し怪しんだロウは扉を開けるとシュールと一緒に入店する。
店は青紫色に照らされ、窓が無いせいかひどく暗い。お世辞にも広いと言えないその店は、カウンターとそこに座る用の椅子しか置いてない。
「・・・いらしゃい。ずいぶんと早い入店だね、まだ開けてないんだけど。」
そう話してくるのはトカゲのような見た目の魔族だ。
口にくわえているタバコはかなり大きく、指二・三本分はあろうかというものだ。
「それは悪いことしたな、謝るよ。」
「謝るくらいなら出てってくれないかい? 開店前に訪れて居座るなんて、常連でもさしてないんだけど。」
「まぁ、そう言わずに。時間はかけないから、少し聞きたいことがあるんだけど、このあたりに詳しいってのはほんとか?」
「話聞いてたかい? さっさと・・・」
イラつきながら話すそのトカゲの魔族は、ロウが取り出した二枚の金貨を見るなり口を鳴らす。
「へぇ、・・・これは?」
「いきなり訪れた迷惑料と思ってもらっていい。それで、さっきの回答は?」
ロウから視線を外し、後についてきていたリリア、フィルそしてシュールへと目を向ける。
「・・・そうゆうことかい。ここを教えたのはお前かい、ガキ。迷惑なことしてくれるじゃないか、えぇ?」
「・・・・・。」
「そこまでして聞きたいってのか、馬鹿にするのもいい加減にしな? マジで殺すよ。」
「それで答えは?」
シュールの方を見るなり声色が変わり、先ほどよりもかなり本気で怒っていることが伺え、正面に座るロウの怒りを込めたまま当たるようにして怒鳴ってくる。
「あんたもあのガキの相方なんだろ? さっさと消えな、話すことは何も無いよ!」
「・・・何言ってるんだ、俺はあいつとは何の関係も無い。」
「馬鹿言ってんじゃ・・・」
「話を聞いてる限り昨日何かあったみたいだが、俺は何も知らん。アイツがホントはどこの誰かなんて、一つも聞いてないからな。」
「はぁ?」
「俺が聞きたいのはこれについてだ。」
懐から例のナイフを取り出してカウンターに置く。そのナイフを見つめた後、ロウ、シュールと視線を移して口にくわえた煙草を灰皿に置く。
「・・・どうやらマジみたいだね。すまないね、急に当たっちまってね。」
「構わねぇさ、急に訪れた俺も悪いからな。」
「聞きたいことがあるなら、話すのは良いが・・・」
向かう視線はシュールに向かっている。それで察したロウとリリアは互いに目配せすると、その店にロウだけ残してフィルとシュールを連れて出て行った。
「すまないね、あんたの連れまで。」
「話が進むならば大したことじゃない。で、結論は?」
置かれたナイフを持ち上げていろんな角度から見て触れ、重さを計ったり不思議な魔法陣の書かれた紙の上に置かれて怪しい光を放つ等、様々な方法で調べている。
いくつかの帳票のようなものを見てから、再びロウの前にそのナイフが戻ってきた。
「・・・そうだね、結論から言おうか。それは『ただの』ナイフだよ。」
告げられた言葉が呑み込めず、ロウは聞き返す。
「ホントに『ただの』ナイフなのか? どれだけ使っても傷がつかないこのナイフがか?」
「そうなのかい? それが本当ならばかなりの業物だろうが、少なくとも私は知らないねぇ。おまけにナイフの流通はこのところ盛んに行われていて、今更一本だけ見つけろなんて簡単にできることじゃない。」
「何でだ? 剣や鎧と比べれば明らかに使用頻度は少ないのに、それにナイフだぞ? まさかいろんな種類のナイフが流通されるんじゃあるまいし。」
笑い飛ばそうとしたロウの言葉に、吐いた煙と共に大きなため息もおまけでついてきた。
「そのまさかなのさ。いろんな種類のナイフが大量に取引されててね、その中から一本だけ見つけろなんて簡単にできることじゃない。」
「盛んだとか大量とか言っても、たかが知れてる量じゃないのか?」
「ざっくり言って、今までの五十倍~八十倍だよ。こんなことはあたしも初めてさ、いきなり取引量が上がったんだから。」
「・・・そうか。・・・じゃあ、仕方ないな。」
そう言ってカウンター席から立ち上がり、数枚の金貨を置いて出ようとしたところトカゲの魔族がロウを呼び止める。
「・・・待ちな、こんなに受け取れないよ。」
「時間とらせた詫びだからな、受け取ってくれ。」
「だとしたら余計に受け取れないさ。最初にあんたに当たるなんて、失礼なことしたんだから」
「あれは構わねぇって言ったろ? 今更気にするな。」
灰皿に置かれた煙草を再び吸いだす。吐かれた煙は天井の闇へと溶けて消えていく。
「・・・あたしはこんな暗いところでこんな商売してるけどね、根は商人のつもりなのさ。商品に対して過剰に巻き上げるなんてこと、あたしの理念に反する。」
「じゃぁどうするんだ? 他に聞きたいことに答えてくれるってのか?」
「あたしにできるのはそれしか無いさ。他に聞きたいことは?」
タダで教えてくれるという申し出に、ロウは悩む。聞きたいことはいろいろあるが、どれを優先すべきか悩むところだ。
「それじゃぁ・・・・」
ロウがきいた質問に目を丸くしたそのトカゲの魔族は、渋りながらもロウにいろいろと話をしてくれた。
その話が終わったところでロウは礼を言って、その店から出て行ったのだった。




