買い出しにて
「・・相変わらずの多さですね。」
「こんな時間だってことも関係してんだろうけど、やっぱり圧倒されるな。」
高く登った日は傾き辺りを橙色で色づけており、反対側からは黄色い月が顔を覗かせている。
通りの街灯に明かりが灯り始めるこの時間に、ロウ、リリア、フィルの三人は近くの商店街へと足を運んだ。
先程の話し合いの中で、下層にある食事スペースへと向かうことも出てきたがそれをフェザーとロウが反対したのだ。
限られた人数で行う護衛では、あまり外への露出を増やしたくはない。ただでさえ緊急の行動で守りも固まっていない以上、襲われでもしたら守り切れるか分からない。
二人の説明に納得した結果、キッチンを使ってリウの手料理が振舞われることになったのだ。
「それで師匠、何を買いに行くのですか?」
「あぁ、何を買ってくるかは一応メモに書いてもらったからな。」
リリアとロウの間を歩いている少女、フィルがそう話しかけてくる。
部屋を出る前に渡された買い物メモを取り出してこれから買うものを探しに、目の前の商店街に進む。
「・・えっと、イマドリのモモにクレリュードのハネバカマ? シシオロシのミ数個・・・・・。」
開いた紙に書かれている食材であろうその文字を読み上げるが、一考に分からない。助け船を求めるつもりでリリアとフィルの方へと視線を向けるが、二人も分かっていないようで首を横に振っている。
フィルは幼いために、リリアは自分の意識を持つことが出来なかったために通常よりも知識が欠乏している。
明らかに間違えた人選に後悔しながらも頭を振って考え方を変更する。
「・・・仕方ねぇ、多少の出費は目をつぶるか。」
「どうるんです?」
「簡単だ、それっぽい商店に紙を見せてその品物を準備してもらうのさ。質の悪いものを押し付けられる可能性があるから、そこは金を詰んで・・・な。」
「互いに勉強してきましょうか。」
ため息をつく二人の間で、よく分かっていないようで一人だけはしゃいでいるフィルに手を引かれて、夕暮れの商店街へと足を踏みいれた。
◇◇◇ ◇◇◇
鼻をくすぐる芳ばしいにおいと、店の前に並べられた色とりどりの料理たちがロウ一行を惑わしてくる。
その香りに引き寄せられるように近くのハンバーガーのような店の前で張り付いてしまった。
「おい、フィル何してんだ。行くぞ。」
「師匠~」
「ねだっても無駄だぞ? ただでさえ出費が多くなるって分かってんだから、こんなところで使ってられねぇって。」
駄々をこねるフィルを引っ張ろうと手を掴むと、横から伸びてきた手に掴まれる。
「・・・何のつもりだ、リリア」
「ロウ、私たちはこれから世間の厳しさを学びに行く。違いますか?」
「何が言いたい?」
「これから勉強に行くというのに、空腹のままでは学びきれないと思いませんか?」
「・・・お前も食べたいの?」
予想外の味方にフィルは顔を明るくするが、ロウの一瞥で素に戻る。しかしリリアの方は譲るつもりがないらしく、握る手の強さは変わらない。
その異様な光景に人だかりができ始め、その店の店主が困った顔を向けてきた辺りでロウが折れた。
「・・・少しだけだからな」
「待ってました。」
折れたロウのその言葉を待っていたかのように喜ぶ二人。小太りな店主への迷惑料もかねてこの場はロウが折れることにしたのだ。
肉の焼ける匂いとパンの芳ばしい香りが漂う中、待ちに待ったその品を受け取ると勢いよくかぶりつく。
シャキシャキとした野菜が心地よいリズムを刻む傍らでは、肉の濃厚なうまみの詰まった油が野菜たちと見事なデュエットを奏でていた。
「ん~!」
あまりの美味しさに齧り付いた瞬間から綻ぶ笑顔が止まらない。
そんな二人が美味しそうに食べる姿に影響されたのか、辺りにできた人だかりが一斉にその店に駆け込んだ。
その店が長い行列を作る、国有数の人気店に上り詰めたのはまた別のお話だ。
◇◇◇ ◇◇◇
「いや、なかなかなお手前で。」
「おいしー! これはまた食べに来るしかないですよね、師匠!」
「満足したなら何よりだ。さっさと目的の店を探すぞ。」
空腹が収まり機嫌がよくなったのか、フィルはロウたちの前をスキップしながら歩いている。ここは大きな交差点、馬車などの交通が無いにしてもあまりはしゃがないことに越したことは無い。
「おい、フィルあんまり暴れるな。」
「はーい、師匠」
と、戻ってくる最中走ってきた一人の男とぶつかってこけた。
「「いたっ!」」
「言わんこっちゃない。」
慌てて駆け寄り手を伸ばす。フィルの方は存外体が頑丈で、大したことないようだが相手の男性は飛び出してきたフィルを避けようと体をひねったせいだろう。
街灯に頭をぶつけて目を回している。
「あんたも大丈夫か?」
「・・・ひゃい。大丈夫・・です。」
上手く立ち上がることが出来ず、すぐに倒れてしまう。見たところ怪我は無いようで、軽い脳震盪の弱い版のようなものだろうと結論付けた。
座っていれば良くなると椅子まで連れて行こうとした時だった。
「待ちやがれぇ!」
後方から怒声が聞こえてくる。人ごみをかき分けて出てきた魚人のような男たちの姿を見て、面倒ごとに絡まれたとリリアとロウが目で会話していたことは誰も知らない。
「てめえらそいつの仲間だな!」
「・・・仲間に見えるのか?」
「問答無用じゃ、ボケがぁ!」
肩に抱えようとしていたその男性を突き飛ばして近くの花壇に倒れこませる。
今いる場所は物が密集した狭い場所で、うまく戦えないと判断したロウは、向かってきた魚人の一発を躱して近くの公園まで移動する。
太陽が天高く輝く時間ならばたくさんの子連れの家族であふれかえるのだろうが、今は夕暮れ。夜に差し掛かろうという今は誰もいない。
ここならばと、立ち止まるとロウの周りを囲うように陣形を作り、油断なく辺りを見回すロウの真後ろにいる、黒い毛でおおわれた獣人が襲い掛かる。
「だらぁぁ!」
両手を合わせて振り下ろされた一発は地面にヒビを入れている。軽く前に出て躱したロウは軽く体を回転させて、回し蹴りをその獣人の顔面に放つ。
顔を上げた瞬間正面から飛んできた蹴りは直撃して後ろへと飛ばされ、壁に激突する音を開始の合図にしたのか、残りの三人が一斉にかかってきた。
最初に攻撃を当ててきたのは三人のうち左側にいる青い体で、表面に鱗のような模様が見える魚人だ。
殴り掛かってきた拳を下がって避けて、手首を掴む。勢いを殺すことなく軽く足を払うと、その魚人は宙で一回転した。
地面に落ちる前にその魚人を押して、向かってきている正面にいる白い羽毛で覆われた鳥男にぶつける。
「うお!」
そのまま二人がもつれるように倒れるとロウは鳥男の顔面を踏み潰すと、少し遅れてきた右にいる銀色の体をしている魚人と思われるそいつは、肩をつきだして体当たりをしてきた。
そんな見え見えの攻撃が当たるはずも無く、躱したロウはタックルしてきた魚人の足を引っかけてやるだけでもつれて倒れている二人の上に倒れこむ。
「・・・集団戦なんだから、もう少し頭使え。これじゃ一人づつ戦ってるのと変わんねぇぞ。」
倒れこんだ三人は呻き声を漏らすだけで、立ち上がろうとしない。その三人を眺めていると、最初に蹴り飛ばした魚人がロウに叫んできた。
「おまぇ、そうしてられんのも今の内だ。」
「何?」
「ここでこうしている間に、お前の仲間は今頃・・・」
そうやって話している最中ロウとその獣人の間に、仲間と思われる数人が投げ込まれる。
「・・・・・はぇ?」
「・・・今頃、何だって?」
顔色が青くなっていくのが分かる。後ろで倒れていた三人も起き上がり、向ける表情は獣人と同じようなものだ。
「さっさと帰れ、これ以上関わりたくないからな。」
呆れ声で話すロウに対して明らかに憎悪の視線を向けてきているそいつらは、歯をきしませながらも言葉を返してきた。
「俺らにもメンツがある。ここで下がるなんてこと、できるわけねぇだろうが!」
「相手との実力差も分からず、ただ持っている力を振り回すしかないお前らにメンツだと? 馬鹿も休み休み言え。」
「んだとてめぇ!」
「ここで全員のされて恥をさらすか、実力差を鑑みていったん下がって出直すか。メンツを気にするお前らは、一体どっちをとるんだ?」
ロウの言葉に誰も何も言えない。誰が見ても目の前の男に殴り掛かったところで、勝てる可能性など微塵も見つからないのだから。
「てめぇ、覚悟しとけ! ただじゃおかねぇからな!」
そう言い残して倒れた仲間を連れて消えて行った。その後ろ姿を眺めていると、数人の仲間が投げられてきたほうから声が聞こえる。
「ロウ、無事ですか?」
「俺の方は問題ないが、ちゃんと手加減したんだろうな? 明らかに意識無かっただろ。」
「手加減も何も私は攻撃なんてしてません。催眠かけて少し寝てもらっただけですよ。」
「師匠ー!」
遠くの方からフィルとぶつかってきたあの男がこちらに向かってきている姿が見え、近くまでくるとぶつかってきたその男は結構幼そうなイメージを受ける。
「怪我はありませんでしたか?」
「俺があの程度でやられるとでも思ってんのか? それより、隣にいるそいつは?」
「よくぞ聞いてくれました!」
その明るい声と共に両手を広げて一礼してくる。
「私、この国で商人を営んでおります『二ニル・シュール』と申します。危ないところを助けていただき感謝感激雨あられでございます!」
被ったフードをとって見えた頭には垂れた犬の耳と三角の鼻が特徴の、少年の姿がそこにあった。
年齢はフィルより少しだけ大人なようで、身長も二ニルの方が高い。
「・・・それで、訳くらい聞かせてもらえるんだよな。」
「勿論です! 話すも涙、語るも涙。涙なしには語れない、儚くも人情にあふれた・・・」
「聞かせて、もらえるんだよな?」
「・・・ひゃ、ひゃい。すいません、調子乗りました。」
長くなりそうな前口上を、ロウが顔面を儂掴みにすることで途切れさせて本題に移らせた。
「いえ、なんてことはないんです。私が商人として捌いているのは表では扱いきれない商品でして。」
「扱いきれない商品?」
「はい。そんな黒い話ではなく、要は海賊やならず者たち相手に商いをしているという話なんです。航海中の食べ物や飲み物、それを買いに来た時の停泊する場所の手配などをやらしてもらってます。」
「へぇ、それでしくじったと。何だ、客を売ったりでもしたのか?」
「・・・・・・・。」
「マジなのか。」
冗談のつもりで言ったことがまさかあたりだとは思わないロウは、視線をわざとずらした二ニルを見て確信に変わる。
「それはお前が悪い、諦めろ。」
「いえ、不可抗力なんですって! マザール商会から脅されて仕方なかったんですよ、『ギャザリック海賊団のこと教えろ』なんてナイフ突き付けられたら仕方ないじゃないですか!」
「俺に当たるんじゃねぇ! 全部自業自得じゃねぇか、死なないように頑張るんだな。」
二人に目配せしてその場を離れようとすると、二ニルがロウの足にまとわりついてくる。
「こうして出会ったのも何かの縁、どうか助けてくださいよぉ!」
「何で俺がお前を助けなきゃいけないんだ。裏で起きたことは全部自分で拭くのが通常だろ、俺を巻き込むんじゃねぇ!」
「そんな事言わずに! あなた達もここで何かするなら、私みたいな裏も表もある程度知っている奴が近くにいた方が良いんじゃないですか?」
「あぁ?」
ヒーヒー言いながらもロウの足にまとわりつく二ニルを、リリアの手を借りて引きはがす。
「お前、何が言いたいんだ?」
「聞いていただけるんですね!?」
「俺の質問に答えてから、検討しよう。」
パァーと顔が一気に明るくなり、先ほどまでぐずっていたとは思えないほど纏う雰囲気が変わった。
「簡単な経験の話ですよ、この場所に来るのは大きく分けて三種類。一旗揚げようと商いに来る商人、観光もしくは中継地点としてこの場所を訪れる方々。最後にここで何かしらの情報を探しに来るやばい方々、の三種類です。」
淡々と語る口調は先程までの頼りなさは無く、今の二ニルは商人の顔をしている。ロウが一番苦手とする相手の顔だ。
「私もここで商いをしてきて長いので、来た人たちの服装や表情でなんとなく分かるんです。」
「随分と自信があるんだな。」
「絶対当たるとは言いません、あくまでも私の勘なので。ですがこの勘のお陰で、こうして今まで生き延びる事が出来てますので。」
ロウの威圧する視線に怯むことなく、真っ直ぐに見返してくる二二ルの顔には商人特有の、うっすらとした笑みを浮かべている。
「どうするんですか?」
隣にいるリリアがそう聞いてくる。
二二ルのの言う通り、表も裏もある程度知っている奴が隣にいるのは心強いが、信用しても良いのか分からない。
オマケに厄介事まで付いてくるとなれば、正直なところ断りたい気持ちはあるのだが、今回は時間が限られている。
その為に多少の橋は渡るのは仕方がない事だろう。
「・・・良いだろう。お前の提案に乗ってやる。ただし、」
肯定のロウの言葉を聞いた二二ルは嬉しそうな顔を浮かべるが、まだ続くロウの言葉に油断なく耳を傾けている。
「お前がホントに知識を持っているか俺は分からない。だから証明して見せろ。」
ポケットから一枚の紙を取り出して、一枚の金貨と一緒に渡す。
「これは?」
「お前に相応の知識があるのなら、そこに書いてある物全部揃えろ。それが出来たら認めてやる。」
渡された紙に目を通し、一枚の金貨を見比べる。
「これはなかなか厳しい条件ですね。・・・ですが、良いでしょう! 自分の命がかかってるんです、この程度の条件私の全霊を持ってして受けて立ちましょう!」
全身に漲っているやる気は誰が見ても明らかで、リウが注文した量の三倍以上買って帰ると、買いすぎだと怒られたのは言うまでもないないだろう。




