再出発 後編
「・・・ロウ、その子は?」
「知るか。ただの村の子供で、俺とは何の関係もない。」
「そんな事言わないでくださいよ師匠!」
キリエとリウを迎えに来たロウとリリアの二人の他に、ロウの後をくっついて歩いてくる紺色の髪の少女は半分涙目になっている。
「いや、でも師匠って・・・」
「俺がここに来ていつそんなもの作る暇があると思ってんだ。こいつが勝手に言ってだけだ、ほら行くぞ。」
話すことは無いと態度で示し、キリエとリウが持っている荷物をロウとリリアが受け取って馬車まで移動を開始する。
その間もずっとフィルはお願いし続けていたが、ロウの方は聞く耳持たない。歩くペースも少し早いのは気のせいじゃないだろう。
「・・まだ諦めとらんのか。」
「ずっとこの調子でして、正直見てて面白いです。」
「・・・リリア、笑い事じゃないんだけど。」
馬車に到着して荷物を閉まっている最中も、ずっと話しかけているフィルに少しイラついているロウはリリアにイラついた口調で声を返す。
「私に当たらないでくださいよ。惚れさせるようなことをしたロウが悪いんですから。」
「口に気をつけろ、今の俺には笑って流す余裕は無いぞ?」
「・・どうやらそのようで。真面目な話、一回だけでもきちんと話を聞いてみたらどうですか?」
「それは私も賛成するわ、ロウ。なんか可哀そうに見えてきし・・」
フェザーとリウは我関せずといったところで、リウに関しては何やらイラつく目でこちらを眺めている。
リリアとキリエが相談に乗ってくれた結果二人が考えた答えは同じもので、一番したくない言葉を穿いてきたのだ。
いろいろなことが頭の中で流れているのだろう。散々うなった後、今まで一番大きなため息をつくと渋々馬車から降りてフィルに向き合う。
「・・・はぁ、お前何なんだ一体。何で俺に弟子入りなんかしようなんて言い出したんだ。」
「決まっているじゃないですか! 馬の上での華麗な弓裁き、それだけでなくウィルスの群れに対しても引くことなく戦い続けた姿は、まさに憧れの存在なのです! お願いします! 雑用でもなんでもする覚悟はありますから、どうかお願いします!」
「却下だ」
即答だった。キラキラした瞳で話してくる少女、フィルはそれでも引かない。これでは埒が明かないと判断したロウは、持ってきていた道具の中から小さな砂時計を取り出した。
「五分だ。その制限時間までに、この木の棒を俺に触れさせることが出来ればフィルの勝ちで弟子入りを認めてやる。けど出来なければ大人しく帰れ、邪魔だ。」
「それは・・」
「文句があるのか? さっきなんでもする覚悟があると言ってただろうが、さっき言ったことを否定するならばお前が言う覚悟も弟子入りの依頼も、全部子供の我がままだ。」
「我がままじゃない、師匠に弟子入りして学びたい理由も覚悟もあるんですから。・・分かりました、その条件受けます。」
フィルの前に近くにあった木の棒を投げて渡す。馬車の方に行ってことの成り行きを説明していると、リリアはついに噴き出した。
「あははは、ロウも優しいですね。私はてっきり突き飛ばすものだと思ったのですが。」
「そんなことしたら余計付きまとわれそうだ。」
「それで互いに納得できるなら、私はそれで良いと思うよ・・ロウの意外な一面が見れたしね、ぷふっ」
「リウ、俺お前になんかしたか?」
いつの間にか全員が馬車の外に出てきており、その場にいる五人が円形になって話している状況だ。
ちなみにトールは村長と村の周囲について話を聞いている最中で、見届けることが出来なくて済まないと言葉を受け取っている。
「というわけでフェザー、見届け人頼むわ」
そう言って持っていた砂時計を手渡した。この砂時計はマリアからもらったもので、流れ落ちる時間を自由に調節できる便利なものだ。時間を計る以外にアラームも設定されており、目覚ましとしても使える万能アイテムだ。
「それじゃ、始めようか」
ロウはフィルのもとに近付き、その間に立つようにフェザーが割入る。
「条件は制限時間内にロウにその木の棒を触れさせること、違いは無いな?」
「あぁ、あってる。」
「フィルが勝てば弟子入り許可、ロウが勝てば弟子入り不可、そうじゃな?」
「合ってます。」
フィルは真剣な面持ちで構えるが、ロウの方は特に構えるでもなしに脱力の姿勢をとっている。
「横入や卑怯な手は儂が許さん。この勝負、フェザー・クリストフが見届ける。・・・用意は良いな?」
二人の間に強い風が吹く、その流れる風に乗ってフェザーの声が響き渡る。
「始め!」
「てやぁあ!」
長さ1Mほどの木の棒を振り上げてフィルはロウに襲い掛かる。
真上から振り下ろされた木の棒は脱力しているロウに真っすぐに振り下ろされるが、ただ空を切るだけだった。
「・・・あれ?」
何が起きたか分からない。今確かに振り下ろして避けられたことは覚えてる。だが今は横になって空を仰ぎ見ていて、フィルの記憶に違和感が走る。
慌てて飛び起きてあたりを見ると先ほどフィルがいた場所にロウが何もなかったように立っている。
「何が・・いや、今は当てることが第一だ。」
そして再び向かっていくが、振る棒が切るのは空だけでロウには掠るどころか近くで視界に収めることすらできない。
何度も何度もかかっていくが、結果は変わらない。次第に体力が無くなってきて、膝をついて荒い息を吐いていた時だった。
「もうすぐ時間だな。もういい加減わかったろ、諦めて帰れ。」
「・・それは・・・できない。」
「できない? おかしなことを言うな、家族ぐらいいるだろ。さっさと家に帰れよ。」
「あたしの家に・・・親はいないよ。・・・だいぶ前に死ん・・・じゃったみたいだから・・・」
切れ切れの息で、吐く言葉には強い思いがこもっている。
「頼る・・・相手がいない・・あたしにとって、この村が家族なんだ。今回みたいなことが起きても、守れるだけの力が欲しいんだ。誰も傷ついて欲しくないから!」
「・・・・・・。」
「みんなを守ることが出来た師匠だからこそ、あたしは師匠に教わりたいんだ! 何もできない自分が嫌だから!」
棒を握る手に力が籠る。時間的にも体力的にもこれが最後の攻撃で、フィルは最後の力を振り絞ってロウに特攻する。
込められた力は今までとは違い、明らかに一線を画するものだった。その動きを見ていた者は、驚きの色を隠せない。
それはそうだろう、何度も地面に転がされて振る腕からは力が抜けており、体は泥だらけになっているのだから。
そんな少女が最後に見せたその一撃は不意打ちとなって、直撃するだろう。ロウを除いて。
「・・・しっ!」
斜め上から振り下ろされた一撃を前に出たロウは、振り下ろす片手を掴むともう一方の手をフィルの腹部に当てる。
向かってきた勢いを逸らすように腹部に当てた手を持ち上げて、勢いを止めることなくそのまま投げ飛ばした。
持っていた棒は空に舞い上がり、落下してきたところをロウが掴む。
「時間じゃ、そこまで。」
◇◇◇ ◇◇◇
一人だけ固唾をのんで見届けてたキリエはその結果に愕然とする。
これが当たり前のことなのだ。これから起きることは彼女の未来に影響を与えることになる。それを知っているからこそロウはあそこまで本気で相手をしていたのだ。
この結果が一番なのだと分かってはいるのだが、どうにも納得しきれない。そのモヤモヤに苦しんでいるキリエの横で、一人笑うリリアがいた。
「リリアさん?」
「ロウはやっぱりロウでしたね。」
「?」
そう話した言葉にキリエはよく分かっていない顔を作っていると、向こうではフェザーが声を掛けていた。
「ロウ、ええんやな?」
「まぁ、結果だからな。仕方ないさ。」
その言葉を聞くとフェザーは横になって悔し涙を流しているフィルに声を掛けた。
「いつまで横になってんや、早く起きんかい。」
「グスッ・・負けた・・・ヒグッ、負けちゃった・・・」
「何言うとんねん。フィルの勝ちやないか。」
「・・・・・え?」
フェザーの言うことがいまいち理解できないようで、素の表情になる。
「フィルの勝利条件は『制限時間内にロウにあの木の棒を触れさせる』じゃろう?・・・時間切れになる前に、ロウは自分から棒に触れとるやないか」
記憶をたどって思いだす。あの時投げ飛ばされた後、飛び起きてみた光景は落ちてくる棒を掴んだところを見て、時間切れの声を聞いて体の力が抜けていく感覚があったのだ。
「・・・・・・」
「さっさと身支度整えて来いよ、急いでんだから。」
いまいち信じられないようでフィルの体は固まったまま動かない。それを見ていたリウがやってきて、声を掛けて手を差し伸べる。
「ほら、急ぐよ。・・早く立って、ね?」
「あたし・・本当に?」
「信じられないなら置いてくぞ、早くしろ。」
ようやく実感が湧いて来たのか、先ほどの涙とは違う涙を流しながらリウの手を引いてそのまま走って行ってしまった。
「随分と優しいんですね、ホントに良いんですか?」
「仕方ねぇだろ、あそこまで頑なに言い張られたらこっちが折れる。」
ロウの元へと歩いてきたリリアにそう答える。手に持っていた棒を捨てて、軽く背伸びをしたところで今度はキリエの方が質問を投げかけてきた。
「さっきまでずっと断ってたのに、最後の最後に認めた理由はやっぱりあの叫んだ内容のせい?」
「まさか信じたんか? 何の根拠も無いのに?」
「アレを嘘だと断言するには、周りの目が気になる。・・・出てこいよ! 」
いきなり近くの家の方へ向かって叫ぶと、物陰から数人の村人達が出てきたのだ。さらにその中には見知った顔もあり、
「トールさん! まさかずっと隠れて見ていたんですか?」
「見送りに来たところ、出ていく時を逃してしまいまして。そのままあそこで村長と見ていたという訳です。」
「見てたんなら俺の言いたい事は分かるな?」
トールの後ろにいた村長は、白い髪のその老人は見た目ほど年をとってはいないようで背中が曲がることなく、杖も使わずに自分の足で歩いて前へと出てきた。
「・・・ほとんどあの子の言う通りだ。あそこまで頑なに引き下がらなかったのは初めてでな、寂しい気持ちはあるがあの子の願いを聞いて欲しかったんじゃ。この村を救ってくれた事と重ねて礼を言いたい、ありがとうございます。」
村長の言葉に合わせて周りの村人達も同じように頭を下げてきた。
「気にしないでくれ、こっちだってその必要があったんだから。それよりも疑問ができたんだけど、ほとんどってのどういうことだ?」
「フィルには言っていない事なので、内密に願いたいのです。・・・あの子はこの村の子では無いのですよ。」
「この村の子供じゃない?」
「はい、あの子は戦争が終わって間もない頃に、この村までやって来たのです。名前を聞いても分からない、どこから来たのかも分からない。そんな少女を見捨てるような者はここにはおらなんだ。」
「それでこの場所に住んでいる住人がみんなで育ってきたって訳か。」
ロウの言葉にうなずくとそのまま話を続ける。
「あの子がこの村を救いたいと言って、あのウィルスの群れを引き連れて行ったときは生きた心地がしませんでしたよ。」
「なるほどのぅ、それであの時につながる訳じゃな。よう分かったわ。」
「えぇ、まさかあなた方が連れ帰ってくるとは思いもよりませんでした。重ね重ね感謝の言葉もございません。」
「気にするな、儂らだってあのまま見捨てることは出来んかったしのう。」
ガハハと声を上げて笑うフェザーの横で、ロウは顎に手を当てて何かを考えていることにキリエは気づいた。
「・・どうしたの? ロウ。」
「いや、また戦争かと思ってな。戦争中に孤児が生まれるのは必然だから特に気にすることは無いか。」
「?」
一人で完結してしまったロウの言葉の真意を測ることが出来ず、首をかしげていると村の方から荷物を抱えたフィルの姿が見える。
「また個人的に話を伺いに来ると思うけどその時はよろしくな。」
「えぇ、もちろんですとも。あなた方ならば歓迎させていただきます。」
そう話を終わらせ握手を交わすと、握る手は大きく逞しいもので所々古傷がついていることが分かる。
馬車に全ての荷物を載せる間、村の人たちとフィルは言葉を交わしていた。いろいろ伝えたいこともあるのだろう、ほとんどが涙を流していた。
「あぁなる気持ちは分からないでもないですけど、また会いに来れば良いと思うんですけど。」
「水を差すようなこと言うなや、ああやって短い時間でも自分の家族と別れるっちゅのは悲しいことなんやから。な、ロウ?」
「何でそこで俺に振るんだ? 俺まったく関係ないだろ。」
「関係ないこと無いやろ、お前だってあの気持ちは分かるやろ?」
キリエとリウは先に馬車の中に待機しており、開けた窓からその様子を眺めていて、その馬車に馬を繋げている男三人はそう話をしていた。
「二人の言うことは両方とも分からないでもないけどな。」
「なんやその中途半端な答え、おもろないぞ。」
「そうですよ、ロウももう少し正直になったらどうです?」
「お前らは俺に何を期待してんだ?」
そんな風に話していると言葉を交わし終わったフィルがロウの元へと走ってやってきた。選別としてもらった髪飾りが長い髪を後ろでまとめている。
「これからよろしくお願いします! 師匠!」
「・・・これから始まる前にフィルには守ってもらいたいことがある。」
「何ですか?」
笑いをこらえているリリアと満面の笑みを浮かべるフェザーの目の前で、ロウはフィルに指を突き付ける。
「師匠はやめろ、普通に名前で呼べ。」
「はい、師匠!」
「・・・お前俺の話聞いてた?」
「いつまで遊んでるんだ、出発するんじゃないのか?」
歩いてきたトールにフィルとの会話を中断される。フェザーはフィルを連れて馬車に乗り込み、リリアは御車席へと飛び乗った。
「遊んでるように見えたのか? ・・・ったく、トールの方はネルの到着をここで待つんだったな。」
「あぁ、どこまで信用できるか分からないがリリアの防壁がある。それにさっきみたいな奇襲はもう通じないさ。」
「そうか、まぁ無理しないようにな。この場所をトール一人に任せるのは、少し心苦しいんだが頼むわ。」
「思っても無いことを言うな。」
半分冗談、半分本気で話していたのだがどうやらそれは気づかなかったらしい。
互いに少し笑うとロウは振り返ってリリアの隣に座る。
「じゃ、行ってくるわ。」
「キリエ様のこと頼む、あとリウのこともな。」
「何でついでみたいに私の名前だすの! 悲しくなるからやめてよ、トール!」
開けた窓から顔を出してトールに物申すリウのことはほっといて、ロウの赤い馬とフェザーの白い馬は目的地に向けて走り出す。
「行ってきまーす!」
大きく手を振るフィルの姿を惜しむように、村人たちは皆が手を振り返している。
太陽も登り始めて馬車に揺られる一日が始まり、進む道は明るく照らされていてこれから旅行に出かけるような雰囲気が流れている。
この村の人たちと生きて出会うことはもう二度とない、そんな未来を予想できた者は誰一人としていなかった。




