新寮体勢、準備
そこはとても暗い部屋。
明かりは扉の上部に付いている除き穴から差す光のみで、石造りの部屋も相まって冷たい印象を与えてくる。
その部屋の中には1人の少女が部屋の隅で縮こまっており、膝を抱いて体を小さく丸めている。
ボサついた長い黒髪は汚れていて、着ている服は明らかにサイズが合っていない。
所々血がにじんだような赤黒い跡が身体中に付いていて、着ているワンピースのような服の間から除く腕には、生々しい痣が居座っている。
水の滴る音だけがその部屋が現実である事を告げる中、唐突に異音が聞こえてくる。
「・・・!」
カツン、カツン、と聞こえてくる異音が足音だと分かると、少女はカチカチと歯を鳴らして震えだした。
「・・・・・・・!・・・・・!」
「・・・・・・!」
何かを言い争いながら歩いてきているようで、怒鳴り声が聞こえてくる。
「・・・から、馬鹿にしてやがんだよ! あのゴミがよぉ!」
「だからといってそんな風に怒っていたら限りがないじゃないですか。」
「何度目だと思ってんだっての! あいつがここには流れてきてもう一年経ってんだぞ! 」
その少女の部屋の前でその足音は止まり、勢いよく扉が開かれる。
「てめぇ! 舐めてんだろ、俺らのことをよぉ! なぁ、おい! 何か言えって、ぼけ!」
開かれた扉の先にいたのは鹿のような小さな角を片方だけ生やした男性で、カラフルな服を着ている。
その男性は、真っ直ぐに少女のもとへと向かうと、思い切り少女を蹴り飛ばした。
「・・っ!」
蹴られた少女は後ろの壁に頭をぶつけ、痛みに顔をゆがめるがそんなことはお構いなしにその男性は少女のぼさついた長い髪を鷲掴みにして持ち上げる。
「お前さぁ、いつまでここにいるんだよ。いい加減出てけよ、なぁ? お前のようなゴミを維持するだけで金がかかるんだぞ?」
顔を近づけて舐めるような視線でその少女の顔をにらみつけるが、それでも少女は言葉を発することは無く、ただ恐怖に震えているだけだった。
「・・・お前のその態度が気に障るんだよ!」
掴んでいないもう片方の手で少女の顔面を殴り飛ばして、後ろの壁にもたれるように少女は崩れ落ちていく。
それでもなお男性の攻撃は止まない。ただひたすらに蹴られ、殴られる時間が続く。
「・・そこまでにしておいた方が良いですよ。それ以上やると売れなくなりますんで。」
その男の暴力を止めたのは、付き添ってきていた一人の魚人だ。
黒いジャケットに身を包んでいるその男性は、鮫のような鋭い眼と牙が相まっていっそうの恐怖を相手に与えている。
「・・分かってるよ、クソ。」
言葉と共に吐いた唾は少女の子の顔に当たるが、動かぬ体ではそれを拭くことが出来ない。
「次売れなかったら、廃棄処分だからな。覚悟しとけよ?」
その言葉を残して再び部屋は暗い闇に包まれる。
涙は当の昔に枯れて無くなり、今の少女は体の痛みにうめくことしかできなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・いや、すごいな。」
ロウが向ける視線の先、そこには修復が完了した寮の姿がそこにあった。
めくれ上がった地面は以前と同じような庭へと戻り、半壊していた部分もすっかりもとに戻っている。
「『全力で応えよう。』とは言っていたが、全力過ぎるだろ。」
リーリアの病室をでた後、シュロロ、ダンロート、クロエのもとへと足を運んだ。
三人とも同じように話をして、『下につく』のではなく、『手を組む』ことを条件に三人と契約を結び、さらにその三人にはそれぞれがロウに同じことを頼んだことと同じことを考えている可能性を示した。
そうすることで互いが互いを監視する仕組みが出来上がり、ロウを裏切ってうかつに動くことを抑制する仕組みを作ることに成功したのだ。
急ごしらえの案としてはなかなかにうまいことできたんじゃないだろうか、と考えているがこれも結構危うい橋なのでいづれそれなりの対処をしなくてはならないなと考えている。
「あの話に関しては、よしとしとくか。」
その話をした際、報酬の話も忘れていない。それぞれが思っていることが本当だと証明するために、提示してきた条件をロウはお願いという形で試した。
シュロロからはロウに特別な刻印石を渡してきて、その刻印石はシュロロが直接監修したそうだ。連絡以外にも地図の表示や簡単な検索などの機能を兼ね備えているらしい。なかなかに高機能だ。
ダンロートは見ての通りだ。『リーリエの退院が三日ほどかかるそうでそれに間に合うように修復しろ』というものだったが、
「・・・まさか一日で修復が完了するとは。」
朝から工事は始まって、フェザーたちに話をするためにその場から出て行った。いろいろと話を終えて帰ってきた夕方にはほぼ寮の修復は終わっており、そのまま夜通し行われた結果。
朝起きてみた寮は完全に修復が完了していたのだ。さらにおまけとか言いつつ、寮の門の近くに住み込みで働くロウたち専用の家も作られていた。
自分で言ったことなのに、それ以上の出来で返されるとロウの方がなんか悪いことをしたような気分になる。
「・・・さて、今日は忙しい日だ。フェザーたちもそろそろ来る頃だとは思うが・・・」
寮が治ったことはすでにマリアの方に伝えており、新しく住み込みで働く人たちの家も作られたことを報告すると、その部屋割りをマリアの方で指定してきたのだ。
『指定してきた』とは言っても単純に男と女で二つに分けただけで、それが守られていればどこをとろうが勝手だそうだ。
そのあたりの連絡はすでに終えており、フェザーの家族三十人ほどが今日訪れてくる。
それぞれを部屋に案内した後、ロウがここに来たときにされたような説明を行うので今日一日は大忙しだ。
新しくできたその家の方にロウは移ることを決めて、寮前の門が見えるような窓がある部屋を選んで荷物を運びこむ。
荷物というほど物は無く、さしずめ着替えを入れる棚程度しかない。
移動も終わり窓の方へ目を向けると、遠くにフェザーの一団の姿が見えたために、作業を終えて寮門前へと移動を開始した。
そこからは予定通りに進み、マリアが連れて帰ってきたシュシュとミユの二人の食事が振舞われ、1日が終わった。
◇◇◇ ◇◇◇
その翌日はマリア指導のもと、フェザーの子供たちに手取り足取り掃除や洗濯等の説明が行われた。
子供たちといってもシュシュやミユ程歳は低くなく、十二歳の子が1番下らしい。
その指導のもと、ロウは気になっていた事をマリアに聞いた。
「この寮に住んでる訓練兵達は、どうしてんの?」
「訓練兵だから訓練させてるに決まってるだろう。」
どうやらあの一件以降、住んでいる訓練兵達は皆が鍛錬に励んでいるそうで、
「あたしの他にも教官がいるんでね、そいつが数日の夜通し訓練をさせてるよ」
との事だ。
非常に厳密に言えば関係無くはないのだが、預かり知らない所で起きた出来事の余波は彼らにとって、ただの事故でしかない。
その事故を受けた彼らには、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、どうしようも無いので無事に帰って来ることを祈るのみだ。
この日はマリアのスパルタの指導が施され、今日一日が終わる頃にはほぼ全身がメイドの基礎を叩き込まれていた。
ロウはどんな指導をされたのか数人に聞いてみたが、口を揃えたかのように
「思い出したくない」
と、皆が同じ事を口にしたのだ。
暗い影を落として表情を見たロウは、それ以上掘り下げないことと話題にしない事をひっそりと決めた




