第二章 幕間 後編
ここはロウが一時期入院していた病院で、部屋の内装は全体的に白で統一されており清潔感が見て取れる。
その部屋の一つに横になっているのは緑の髪の女性、リーリアだ。
昨晩起きた出来事から意識を失ったまま、昼も超えたというのに目を覚まさない。
苦しそうな顔で寝ているリーリアの傍らにはがっしりとした体格の女性、マリアが椅子に座っている。
「・・・リーリア、すまないね。」
寝ているリーリアの髪をなでて、静かに呟くその声はひどく悲し気だ。
「すまない・・・。」
マリアの頭をよぎる記憶は昨日の夜、ロウが部屋をいきなり訪れてきた時までさかのぼっている。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・・ふぅ。」
食事が終わり、自分の部屋に戻って一息つく。
今ではリーリアもある程度持ち直して今までと同じとはいかないが、笑顔が戻ってきており安堵している自分がいるが、それと同じく胸の中をざわめかす不安もあることも知っている。
自分用の部屋に置いてあるグラスにいつも飲んでいる酒を少し注いで月を眺める。
戦争が終わってからずっと禁酒していたが、今は飲まなければ落ち着かないのだ。
「・・・全く、女を泣かすとは男の風上にも置けないねぇ。」
そう呟いてグラスを傾けようとした時だった。二階の窓に何かが当たっているようで、カツンと音がする。
何事かと窓を開けて下を見ると、銀色の髪を持つ見慣れえた人間の姿がそこにあった。
「ロウ!」
「そこ行くからちょっとどいてくれ。」
言葉の意味が分からず、ロウの言う通りに窓から遠ざかる。すると、
「ふっ、・・・結構いけるもんだ。」
「・・・・何で・・どうしたんだい?」
二階の窓から飛んではいってきたロウにマリアは言葉を失う。窓からどくと、後ろから見たことのある男が追加で入ってきた。
「お久しぶりですね、マリアさん。」
「・・・シュロロ、か? 随分と大きくなったもんだね、誰かと思ったよ。」
「え、何? 知り合いなの?」
「戦争中に私はマリアさんに世話になったからな。・・まさか軍を抜けるとは思いもよりませんでしたよ。」
「昔の話さ、忘れな。・・それで、二人は何しにここに来たんだい?」
「落ち着いて聞いてくれ、・・・・」
そこから事件の顛末を話す。キリエを助けたこと、王宮が襲われたこと、実を食べたこと、すべてを話した。
リーリアの血縁の者がいる可能性と、この寮の中に『あいつら』につながっている可能性のある者がいることも。
「ロウ、馬鹿言ってんじゃないよ? そんな事あるわけないだろうが。」
話を聞いたマリアは纏う雰囲気が殺気へと変わる。並大抵の者ならば、現役の頃とさほど変わらないそのオーラにたじろぐことは間違いないだろう。
だが、ここにいる二人は並大抵ではなく、さらにはその覚悟をもってマリアに話しているのだ。
「ないとは言い切れない。」
「あんたは家族を疑うってのかい? 信じてくれたあの子たちを信じれないと?」
「逆だ、信じたいからこそ疑うんだ。自分の心を隠したまま、偽りの笑顔を浮かべて過ごすなんてそんなものは家族とは言わない。」
「・・・・・。」
「・・分かってくれ、俺だってこんなこと・・・・したくないんだ。」
話すロウの顔はマリアと同じく苦痛にゆがんでいる。その顔を見たマリアは崩れ落ちそうになるが、シュロロが後ろで準備していた椅子に座ることで倒れることは無かった。
「・・・・それを聞いたあたしは、どうしたらいいのさ。」
「終わるまでシュシュとミユの傍にいてやってくれないか。そんなことにはならないとは思うが、下手したら二人と遭遇する可能性もあるから。」
「リーリアは?」
「おそらく今晩は布団の中から動かないと思う。・・・そうゆう風に話す・・つもりだ。」
疑いたくない相手をたがわなければいけない気持ちは、軍を何年も経験してきたマリアにとって痛いほど分かってしまう。
「・・・話はここまでだ。」
話しは終わりだという空気が流れ始める前に、シュロロが終わりをつげて行動を開始する。
窓からシュロロが飛び降りて、その後に続こうとロウが窓枠に足をかけた時だった。
「ロウ、あんたは・・・」
「なんだ?」
「・・いや、何でもないよ。これからすぐに始めるのかい?」
「いや、相手の出方次第だ。この寮に漂わせたリリアの気配を辿れば確定だ。・・そうならないこと願うけどさ。」
そうかい、と一言返してこんどこそ本当に話は終わりとなって、ロウは窓から飛び降りて行った。
そこから一杯だけグラスを傾けると、シュシュとミユの部屋に向かった。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・いくら時間との勝負とはいっても、当日の直前とは急すぎるだろうに。」
あの後、シュロロはあのとき幾重にも罠を仕掛けていたようだ。
城の中ではあの犯人は殺さないという決断が下されたこと、意識が戻れば尋問が始まること。等々の嘘の情報を流して、『あいつら』を焦らせる。
それと同時にロウと裏で寮に少しの間移動させることも密かに流していたようだ。
「・・・あの子も昔と比べて成長したもんだよ。」
戦時中に何度も世話を焼いてやった後輩がこうして立派になった姿を見るのはうれしいものがあるが、如何せん内容が悪い。
自分の娘たちが犯人とつながっているかもしれないなどと、あって欲しくなかった予想が当たってしまいセシルはあの場所から消えてしまった。
その事実がある限り、喜びの裏には怒りの感情が現れる。それがどれだけお門違いだとしても消えることは無いだろう。
自身の感情が大きく揺れており、どうしたものかと考えていると後ろの扉を叩く音が聞こえる。
「マリア、居るか?」
「・・いるよ、入ってきな。」
扉を開けて入ってきたのは昨日の出来事の中心的人物、ロウその人だった。
「リーリアはまだ目を覚まさないのか?」
「見ての通りさ。体にはどこにも異常が無いってのに、意識だけが戻らない。医者が言うには精神的なものだとかなんとか。」
「・・時間が、どうのこうのってやつか。」
ロウはマリアの反対側に移動してリーリアの顔を覗き込む。
ロウが入院していた時とは反対の状況になってしまったことに、顔をゆがめる。
それから少し時間がたった後、ロウは静かにマリアに話を切り出した。
「シュシュとミユはどうしたんだ?」
「今は知り合いの家にあずかってもらってるよ、あの半壊した寮じゃいくらなんでも、ねぇ。」
「それもそうだな。・・寮に関してはどうなるんだ? 続けるのか?」
「・・続けられると思ってるのかい? 人手もないのに、その上寮も壊れてんだよ。」
「もし、続けられるとしたらどうする?」
ロウが切り出した話を聞いてマリアは鼻で笑って返す。
「はっ、馬鹿言うんじゃないよ。そんな事できるわけないだろう」
ロウが悪意があってそうゆう話を切り出したわけでは無い、と頭では理解しているが体の抑えが利かない。
指をパキリと鳴らしてロウをにらみつける。それに物怖じすること無く、話を続ける。
「いや、それがあるんだ。詳しくは言えないけど、寮は元に戻る。リーリアとセシル、シュシュとミユ、マリア。それと俺の住む家はあそこだけだからな。」
「・・・だとしても、セシルの穴は埋まらないだろう。そこが埋まらな限り・・」
「それも当てがある。・・たぶんそろそろ来るとは思うんだけど・・・」
「何?」
ロウの言葉が終えると同じくして、廊下の方から数人の足音とケンカしているような話し声が聞こえてくる。
「・・っと、しっかりしなさいよ! これからが本番なんだから!」
「そんな事言ったって、俺こんなこと初めてだからうまく話せるかどうか・・・」
「いつもうるさいぐらい話してるくせして、何でこんな時に限って緊張してんのよ!」
「カカだって緊張してんじゃん。俺だけが緊張してるみたいに言うなよ。」
「おい、話もそこまでにしとけ。ここからが大一番なんじゃからな。」
「・・・私が一番心配してるの、実は親父なんだけど?」
「何でじゃ、どう見たっていつも通りじゃろうが。」
「だから心配なんじゃない!」
ギャーギャーと聞こえてくる賑やかな声はマリアからしたら不安以外の何物でもない。
しかし、それに対してロウは笑いをこらえているように見える。
その足音が部屋の前で止まり、一際にぎやかになったかと思うと扉を叩く音が聞こえてきた。
「揃ってるから入って来いよ。」
「失礼するぞ、痛て! ・・します。」
「「失礼します」」
入ってきたのは長袖のシャツをめくり半袖にしている獣人、その後ろに二人の青年と幼さが残る女性が病室に入ってきたと同時に、ロウはこの時初めてマリアの完全に困り果てた顔を見た。
足を思い切り踏まれたようで、後ろにいる女性とにらみ合っている獣人の方に手を向けて説明を開始する。
「一番前にいるのがフェザーっていう獣人で、その後ろにいるのがその息子と娘。このほかにも何人もいて、そいつらを寮で雇うのはどうかって提案なんだ。」
「こいつらを・・・。・・・フェザーだって?」
マリアが呟いた声はロウには聞こえなかったらしく、扉の前にいるフェザーたちにマリアを紹介しようと声を掛ける。
「フェザー、ここにいる女性が俺の住んでる寮母だ。名前はマリアってんだ。」
「そうか、こん人が。・・・・マリア?」
二人の間に何とも言えない雰囲気が漂いだす。その流れが予想外だった為に、ロウもいまいち話をつなげられない。
後ろにいる二人に視線を向けて目で聞くが、どうやら二人も意外だったらしい。
「・・・えっと、知り合い?」
やっと声を出すことができて、ロウが二人に質問を投げかけた。
ロウの声も聞こえてないのか、二人は互いの顔を見つめ合うと二人して大声をあげた。
「まさか『紅蓮』の・・・」
「あんたは『疾風』かい、こんなとこで会うとはねぇ・・・覚悟は良いかい?」
「ちょっと待て! 待てって! どうした、知り合いなのか? 二人とも」
立ち上がり指を慣らすマリアの姿とは反対に、フェザーは冷汗をかいて後ずさりしている。
「阿保か! 忘れるわけないやろ、戦争中にこいつに殺されそうになったんやから。」
「自業自得って言葉知ってるかい?」
「お前こそ加減ってもんを知らんやろが!」
殺気むき出しでフェザーに歩み寄るマリアをロウが何とかなだめる。
そして、やっと話ができるであろうところまで落ち着くとマリアが話しを切り出した。
「・・こいつはあたしの旦那を袋叩きにした奴なのさ。そんな奴、許せるわけないだろう。」
「なぁにが袋叩きじゃ。アイツとは堂々と一対一で丸二日戦ってたじゃろが! その結果儂が勝ったらこいつが金棒振り回して襲い掛かってきたんじゃ、『旦那の仇!』ってな。」
「フン、あんなずるい手ばかり使うどこが堂々となんだか。あんた言葉の意味分かってんのかい?」
「はぁ? 何を言うんじゃ、それを言ったらお前こそあの時の試合目の前で見とったじゃろが! 途中からしか見てないとかいうんやったらまだしも、ことの起こりから最後まで見てたやつが何言うてんねや。」
「ケンカ売ってんのかい?」
「その言葉そのまんま返したるわ。」
二人の間に何とも言えない雰囲気が流れ出した。間に入ろうにもいまいちその時の状況がよく分からない為にいまいち割り込めない。それは後ろにいる二人も同じようで、ただ茫然と見つめるだけだ。
そんな一触即発の雰囲気を壊したのは意外な人物だった。
「・・・フフッ、フッ」
「リーリア!」
ロウは慌てて近寄って顔を覗くと明るい顔のリーリアがそこにあった。
「起きてたんなら言えよ、ったく。・・・体大丈夫か?」
「ごめんなさい、目が覚めたらなんかそんな雰囲気じゃなくて。体の方は特に問題ないみたいです。」
「・・はぁ、あの時のリーリアの気持ちが少し分かっちまったよ。こんな気分だったんだな。」
「分かってくれました? そうです、あの時大変だったんですから。」
起きたリーリアは今までと変わらない様子で話している。その様子に安心したようにロウが息を吐くと、後ろからか細い声でリーリエに声がかけられる。
「・・・・リーリア」
「マリアさん、おはようございます。ちょっとだけ寝坊しちゃいました。」
小さく出した舌はイタズラっぽい笑顔と相性が良く、その顔はとてもかわいらしいものだった。
「・・バカだね、そんなことはどうでもいいさ。・・起きてくれて、良かったよ。本当にね。」
置きがったリーリアを強く抱く。涙を流しながら抱いているその腕は少し震えているようだ。
ロウはそこから下がり、フェザーの横に移動する。
「・・とんだ展開になっちまったな。」
「まったくだ。・・・ったよ、あいつも一人の親だったんだよな。」
両手で強く顔を叩くと大きく前へ歩き出してマリアへ近づく。先程までの雰囲気は無く、今のフェザーの後姿は一人の親の背中をしていた。
「マリアさん、先ほどまでの無礼はすいませんでした。」
「なっ!?」
その言葉を発したフェザーの姿に、後ろからついてきていた二人が面食らう。
それはロウも同じで、言葉を失った。
「今日はあなたにお願いがあって参りました。・・私はどうなっても構いません。ですので、どうか私の家族だけでもあなたの所で雇っていただけないでしょうか。」
「・・・・・。」
リーリアに触れていた両手は離れて後ろのフェザーの方に目を向ける。
そこには両手を揃え、頭を下げているフェザーの姿があり先ほどまでの雰囲気は消え去っている。
「いきなりのことで、あなたには多大な迷惑をかけていることは重々承知しております。しかし、それでも私はこの時を逃すわけにはいかないのです!」
「・・・・・。」
「未来であるこの子たちには、俺のような暗い人生は歩ませたくはないのです。ですので、どうかこの子たちだけでも雇ってはいただけないでしょうか!」
「「お願いします! 」」
ついてきた二人もフェザーと同様に頭を下げる。大地を照らしていた太陽は今は沈みかけており、夕陽がリーリアの病室を赤く染め上げる。
長い沈黙が訪れた後、マリアは再びリーリアの方に振り返り口を開く。
「・・帰っとくれ。」
重い口から出た言葉にロウとリーリアは何も言わない。
その言葉を聞いたにも関わらず、フェザーとついてきた二人は変わらずに頭を下げたままだ。
「そこをお願いします。」
「「 お願いします 」」
変わらない言葉を吐く彼らに対してマリアは大きくため息を吐いて、静かに言葉を繋げた。
「・・・受け入れる寮も無いってのに、認めるも何もないだろう。寮の再開についてはロウの『心当たり』にかかってるんだ。今ここで返事を返すことはできないさ。」
「・・・・そう、ですか。」
頭をあげたフェザーの顔からは悔しさが滲み出ている。後ろの二人にもそれは伝わっているようで、表情は暗い。
ついでにリーリアの表情も暗い。
「それから、ロウ。寮の修理については、後でちゃんと話ししな。あんたが全責任を負うこと、良いね?」
「・・あぁ、了解。」
「それと、追加の人選だが連絡するの忘れんじゃないよ。」
その言葉に暗い顔の三人は一斉にマリアの方に視線を向ける。その顔に先ほどまでの影を落としたような暗い色は無い。
ついでにその言葉を聞いたリーリアの表情は一気に明るくなり、今にも泣きだしそうだ。
「・・俺で良いのか?」
「あんたが言いだしたんじゃないか、言葉には最後まで責任持ちな。・・もし再開した時、人手が足りませんなんてことになったら分かってるだろうね?」
「あぁ、任しとけ。」
マリアとロウの言葉を聞いて、フェザーたちの顔は一気に明るくなる。
叫び声を上げたいであろう気持ちを抑えて、三人は頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「・・騒ぐんじゃないよ、ここは病室だ。さっきも言ったが、とっと帰りな。まとめる荷物もあるだろう。」
深く下げた頭をあげて静かに扉から出て行った。最後に出て行ったフェザーの眼からは一瞬だけ、大粒の涙が流れたように見えたが気のせいだと決めつけて特に何も言わなかった。
「さて、俺も『心当たり』まで行かなくちゃいけないからな。今日はいったん寮に戻るが、マリアはどうするんだ?」
「あたしは・・・」
「今日は残るみたいですよ。だからロウさんは一人ですね!」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ。・・起きたばっかだけど、早く寝てとっとここから出て来いよ? 寮の再開に間に合わなければマリアが何するか分かんねぇからな。」
「任せてくださいよ! ロウさんみたいに迷惑かけまくるようなことしませんから!」
「俺がいつも迷惑かけてるみたいに言うんじゃねぇ。じゃぁな、また明日。」
「はい、また明日」
部屋の去り際、マリアを少しだけ借りて病室の外に出る。
そこでマリアと少し話してからロウも病院を後にした。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・・無理しやがって。」
病院を出たところで改めてリーリアの病室を見上げる。
そこはカーテンが閉まっており中の様子を見ることはかなわない。けれど、だいたい予想はできる。
けれどこれは詮索していい部類のものではないし、リーリアが回してくれた気を無下にすることもできない為に頭を切り替える。
考えることは数あれど、とりあえずは自分がどうしたいかで動こうと決めたのだ。悩むのはその時で良い。
「・・さて、まずはシュロロの屋敷か。確か、こっちだったな。」
赤い夕陽は沈み、今は暗い夜の時間。
大きな問題も一つ片付いたのも束の間で、休む間もなく次の問題が立ちはだかる。
一時の休む間もなく動かなきゃいけないのはどうやら昔から変わっていないようで、懐かしい記憶と共にロウは鼻で笑う。
今日はもしかしたら寮に帰れないかもしれないなんて思いつつ、おぼろげな記憶を頼りにシュロロの屋敷まで歩いてくことにしたのだった。
これで正真正銘第二章は終わりました。
もうすぐ終わりますとか言いつつ、全く終わる気配がなかったことに私自身も驚いております。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。
次章からもどうかよろしくお願いします。




