第二章 幕間 前編
「・・・はぁ」
王宮から出てきたロウの顔はひどく疲れきっている。寮での出来事の次の日で、先の時受けた衝撃も半壊した寮もいまだ手付かずだ。
「・・・くそ、何でこんなことになったんだ。」
起きた出来事も今のロウに重しとなっているが、現状のロウの頭の中はそれとは別のことで埋め尽くされている。
「好き勝手なことばかり言いやがって、どいつもこいつも。」
それは会議が終了した後の時間までさかのぼる。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・では、これにて閉廷する」
そう言い放つのは正面に座るクロエだ。堂々と言葉を放つその様は、とてもじゃないがロウと接するときのような雰囲気は微塵も感じられない。
その言葉に従うようにして神将の面々は立ち上がる。
見慣れた顔のシュロロやソルドール、ネルの姿の他にも筋骨隆々としたスキンヘッドの男性、やけに色っぽいスタイル抜群の金髪サイドテールの女性と、侍のような格好の男性の姿が見受けられる。
クロエを中心としたロウを囲うように置かれたU字型の机には、合計八席存在していたのであと一人神将が存在しているのだろう。
「・・ロウ、戻れ」
各々が去っていく中、どうしたものかと立ちすくんでいると後ろのドアから声を掛けられた。
聞きなれた声の女性はトールという短い金髪の女性で、今回の事件では彼女の協力なしでは解決することはできなかっただろう。
「それで、どんなことを話していたんですか?」
扉を出たところでもう一人の女性に声を掛けられた。
薄い赤の髪をしており、何よりも目を引くのは頭の上についていいる猫耳だろう。
まるで飾りの様に感じるが本人曰く、これにはあまり触らないで欲しいとのことだ。一度触ろうとしたら今まで見たことない顔で怒られたので、これには触れない方が良さそうだ。
「話し合いっていうよりは説明会ってのがしっくりくるな。俺が話す内容をシュロロが肯定するって形で終わったよ。」
「それでロウのことは・・・」
「王の判断に一任するってことになったよ。」
心底いやそうな顔で結果を話すロウに、二人は安堵のようなため息を漏らした。
「よかったですね、首の皮一枚繋がって。」
「よくなんかねぇよ、あの国王だぞ? いったいどんなこと言ってくるか・・・」
「大丈夫だろ、あの方ならば問題はないさ」
「・・・だといいけど。」
クロエの執務室の近くまでつくと、それまで一緒に来てくれていたトールとリウは他にやらなければならないことがあると言って、ロウと別れた。
目的の場所までは一直線で、突き当りに部屋が見えた頃その前に黒い服を着ている人物がいることに気づく。
静かに目礼をして来るその男性はきっちりと着こなされた正装が驚くほど似合い、白い天パの中に丸まった角を生やしている。
「・・よくまぁ俺の前に出てこれたな、マキシム・ダンロート。」
「・・返す言葉もない。その件はまことに申し訳なかった。」
いきなりの謝罪の言葉と共に、その白い頭を下げてくる。
「信頼していた部下からの報告に生じていた違和感を足しかなものとして認識したのは死刑が確定された時だった。」
頭をあげて見せる顔は悔しさと後悔が滲み出ている。
「それまでも気になるところはいくつかあって、それを確かめるためにあなたに会いに行ったりもしたのだ。」
「やっぱりあの時の出会いは偶然じゃなかったか。」
「えぇ、あの時から本格的に捜査を開始して数人の帝将と協力していたのですが・・」
「ですが、なんだ? ここに及んで言わないつもりじゃないだろうな。」
言いよどむダンロートにロウは先を促す。実際彼の引き入る特殊な部隊に殺されそうになっている為に、結構腹の中では怒りが湧き出ている。
「そのようなものなどかけらもない」
ロウの言葉に強く反論する。
ダンロートはロウに帝将側で起きていたことを説明するつもりでここに来たらしい。
「ただ、言葉にすることが悲しくてね。・・予想では多くても半分が裏切っていると考えていたんだが、まさか全員が裏切っていたとは思いもよらなかった。」
「全員だって?」
「あぁ、そのせいでのけ者の様に扱われて死刑確定の結果を止めることはできなかったのだ。それに、王宮が襲われてから帝将の全てが行方不明となってしまったところもそれを確定づける要因になっている。」
ダンロートの表情は信頼した部下からの裏切りと、それを止めることが出来なかったことの感情が渦を巻いており、口を開くたびに痛々しい顔になる。
「それで、あんたはどうすんだ? そこまでなら帝将は解体されるんじゃないのか?」
「弱体化の申請はもう行い、受理されている。やることは変わらないが、最後の決定権は全てクロエ様及び神将に一任されることになる。これから消えた帝商の孔を埋める人材を確保しなくてはいけなくてね、やることは多いよ」
「・・そうか」
一言そう返すと、ダンロートの隣を抜きさって歩き出したとき、ダンロートが声を掛けてきた。
「・・こんなこと言える立場ではないことは分かっているが、一つお願いがある」
かけられた言葉に歩く足を止めて振り返ることなく言葉を返す。
「分かってんなら言うんじゃねぇよ。あんたのことは微塵も信用してねぇんだから、お願いなんか聞く分けねぇだろ。」
「だとしてもだ。これは私の為じゃなくて、世界の為だ。」
「・・世界?」
なんとなく聞いたことのある言葉を再びこの場面で聞くことになるとは思いもよらなかった。
「そうだ。親しい部下に裏切られ、信じることのできる者は私の周りにはいない。・・あなたを除いてな。」
「・・・・。」
「今回起きた事件は明らかにこの国の平和を乱すものだ。やっと訪れた平和を維持するためにも、反乱の芽は摘まねばならない。それに協力してほしいのだ。」
「・・・本気か?」
「本気に決まっている。あなたは私を信用しない、これは私があなたを一方的に信用してのお願いだ。もし聞いてくれるならば協力は惜しまない、働きに見合った報酬も約束しよう。」
次々と話してくるものはどこかで聞いたことのある内容で、目的も同じものだった。
「さらにこの国においては私の力が及ぶ限りの範囲で、あなたのお願いを聞くことも約束しましょう。・・・聞いていただけますかな?」
「・・・・・・」
提案された内容はシュロロと似たようなもので、違いといったら提案してくる報酬の内容だけだろう。
シュロロはこの王宮での特権、ダンロートはこの国に力の及ぶ範囲に有効な特権。
単純に比べるならばダンロートの方が有効そうだ。しかし、第一としてダンロートのことは信用していない。
さらに加えるとダンロートの力の範囲がいまいち理解していないことも大きい。
結果として選ぶならばシュロロだが、国に対する特権は簡単に捨てられるものでない。
そして出した答えが・・・
「・・・保留だ。」
「・・・保留、ですか?」
ダンロートの中では『YES』か『NO』の二択だったようで保留と言い放ったロウに聞き返してきた。
「そうだ。お前の言うことは間違ってないし、その考えには俺も賛成だ。」
「ならば・・」
「勘違いするな、第一として俺はお前のことは信用していない。提案してくる内容は重いものであるために、ここで答えを返すというのは早計だと判断したからだ。・・いづれお前のとこ訪ねるから、答えはその時。」
「そう言うことなら、期待して待っていますよ。」
「するな、阿保。」
話しは終わりと語るようにロウは早足で歩き出す。目の前に見えていたクロエの扉に手をかけたとき、後ろから
「ありがとう」
と聞こえた声に振り返ると、そこには歩き出しているダンロートの後姿しか見えず顔をうかがえない。
気のせいだと判断したロウは、クロエの執務室の扉を開けて中に入っていった。
◇◇◇ ◇◇◇
「遅かったじゃないか。なんかあったのかい?」
「大したことは何もない。ただ、扉の前にいる衛兵が厄介だったってだけだ。」
「衛兵?」
「んなことは何でもいいだろ。それで、俺の処遇はどうなった?」
逸れそうになった話を強制的に戻す。その判断に特に反論するでもなしに、クロエは促された話の内容を話しだす。
「んー、ま良いか。・・それでロウの処遇についてだけど、とりあえずは死刑は免れた。さらに、ロウのこの国における市民権も取得できたから、これからは大手をふって町を歩けるよ。」
「・・そうか。人並みの生活を送れるようになるまで長かった。」
クロエから言われた処遇について聞いたロウは安堵の表情になる。
胸をなでおろすのも束の間で、そこからはロウの胃に穴をあける内容の話が始まる。
「それで、ロウに相談があるんだ。」
「・・相談?」
嫌な予感がロウの頭に通り過ぎると、ここでも聞いたことのある内容を耳にすることになる。
「単純な話、ロウはこれからどうするのかってところだよ。あのまま寮で生活を続けるのも良いんだけど、僕からしたらロウには王宮に入ってきて欲しい。」
「王宮に入る?」
「そう、具体的にはキリエを守る騎士様になって欲しいんだ。」
「・・お前、頭大丈夫か?」
告げられる言葉にロウは耳を疑う。ただの人間であるロウに対して姫様の護衛とは、話が急展開過ぎる。
「いたって真面目だよ。今回の事件は国民には知らせないことも決まったから、国の守衛に神将全員にその任についてもらうことになった。
けど、そうするとキリエの護衛がいなくなる。先の件でキリエが狙われたこともあるから、護衛の戦力を落とすわけにはいかない。実績と信頼があるからこそ、ロウにお願いしたいのさ。」
「・・・・。」
「さらに加えてもう一つお願いがあってね、これもロウにしか頼めないことだ。」
「・・・まさか、『あいつら』のこと探れとか言わないよな?」
「なんだ、分かってるじゃないか。その通りだよ。ロウには世界を回るキリエについていって向かう先々で『あいつら』に関しての情報を探してきてほしんだ。」
眉間に寄ったしわを手でほぐす。痛む頭を抑えるようにしていると、クロエから報酬の話を伝えられる。
「無論ただとは言わない。この王宮に属することになるから一定の報酬の確約と、キリエを通しての世界各国に対しての融通は利くだろう。悪い条件ではないとは思うが、どうだ?」
「・・・胃に穴が開きそうだ」
「なんで?」
「てめぇ、分かってんだろ。ぶっ飛ばすぞ。」
とぼけるようなクロエの頭には、?マークが浮かんでいるような気がする。
三者からされたお願いの内容は皆同じもので、全てにおいて報酬だけが異なる。
シュロは王宮の、ダンロートは国に、クロエからは世界と来た。
こうして見比べるとシュロロのグレードが一番低いが、行動を起こすことについてはシュロロが一番信頼できる。
依頼される内容が内容なので、報酬だけで決めることはしない方が良いのだが、簡単に切り捨てられないものであることがロウの頭を悩ませている。
「・・それで、回答は?」
悩んでいるロウに求められる答え、無論ここで決めることが出来るハズも無く出した答えは・・・
「保留だ!」
◇◇◇ ◇◇◇
「なんでこうなったんだ・・・」
今まではこの場所で生きるための場所を確保することでいっぱいだった為に、その後のことは何も考えていなかった。
あの三人が提案してきた話は、悪くない。むしろその行動はあながち間違いでもないことは理解している。
要はそのパートナーとして選んだ相手への信頼と、調べるにあたっての難易度の問題だろう。
信頼だけで選ぶならばシュロロ一択だが、クロエの世界に対する融通の考えも敵の規模が分かっていない以上、ないがしろにすることもできない。
ダンロートの国に対しての融通は、この場所に住むマリアやリーリア達に大いに利益をもたらすものだ。
考えれば考えるほどどう行動することが良いのかが分からなくなってくる。
王宮を出て寮への帰路について歩いていると、不意に声を掛けられた。
「おぉ、いた! ロウ!」
「ん? ・・・フェザーか、どうしたんだ?」
「・・・お前こそどうした、顔色すごいことになってるぞ。」
「いろいろあったんだ、あまり触れないでくれ。」
「・・そ、そうか。」
ロウの周りに漂っている黒いオーラに押されて、フェザーはそれ以上は触れてこない。
再び寮に向けて歩き出すとフェザーもロウの隣を歩き出した。
「フェザーはこれからどうするんだ?」
「これから、かぁ。わしとしては正直ロウに協力したいと思っとる。けど、この場所ではガキどもを食わしてくことは難しいから、何かしらの考えなくちゃいけねぇ。」
今回の事件でロウに協力するとは言っていたが、実際には王宮襲撃に関しての方に手を貸していたために別行動をとっていた。
ロウからしたら大した差はないと思うのだが、フェザーからするとどうも納得がいっていないようだ。
だからこそもう少しロウについていきたいとは言うものの、フェザーには多くの家族がいる。その家族を養うためにはこの場所は大変のようで、その差に頭を悩ましている。
「・・やっぱり、ここを出て行くしかないのか。せっかく新しい拠点が見つかったってのに・・」
「その場でやりたいことをやる、か。・・・現実は厳しいな。」
「ロウ?」
いきなり立ち止まったロウへと振り返る。
「一つ俺から提案があるんだが、乗るか?」
「提案じゃと?」
「そう、つっても俺が決めるわけじゃないけどな。うまくすればフェザーの家族全員が養えると思うぞ」
「なんやて!」
驚きの表情を浮かべるフェザーと一緒に、ロウは寮への道を急いだ。




