『終戦祭』
その日は自然と目が覚めた。いつものようにメイドに起こされるでもなく、夜早く寝たからとかでもない。
こんな風に起きたのは初めてかもしれないほどの気持ちのいい目覚めだった。
「・・・ふあぁ」
大きな欠伸と共に、背を伸ばす。ほとんど眠気の無い目を擦るのはどうやら癖になっているみたいで、何ともない状態の目を擦ると少しの痛みに襲れ顔をしかめる。
いつもはメイドが行っている、『カーテンを開ける』という行為も今日は自分で行った。勢いよく開いたカーテンからは、暗い部屋に刺さるように光が差し込む。
「・・・晴れてる。」
窓の外に広がっている昨日の雨が嘘のような雲一つない空を見上げて、今日という記念日にふさわしい空だ、なんて柄にもないことを言って一人でクスクスと笑っていた。
そんなことをしていると、いつものように扉をノックする音が聞こえてくる。
またいつも通りのメイドが来たのだろう、と予想して扉に声を掛ける。
「開いてるよ」
声が返ってきたのが意外だったのか、入ってきたメイドが笑いながら挨拶をしてくる。
「おはようございます、姫様。今日は随分と早く起きられたんですね」
「おはよう。・・たまたまだよ、なんか今日は目が覚めちゃって。」
そう話しながらそのメイドは窓のそばに寄っていき、空を眺めた後姫様に振り返る。
「今日という日に素晴らしい天気ですね。さて、さっさと支度を終わらせましょう。今日は国民の前でスピーチがあるのですから」
メイドの言葉にキリエは胸の鼓動が早まるのを感じて、手を当てる。
「・・はぁ、何か緊張してきた。」
「今から緊張していては、身が持ちませんよ」
「・・・あはは、それは分かってるんだけどね」
苦笑いを浮かべつつも、いつも通りに行動する。収まらない胸の鼓動は緊張のせいだと自分に言い聞かせて。
◇◇◇ ◇◇◇
一度軽装の服に着替えて食事をとる。どうせ後でまた着替えるんだから今は良いんじゃない? と言ったところ、
「それは行儀が悪いですよ」
とのことで、面倒なことこの上ない。
祭典の当日は忙しいらしく、食事する部屋に父様はいなかった。少し話したかった気分だったのだが、いないなならば仕方がない。
早めに朝食を済ませて足早に自分の部屋に戻る。書類の整理も昨日のうちに終わらせてしまったので、自分の部屋に戻ったところで特にすることは無い。
「・・・はぁ。」
扉を閉めて深いため息をつく。いつもと違って、城の中が慌ただしくいまいち落ち着かない。
「まだ始まってもないのに。・・・今からこの調子じゃ、スピーチのとき倒れちゃいそう」
重い体を引きずるようにして化粧台の椅子に座り込む。ちらりと鏡に映った自分の顔を見て、少し疲れているように感じるのはそれほどまでに追い込まれている証拠なのだろうか。
「・・どうしたんだろ、私。」
化粧台の机に突っ伏して項垂れる。
「何でこんなに緊張してるの? 確かに、人前に立つのは少なかったけど・・・。それでも今更だし。」
自分でも驚くほど体が震えている。何も言わず、何も見ずにいると暗い闇の中に落ちていきそうな感覚が全身を襲ってくる。
「・・様!・・・姫様!」
「はっ!」
「良かった。驚きましたよ、一向に返事が返ってこないので。」
キリエを見つめる目は安心したようでどこか優し気だ。辺りを見回して、状況を知ろうとする。
「あれ、・・・私?」
「眠っておられたのですよ、ここで。」
いつものメイド、リンがそう告げる。今部屋の中には数人のメイドがおり、その全員が安心したような顔をしている。いまだに状況が掴めておらず、キョロキョロと顔を動かしていると一人のメイドが告げてきた。
「さぁ、そろそろお召し物に着替えましょう。今日という日に合わせて仕立てられた特別なものですよ」
◇◇◇ ◇◇◇
「・・綺麗」
そう呟くのはスピーチ用に仕立てられたドレス着替えを手伝っていた一人のメイドだ。
鏡に映った自分の姿を見る。長い髪は一部を綺麗に編み込まれて他はすべて後ろに流れている。
着ているドレスは白を基調としたスラッとしたもので、頭にのせているティアラとネックレスの青の飾りがキリエの目の色と見事に調和されており、見事な美しさを放っている。
美しい、綺麗などといった言葉は今の彼女の前では飾りに過ぎず、神様さえも惚れ落とせるような、それほどまでの姿がそこにあった。
「・・・すごい」
鏡に映った姿はまるで別人のようだ。顔は同じなのに明らかに違う存在であると認識してしまいそうで、うれしい反面少し怖かった。
そんな姿を見ていると不意に扉がノックされる。
「準備はできたか?」
その声は聞きなれたもので、今一番話しがしたい相手だった。
「・・・お父様」
「失礼。・・・・・驚いた。」
部屋に入ってキリエの姿を見てそう呟いたクロエの表情は、うれしさと悲しさが混ざったような表情をしていた。
周りのメイドたちは軽い礼をして部屋を出ていき、ここには二人だけになった。
「見違えるようだ。」
「・・・お父様。」
普段とは違う様子のキリエに妙な違和感を覚えた。メイドの話では今日は調子が良さそうだと言っていたが、実際に会ってみるとその真逆の印象を受ける。
「どうした? 何かあったのか?」
「・・・・・」
「キリエ?」
「・・・怖いのです。その・・・何が怖いのか分からないのですが、なんだか今日は少し嫌な予感がありまして」
それを聞いたクロエの顔が一気に強張る。何か思い当たることがあるのだろうか、と思うが頭を振って話を取り消そうと慌てて言葉をつなぐ。
「すいません、余計なことを。お父様が信頼される方々が警護についておられるならば大丈夫ですね」
無理に笑顔を作りその場を流そうとするが、クロエが隣に立ってキリエを抱きしめる。
「お、お父様?」
「すまない。私にはこれぐらいしかできない。」
キリエは椅子に座っている為、抱かれるちょうどクロエの胸の位置に頭が来る。
「こういう時、私は無力だ。自分の娘にかける言葉が見つからない。それが・・・」
抱きしめられる体から熱が伝わる。親が持つであろう安心感を、今こうして受けているキリエは先程まであった不安が嘘のそうに消えていく。
ふと見上げた鏡に映るクロエの悔しそうな表情を見て、クロエの腕にそっと触れる。
「そんなことはありません。お父様の優しさや温かさが私に伝わっています。ですので、そんな顔はなさらないでください。」
「・・・そう言ってもらえると助かるよ。」
するりと解かれた腕は名残惜しいが、さっきまであった恐怖はもう無い。体の緊張や震えも完全に止まっていた。
「・・やれやれ、救われたのはどちらか分からないな」
キリエの安心した表情を見て、クロエは満足そうな顔をして扉に向かって歩き出す。
「それだけ笑えるならば大丈夫そうだ。久しぶりだからといってあまり緊張しないように」
「あまり脅かさないで下さい!」
それではな、と言葉を残して去っていく。言葉では伝えられないものを受け取ったキリエは、それを握りしめてうれしそうな顔をして待っているのだった。
◇◇◇ ◇◇◇
「静粛に! これより会式の辞を、国王 クロエ・リュード様より賜る。皆心して聞くように!」
王宮前の広場には、数多くの国民たちが集まっている。
楕円形のその広場は真ん中に大きな噴水が設けられており、周囲を囲む城壁にはこの国の国旗であると思われる旗が飾られている。
広場だけでは収まり切らない国民たちは広場につながる城門前、さらには門前に続く道にを埋め尽くして国王の言葉に耳を傾けている。
そんな中、城門前にたたずむ二人のフードを被った男がいる。その二人が互いに目配せして頷くと、姫様の登場に歓声を上げている人ごみをかき分けてその集団から抜け出して闇に消えて行った。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・・お疲れさまでした。」
周囲から送られる言葉は皆が同じことばかりを言ってくる。それはうれしいことではあるのだが、聞く側の私の方に問題があるために微妙な心持ちでそれに応じる。
「ありがとう、慣れてないから変なこと言いってなかった?」
「いいえ、そんなことはありませんでした。皆の前で堂々とした立派なスピーチでした」
「・・・良かった」
「姫様、今後の予定ですがどうなされますか? もし、特に無い様ならば次のパレードに向けて出発いたしますが。」
舌の根も乾かぬうちに次の予定について聞いてくる。この会式が終われば日が暮れるころに国を挙げてのパレードが行われる。
そのパレードは普段見ることが出来ない王宮勤めの騎士たちが、町を練り歩くという今年だけの催しだ。
クロエは終戦の英雄としてこの国、ひいては世界に名を轟かせた超有名人で、それに加えて神将たちも参列するとあって今年は例年と比べて集まる者は圧倒的に多い。
もし余裕を持って動くならば今から向かうのも一つの手だろうが、あいにく今は外の独特の熱気に当てられたせいでじっとしていることはできなかった。
「・・・そうね。せっかくの祭典何だから歩いて向かうわ。」
「歩いて、ですか?」
「えぇ、外の様子も見たいし。せっかく久しぶりに帰ってきたんだから・・・・ダメ?」
キリエからの提案は予想外だったようで、近くにいるメイドや兵士は皆が面食らった顔をしている。
さすがに無理を言いすぎたかと思い言葉を撤回しようとした時だった。
「良いんじゃないですか? せっかくの祭りなんだ、姫様も楽しみたいだろうでしょうし。」
「ですが、今年は物騒な事件が起きてます。馬車ならまだしも、歩きというのは・・・」
「そのために我々がいるんじゃないか。」
一人の騎士が肯定の言葉を返すと、ほかの騎士も同じようにして言葉を重ねてくる。
その光景に観念したのか、年が一番高いであろうメイド長は深いため息と共に肯定の言葉を返したのだった。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・すいません、無理を言ってしまって。」
「いえ、謝らないでください。私たちの仕事なのですから。」
「そうですよ! まさかの祭典の間、ずっと王宮の警備とはついてないと思っていたところなんで! こうして姫様と一緒に歩けるとは思いもよらなかったなぁ~」
「浮かれてばかりいないで、しっかりと役目を果たせよ?」
踊っているかのように歩いていた金髪の騎士は、濃いひげを携えた強面の騎士長に指摘されてブツブツ言いながらも普通に歩くようになった。
こうして外を歩くには複数の騎士を伴うことを条件に許可され、いつも世話をしてくれているリンからもしもの時の護身用に、と迎撃用の道具を渡された。
今は王宮を出て、下町に入ったところだ。城門によって事実上二つに分けられているこの国は、王宮勤めが暮らす『上』と民が住む『下』に分けられている。
キリエはただでさえこの国にいることが少ないので、上はまだしも下町というの初めて訪れる場所といっても過言ではない。
出店から渡される棒に刺さったソーセージや、色とりどりのフルーツが盛られた甘いパフェなどはどれもが新しい発見の連続で気分は最高潮に達している。
今は近くのカフェの一番奥を貸し切っている。外を行き交ういろんな種族の人たちを見て休憩している最中だ。
「・・ほんとに姫様は知らなこと多いんですね。」
「えぇ、この国の中をこうして回ったのは初めてかもしれないわ。」
「それはまた随分と手厚く守られてきたのですね」
「守られていた・・・のかな。正直、よく分からないの。この国の外に出ることが多くて、いまいち守られてるって感覚が薄くて。」
流れ出した雰囲気が急に暗くなりはじめ、騎士長がため息を吐きつつ黒髪の騎士の頭をしばく。
「・・・何辛気臭い話してんだ。今はそんな話し忘れて楽しもうって時だろ? 空気を読め、お前は」
騎士長の言葉に周囲の騎士たちは笑っている。その楽しそうな顔が、うらやましく感じている自分がよく分からない。
「・・じゃ、そろそろ行きましょうか」
金髪の騎士が立ち上がり、他の騎士たちも一緒に立ち上がる。楽しい時間はあっという間に過ぎるというのはほんとのようで、時計を見て少し残念な気分になる。
「時間ばかりは仕方ありませんよ。」
「・・はぁ、そうね。ここまで私のわがままに付き合ってもらったんだから、そろそろ言うこと聞かなくちゃね」
「理解していただきありがとうございます。さぁ、参りましょう。」
「はい、よろしくお願いしますね」
騎士長に手を引かれて外に出た時だった。黒髪の騎士が何かに気が付いたようで空を見上げている。
「・・・煙?」
「近くで火事でも起きているのか? ・・・すいません、少々見てまいりますので姫様たちはどうかこのままお進みください。」
そう言葉を告げて金髪の騎士に目配せをする。それに答える様に頷き、騎士長の背中が人ごみに消えてゆく様を見送った後動き出した。
「行きましょう」
そう告げる黒髪の騎士の顔は今までに見たことないような真面目なものになっていた。それは他の騎士たちも同じようで、先ほどまでの楽しい雰囲気はどこかへ消えてしまっていた。




