人間狩り 結末
あれから少しの間、二人は言葉を発することが出来ないでいた。
落ち着きを取り戻し、ようやく話せるようになったグリムが声を出した。
「・・リウ、見たか?」
グリムの質問にリウはまだ立ち直れていないのか声を出せずにいる為、首を振って質問に答える。
「・・・くっそ、あれが例の奴で間違いないよなぁ?」
軽くむせた後リウは声を出すことが出来るようになった。
「・・・多分。てか、あいつしかいないと思うけど。」
話している最中でも先程のおぞましい気配が頭から離れない。リウはその場に立ち尽くしているが、グリムは動き出して周囲を確認している。
「リウ、さっさとあれ使え。今ならまだ読めるだろ」
「・・そ、そうか」
慌てて先程の羅針盤を取り出して先程と同じように使用するが、
「えっ!」
明らかに先程とは違う反応にグリムは慌てて視線を向けた。しかし、その視線はリウではなくその先にある曲がり角から出てきた人物に奪われた。
「そこで何をしている」
突然かけられた声にリウは飛び跳ねて、振り向いた先にいた人物を見て動きが止まる。
「・・・シュロロ様」
そこにいた男は以前ロウを病室で捕まえた男で、あの時と変わらないロングコートのような和服に身を包んでいる。
「さっさと答えろ。そこで何をしていた?」
問いかけてくる質問に二人は口を開くことが出来ない。それに痺れを切らしたのか、シュロロは馬鹿にすような口調で挑発してきた。
「・・・何故何も言わん? 言えないことでもしていたのか? はっ、この忙しい時に随分といいご身分だな。お前らの上司は余程無能と見える」
「んだと、てめぇ! 黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって」
今にも殴り掛かりそうなグリムをリウはしがみついて止めに入る。
「止めなってグリム! そんなことしても意味無いでしょ! シュロロ様も、挑発するような言葉はやめてください!」
「ふん、答えないお前らが悪い。」
「んだと!」
「グリムは黙って!」
リウが仲介で二人の激突はまぬがれたが、一触即発の雰囲気はまだ濃く漂っている。二人の間に立ちシュロロを一瞥したあと、ペコリと頭を下げた。
「すいませんでした。突然だったので対応が遅れました。」
「ならば、さっさと答えろ。ここで何をしていた?」
「人間 ロウ・ガーウェンの痕跡を辿っていたところ、連続殺人の犯人と思われる男と接触しました。」
リウの言葉に目を見開く。
「何だと! なぜそれを早く言わんのだ!」
「先ほども言った通りあまりに突然だった為言葉を失っていたのです。」
舌打ちと共に視線を逸らして一人でブツブツとつ呟きだした。それを見守ることしかできない二人は唇をかみしめる。しばらくそんな時間が続き、グリムが声を荒げて話そうとした時だった。
「人間がこちらに来たのは間違いないのか?」
シュロロからの質問にリウは躊躇しながらも肯定の言葉を返す。
「・・・そうか。二人はその情報を伝えてこい。」
「それは・・・・」
意外なタイミングで渋った二人にシュロロは首をかしげる。
「何をためらっている? これはかなり有益な情報だろうが。さっさと伝えに行け」
「ネル様は今こちらとは別件で動けない状況にありまして・・・」
「手配書の件か?」
顔を俯けてためらいながらもたらされた情報が信じられず、その確認のためにグリムの方にも視線を向けるとリウと同様に悔しそうな表情で俯いる姿が目に入った。
「バカな! 神将二人が同時にいなくなるなど!」
あり得ない、と小声で呟く。そこから少し逡巡した後、シュロロは二人に命令を下した。
「お前たちはこの場所の捜索をしておけ。」
命じられたシュロロの言葉に二人は疑問の表情を向ける。
「何で俺がお前の命令を聞かなきゃならないんだ、あぁ?」
「分からん奴らだな。司令できるやつのいない部隊など、捜索の邪魔になるからに決まっているだろう。それならば、この場所でその犯人とやらの情報を少しでも集めておけ、そちらの方がまだ有益だ。」
「だぁから、なんで俺が聞かなきゃならねぇんだよ!」
吐き捨てたように告げられた言葉にかみついたグリムに対して、シュロロの纏う雰囲気が変わる。
「・・・聞き分けの無い馬鹿だな、お前。この広い場所で、細かい指令が出せる頭がいない部隊などいない方がマシだ。それとも何か? お前は俺達に劣らない采配を下すことが出来るとでも?」
「てめぇ・・・」
前に出そうになるグリムをリウは押しとどめる。
「どけよ」
「・・・ダメだよ。そんなことしても意味無いから。・・・了解しました。ネル様、ソルドール様が戻り次第捜索に加わります。」
シュロロが纏っていた殺気は急に霧散して無くなった。それから何も言うことなく踵を返して歩いて行ってしまった。
「リウ、何のつもりだ。お前。」
苛立ちを隠すこともなくリウに視線を向けるが、リウの表情を見てグリムは何も言えなくなる。
「・・・・・。」
「・・・行こう、グリム。」
今はあいにくの悪天候。良いも悪いもすべてを洗い流すように降る雨は、リウの瞳から流れた涙だけは洗い流すことが出来なかった。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・・痛てて」
「あんま無理すんなや。ある程度塞いだっつっても、表面だけなんやから」
昨夜、洪水でも起きるんじゃないかってほど降り注いだ雨は今はほとんど止み小雨が降っている程度だ。
「問題ないさ。この程度で音をあげるよなちっさい根性してねぇよ」
「ほれやったらいいが・・・、見てるこっちとしては不安なんやからな?」
「それは、・・・悪いことしてるな。」
「全く思ってへんやろ、お前」
ニヤついた笑いを浮かべながら二人は歩き続ける。この国が総力を挙げてロウを殺しにかかってきてることは情報として聞いていた。身を隠すだけならば今までと同じ隠れ家にいればいいものを、その危険を承知でロウは外に出て来ていた。
「しかし、思い通りに行くんか? これ相当運良くないと無理やろ。」
「分かってるさ。けど、まだ足りないんだ。もう少しで何か分かりそうな気がするんだ。」
「せやけどな・・・」
「だから頼りにしてるんじゃないか。フェザーの運をさ。」
「俺なんか運に見放されてんねんぞ? だから牢屋にいたってのに。そんな奴に期待なんかすんなや」
「・・・だとしたら終わりじゃないのか? 俺ら」
冷汗を流しながら無理やり笑顔を作る。二人が今いる状況はそこまで緊迫し、細い綱の上を歩くような危険な賭けの最中なのだ。
「・・・・・頼むぞ。トール、リウ。どっちでもいいから俺と出会ってくれ。」
朝になり、暗かった裏道にも光が差し込んできて薄く照らし始めてきた。大体、その頃から裏道にも兵士が巡回を行い始めて何度かすれ違いそうになった。その都度物陰に隠れてやり過ごしたり、フェザーの知識を頼りに道を変えて進んできたがそろそろ限界に近い。
「なぁ、ロウ。もう一度聞くがお前は逃げようとはせんのか? 正直、これは手を出していいもんやない。それはロウかて分かるやろ」
「言ったろ。これはいずれ俺が向き合わなければいけないもので、今来るか後で来るかの違いだよ。それに俺はこれから逃げたくないんだ。」
ロウが答えた言葉は前に聞いた時とほとんど同じものだった。フェザーはその言葉を聞いて苦虫を嚙みつぶしたような顔を作るが、それも一瞬のことで
「・・・頑固やなぁ。世話の焼ける奴やで、全く。」
命がけのこの状況を普通なら怯えたりするものだが、ロウは少し楽しいと感じていた。どうやらそれはフェザーも同じようで互いに笑っている。
道を進んだ先に出た場所は行き止まりの広場だった。正面には道があるのだがそこは木箱や袋で塞がれていて通れそうにない。
「くそ、ここもかいな。ゴミそこら中に放置しやがって。」
「仕方ない。戻ろう」
そうやって振り返った時だった。
「・・・・見つけた」
◇◇◇ ◇◇◇
「ネル様!」
「リウ! よかった、見つけた。・・・何かあったのか?」
寮の前にいる二人のもとに寄ってきた、リウの顔を見るなり何かあったであろうと見抜かれたが、これはリウにとっての問題なのでネルには話さなかった。
「何もありませんよ? ですが良かったです。その感じだとトールの疑いは晴れたんですね!」
「あぁ。ソルドールの方も無事に晴れたよ。帝将、話そうという気がほとんど無かったからねぇ。まともな話し合いならもっと早くに切り上げられてんだが・・」
大雨は小雨になり、暗闇は日差しが照らし始めていた。
「・・・すいません」
「言ったろ。今回に関してはトールのせいじゃない。その鬱憤は人間にタップリとぶつけてやればいい。・・・それで、何か分かったのかい?」
ネルの質問にリウは少しの間を置いた後、告げる。
「・・殺戮犯と思われる男に遭遇しました」
「何!?」
「その後、シュロロ様からの依頼でその場一帯を捜索しましたがつながるようなものは何も。」
リウからの報告は寝耳に水、予想の斜め上を遥かに超えるものだった。
「そうか・・・」
「・・・ただ、不思議なことが一つ。」
「なんだ?」
そう言ってリウが取り出したのは黒い羅針盤だ。
「『八卦方位』。それがどうかしたのか?」
「これは、周囲のガナの流れを使用者のみに視覚化させることが出来る道具であることは知っていますよね?」
「あぁ、当然だ」
今更道具についての説明などするはずがなく、二人はリウが何を言いたいのか分からない。
「その男が現れた場所でこれを使って調べたのですが、『分かりません』でした。」
「天気でガナが乱れてたってこと?」
トールの質問にリウは首を横に振って答える。
「違う。『見えるはずのガナが見えなかった』の。このことから考えられるのは二つ。一つはこの八卦方位が壊れた可能性。もう一つは周囲に漂うガナが消えた可能性、です。」
「・・・前者については?」
「確認しました。問題なく使用できています。ですので・・・」
「ガナが・・・消えた?」
その答えにネルは眉間にしわを寄せる。後ろのトールも同じような顔をしている。
「はい。ですので不思議なことがと・・・」
「・・・とりあえず、その場所まで案内してもらえるかい?」
「ロウの方は良いのですか?」
「おそらくソルドールの方が向かっているだろう。だとしたら、今はこっちについて調べるべきだ。」
ネルの方針に二人は頷き、リウの案内のもと行動を開始した。
ネルの部隊が調査を開始した数分後、神将に渡されてる連絡用の刻印石に通達が入った。
『人間 ロウ・ガーウェンの処理がシュロロ・ゼスティーより完了の報告を受け、死体も確認した。これをもって処刑は完了したとみなし、全部隊の引き上げを命じる。繰り返す、人間・・・・・・・』




