人間狩り
「姉さん!」
「トール! いったいどこにいたんだ! 探したんだぞ!」
振り返った先にいた部下にネルは声を荒げる。
「・・・すいません。報告は確かにしたはずなんですけど、伝わってないのですか?」
「何も聞いてないね。」
『人間狩り』が始まって1時間ほど。今のところ全くと言っていいほど手がかりが無いことにイラついてはいるが、それを部下に当たるほどクズじゃない。
ここで声を荒げたのは死刑執行書と共に渡されたもう一つの用紙についての心配が出てきた為だろう。
「この『手配書』について心当たりは?」
見せられた紙は先の寮の前で見せられた紙と同じものだった。
その手配書に書かれていたことは、
「私が人間の脱獄を手伝ったなんてことはありません。きちんと看守課に報告と申請を出して受理されたものと記憶しています。これについてはロベルトも証人です。」
予想通りの言葉にネルは頭を悩ませる。
「・・・くそ、何も分からん。やはりあの人間に聞くしかないのか。」
「ねぇ、トール。ここに来る前はロウと一緒にいたんだよね?」
「あぁ、いたが・・・」
リウの言葉に我に返ったネルが言葉を挟む。
「そうだ、一緒にいたんだよな? 人間はどこに行ったんだい?」
「それが・・・」
トールが口にした言葉に二人は驚きの声を上げる。
「ホントに?」
「・・今すぐその場所に案内しな、トール。」
「はい、こっちです。」
そして移動を開始しようとした瞬間、後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこには全身を黒紫の布で全身を覆い、目のイラストが描かれた布をお面の様に顔にかけている男がそこに立っていた。
「トール・シンヴェール殿、今すぐ出廷願いたい。同行してくれるな? ネル様も一緒にお願いします」
「後にしてくれないかい? こちとら忙しいんだ。分かるだろ?」
イラつきを隠すことなく堂々と言い放つ言葉に一歩も下がらずにその布の男は言い放つ。
「もし、ここで断るならばあとの印象が悪くなる一方ですよ。もし、捕まりたいというなら止めませんがね。」
「んだと?」
ネルの体から異常なまでの殺気が滲み出る。その様子をみたリウが慌てて止めに入る。
「落ち着いて下さいネル様! 今そんなことしても意味ないですよ!」
「・・・分かってる!」
明らかにイラついているがそれを無理やり押し込めて冷静に話をしようと言葉をつなげる。
「行かないとは言ってないだろ。今は難しいから後にしてくれって言ってるだけじゃないか」
「もう一度言います。同行していただけますね?」
ネルの言い分を全く聞かず、男は一方的に要求を突き付けてくる。
そのやり取りにネルは大きく舌打ちをして答える。
「いい加減にしろよてめぇ! 何なんだ一体! ・・・くそ、仕方ない。トール、さっさと終わらして戻るよ。リウ、すまないが続きは任せるよ。」
「了解しました。・・・トール、場所は?」
「寮前だ。」
伝えられた言葉をそのまま部下に伝える。二人は布の男の後についていき王宮に戻っていった。
◇◇◇ ◇◇◇
「すみません、姉さん。私の行動のせいで・・・」
歩きながら謝罪の言葉を述べる。今はリウと別れて王宮に着いた頃だ。
「・・気にすんな。今回は異常すぎるからね、先が読めないのは仕方ないさ。」
ネルが優しい言葉をかけてきているが、トールにはいまいち受け入れられない。
気まずいような雰囲気が流れている中不意に声がかけられた。
「おっ、ネル。そっちも今着いたノ?」
「ソルドール。やっぱりあんたも呼び出されたか。」
王宮の入り口を出たあたりで出くわした。後ろについているロベルトは沈黙したまま俯いている。
ソルドールたちを呼びに行ったであろう布の男と、ネルたちの方にいた布の男が影が重ねるようにして二人が一人になった。
その様子が当たり前だというようにその場にいる四人は驚くそぶりもない。
「まぁネ、忙しいってのにサ。頭の固い奴しかいないヨ、全ク。」
やれやれと首を振っている。その後はしばらく沈黙が続くが、扉を入って少し先にある階段を上りだしたときネルが話し出した。
「あんたも聞いたかい? 寮前で起きたっていう出来事。」
「うん、聞いたヨ。ずいぶんと手が早いよネ。決まったのはさっきだっていうのにサ。」
「ホントだよ。ここまで手が早いと、こちらとしては疑いを持つのは仕方ない。」
「確かに、仕方ないよネ」
「・・・お二人ともそこまでに。それ以上は別の件で話が上がりかねませんので。」
二人の会話を聞いていて沈黙を守ってきていた布の男はいきなり声を出した。
その言葉を聞いた二人はそれ以降、言葉を発することは無かった。
「・・・着きました。お入りを」
「何してんだい? まさか二人同時に入れと?」
「そう聞いておりますが?」
その言葉に四人は顔を見合わせる。
尋問を行う際、基本は一人ずつ。ことによってはその人に近い人物も招いての尋問も稀にではあるが存在する。
しかし、今回は同じ目的を持ったとされる二人が『同じ部屋』で『同じ時間』に行うなど聞いたことが無い。それがまかり通れば尋問の意味がなくなるからだ。
ここに来て四人は理解した。皆が気が付いていたこと。気が付いたとしても認めたくなかったことで、それは・・・
________この国の、それも中枢に裏切り者がいるということ。
今確信したところでもう遅い。それはここにいる四人が一番理解していた。
◇◇◇ ◇◇◇
「ここ・・だよね」
着いたのはロウが働いていた寮の前だ。パッと見ただけでは分かりにくいが、よく目を凝らすと普段なら汚れない場所やおかしな傷がついた地面などの痕跡を確認する。
目の前がいずれ来る新人の寮ということもあり、五、六人で程度で組まれた捜索班だけでリウは調べに来ていた。
そのメンバーに指示を出して辺りを見て回る。寮の前にある門の少し先に行った場所に割れた地面を見つけて近付こうとした時だった。
「誰だ、てめぇら?」
周囲を威嚇するように怒気を込めて発せられたその声に振り返る。
「グリム!」
「あぁん? お前リウか? 何で・・・あぁ、そうか。確か、トールの奴はお前んとこの隊だったなぁ。」
言葉に含まれていた怒気は消えたが、警戒は解いてない。そのグリムのもとにリウは駆け寄っていく。
「グリムもロベルトに言われてここに?」
「・・あぁ、そうだ。言われて命令も多分一緒だぜ」
言葉は返すが意識は別の方に向いている。その視線を追ってリウも目を向ける。
「ここにいたんだよな?」
「うん、間違いないよ。その証拠もちらほら残ってるから」
リウが指さした先の歪な地面の抉れ方を確認するとため息を吐いて視線の向きを変える。
「・・信じられなかったが、まさか本当なのか。人間を獣人が助けたって話はよぉ」
「私も最初聞いたときは信じられなかったけど、ここに来てみたらそう考えざるを得なくて」
二人が聞いた話は殺される寸前のロウを突然現れた獣人が助けて二人で逃げていった、というものだ。
この場所に知り合いがいたなどと思ってもいなかったことで、二人の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
もし、ロウがこの国に知り合いの一人もいなければ今の現状はこの国の中で起きている異常事態だと決められる。
しかし、今回は助けに現れた獣人がいるということでもしかしたら本当にロウが今回の事件の犯人ではないのかと疑いを持ち始める。
だが、二人はロウに直接会っている。なまじリウは会っていた時間が普通よりも長いためそうは考えづらいのだ。しかし・・・・
と、堂々巡りの思考が頭をめぐる。どれだけ頭を回そうが一向に明確な答えは出てこない。
「・・あー、くそが。とにかくあいつの姿を見つけりゃぁそれで解決すんだろ。リウ、手ぇ貸せ。」
「言われなくてもそうするよ。・・・でも、いけるかな?」
不安の言葉をつぶやきながらもリウはポケットから羅針盤のようなものを取り出す。
それは大きさ20cm程の八角形の黒い羅針盤のようなもので、蓋を開けると中には白い丸い石が置かれておりそれを囲むように時計回りに文字が刻まれていた。
「・・・示せ」
短く言葉を発すると羅針盤のようなものの中心にある石が光りだす。途端にリウの周りのオーロラのような光が漂いだす。
「・・・広がれ」
次の瞬間、そのオーロラがリウを中心にはじける様にして飛び散った。それから少しの間を置いた後、グリムが声を掛ける。
「・・・どうだ?」
「ちょっと難しいかな。助けに来た獣人、逃げるのかなりうまい。それに、この雨だから周囲のガナが乱れちゃってて分かりにくい。向こうの方に行ったのは分かったけどそれ以上は・・・」
「十分だ。」
リウが示した方に進んでいき、リウもその後に続いていく。進んだ先には裏道が存在し、木箱の影で良く見えないその場所に血痕が残されていた。
その血が誰のかは分からないが考えられるのは、
「・・・あの人間死んだんじゃねぇか?」
「・・嘘でもそんな事言わないでよ」
リウの頭をよぎるその可能性を払うように頭を強く振る。グリムはその血痕を意にも介さず血の跡を辿っていく。
雨で大半は流されているが、まだ微量の血が残っているのでそれを頼りに歩き出す。
右へ、左へと曲がり回った血のその先にあったのは・・・
「・・・飛び降りたってのか? ここを?」
その道は平地より高い場所にあるため落下防止用の柵が備え付けられていて、血はその柵に向けて真っすぐに伸びていた。
追いついたリウもグリムの視線を追って目を向け、息をのむ。
その光景に二人が絶句していると、背後からヌルリと嫌な気配を感じた。
ベタつく舌で全身を舐め回してくるような悍ましい気配にリウは身動きが取れず、グリムも攻撃用のマナを練るが攻勢に転じるには立ち位置が悪い為、動けないでいた。
後ろを振り返ったわけじゃない。しかし、そこに何かがいることは全身に振りかかってくる嫌な寒気が教えてくる。
それからどれほどの時間を過ごしたか。もう一時間以上こうしている気もするし、まだ十秒と立っていないのかもしれない。自身が立っているのか座っているのかどうかさえ分からなくなってくるような錯覚に襲われた時だった。
おまえらじゃない
その言葉が聞こえた瞬間、背後にあった気配はなくなっていた。グリムは慌てて振り返るが、今通ってきた暗い裏道がそこにあるだけで生き物の気配は存在しなかった。




