セシル・レヴィ
今日も一日の仕事が終わって住んでいる寮の仲間5人の食事を作っている。
マリアも含めた五人全員がそろっての食事である。
シュシュとミュー、マリアは机に座って待機。
セシルとリーリアが食事を作っている。
「あっ、そうだ。セシル、これまた買ってきてもらっていい?」
「どれ?」
カラの瓶をセシルに見せる。
それは洗濯に使う洗剤が入っていた瓶で消耗が激しい。
激しいのは知っていたが、最近その減りがいつもより激しい気がするのだ。
「また? 最近買ったばかりじゃなかった?」
「うん、そうなんだけど・・。
なんか最近変な事件が起こってから訓練もかなりきついものばかりみたいで。
汚れがすごいからちょっと多めに使っちゃってるんだ。」
「全く、迷惑な話だよね。怖いし、危ないしさ。」
「うん、おまけに私たちの出費の方もすごいしさ」
冗談を言いながら笑う二人をみて微笑む。
「マリアさん? どうか・・したんですか?」
「そうもしないさ。みんなが楽しそうだから私も楽しいって話さ。」
そう言って、ミューの頭をなでる。
大きな手は小さなミューの頭をすっぽりと覆うほどで、
少し乱暴そうに撫でられてはいるが、ミューの方は少しうれしそうだ。
(ロウがまた捕まったって聞いたときはすごい落ち込みようだったが、
この様子じゃ大丈夫そうだね。)
「ずるーい! ミューばっかり! 私もなでてよ!」
「元気だねぇ、全く。」
突撃してきたシュシュを抱き上げる。
その部屋は皆が楽しそうな顔をしていた。
リーリアはその光景を見て不意に言葉が出てきた。
「・・ロウさんもいたらよかったのに。」
意図したわけじゃない。無意識でその言葉が出た瞬間、今までの空気が一気に静まりかえる。
「・・・・・・・。」
その空気を感じた瞬間、リーリアは言い放った口を慌てて塞ぐ。
ミューとシュシュは静かになり、セシルはあの一件以降ロウに対してかなりの罪悪感があるようで、
右手で自分を抱き寄せるように腕を組んでいる。
この空気をどうにかしようと口を開くも言葉が出てこない。
結果として重い沈黙が訪れる。
「大丈夫さ。」
その沈黙を破るようにマリアが話し出す。
「ロウの奴も今必死に気張っているさ、自分の罪を晴らそうとね。
その理由としてあんたらの存在が大きいとあいつは言っていたよ。
たった一人の人間を家族と言ってくれたあんたたちがいてくれてるから、
俺も頑張れるってね。」
「・・マリアさん。」
「家族の一人が頑張ってるってのに、あたしらがここで落ち込む訳にはいかないだろう?
あいつがいつ帰ってきてもいいように
あたしらはここで元気に待ってようじゃないか。だろ?」
「そう・・ですね。帰ってきたらちゃんと謝ります。」
「あぁ、そうしな。」
マリアに一礼してリーリアとセシルは再び料理に戻る。
ミューとシュシュを下ろして立ち上がった時、扉が叩かれた音がした。
「こんな時間に誰だい?」
皆が音のする方に向く中、マリアが扉に向かって消えて行った。
ガラガラと扉が開く音がしたが、一向にマリアが帰ってこない。
不審に思ったリーリアも扉に向かおうとしたら、
「ぶっ!」
「何してんだい?」
「マリアさんが帰ってこないから、どうしたのかなって。」
「それはすまなかったね。リーリアとセシルにはすまないが、
追加で三人分料理追加してもらえるかい?」
その場にいた4人が首をかしげる。
予想通りの反応だね、とマリアが入り口からずれるとそこから顔を出したのは・・・
「えっと、久しぶり。元気だった?」
頭を掻きながら顔を覗かせたロウの姿に皆が口を開いて固まった。
「・・・えっと。どうしたんだ?」
「バカだね。それぐらい分かるだろ」
「いや、なんの・・」
「ロウさああぁぁあん!」
いきなり飛びついてきたリーリアの勢いにされて倒れこむ。
「いった!」
「帰ってくるなら一言言ってくださいよぉ!」
ガクガクと胸ぐらを掴まれ揺すられる。かなりの勢いで揺すられえているからか、
頭がクラクラしてきた。
手を伸ばして止めようとするが、なかなか止まらない。
「・・・その辺で許してはもらえないだろうか?」
救いの手を差し伸べたのは、一緒に来ていたロベルトだった。
「そのまま揺すっていると、ロウが倒れてしまいそうだからな。」
その言葉に正気の戻ったリーリアが目を向けると、ロウは目を回して倒れる寸前だった。
リーリアから手を貸してもらい改めて座りなおす。
頭を振って落ち着かせようとしたら今度は小さい子供から頭突きをもらった。
「がっ!」
ジンジンとする顎を押さえながら目線を下げると、ロウの方の辺りで泣いてるシュシュがいた。
ミューはマリアに抱き着き顔を隠している。
その二人を見てロウは、
「ごめんな」
そう言って頭をなでる。シュシュの向こう、台所前にいるセシルと目が合った。
「セシルも久しぶりだな。怪我は無かったか?」
「ッ!?」
一言も話さずに扉から出て行ってしまった。
「あっ、おい!」
手を伸ばすが意味は無く、セシルの姿はそのまま消えてしまった。
どうしようもなくそのまま手を下ろすと、ふいにリーリアがシュシュをどかしてロウに怒り出した。
「今すぐ追いかけなさい!」
その剣幕と視線に押され慌ててセシルの後を追いかける。
扉の先は左右に伸びる長い廊下になっていて、周囲を見渡すがどこにもいない。
探そうと動き出して、付近の扉や部屋などを見て回った結果、
階段の踊り場で蹲っているセシルを見つけた。
「目が合ってすぐ逃げるとは、悲しいことするじゃないか。」
「・・・・。」
話しかけながら階段を上ってセシルの一人分、間を開けて隣に座る。
「・・それだけ動けるとは、怪我は無いみたいだな。よかったよ。」
「・・・で。」
「ん?」
「・・・何で、そんな風に話しかけられるの!
私のせいでロウが死にかけたっていうのに!」
「セシル・・・。」
「それに、マリアさんから聞いたよ!
あの場所であいつと会ったせいで捕まったって!」
「・・・・。」
「全部私のせいじゃない! あの時、私が誘わなければロウは今そんなつらい思いしなかったのに!」
叫ぶセシルの目から涙がこぼれる。
あの時、通り魔に遭って死にかけた時からずっと自分を責めていたのだろう。
「私が・・私が・・・」
膝を抱いて顔をうずめる。
隙間からはすすり泣く声が聞こえてくる。
「セシルのせいじゃない。悪いのはあの靄の男のせいだろう。」
ロウの言葉に反応してセシルが再び声を上げる。
「違わなくないでしょう! 私があの時誘わなかったら今みたいな・・・、
今みたいなつらい目に遭わなかったのに!」
「・・・セシルは勘違いしてるな。」
「・・勘違い?」
「そう。まず一つ、あの時俺を殺そうとしたのはセシルじゃない。
セシルは俺を助けるために援軍を呼んできてくれたじゃないか。そのおかげで俺は命をギリギリでつなぐことが出来た。感謝こそすれ、恨むことは無いさ。」
「それは・・・」
セシルに言葉を発せさせないように言葉をかぶせる。
「二つ目は、今俺はそんなにつらくないということだ。
確かに俺は死にかけたし、捕まって牢屋に入れられた。大変だったよ。
けどな、それでも俺はつらくはない。・・何故か分かるか?」
セシルは視線を外して首を横に振る。
その様子をみたロウは視線をセシルに向けて話す。
「・・仲間だと呼んでくれたからだ。」
「・・・・。」
「俺はこの場所で一人だった。
決して償いきることが出来ない罪を犯した俺に仲間だと、
家族だと言ってくれたことがどれだけうれしかったか。」
そう言って立ち上がり、セシルの前に片膝をついて座る。
「何の力もない俺が、その仲間にその恩を返す方法は体を張るぐらいしかできない。」
「それじゃ・・・」
開いたセシルの口を、突き出した指でそっと触れて黙らせる。
ロウはゆっくりと首を横に振ってから話し出す。
「俺が今直面してる問題についてはいずれ向き合わなければいけないものなんだ。
それが今来たってだけさ。
・・・俺がこうして面と向かって問題に向き合っていられるのは
ここにいるみんなのおかげなんだよ」
「でも・・・」
再び顔をうずめ、膝を抱く力が強くなる。
うずめた頭をそっとなでる。
「心配かけたのは謝る。ごめん。
それと、俺に立ち上がる力をくれて・・ありがとう」
その後、小さく漏れてくる嗚咽が聞こえなくなるまでロウはセシルの隣に座り続けた。




