捜査準備前
「・・ふぅ、久しぶりに飲んだねぇ」
ここは寮の中、ロウが最初に訪れた部屋。
リーリアもすでに帰宅しており、みんなが寝静まった今一人で酒を飲んでいる。
「出かけるときは死にそうな顔してたってのに、
いつも以上に元気になって帰ってきた。せわしない子だよ。」
前線から退いてこの寮長になった時から久しく酒を飲んでいない。
忙しかったのもあるだろうが一番の理由としてはやはり娘たちの存在だろう。
「あの子たちも大きくなっているんだねぇ。
あんな顔されちゃぁ、断れないだろうに。」
そう言って、ちょうど掌に収まるサイズの小さなグラスに入っている酒を飲み干す。
空いたグラスをテーブルにに置いて一息つく。
「飲んでるなら言ってくださいよ。私も混ぜてください」
「・・・なんだ、お前かい。突然来るなよ、びっくりするじゃないか」
後ろを振り返り、突然の来訪に驚きもせず言葉を返す。
「あなたを驚かせられたなら、私も成長しましたね。」
「・・ふん。それで、いったい何の用なんだい。」
名前を呼ばれ、棚からグラスを取りだしてマリアの向かいの席に座る。
自分とマリアのグラスに注ぎ、一口飲んでから話し出す。
「・・あぁ、懐かしいなコレ。
それに相変わらずあなたは私に冷たいんですね。
長い付き合いじゃないですか。そろそろ、私に温かく接してくれても良いんですよ?」
「接してほしけりゃ、その腹の立つ顔何とかしな。」
「あはは、じゃぁ私は諦めるしかないようですね。」
笑いながらグラスに口をつける。
マリアは机に肘をついてつまらなそうにグラスを揺らしている。
「さて、楽しい話はここまでにしてこれからは真面目な話をしましょう。」
「前置きが長すぎるんだよ、あんたは」
目の前の男はその態度を変えずに話しを続ける。
「自覚してますよ。・・・話というのはロウについてです。」
マリアはなにも話さず、どこか遠いところを見つめている。
「本日、ロウの捕獲と処刑がほぼ確定しました。」
「なんだって!」
伝えられた情報がマリアの中でよほど意外だったのだろう。
そう伝えられた瞬間、視線をクロエの方に向ける。
「理由はいくつかあるのですが、大きな要因として通り魔に接触したことが原因みたいです」
「なぜだい?あいつは殺されかけたっていうのに。」
「単純に、今まで姿をかけらも見せていなかった通り魔が突然姿を現したこと。
それと、置いて行かれたペンダントがわざとらしい、とのことです。
他にもいろいろありますが、どれも反論できませんでした。」
「・・反論しないの間違いじゃないのかい?」
首を横に振ってその男は答える。
「できなかったんです。どれもこれも、無理やりこじつけたようなものばかりでしたが、
その全てにおいて反論ができないことばかりで。どうしようもありませんでした。」
マリアは額に手を当て、椅子に深くもたれかかる。
大きく息を吐き、クロエの方に向き直りながら言葉を発する。
「・・・あたしに何させようってんだ。」
「現状、私が手を貸すことは不可能に近いです。
助かる可能性があるとすればロウ自身が今回の謎を解くこと以外ありません。
・・マリアさんにはロウを焚きつけて欲しいんです。」
「・・自分でやったらどうなんだい。」
「すでに試しました。結果は見ての通りです。
私からはどうしようもできません。お願いします、マリアさん。」
その男は頭を下げる。心からお願いするように声を絞り出して。
一部の相手にのみ見せるイラつく表情も消え、真剣な表情が見つめてくる。
「・・・期待すんじゃないよ。」
「ありがとうございます、助かりますよ。
・・・けれど、まさかこんなに早く決めていただけるとは。」
「あんたの為じゃない。勘違いすんな?
あたしの娘達を助けてくれた礼がまだ済んでない。」
「理由はどうであれ、ありがたいことです。」
グラスに入っている酒を一気に飲み干し、グラスを置く。
「今日は突然すいませんでした。ロウのこと、お願いします。
こちらでも動いてみますが、おそらくは・・・
ですので期待させて貰いますよ。」
「『するな』といったよね?クロエ。
最後に決めるのはあいつ次第さね。過度な期待は・・」
「分かってます」
マリアの言葉を遮るように重ねて伝える。
「分かってはいますが、それでも期待せずにはいられませんよ」
それぞれの思いを抱えた視線が交差する。
そんな空気の中、ガタリと扉が開く音がする。
「マリアさん?」
「リーリア。寝たんじゃなかったのかい?」
先程前とは違う優しい母の声で話しかける。
「目が覚めちゃって。それより誰かいたんですか?」
からのグラスを見つけて問いかける。
その部屋に、クロエの姿は見当たらなかった。
「あぁ。昔の思い出に浸っていたのさ。
・・それよりもリーリア。ずいぶんと元気になったんだね。
あの病室でロウと何話してきたか聞かしておくれよ」
「えぇ!」
ボフンと顔から煙が出て、真っ赤に染まる。
「・・いやぁ~、それは・・・」
「なんだい、冷たいねぇ」
「えぇー、マリアさぁん・・・・」
弱々しい声で反論するリーリアはどこか嬉しそうだ。
こうして血のつながっていない親子の夜は笑い声と共に更けていく。
◇◇◇ ◇◇◇
病室の中で目が覚め、顔を洗って意識をはっきりさせる。
起き上がったところで何もすることが無いが、寝ているよりかは頭が動く。
ベットの上で座りなおし、クロエが言っていたことについて考える。
「俺が死ぬ羽目になるとか言ってたが何でだ?
俺が殺させる要素は無いはずだが・・・。いや、無くはないけど」
通り魔と思われる黒い靄を蹴り倒したときのことを思い浮かべる。
「あいつ、結局何だったんだ?何がしたかった。」
そう思考を回していると突然扉が開いた。
「動くな、大人しくしろ。抵抗しないならば身の安全くらいは保障してやる。」
入ってきたのは、和服に大きなコート羽織った服装をしている男だった。
髪は蒼く、目も髪と同じで深い青色をしている。
片目につけたモノクルから覗く目は怖いくらいに鋭い眼光をしていた。
「誰?あんた。話に来たって感じじゃなさそうだけど?」
「とぼけるな。犯罪者」
そう言って取り出したのはガラス玉だった。
色は透明で中は煙がうごめいているように感じる。
次の瞬間、それを地面に叩きつけて砕けた中から煙があふれ出した。
「何だこ・・れ」
慌てて口を抑えるが少し吸い込んでしまったらしく、意識がもうろうとしてきた。
「件の大量殺戮犯、確保完了だ。入って来い。」
ベットに倒れこみも朦朧とする意識の中で見たのは複数の兵士が入ってくるところだった。
その記憶が最後になり、ロウは意識が無くなった。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・いって」
痛む頭を押さえて座る。その両手に違和感を感じて視線を落とすと、
両手にあの枷がはめられていた。
「くっそ。死ぬ羽目になるってこういうことか。
だったらちゃんと説明くらいしろってんだよ、ったく。」
手を動かして取れないかと模索するも、仕事はちゃんとしているようでびくともしない。
「俺が通り魔だと?ふざけやがって。」
そう呟いて、部屋の中を見まわすと前回と違う部屋だということに気が付いた。
最初に入った牢屋は全てが壁で囲われた部屋のようなものだったが、
今回入れられたの鉄格子で閉められている、檻のような牢屋だった。
柵に近付けるだけの長さはあったようで、柵のところに行き見れる範囲で周りを見渡す。
見えるのは同じような壁だけで、
他にはこれといって何の変哲もない廊下が続いているだけだった。
「・・・はぁ、くそ。」
諦めてもとにいた位置に戻る。寝転がった時だった。
ギイィ、と扉の開く音がする。
数は3人で、ロウの方に近付いてくる。
そこに現れたのはよく知る人物だった。
「・・・また牢屋に入ってるのかい。好きだねぇ。」
「俺が趣味で牢屋に入ってるような言い方すんな。
・・何で、マリアがここに?」
入ってきたのはマリア、トール、リウの3人だった。
その姿を見て座りなおす。
「後ろの二人は付き添いだって分かるけど、
あんたが来た理由がいまいち分からない。」
「あんたに言ったじゃないか。犯人だったら責任もって殺すってね」
「・・なるほど。で、あんたはそれを信じたのか?」
「あたしゃぁね、正直どっちでもいいのさ。
あんたが犯人だろうが、じゃなかろうが関係ない。
自分の娘にチョッカイ出した輩にお仕置きできれば、それでいい。
・・・お前、本当にやったのか?」
「はっ」
鼻で笑って顔を背け、息を吐いて向き直る。
「ふざけるな!何で俺がそんな事しなきゃいけないんだ!
濡れ衣にもほどがあるだろうが!」
声を荒げて反論する。その言葉に返してきたのはトールだった。
「ふざけてるのはどっちだ!・・お前の死刑はほとんど確定されたも同然だ。
吠えたくなる気持ちも分からなくは無いが、諦めてそこで大人しくしておけ。」
「・・・死刑だと?」
「当然だろう。ここまでの罪を犯したんだ。
今更怖くなったのか?」
「・・ここまで何度も死刑宣告されればもう諦めるだろうな。」
そう言ってため息と共に言葉を吐く。
それを聞いたトールはやっと観念したかと声をかける。
「じゃぁ、」
「前の俺だったら。」
トールの言葉に声を重ねて反論してきたロウの言葉が理解しきれない。
「・・何を言っている?」
「分かんねぇか?前の俺なら与えられる死に大人しく従っただろうが、今は違う。
・・罪人であるはずの俺の無事を確認した時、声をだして泣いてくれた奴がいた。
・・自分のことで一杯のはずなのに、他人の世話ばっかり焼くような優しい奴がいたんだ。」
その言葉を聞いているトールの顔が曇る。
リウも同様に苦しそうな表情になっている。
「今、ここで俺が諦めたらそこまで思ってくれてる奴の思いを裏切ることになる。
それだけはできない。そこを変えちまったらあいつらに合わせる顔が無い。」
ロウの頭に出てきたのは、前の世界での仲間たち。
我を見失って仲間の命を奪ってしまったロウを最後まで信じてくれた
その仲間の顔が思い浮かぶ。
「俺が俺でいるために、ここで諦めるわけにはいかないんだ」
そう言葉にして、力強い視線でトールを見る。
あの病室での出来事を知っているからだろう、言葉が出てこない。
代わりに話し出したのはリウだった。
「・・諦めないって、どうするんですか?」
「俺をここから出せ」
「!? 何言ってんですか!
できないに決まってるじゃないですか!」
予想外の言葉にリウは声を上げて反抗するが、それを上回る声でロウが反論する。
「じゃぁ、資料をここに全部持ってこい!
ここで今回の事件を俺が解いてやる!」
一歩も引かないロウにリウも圧倒される。
黙り込んだ二人に代わり、マリアが話しだす。
「・・お前はそこまで自分の命が惜しいのかい?」
「違う!俺の命なんかどうでもいいさ、欲しけりゃくれてやる。
けどな、ここは違うんだ。絶対に違う!」
「何が違うんだい?」
「俺の罪を清算させる場所だ。その場所はここじゃない。
ここで諦めたら俺が俺じゃなくなってしまう、そんな気がする。
ただ、それだけだ。」
「・・・・・・。」
ロウが発する言葉に誰も言葉を返せない。
「どうするんだ!出すのか!出さないのか!」
進まない流れにロウが叫ぶ。
「・・・・良いだろう」
「ちょっと、トール!」
「そこまでの大口をたたいたんだ。
調べた結果、犯人がお前だったらその時は分ってるな?」
「俺が俺の無罪を証明できなけりゃその時は殺せばいい。
文句ひとつも言わずに裁かれてやる。」
鋭い眼光でにらみつけてくるトールに一歩も引かずに睨み返す。
「ねぇ、本気で言ってるの?」
「このままにしたら五月蠅そうだからな。
気のすむまでやらして黙らした方が静かだろ?」
「もー、トールったら。」
やれやれとため息をついているその表情は心なしか嬉しそうだ。
「今すぐというわけじゃない。ここから出すにも手続きがいるんだ。
少し待ってろ。」
「あぁ。急いでくれ。」
ロウにそう言葉を投げかけ、マリアの方へと向く。
「そうゆうわけですいません。面談は・・」
「かまわないよ。もう要件は済んだからね」
「? それはどうゆう・・・」
「早くいかないと間に合わないよ」
マリアがそう告げると、リウがもっていた懐中時計を確認する。
「やばい!規定時間が迫ってる!急がなきゃ!」
「何だって!・・ではマリアさん、すいません。行きましょう」
そう言って3人は歩いて出て行った。
(とんだ無駄足だったね、全く。がんばんなよ、ロウ)
そう誰にも聞こえないように呟いた。
◇◇◇ ◇◇◇
罪人管理窓口にてトールとリウが手続きをしているところ
「・・・できないってどうゆうことですか?」
窓口に必要な書類を急いでまとめて駆け付け、
規定に則って手続きをしている最中にいわれた言葉だ。
「すいません。なぜか許可が下りないんです。」
「準死刑囚ならば神将もしくは准将が付き歩くことで
許可が下りるハズではなかったんですか?
私だけならばまだしも、トールもいるのに?」
話を持ち掛けられている男の職員は眉間にしわを寄せて困ったように書類に目を通している。
「そのはずなのですが、帰ってくる答えはみな同じでして。
『人間だから』との一点張りで返ってくるんです。」
「『人間だから』って、今更じゃないですか。
確かに通り魔の容疑はありますけど、でも・・・」
「どうかしたのか?リウ?」
「トール。・・それがね、」
そう言って事情を話し始めた。
人事部で暴れまわったトールの噂がここまで流れてしまい、
事務処理の人たちに恐れられるようになってしまったトールは騒がせてはまずいと、
手続きはリウに任せて後ろに待機していたのだが、
様子がおかしいのが見えた為、リウのもとまでやってきたのだ。
「・・何故だ?断られる要素は無いはずなのに。」
「ほんとですよ。こんなことは初めてです。
・・一体どうなってるんだ?」
三人で書類に目を通していると不意に声をかけられた。
「どうかしたのか?」
「いや、それがああぁぁ!お疲れ様です、国王様!」
突然声を上げた職員に反応して声のしたほうに向き直る。
「「 !? お疲れ様です!」」
トールとリウも声の方に向き直り、
固めた右手を左肩に当てる体制をとり敬礼する。
「そうかしこまらなくていい。」
手を振って敬礼を解くように指示する。
敬礼を解いたリウがクロエに話しかける。
「クロエ様はなぜここにおられるのですか?」
「通信用の刻印石が壊れてしまってな。
仕方が無いからこうして歩いてきたというわけだ。
・・それよりも何かあったのか?」
手に持っていた紙を職員に渡し、トールたちの方に近付いてくる。
「それが、外出許可証の必要項目を埋めているはずなのにも関わらず受理されないんです。」
「・・ほう、見せてみろ」
そう言われ、職員が手にしていた紙をクロエに渡す。
「・・・・確かに埋まっているな。
准将、それもトールが付くのならば受理されないはずがないんだが・・・・ふむ。」
渡された紙を机に置き、右手に黒い焔が灯る。
「何を!」
ダンッ!とその黒い焔が書類に叩きつけられる。
火は燃え移り、紙が燃えている。
それを見ていた3人は顔を青くしてそれを見つめている。
「ふぅ」
クロエが紙に燃え移った火に息を吐きかけると、黒い焔は消え去った。
代わりにその紙に刻まれたのは焦げた印の跡だった。
「私直々の焼き印で、偽装することは不可能だ。
・・私がこの書類を認めよう。これに関して何かあったら私に言いに来るといい」
紙を職員に返し、トールたちの方に振り返る。
「さて、受理したのは私なのでな。そいつのところまで案内頼めるか?」
「「了解しました」」
そうして無事にロウに外出許可が下り、
国王と共にロウのもとへと戻るのだった。




