セカンドライフ スタート
見慣れた通路を歩く。
頭の中は怒り一色だ。
(何で私が担当になるんだ)
後ろから付いてくる人間の事は気にも止めずに突き進む。
◇◇◇ ◇◇◇
時間は戻って、ある一室にて
「トール、こっち来な」
「何です?姉さん。新しい指令ですか?」
「・・・まぁ、そうだね。あまり...深く考えんなよ?」
上司であるネルの話のキレが悪い。
普段はかなりザクザクと言葉を発するというのにも関わらず。
(まさか、それ程の任務なのか?)
真剣な面持ちでネルの元へと向かう。
それを近くで見ていたリウも自然と顔が強ばる。
「・・・これだよ」
渡された紙に恐る恐る開いて目を通す。
そこに書かれていたのは、
【第5部隊 トール·シンヴェール
明日より、人間 ロウ·ダーウェンの
監視の任務を与える
詳細は後日 帝将人事部 】
「・・・は?」
口を開け、無表情のまま指令書からネルに視線を変える。
その視線がささるのか、ネルも少し居心地が悪そうだ。
「どうしたんですか?」
二人の不思議な様子を見てリウも来て、指令書をのぞき込む。
「えっ、何でトールが。
これ、明らかに第2・第3の管轄じゃないですか」
「いや、私も言ったんだよ?これはあたしらの仕事じゃないってさ。
けど、どうやらクロエ様から直接の命令らしくて。
あいつらの一存じゃ変えられないみたいで」
「王様からですか!すごいじゃないですか!」
ネルは深く背もたれにもたれかかり、煙管に火をつける。
「いや、これがあたしらの仕事に関係してんだったら・・・・
良いんだけど・・・」
気まずい表情のまま視線をリウからトールに移す。
その動きに釣られてリウもトールの方を向く
「・・・うぉ・・・・」
その表情を見る者の顔が引きつるほどの怒りが現れていた・
「・・・姉さん。・・・少し、席外します」
「・・・あぁ、お手柔らかにな」
軽く一礼して、扉に向かって歩き出す。
静かすぎるほどに告げられた言葉に言い返せる訳もなく、
二人は静かにその背中を見守ることしかできなかった。
「・・・・トール、行っちゃいましたね。」
「あぁ、行ったな。すごい顔だったな、あれ」
「はい。あんな表情見たことないです。」
トールの剣幕に押され、異常に疲れを見せる二人。
そんなな中で思ったことを口にする。
「 ・・・あのー、大丈夫でしょうか?」
「それは、どっちの?」
「・・・・両方です」
煙管の煙をゆっくりと吐き出して答える。
「んー、どうだろうねぇ。行ったところで王直接の命令だからねぇ、
撤回させるのは不可能だろう。アイツも馬鹿じゃないから大丈夫だとは思うけど」
「何でトール何でしょうか?これ明らかに人選ミスですよ?」
「さぁ、あたしにも分からんさ。
あの方は考えてることが見えなくてねぇ。」
煙管を灰皿に置き、座りなおす。
「まぁ、トールも暴れ倒したら帰ってくるだろう。
それまで気長に待つしかないさ」
「・・・ですねぇ」
そういって仕事に戻る。
「・・で、トールは欠席なので、すまないがリウ。
トールの分の書類整理。やってくれ」
「え゛!」
自分の席に座る直前で固まる。
「仕方無いだろ。期限がすぐそこまで迫ってんだ、
やらないわけにはいかないだろ。」
「何で私が!」
半分泣きながら直訴する。が、
「・・・仕方無いだろ。あそこにも残ってんだから」
指さす先を見ると、大きいテーブルから零れんばかりの紙の山がそこにあった。
何も言えず固まるリウにネルは優しく告げる。
「がんばろう」
その言葉に肩を震わせて、
「トールー!返ってきなさーーい!」
ほとんど泣きながら叫び声を上げるも、扉は開かず。
代わりにテーブルの上の紙が落ちて、いらない作業が増えただけだった。
◇◇◇ ◇◇◇
(思い返すだけでも腹が立つ。
人事部の奴らもみんな揃って私じゃないって言い張りやがって!)
つかつかと、歩き続ける。後ろを歩くロウのことには目もくれず。
だんだんと痛くなってきた頭を振って、落ち着こうとする。
(・・・落ち着け、私。考えを切り替えろ。
そう、これは私の中の価値観を変えることができるチャンスととらえればいい)
歩く速度はそのままに、自分自身に言葉を発する。
(姉さんも深く考えるなって言ってたから。
あいつは人間だけど、あの裁判において確かに獣人のあいつを助けようとした)
気が付かないうちに扉をくぐり外に出る。
(話してみればきっと変わる。・・・はず)
そうして、言葉を発する。
「なぁ、人間。なぜ、お前はあの裁判の場所で敵を助けようとしたんだ?」
「・・・。」
「・・確かに、私の今までの対応はひどかっただろう。」
「・・・・・・・。」
「悪いとは思わない。私にとって人間とはそういうものだと認識してるからだ」
「・・・・・・・・・・。」
「だから、答えてくれ。私の中の人間を変えるために。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうした?何故、何も言わ・・・・・・」
振り返ると、そこには誰もいないのだ。
遠くに獣人らしきものに抱き着かれているロウの姿が見える。
「・・ハ、ハハ、ハハハハ」
乾いた笑いを浮かべながらロウのもとに歩いていく。
◇◇◇ ◇◇◇
「・・・ったく」
走り去るフェザーの後姿を見つめる。
その姿を見て、少しの安心感を得たところですぐに現実に引き戻される。
(・・!殺気!)
その気配に振り向くと後ろを確認する前に首をつかまれる。
「・・・ぐっ、がっ」
「・・・・いい度胸だな、人間。何か言い残すことはあるか?」
突然の変化に対応しきれない。
(おい、どうしたこいつ!何でこんなに殺気立ってる!)
「・・・な・・・・にを!」
片手で占められる隙間から声を絞り出す。
「・・何を、だと。ふざけるな!私の命令に背いた挙句、恥辱まで味合わせるとは。
万死にあたいする!さぁ、遺言は!」
この状況をどうにかするために必死に頭をめぐらす。
そして、出した言葉が・・・
「・・・お・・前、」
「?」
「何か、恥ずかしいことしてたのか?」
ブチリと何かが切れる音がする
(あ、マズ・・・)
気づいたときにはもう遅い。
「遺言は聞き届けた。さぁ、死ぬがいい」
「・・・・あ・・・・かぁ」
片手で締め上げられ、体も少し浮いている。
(こいつ、どんな力してやがる!全然取れねぇ!)
息ができず、目が少し暗くなってきたときだった。
「・・・あっ!いた!おーい!トールー!
何してるのー?急がないと、マリアさんに怒らあああああぁぁぁ!
ほんとに何してんの!待って待ってええぇぇぇ!」
誰かが近づいてくるのが分かる。
だが、それがどんなやつなのか見る余裕がない。
「・・・あぁ、リウか。これからの時間は全てキャンセルだ。
ここで人間は死ぬんだから!」
「・・ぐぅ・・・・ぁ・・・はっ!」
ロウを締め付ける手を離させようとしているがびくともしない。
「ダメだって!いったん様子を見るってことで落ち着いたじゃない!
ここで死なせたら、ネル様にもマリアさんにも迷惑が掛かるんだから!」
「・・・・・く。」
「それに、昨日の書類のことがまだあるのに!
仕事増やすの!」
んぎぎぎぎ!と握る手を離させようとしている。すると、
「・・・クソ。」
「げほっ、がっ、はっ、ごほっ、はぁ、はぁ」
手を離されて地面に倒れこむ。
せき止められていた息が一気に動き出し、肺が痛む。
暗くなっていた視界に明かりが入り込み、やっと周りを見ることができる。
「もー!見に来て正解だったよ!また始末書書くところだったよ!」
「・・面目ない」
「ほんとだよ!反省してよね!
・・・それからあなたも!」
突然声をかけられ反応が遅れる。
「・・俺も?」
「当たり前じゃない!あなたがそそのさなきゃこうはならなかったでしょ!」
「・・・いや、俺何もしてないんだけど・・・。」
「言い訳は聞きません!立ち上がって、ついてきなさい!」
そういって歩き始める。トールも猫耳の彼女と共に歩き始め、
この場所にはロウしかいなくなった。
「・・・・納得いかねぇ」
そう呟くも、声は届かない。立ち上がって二人の後をついていく。
◇◇◇ ◇◇◇
「紹介が遅れました。私、リウ・クロートって言います。
トールだけじゃ心配なのでついてきました。」
二人の後をついて歩いて、少ししたときだった。
「俺は、・・・」
こちらも名乗ろうと口を開いたが、リウが手を出して静止してくる。
「ロウ・ガーウェン、ですよね。知っています。
王宮の中ではかなり話題になってますから。」
「・・・そうか。」
「トールから詳しいことは何か聞きましたか?」
首を横に振ってこたえる。
それを見て半眼でトールを睨むが、明後日の方を向いて目を逸らしている。
「はー、そうですか。では、前情報なしで挑んでいただくことになります。」
「挑む?」
怪しげな言葉に眉を顰める。
「試練とかそうゆうのではありません。ただ、あなたには仕事をしてもらいます。」
「・・・仕事だって?」
「はい。仕事です。働かない者に食べさせる余裕はありませんからね。
今向かってるのは、その仕事場兼宿泊場所です」
「・・仕事場で寝泊まりするのか?」
「どちらかというと住み込みで働く、といったほうが正しいですね。
つきました!」
そこにあったのは、大きな寮で数百人は住めるんじゃないかってぐらいのものだった。
「こっちです」
案内されるがままに、ついていく。
正面から、向かって左側にある通路を抜けて、裏口に辿りつく。
「さぁ、開けてください。」
「俺が開けるの?」
「…早く開けろ。」
その声は少し震えているように感じたが、まさかと思いつつ扉を開ける。
開けた扉の先には黒い壁が立っていた。
「・・・壁?何で、」
触ろうとした瞬間、鋭い殺気が全身を襲う。
とっさに下がり、襲ってきた手を躱す。
「やるじゃないか」
そういってその壁が動き出した。
扉をくぐって出てきたのは50手前ぐらいのおばさんだった。
白髪頭に、鋭い眼光。
修道服に似た服を着ていて白い布を羽織っている。
何事かと、出てきたおばさんを見ていると後ろから声が飛んできた。
「「遅れてきてすいませんでした!」」
「え?」
予想外の言葉にロウは戸惑う。振り返ってみた二人が怯えた顔をしていてさらに驚く
「・・・こいつが、そうなのかい?」
「はい。この人間、ロウ・ガーウェンがここで働くと王から言伝を受けています」
「ふーん」
あまり、興味が無さそうに言葉を返してロウの周りをゆっくりと歩き出す。
(このばあさん、かなりの手練れだな。歩き方に無駄がない)
その歩く姿をロウは観察する。そして、
「まぁ、いいだろう。使ってみないことには分からないからね」
「「はい!、では我々はこれで!」」
「まぁ、そう慌てなさんな」
ここから立ち去ろうとした二人を呼び止める。
ゆっくりと近寄り、優しく触れられた肩が大きく跳ねる。
「どうやら、最近刺激が足りていないようだねぇ。
油断は最大の敵だと教えたはずだが?」
「はい!、ですが・・・」
「明日12時。良いね?」
「「・・・ハイ。」」
「よろしい、ご苦労様。後は私が引き受けるよ」
「・・お願いします。」
悲しそうな後ろ姿をみて、無意識のうちに「お疲れ様」と声をかけていた。