裁判
コツ、コツ、コツ…
こちらに近づいてくる足音で目が覚める。
「起きろ!」
ガンガンと扉を叩かれ、耳に障るその音で覚醒する
「起きたって!起きたから!」
そう叫ぶと叩く音が止み、扉が開く。
「また、アンタなんだな。」
「不満か?」
前回も迎えに来たあの金髪の女で、
見るからに嫌そうな顔をしている。
「別に…」
ため息をつきながらそう短く答える。
(あんたの方がよっぽど不満そうだけど)
そこからの流れは前回と同じで、鎖が解かれて歩き出す。
扉を出て指示の通りに歩いていく。誰も何も話さずに曲がるところだけを支持てくる。
前回よりも少し長く歩いたところで前回とは違った扉の前に辿りつく。
「ここで待て」
そう短く言葉が放たれ止まる。
止まってから間もなく、目の前の扉が開きだす。
「中に入って前に見える扉の中に入れ」
前回と同じで中は暗くよく見えない。
「あんたたちはついてこないの?」
「ここからは貴様一人だ」
「…ふーん」
そう言って、開いた扉の中に入る。
中まで入ったが扉が見当たらず、声をかけようと振り返ると、
入ってきた扉が閉まっているところだった。
「・・・またこのパターンか。」
再び前に向き直り、何か変化してるところはないかと目をめぐらす。
すると、正面に扉が開いたようで明かりが漏れ出す。
「・・・あれか」
(一体どんな場所なんだか。)
その光の中に入って目にした光景は、予想を裏切るようなものだった。
天上から降りそそぐ熱を持った明かり。
熱せられた肌を優しくなでるような涼しい風。
そして何よりも驚きなのが、
「・・・・何だ、ここ・・・」
周囲から投げかけられる、観客の声だった。
「来たーーーーー!」
「くたばれ!クソ野郎!」
「派手にぶちまけろーーー!」
今いる場所は、円形の土の地面。周囲には水が入っている堀が彫られている。
その状況に困惑していると、正面にある扉が開かれて出てきたのは…
「何だ、あいつ?」
全身が毛に覆われ、顔は狼の顔をしていた。
あの姿はまるで、
「狼人間?」
本の中でしか読んだことの無い生物が目の前にいる。
今までに体感した出来事でここは異世界なのだと思っていたが、
その認識はまだ甘かったようだ。
相手もこの状況に戸惑っているのか、周囲を見渡している。
そんな中、ふと目が合ったその瞬間、やたら怖い顔でにらめつけてきた。
その時、声がなりひびいた。
【皆の者、静粛にせよ。これより王のお言葉を賜る。心して聞くがよい】
『この暑い中、よくぞここまで集まった。大儀である。
では、お待ちかねの罪人同士の裁判を執り行う。』
その言葉で再び観客たちが叫びだす。
(あいつ、一体どんなカリスマしてやがる。ざっと見渡しただけでも数万はいるぞ。)
顔を見ようと顔を上げるも太陽の光が邪魔をしてみることができない。
『静まれ』
その一声で、まるで軍隊のように叫び声が鳴りやんだ。
『これより決まり事を説明する。
一つ、裁判では己の力で無罪を証明せよ
二つ、勝利したほうは無罪放免とし、牢屋から出ることが可能
三つ、敗北したほうは有罪とし、その場で処刑が執り行われる
四つ、武器の持ち込みは禁止。己の持つ力だけで戦うこと。
これが侵された場合、即刻中止して持ち込んだものを有無を言わず敗北とする
五つ、武器を持ち込んではいないほうの者は、勝利としてここから出すことを約束する』
説明される話に耳を傾ける。
(要は、戦って勝って自らの無罪を証明しろってか)
『しかし、今回はこのルールに追加のルールを加える』
周囲の観客たちがざわめきだす。
『追加するルールは、〈勝利したものには王の権限により願いを一つ叶える〉というものだ!』
声高らかに宣言されたその言葉に観客は一瞬の間を置いて湧き上がる。
その追加のルールを聞かされ、どうしたもんかと相手を見る。
どうやら相手も初めて聞いたらしく、驚いた表情をしているのが分かる。
そのあと、少し王の話があってからこちらに問を振られる。
『では、今より戦うそなたらについて聞く。何かわからぬことはあるか?』
「一つだけ聞かせろ!」
獣人の男が叫び、問いを返す。
「何でも叶えるというのは本当に何でもいいのか!」
『良い。望むままに口にするがよい』
「ここから出るとはまた別なんだよな!」
そこはロウも気になっていた点だ。
あまりにもうますぎる話しの代償として、
ここから出るか死ぬかを選ばせるためにルールだったらたまったもんじゃない。
『安心せよ。そこは無罪とは別だ。』
相手の獣人はかなりやる気のようで、こちらをにらめつけてきている。
『お前からは何か聞くことはないのか?』
少しの間を得て俺に聞いてきてるんだと気が付く
「・・特にない」
そう呟いた声に満足したのか再び話始める
『そうか。ならば始めよう用意は良いか?二人とも』
手かせの固定も解かれて両手、両足が自由に動く。
『始め!』
声高らかに開始の合図がなった。
「るぅおおおぉおぉおおお!」
獣人が突っ込んでくる。
(結構早い。が、あいつほどじゃない)
頭の中に現れるのはあのディオスという骸骨だ。
アイツと戦ったイメージがまだ頭の中に残っている。
「らぁ!」
飛び込んできた獣人は左手で詰めをむき出しにしてひっかいてくるように攻撃してくる。
それを下がりながらかわし、左の裏拳、右の正拳を繰り出して
突き出した右手で掴みかかってくる。
それを横にずれることで回避し、右手首を掴んで下に下げる。
「うお!」
勢いを止めずに獣人の足を払う。
前のめりになっている獣人は自分の勢いと、体勢が崩れている為、一回転して地面に叩きつけられる。
「がっつ!・・この。」
すぐさま起き上がり、両手を広げて襲い掛かってる。
「…フッ!」
相手の懐に入り、相手の腹のど真ん中に肘打ちを当てる。
避けることができなかった獣人はその一撃をもろに食らい、膝をつく
「・・・がぁ、えぇ。・・・・お前、人間じゃ…」
「あぁ、お前らのいう人間だ。と思う」
せき込みながらも立ち上がる。
「・・・お・前、強いな・・はぁ。」
「単純に力が強いだけの奴なら慣れてるからな」
スラムにいたころからロウは大人相手に戦い続けてきた。
そういった経験が暗殺の技術を身に着けた際に大きく開花し、
力が強いだけでロウに勝てる相手は組織の中に存在しなかった。
そのレベルにまで達しているロウに対して、
獣人がとれる戦い方はハンデのつもりかなのかは分からないが、力押しだけだった。
「・・ぐっがあぁああぁ!」
そうして再びロウに襲い掛かる。
◇◇◇ ◇◇◇
その光景を見ていた神将たちは全員が唖然としていた。
「・・・あいつ何者だ?」
ようやく口を開いたのはネルだった。
「分かりません。単純な戦いならば、人間が敗北するはずなのですが…」
そう答えたトールも驚愕を隠せない。
リウも口を開けてぼーっと釘付けになっている。
他の神将たちも皆同じような感じで、一部はその動きを観察している。
「今のはうまいネ。相手の死角をついた素晴らしい踏み込みだヨ!」
「だが、まだ甘いところがあるだろう。現に仕留めきれていない」
「モーッ!筋肉はそんなだからダメなんだヨ!人間だってこと、考えてないでショ!」
「・・・何度も言うが、筋肉は名前ではないからな?ソルドール。いい加減分かりなさい」
父親がしかりつけるように言うが当の本人は全く気にしてないみたいで、
「あっ!今のもうまイ!」
きれーに決まったナ!なんて言ってはしゃいでいる。
それを聞いてため息を吐くのはどうやら一連の動作になっているらしく、
見ていて微笑ましいのだからさもありなん。
「しかし、あいつは一体・・・」
そう言ってロウの方に目を向ける
その横で一人笑っている王には誰も気が付かない。
◇◇◇ ◇◇◇
「があぁ」
回し蹴りが決まり獣人が飛ばされる。
かなりのダメージが入ってるのか、息も絶え絶えだ。
「・・・・はぁ、はぁ、」
「・・・・・・・・・・。」
何も言わないロウに獣人は質問を投げかける。
「・・・おい、人間」
「・・何だ?獣人。」
「お前、なぜそこまでしてここから出ようとするんだ?」
その質問にロウは目を細める。
「・・・・なぜ、出たいかか。考えたことなかったな
今のこの状況は俺が望んだわけでもない。流れるままにしてたらこうなったから」
その回答に獣人は歯をきしませる。
「答えるなら、特にない、だな」
「ふざけるな!特にないのにこの場所に呼ばれるものか!」
獣人の言葉の意味がいまいち理解できない。
「どうゆうことだ?」
「この場所は望まなければ得られないんだ!俺がどれだけ待ったと思ってる!
特にないなら俺に譲れ!家族に会いに行かなきゃならないんだぁあああ!」
叫びながら突撃してくる。相手の動きは大方慣れていたが、その瞬間だけはロウの目測を裏切った。
「おおおおぉおおぉぉおお!」
「!?」
予想より速いスピードにロウの対応が遅れる。
振りかざした拳はロウに直撃する。が、
「らぁ!」
振りぬいた拳に合わせロウは自ら後ろに吹き飛ぶ。
そこを狙って獣人が突っ込んできて、殴り掛かる右手を逸らすことはできたが、
蹴り上げてくる足を回避することはできなかった。
「がっ!」
ギリギリ右手のガードは間に合ったが、今いるのは空中だ。
「死ぃねぇえぇええ!」
鋭い爪をそろえて串刺しにして来ようと跳んでくる。
普通ならばこれでケリが付いただろうが、少々相手が悪かった。
「ふー」
きわめて、落ち着いて。冷静に対象との距離を計る。
その爪が当たる直前、相手の手を掴んで体をひねりかわす。
そのまま手首をひねらせながら関節技を決めに入った瞬間、二人は地面に墜落した。
「いっがぁぁああ!」
右腕がだらりとした状態で動きそうにない。獣人は苦しそうに悶えている。
「・・・・・・・・・。」
ロウが無言でそれを見つめ、近付こうとした瞬間声が響いた。
【そこまで!勝者 人間 ロウ・ガーウェン】
その声が響き渡り、周囲から押しつぶされそうになるほどの歓声が響いた。
うるさいな、と耳を塞ごうとした時だった。
「素晴らしい!強いな貴様。」
そういって拍手をしながら、近付いてくる男がいる。
全体的に恐ろしいほどに白い男だ。白い髪に白い服、さらには肌まで白いと来ている。
だが一番目を引くのはその目だろう。
眼球が黒いのだ。その眼球の中に白い瞳が浮かんでいる。
「さぁ、願いをいえ。何でも叶えてやる。」
「てことは、あんたが王様か」
「一応はそうなってるな」
不気味に笑いながら答えを返してくる。
さて、どうしようかなと顎に手を置いた瞬間、後ろからガシャガシャと音が聞こえる。
振り返ると、兵士たちに捕まる獣人の姿があった。
止めてくれー!と叫んではいるが兵士たちは意にも介さない。
「あいつはどうなるんだ?」
「処刑だな。ルール通り。」
「そうか」
そう言って再び考える
「さぁ、なんでも言うがいい!金か?地位か?それとも誰か殺してほしいか?」
手を広げて答えを待っている。
周囲の歓声と目の前の王の言葉にあおられながらロウは告げる。
「何でもいいんだな?」
「あぁ。」
「じゃぁ、」
そう言って後方を指を差しながら言う
「あいつも開放してやれ」
その言葉に周囲の声が止まり、王の顔から表情が消える
「本気か?」
「嘘だと思うか?」
真顔になり、手を下ろす。
「残念ながら、ここから出ることができるのは一人だけだ。
もし、あの者をここから出すのであれば、お前はこの牢獄に残ることになるぞ?」
「言われてないルールに何があるか知らんが、かまわない。」
「なぜ、その答えに達した?」
「別に、ここから出てやりたいことがあるって言ってたんだから出してやればいい
少なくとも俺よりは有効に使えるはずだ」
「・・・そうか」
そう言って振り返って背を向ける。
「二人を牢の中へと入れておけ」
そう告げられたとたん手の拘束が有効になる。
「てめぇ!出すんじゃなかったのか!」
「ふっ」
鼻で笑って歩きだした。
「待て!」
追いかけようとした瞬間、足にはめられている枷が急に重くなり転倒する。
その上に兵士たちが上から押さえてきたためどうしようもできない
「くそがぁあああぁあぁ!」
その叫びは大きな空に吸い込まれて消えていった。
そのまま二人は再び牢屋の中へと押し込まれてしまった。




