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全てが新しい異世界にて -fast life-  作者: 鰹節
第四章 魔鉱石の村 コノート
104/132

そして夜は更けていく

 場所は変わり、ここは村長の家だ。年季を感じさせるいくつもの柱は、この家が相当に古いことを伝え、軋む床板はそろそろ交換が必要だが、それを行えるものは誰も居ない。


「…中度の鉱毒でした」


 リータスの寝室から出てきたグウィードは、誰に何を聞かれるでもなしに答えた。


 一緒に連れ立って出てきた年老いた女性はリータスの妻で、長年連れ添った間柄だ。普段は優しい眼をた方だが、リータスが倒れた今は沈痛な面持ちで俯いたまま。


 今にも倒れそうな程ふらつく足取りで歩く彼女を、連れ添いの数人の女性が抱えて近くの椅子へと連れて行った。


 部屋の中央に置かれた椅子に座るセンジュは、静かに「そうか」とだけ返して目じりを手で押さえる。


「…先ほどの無礼、申し訳ありませんでした。」


 座布団ごと椅子に座るセンジュの隣に立ったグウィードは、背筋を伸ばして姿勢を正すと、その言葉と共

に頭を下げる。いきなりの行動に、思わず俯いた顔を持ち上げて、グウィードへと向けた。


「どうした? 何じゃいきなり。」


「無罪であるあなた方に剣先を向けたことを、私がここに謝罪します。そして、図々しい事は承知の上で、あなた方にお願いします。お礼などできるほどの余裕はありませんが、どうかこの村を救うために力を貸してはいただけないでしょうか?」


 悔し気に口にされたその言葉は、いったい誰に向けられたものか。


 それは、この村に敵の一団を招きいれてしまった守護兵である者に対してか。


 または、村長が居なければ何もできない弱い己に対してか。


 誰のせいでもない事は分かる、それでも責めずにはいられない。この村を守る守護兵の長である自分が居たのに、結果は見ての通りで少なくない死人まで出ている。


「若いな、主は。どうしようもない程に、青くて若い」


 村長が倒れた今、この村の指揮権は全てグウィードへと移る。一時的とはいえこの村を急に収めることになり、自分なりに考えた結果の言葉だった。


「…力を貸すことに何も言う事は無い。もとよりそのつもりでここまで来たんじゃからな。であれば、その前にいくつか言っておかねばならんことがあるらしい。」


「お礼に関しては…今は何とも言えません。ですが必ず…」


「それじゃよ、それについて言っておかねばならん」


 指をずいと突き出してグウィードの眼前へと突き出した。グイグイと押してくるセンジュの指先に、思わず後ずさった。


「無駄にへりくだるのを止めい。儂らにも、それなりの事情というモノがある。尊敬する村長が信じているから自分も信じる、なんて子供じみた考えは捨る事じゃ。」


「………」


「二つ目は、儂の事を舐めている事。」


「そんな事ありません!」


「そうは言うが、お主はお礼がどうのと言っておるじゃろ? 子供たちを連れてきた時、儂らが一度でもそんな話をしたかの?」


 センジュからの言葉に我に返る。暗い夜道で突然襲ってきた子供たちを連れ帰ってきてくれた上、村の仲間たちを抑える役割を買って出てくれた。利益など得られるものが無いのに、彼らはその事を承知してこうして力を貸すと言ってくれている。


 であれば、センジュの言う『舐めている』という言葉に合点がいく。


「それは…」


「と、少し冷たく言ってみた。どうじゃ? 目は覚めたかの?」


 冷たく切り捨てた先ほどの態度と、今の態度の差についていけず、言葉の意味を計りかねる。

 額から流れる汗は目の間を通り、ちらりと見える牙へと吸い込まれた。


「信頼の厚いリータスが倒れた今、先の見えないこの村の先頭に立って指示を出すんじゃ。不安と疲労が重なったその体では、十分な実力は発揮できんじゃろ」


「…何がおっしゃりたいのか、分かりかねますね」


「なら分かるように言ってやるわい。疲弊しきった肉体と精神で、一か八か薬草を取りに行くだなんて、無駄死にじゃからやめろと言ったんじゃよ」


 ドクンと一つ脈を打つ心臓は跳ね上がり、見開かれた眼へと周囲の視線が集まった。


「そんな事…しませんよ」


「なら、その上着に入っとる鍵を置いて行け。使う必要のないモノを持ち続けることは非効率じゃし、それに余計な考えを起こしてしまうからの」


 口では否定しつつも、とっさに手を出して上着のポケットに手を当ててしまった事で、言い逃れが出来なくなってしまった。完全に墓穴を掘ってしまったグウィードは、落ち着き払った態度が一変する。


「…だったら、どうしろって言うんだ。この村ですでに多くの仲間が命を落としたんだ! 大切な仲間も友人も!」


 この危機的状況で頭を失い、さらには急にこの村の指揮をとらねばならないという責任感と不安から、自分でもどうしていいのか分からない。


 強く叩かれた机は水の入ったコップを弾き飛ばし、コップが砕ける音が響いてもなお、相変わらず静かに座ったままのセンジュは静かに佇んでいる。


「…喚くな小僧」


 静かに佇むセンジュから感じ取れる気配がガラリと変わった。波の立たない鏡のような水面の雰囲気ではあるが、その水面下は暴れ狂う激流がウネリうねっている。


「この儂が何の対策も行わずにいると思うのか?」


「な、に?」


「向こうにはすでに儂の部下が偵察に向かっておる。向こうの目的も何も判別がつかなくては、うかつに反撃することもできん。これから先、この村をまとめ上げられる存在をここで失う事は、あらゆる可能性を自分で根絶することに繋がるんじゃぞ?」


 冷徹に言い放つセンジュの言葉に、何一つとして言い返すことが出来ない。そして、言い返すことが出来ないという事は、センジュの言い分を認めてしまったことに他ならない。


「……ッ!」


 上着から取り出した鍵をセンジュの目の前に叩き付け、何も言わずに踵を返す。落ち込んだその背中に誰も何も言葉をかけることが出来ないでいる中、置かれた鍵を手の中で転がすセンジュは落ち着き払って口を開いた。


「もうじき夜明けじゃ。少しでも休みをとることに専念することじゃ」


 扉に掛けた手は一度止まったが、すぐに動いて乱暴に閉められる。緊迫した空気が続く部屋の中で、一連の会話を黙って聞いていた一人の男が鼻で笑う。


「…このクソ狸が」


「儂は亀じゃ。断じて狸ではないぞ?」


 センジュが座るテーブルまで来ると、乱暴に椅子に座った挙句、両足をテーブルの上に乗せる。


「チッ、いちいち癇に障る奴だなぁテメェ。何が部下を忍び込ませた、なんて嘘も大概にしやがれ」


 わりと衝撃の発言をしたギャザリックへと、一斉に視線が集まる。


「なかなか、堂に入っていたじゃろ? ちょびっと怖かったりもしたが、何とかなって良かったわい」


 ギャザリックの言葉に驚いた面々の視線はセンジュへと向けられるが、当の本人は「少しちびった」などと、先程の威圧感は微塵も感じられない振舞を見せている。


「…そうは言うても、あながち間違いでもないぞ。現に、気になる事はいくつか有る。その確認をしたいがために、今はただ待つ必要があるだけの事じゃ」


「…あの野郎を信じるってぇのか? 出会ったばっかだってのに、随分と信頼してんだなぁ」


「そうするしか手が無いんじゃ。おそらくリウ嬢は手厚く迎えられる代わりに、自由に動くことが出来んじゃろうからな」


「あれだけ楽しそうにしてたってのに、ひでぇ奴だ」


「それはお互い様じゃろう。あくまでも儂が信じておるのは『ドレッドノート』であって、『ロウ・ガーウェン』ではない。こちらの方も時間をかけて判断してやるわい」


 髭を撫でる手を止めて、沈みかけた月を眺める。各々の胸の内に秘められる感情は、どれもこれも一筋縄でいかない事ばかりだ。


「…直に夜が明けるのう」


 暗い夜は少し明るくなり始めていた。


 ◇◇◇


 差し出された茶を傾けながら見るのは、ペンキで塗りつぶしたような黒々とした闇が広がる外だ。明かりがない訳じゃないのに、ここまで黒いというのはなかなかに新しい。初めて新しいものを見る子供のように心が躍るが、今はそんな事をしている場合ではない。


 手の中に握られた通信用の刻印石を握りしめ、これからの行動を考えていた。


「・・・これからどうしよう。トールもどこか行ったまま帰ってこないし、ロウとも連絡つかないし。」


 外へと向けた視線を外して部屋の中をぐるりと見渡す。二つのベットといくつかの荷物、それと簡単な食事が盛られていたお盆が置かれた、机があるだけの部屋で、十分するほどに豪華な造りとなっている。


「『こっちの事は任せる』なんて言われたけど、何を考えてんのさ、ロウは」


 二つの耳が不安そうに萎れる頭を抱え、何かしようと考えはするがこれといったモノが出てこない。


 会議室と思われる家をロウが出て行ったあと、リウはトールに案内されてここまでやってきた。何度も話しかけたがまともな返事が返ってこないトールの事も少し気がかりであった。


「・・・なんか、外が騒がしい?」


 静寂の中、虫の鳴き声が聞こえてくるほど静かだった外は、急に騒がしくなったらしく何かたくさんの騎士たちが行ったり来たりとしている影が窓に映る。


 何事かと心配したリウは、恐る恐る扉を開けると同時に、入れ替わるようにしてトールが駆け込んできた。


「トール! 何があったの!?」


「扉を閉めてくれ、早く!」


 青白い顔色を浮かべながら叫ぶトールに従い、すぐさま扉を閉める。敵か何かが来たものかと思ったが、そんなリウの思考を否定するように首を振る。


「大丈夫、すぐに収まるから。…ごめん」


「何で謝るのさ。私は謝れるような事してないのに。とりあえず、そこに座ってて」


 歩くのもつらそうなトールに肩を貸し、掴んだ腕にヌルリとした液体に触れる。これ何、と目を向けた先の赤黒い流れ出る血に、思わず声が出てしまった。


「ちょっと、怪我してるじゃない! すぐに手当しなきゃ!」


 すぐさま手持ちの中から数少ない緊急用の治療道具を取り出して、座るトールへと駆け寄り、血が流れる方の腕をまくって現れた傷に眉根に皺が寄る。切り傷ではあるのだが、それは文字のように見える。


「トール、これって…」


 トールの腕のけがを見て、何が起きているのか理解していないリウは、その場で固まってしまう。そんなリウへと手を伸ばしたトールは、自分の首を締めるように手を当てて、腕のけがを差し置いてまで何かを伝えてきている。


「何を━━」


 これといった答えが思いついたわけではない。ただ自分にはコレしかないというだけの話で、使い慣れた八卦方位という道具を取り出した。


 超特級の使用難易度を誇るこの道具を扱えるのはおそらくリウ只一人。そして今回使うのは調査対象を一人に限定させて、『外的要因による干渉』の能力を行使する。


「…これ、嘘でしょ!?」


 八卦方位を使用した事による、別視点から観測したトールの身体に起きている異変を見て言葉を失った。


 今リウが見ている光景はサーモグラフィーのような感じで、体内に流れるマナの動きを可視化した世界だ。その世界を見ることが出来るのは八卦方位を使用する本人のみであり、その世界から見たトールの身体には鎖のようなものが巻き付いていた。


 無論、現実世界でそのような鎖の姿は見えず、マナ上にのみ存在するその鎖は一般的に『契約』をあらわすものだとされている。

 一本や二本といったレベルではない大量の鎖は、トールの息の根を止めようと今なおギリギリと首を絞めつけていた。


「ちょっと待って! すぐに外すから!」


 床に置いた八卦方位と一緒に座り込み、一度深呼吸してから開かれた瞳は水のように透き通り、ここではないどこかを見つめていた。


 この『八卦方位』という八角形の道具は、質素な見た目に反して中身は誰一人として理解することのできない、超絶高度な術式が施されている。

 誰が作ったのか、理屈も原理も分からない一方で、使用方法は至って単純なものだ。一定の質・量・属性のマナを流し続けるというシンプルなものだが、このシンプルな使い方が『八卦方位』を超特級の魔術道具に指定されている所以でもある。


 ただ流すだけとは言ったが、この『ただ流す』が非常に曲者なのだ。その流れるマナの質・量・属性のどれか一つにでも僅かなブレが起きてしまえば、発動される能力は全くの別物へと変化してしまう。


 自分で編んだ糸と全く同じ大きさの穴へと通しながら、同じ様にその糸を編み続け、コンマ一ミリでも糸の太さが変わってしまえばそこで終了、という一種のムリゲーと同じレベルだと思ってもらいたい。


 そして話はトールの解鎖へと戻る。リウが現在発動している能力は『観察』。それに加えて鎖の隙間をこじ開ける『力技』と、締め付ける鎖を騙す『虚偽』の三つを同時に使用している。


 単純に上の例を同時に三つ行うようなもので、どれか一つでも遅れたり早すぎたりしてはいけない。


 この時点で体内マナの完全操作という点においては、魔法士シュロロと同格、あるいはそれを容易に超えることが出来るレベルである。


 体内のマナへと全集中が向けられた意識は自分を顧みる余裕は無く、呼吸は止まっているかのように静かで緩やかだ。開かれた瞼は閉じられず、透き通る瞳が爛々と光り続け、額にキラリと浮かぶ汗は止めどなく溢れ続ける。


 そして、そんなリウの解鎖を受けるトールもまた、変に干渉しないようにと静かな呼吸で行く末を見守り、━━そして。


「ッ、はぁ…はぁ‥‥‥、とりあえず、…これで」


 天高く登る月は沈みかけていて、あと一時間もしないうちに空も明るくなり始める頃、電源が入った機械のように荒い息を吐いたリウは、八卦方位の操作を終了させて、大量の汗を拭いながらベットに座るトールの方を見上げた。


 先程の死にかけのような苦しさは微塵も感じることは無く、顔色のいいトールはリウへと心からの感謝を述べる。


「ありがとう、リウ。助かった」


「そんな、大したことないよ。…それよりも、何であんな事になってたの?普通あそこまで縛られるなんて考えられないよ」


 トールが差し出した飲み物へと口をつけて一息をつくリウは、舌の根も乾かぬうちに一番気になる事を口にする。


「それに、ネル様もどこか変に感じたし…。教えて、何があったの?」


 自分で手当てをした腕を握って俯くトールは、なぜか悔しそうな表情を浮かべている。


「…姉さんの身に何があったかは、私も分からない。少なくとも合流した時点では、すでにあんな感じだった。…いや、違うな。合流よりももっと前、見送った時点で不信感は抱いていた」


 思い出したのはファブログラインで、初日にトールと会話した時のどこか不安を感じさせるような口調。いつも通りとは程遠い、トールにしては不安の色を覗かせていた口調だったから、かなり鮮明に覚えている。


「そんな中での連絡が途絶えたから、クロエ様に無理を言って追いかけてみれば、結果はこの通り『他言無用』、『能力の使用禁止』、他にもいくつか細かい契約が付き付けられた」


「契約っていう程しっかりとしたものじゃなかったよ。あれぐらいならトールでも自力で何とか出来たと思うけど…」


「しなかった…いや、出来なかったと言えばいいか。結ばされた相手が…相手だったから」


 愚かな自分を笑うトールは、自分自身に呆れたように手を振ると、片膝を抱いて俯いた。解かれた髪は前へと垂れ下がり、俯いたトールの顔を覆い隠してしまったので、どんな顔を浮かべているのか分からない。


 ここまで落ち込むトールは始めて見る。いつも明るい、と言えば語弊があるが、多少の出来事程度では動じることは無い筈だ。


「…結ばされたって、誰に? まさか、あのチャックっていう貴族に無理矢理結ばされたの?」


 そんな始めて見るトールの様子を見て、とりあえず思ったことを問いかけてみたところ、俯いたまま首を横に振った。


「姉さんだ」


「…え?」


 命じれば従う直属の部下であるトールに何故そんな事をするのか、どれだけ考えても分からないし、何よりあのネル様がそんな事をするような方だとは到底思えず、リウの思考もシャボン玉のようにフワフワと浮いては、すぐさま消えてしまう。


「…私は、悔しいんだ。ここで、目の前で行われている出来事に、軟禁状態で何もすることが出来ない自分が。その結果頼ったのがあの人間だなんて、……ただ悔しい」


 慌てて出て行った理由に合点がいった。トールと同じ部屋に連れて来られた私じゃ、自由に身動きをとることが出来ない。だとしたら、僅かな可能性としてキリエ様を助けた実績のあるロウへと手を伸ばしたのは正解だと思う。


 もっとも、手を伸ばしたのがトールで無ければ、こうして悔しがることも無かっただろうに。


 学生時代からの付き合いだから、ある程度トールの過去は知っている。知っているからこそ、なんと声を掛ければ良いか分からない。触れるでもなく、見るでもなく、ただただ目を逸らした。


「ロウは…どうしたの?」


「…逃がした」


「逃がした! 何で!?」


 重なる驚愕の連続に、いよいよ頭の中がどうにかなりそうだ。手に持ったカップが落ちそうになったが、寸でのところで受け止めることが出来た。


「リウは合流と言ったおかげで助かったんだ。アイツの目的は違ったみたいで、それで消されそうになって、最期はここから出て行った」


「それじゃ、ここでまともなのは私たち…だけ?」


 そして、リウもここに来てトールと同じ絶望の境遇へと辿りつく。頼りになる相手は限られ、いつも信頼している相手は様子がおかしい、味方であるはずの騎士たちも信用することが出来ない。動きは監視され、それでいて、状態が悪化することだけは避けなくてはいけない。


 どのように行動することが最善かと聞かれれば、『なにもしない』と答えるのが最悪にして最良の答えである。


 自分たちの役立たず加減に、二人は俯くことしかできないでいた。


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