駐屯地
「到着しました。ここが現在駐留している場所となります」
案内された場所は、襲われた場所から少し離れたところの、木々のざわめきが聞こえてくるような静かな場所だった。
出入り口を守る騎士の傍で明かりを放っているのは、篝火ではなく灯篭のような置物だ。骨組みだけ抜きとった灯篭の間に立つのは、真っ赤なマントを翻す、純白の鎧に身を包んだ短髪の男性で、ロウとリウが近づいてくる足音に合わせて、閉じられた瞳をゆっくり開く。
ここまで案内してくれた騎士とは、明らかに違う造りをしているその鎧は、左右の灯篭に照らされて光輝いている。
「お待ちしておりました。リウ殿と‥‥ロウ殿。こちらへ、早馬によって話は通してあります」
簡単な一礼を済ませると、踵を返して歩き出す。二人もその後に続いて篝火をくぐると、途端に賑やかな声がそこら中から聞こえてきた。
駐屯地と呼ばれたこの場所に建てられているのは、ロウが知っているテントのようなものではなく、しっかりとした家だった。昨日今日で立てられるなんて考えらないが、この世界ではその考えは安直と言える。
実際にリーリア達の寮は僅か三日とかからず完全に復旧した光景を、ロウは直接見ているから別に初めて、という訳でもないのだが、どうしても感嘆の声は漏れてしまう。
「申し遅れましたが、私は近衛兵第三顧問を務めているジンと申します。お二人の噂は聞いておりますよ。ロウ殿は当然ながら、リウ殿の方もしっかりと」
「え゛!?」
ジンの紹介に付け加えられた言葉に、踏み潰された動物のような声が聞こえてきた。
「どんな声出してんだ。そういやリウの話ってあんまり聞いたこと無かったな。少し気になるぞ?」
「いやー、それは…ちょっと。何も面白いことありませんし…大したことも…無いから」
「ご謙遜を。トール殿と一緒に反政府組織を一網打尽にした話、その他いろいろな有名な逸話は多いですよ」
「…ちなみに『等』って、何処からどこまでの話ですか?」
「もちろん、『学校に入学してから今まで』です」
並んで歩くリウはお腹を抑え、吐き気を堪えるように口元に手を当てた。みるみるうちに顔色が悪くなりはじめ、どこか空気も重い。
「へぇ、そんなに凄かったのか。俺学校って行ったこと無いから、かなり新鮮に感じるな。詳しく話してもらっていいか?」
「ダッメェェェ! 絶対ダメだから! 何があっても聞いちゃダメ!」
人が変わったようにロウへと詰め寄るリウは、殺気だった目を向けながら胸を叩いてくる。
突然の変異に眼を見開いて後ずさる。若干の怖さもあるが、ここまでくれば興味の方が強くなり、返した言葉はリウの地雷を踏んでしまった。
「何をそんなに嫌がることがあるんだ。ジンは褒めてくれてんだろ? 別にボッチで暗い青春送った訳でもあるまいし」
「………………………」
叩く腕は止まって、殺気だった瞳は虚空を見つめている。
「え……いやぁ、‥‥‥え?」
唇を噛みしめるリウは、お腹を抱えてゆっくりと一歩を踏み出した。どうやら、地雷を踏んだのではなく、踏み抜いたうえでカサブタを無理やり引っぺがしてしまったようだ。
「えっと…すまん。悪気はない、けど、まさかあるとは…」
「……行こう、ネル様が待ってる」
「…はい」
先ほども言ったが、悪意があった訳ではなく、完全に偶然である。
足取り重いリウの後ろを付いていくロウは、貰い事故の気分でどこか納得いっていない風だが、止めを刺したのは間違いなくロウなので、何を言うのも許されない。
「そ、それでは先に進もう。こっちだ」
周囲の明るく賑やかな空気とは逆に、暗い重量を持った空気が纏わりつく。それから一言も話すことなく進んだ先、賑わいの中央に建てられている一軒の木造小屋へと案内された。
「ここに今回の任務を一任されたチャック氏が居られる。貴族の方なのであまり粗相はしないように、面倒に巻き込まれたくなければ、な」
後半の言葉はロウへと向けられたものだ。何とか立ち直ったリウを先頭に、木でできた扉を開いた。
◇◇◇
「失礼します」
その言葉と共に入室したその部屋は、橙色の明かりに照らされた、木を基調とした優しい雰囲気の部屋だった。
縦長のこの部屋の中央には大きな長机が置かれ、その両サイドに腰かけているのは、鎧に身を包んだ騎士や、煌びやかな服装に包まれた、いかにも貴族といった人物もちらほらという中で、見覚えのある和服の女性もその机の片隅に座っていた。
「…ネル様」
呟かれたリウの言葉に反応して、片目だけ開かれた瞳が二人へと向けられるが、その後すぐに閉じられてしまった。
「?」
ロウは特に何も思わなかったが、隣にいるリウはそうでもないらしく、ネルの反応に首をかしげていた。
「これはこれは遠路はるばるお越しくださいました。長旅で疲れたでしょう、そこに椅子にでも座るといい」
長机の一番奥、扉の正面に位置する席に座っている小太りの男は、部下の一人に銘じて一つの椅子を差し出してきた。
「…一つ、ですか?」
「他に何か居るのか?」
笑い飛ばす小太りの男は、リウしか見ていない。その隣にいるロウの姿は、少しも視界に入っていないようだ。
「なるほど、そういう事か。…リウ、気にしなくていい。俺は立ったままでいいから、話を進めてくれ」
人間に対しての扱いの酷さは今に始まったことでは無い。ロウが人間であることを知る魔族が居なかったファブログラインでは、認識錯誤のエアを使って貰っていたから、これといって支障は無かった。
しかし、今回はロウが人間である事を知っている国の魔族だ。一応、生活権は得たといっても、そもそも人間であるからこの扱いは至極当然の事となる。
分かってはいても気持ちのいいものではないが、今それを言ったところで意味は無い。何故かロウよりも悔しそうにしている、リウへと感謝の気持ちを抱きながら、差し出された椅子へと座るように促した。
「私はバスカビル家の現当主である、チャックだ。…話は既に伺っているが、一応確認ために改めて言葉にさせてもらおうか」
リウが椅子に座ったところで、チャックと呼ばれる小太りの男はそう切り出してきた。
「クロエ様がこちらの状況を心配なさっている、という事で間違いは無いか?」
「はい、そう聞いてます。定期連絡が途絶えたことで、何かあったのではないか、と」
「それでリウ殿がこちらに派遣されたと。…これも確認だが、リウ殿は確かキリエ様の護衛の任についていたのではなかったのか?」
「私たちの後任として、ソルドール様が引き継がれました。思っていたよりも心配されているようで、たまたま近くにいた私たちが派遣された、というのが答えになります。」
「なるほど、理解した」
ギィ、という音と共に深く座り直し、天井を見上げてため息を吐いた。いちいち大げさな動きは緩慢で、至って普通の行動ではあるのだが、不思議とイラついてくる。
「では、クロエ様には問題ないと伝えてくれ。通信できていないのは、コノートの住民からの妨害を受けたためだ、とな」
話は終わりだ、とそう告げて一人窓際に立ってキセルを加える。何を言っているのか理解できないのは、二人とも一緒だった。
「まだ何かあるのか?早くクロエ様に報告に向かってくれたまえ、心配させている立場として少し心苦しいのでな」
「ちょ、ちょっと待ってください。それは今すぐ行けという事ですか?」
「当然だろう。クロエ様に迷惑はかけられないからな、すぐに出発してくれ。健闘を祈る」
今迄席に座っていた数名の騎士や貴族風の男女は一斉に立ち上がり、ロウとリウの傍を通って外へと出て行ってしまった。
この部屋に残るのは、未だに状況が把握できていないロウとリウ。席に座ったまま目を瞑り続けているネルと、チャックという貴族の男と、顎髭を生やした見知らぬ優男一人だけ。
「待ってください、納得できません! もっと詳しい話を…」
「くどいぞ、この話はこれで終わりを言っただろう!」
怒気を孕んだ声に圧されて口ごもり、数名の騎士が強制的に二人を追い出そうと、扉を開けて中に入ってきた。
「なぁ、リウ‥‥‥」
椅子から立ち上がったリウの耳元でロウがある提案を呟くと、入ってきた騎士たちを押しとどめる。ロウとしては、これ以上ないほど平和的に、押し返した。
「何をする、貴様!」
急にうるさくなったロウ達の方へと振り返ることなく、ロウから耳打ちされた内容を口にする。
「チャック氏、あなたはもしかして何か良からぬことでも考えておられるのですか?」
「…リウ殿、早死にしたくなければ言葉に気を付けなさい。今のは特別に聞かなかった事にしてやる」
ユラリとこちらを向く目は明らかに怒っており、僅かな刺激で爆発してしまいそうだ。
「このまま私が帰ってしまえば、少なくともクロエ様はそうお考えになる、という話です。それに、私たちをここまで連れてきてくれた馬たちにも、一度ちゃんと休ませてあげなくてはいけません。少なくとも、一日二日はここで過ごさせてもらいたいのです」
「口に気を付けろ、と言ったはずだぞ小娘。私の機嫌を損ねたことを、存分に後悔すると━━」
「まぁ、落ち着いてくださいチャック様。」
怒り心頭のチャックに口を挟んだのは、尖がった顎鬚を生やしている細身の優男だ。ネルと同じように眠ったように静かだった男が、ここに来て口を開いた。
「ガストン、貴様自分の立場を知っていての発言か?」
「立場を知っているからこその、助言ですよ。そこのリウ様がおっしゃった言葉は、あながち間違いでもありません。なんの説明もなしに帰してしまっては、我々の立場が危うくなってしまうでしょう」
「………」
「それに、ここからストログラインまで帰るとなると、一日二日で走破出来る距離でもないですし、多少の休憩がてら私たちが直面している事情を離しても問題は無いかと」
「何か考えでもあるのか?」
「そこは後で相談しましょう。まずは彼らの処遇が一番の優先事項ですので」
こちらへ振り向いてニコリと微笑む優男━━ガストンは、ロウに何度も返り討ちにあっている騎士たちに下がるように伝える。言いたいことがあるみたいだったが、ワナワナと震えたまま扉から出て行った。
「さて、静かになったところで話を再開しましょう。まずは確認ですが、チャック様、よろしいですね?」
「…ふん、勝手にしろ」
「了承の言葉も頂いたところで、リウ様。たった今言った通りの事でして、詳しい話を纏めるために少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか? また明日にでも詳しいお話をいたしますので」
顔に貼り付けられた笑顔は、一見すると優しそうではあるが、どう見ても商人スマイルだ。
ドギマギとしながらリウも、ガストンのその提案に強く頷き返した。
「分かりました。それと確認ですけど、その説明にはロウにもしてもらえると考えても良いんですよね?」
「ロウ、というのはそちらの御仁ですか? 彼はただの護衛役だったのでは…」
「あー、それちょっと訂正。リウはネルの部隊に戻るように指令を受けてて、調査の指令が下ったのは俺なんだ」
「左様でしたか、それでは明日またご説明させていただきますので、今日はゆっくりと疲れを癒してください」
ガストンが手を叩くと同時に、ジンが部屋の中へと入ってきた。
「ロウ殿はお休みになられます。来客用の部屋へと案内してあげてください」
「承知しました。…こちらへ」
部屋から出て行く直前に、リウへと声を掛ける。
「それじゃ、また後で」
緊張気味に頷いた姿に笑うと、冷たい夜の空気が漂う外へと歩き出した。
◇◇◇
先ほどの会話の最中に、かなりの人数が寝たのか最初のような騒がしさは無く、ちらほらと話し声も聞こえるが気になるほどではない。
「すごい静かだな。これだけの数の騎士たちが居るなら、もう少し騒がしくなるもんだと思うんだけど」
「貴族様の影響が強いからですね。そうでなければ、ここまで多くの騎士たちは来ることもありませんでしたから」
「さすが貴族様、ってとこか。なんでも祭り騒ぎにしたがる癖は、世界共通か」
「?」
ロウが持っている記憶の中の貴族たちと比べ合わせても、大した差は無い。あるとすれば、魔法の差による物資の違いだけだろうか?なんて考えていると、夜も深くなってきたというのに、明かりが煌々とついている一軒の家を見つけた。外観やサイズは周囲の家と変らないが、窓の隙間から溢れ出てくる芳ばしい香りは何とも言い難い。
「なんか良い匂いがするな、何だこの家?」
「いわゆる食堂というものですね。食堂、というには少し豪華すぎますが」
食堂を見上げるロウの横で、ジンは何かを思い出したかのように俯くと、そのまま黙り込んでしまった。
「どうした、ジン?」
「…そういえばロウ、殿…はお腹空いていませんか?」
無理のあるジンの話し方に、ロウは少し笑って頭を掻く。
「さっきからそうだけど、無理しなくていいぞ?ここには俺しかいないんだから、話したいように話してくれて」
「それじゃぁ、お言葉に甘えて」
即答したジンは小さく咳ばらいをすると、急に雰囲気が変わりだし、ロウの首元へと中指と人差し指を突きだした。
「…確かに無理しなくていいと言ったが、まさかここまで素に戻るとは考えてなかったよ」
「俺の質問にだけ答えろ。…お前は何が目的だ?」
「目的はネル達の安否を確認しに来た、って意味じゃないな」
「まんまと国の中に入り込んだ感想はどうだ? クロエ様に上手い事取り入った手腕は見事だ、と言ってやる。だが、あまり図に乗らない事だ。人間なんぞ、簡単に殺せるからな」
「…知ってるよ。だから、こうやって脅されても何もしてないんじゃないか。」
両手をポケットに入れたまま、ジンの二本の指を甘んじて首元に受けている。反論する理由は皆無なので、大人しくジンの言葉に従っている。
「殊勝な心掛けだが、それを忘れるな。ここでは、お前の命はいつでも消せるんだからな」
「……肝に銘じとくよ」
目を瞑って僅かに俯いたロウを見て何かに安心したのか、突き付けた指先を収める。
「…それで、話は戻るが腹は減っていないか?」
「この流れでその話題はどうなんだ? 毒でも盛られてそうで怖いんだが…」
「ここのお茶が美味いんだ。ぜひ飲んでみるといい、どうだ?」
体に溜まった疲れを実感しているロウは、出来る事なら今すぐにでも眠りにつきたい。お茶を一杯飲みたい気分でもあるが、先ほどのジンの反応もある。もしかしたら屋根のない野ざらしの場所の可能性も否定できないからだ。
「その心使いはありがたく受けるけど、出来たら先に部屋に案内してくれ。落ち着ける場所で、一休みしたいんだ」
食堂へと通じる階段に掛けた足を下ろして、残念そうに肩をすくめていた。そんなジンの姿と、「ぜひとも飲んでくれ」というジンの言葉に、なんだか罪悪感が芽生える。
休みたいのも事実だが、一杯でも飲み物をもらえるのなら、それはそれで嬉しい事なので、後で必ず貰いに行くと言うと、ジンは少しだけ安心したような表情を浮かべた。
◇◇◇
「ここだ」
連れて来られたこの小屋は、他の小屋と比べれば少し小ぶりではあるが、しっかりと屋根が付いたちゃんとしたモノだった。思っていたよりもきれいなその小屋を見て、取り合えずはちゃんと休めるなと、安心した。
「少し小さいが、中はちゃんとしている。もし何か言いたいことがあるなら、今なら聞くが?」
「まさか、ある訳無い。下手すれば一人野宿するかも、なんて思ってぐらいなんだから」
「そうか。…私は基本、先ほどの会議室の近くにいる。何かあれば、ぜひ訪ねてきてくれ」
「了解だ。じゃぁ、また明日」
手を振って去っていくジンを見送り、部屋に入ろうと階段に足をかけたところで、何かを感じ取った。
「ジン!」
「…どうした?」
帰ろうと背中を向けていたジンは、急に大声で名前を呼ばれたことに驚いて振り返る。
「一つだけ聞きたいことがあるんだけど、この小屋って俺の前に使ってた奴っているのか?」
「ここを使うのはお前が初めてだ。何だ、何か気になる事でも?」
「いや、単純に俺の前に使っていた奴がいたのかなって思っただけだ。もし体臭キツイ奴が使ってたら、俺が休めないだろ?」
「ははっ、それなら問題ない。一度使われたらちゃんと洗濯しているから、安心して休んでくれ。」
そうして、最期にありがとうとだけ伝え、今度こそジンと別れてロウは部屋の中に入る。
見た目通りの小さな小屋の内装は、先ほどの会議室のような木造で、奥の壁際に置かれたベットと、その枕元にある机、上着をかける用のラックしか置かれていないスッキリとした部屋だ。
何だかんだと着慣れている執事服を脱いで、上着をラックに掛ける。しわが一つも無いベットに近付いたところで止まる。
「…ベットの下に居る奴、出てこい。今は俺しかいないから、出てきても大丈夫だ」
誰も使っていない小屋の前に、真新しい泥が一部付着していた。近くで泥が飛んだだけかもしれないと思ったが、部屋の中に入るなり拭き取られた形跡を見つけてしまっては、原因を見つける必要がある。
「………」
ベットから距離を取り、屈みこんで恐る恐るベットの下を覗き込むと、そこにいた相手に意表を突かれる。
「…獣、いや…子供か?」
灰色の毛に覆われた、一匹の小さな子供が苦しそうに寝息を立てていたのだ。




