別行動
「コノートいう村は、そこまで大きくはない。せいぜいが百人、どれだけ見積もったところで、それを超えることは無いじゃろう」
馬に乗る三人と並行して飛ぶセンジュは、快適そうな座布団の上で湯呑を傾けていた。器用とかそれ以前の問題で、お茶は飛び散ることなく、穏やかに湯気が立っている。
「しょうもねぇ村だなぁ、おい」
「いや、それもそうとは言い切れん。この街道を見れば、どれだけ気を遣われているか分かるじゃろう」
「街道?」
暗くなりかけの砂利道を照らしているのは、一定の間隔で灯されている黒い街灯だ。柱の中央に淡く光る青色の石がはめ込まれていて、なかなか美しい。
「確かにストロガノンからここに来るまで、街灯は見たこと無かったけど…。まさかこれ全部コノートの為に?」
「いや、流石にそこまで優遇されてはおらん。この街道が向かう先は、ガストンと呼ばれる商人の屋敷じゃ。」
「誰だよ、そいつ」
「ガストンは小さな村々の品物を一手に買い取って、それを先のファブログラインへと卸しておるんじゃ。コノートはその内の一つであり、ここの街灯ほぼ全てに使われておる刻印石の材料を採取しておる村なんじゃよ」
「これ全部か」
ファブログラインを出てからかなりの時間を経過している。日は既に沈み切る直前であり、ここに来るまでの長い距離を街灯は明るく照らしてくれていた。
「で、なんでそんな奴のとこに向かってんだぁ? 行先はコノートじゃねぇのかよ」
「ガストンから話を聞くためだろ?この辺りの村の商売を一手に引き受けてんなら、コノートで起きた異変についても、なんか知ってるかもしれないからな」
ジャリジャリと鎖の音を立てながら馬にまたがるギャザリックの姿は、新鮮な気がする。
海賊だからてっきり乗り慣れてないものかと思ったが、これが案外上手い。乗馬の際の体重移動のコツや、足先の脱力加減など、どう見ても経験者の動きだ。
何処で習ったか聞いてみたいが、絶対に答えないだろう。
「なぁ、全然関係ない素朴な疑問だけどさ、ストロガノンとファブログラインの距離がやたら近いように感じるのは気のせいか?」
「と、言うと?」
「言葉通りの意味さ。一回だけ世界地図みたいなのを見たんだけど、ストロガノンの周辺にだけやたら密集してるから。ファブログラインといい、フィエルエナといい。やっぱり英雄の国だからか?」
「あながち間違いではないのぅ」
飲み終わった湯呑を片付け、咳払いをして座り直す。高速で動いている座布団の上だというのに、行動一つ一つはまるで部屋の中でくつろいでいるみたいだ。
「ストロガノンという国がある場所は、戦時中、魔族の補給地点でもあっただけの事じゃ。終結してからは、元々そこで指揮をとっていたクロエの小僧が収める形となって、ストロガノンという国の形に落ち着いたんじゃ。それについては、儂よりもそこのリウ嬢の方が知っとると思うがの?」
「………。」
「…リウ?」
センジュの声が聞こえていない様で、握る手綱をじっと見つめたままピクリとも反応しない。
「リウ!」
「はい! え、何?」
少し大きめに声を出すことで、ようやくこっちに振り返った。肩をビクつかせて振り返るリウには、余裕が一つも見当たらない。
「大丈夫か?」
「大丈夫…じゃないかな。結構、キツイところがある様な無いような…」
「気にするなとは言わないけど、今はまだ肩の力を抜いとけよ。向こうについたら、忙しくなるだろうからさ」
「うん。…ありがと」
返事も半ばに、再び視線は握る手綱の方へと落ちる。リウにとっては、かなり重大な出来事なようで、それからその姿勢が変わることは無かった。
センジュと二人で肩をすくめ合いながら、今一度正面へと目を向ける。
手綱を振って、もう一つ速度を上げて、目の前の目標へと急ぐ。
◇◇◇
「見えてきたわい。あれじゃ」
ファブログラインを出て、実に二日ほど森の中を走り続けた。
そろそろ体が痛くなり始めた頃に、センジュがそう告げてきた。手入れされた道を抜けると、開けた場所に出る。沼地のような、田んぼのような場所が広がる土地の中に、森に寄り添うようにして建てられている一軒の、大きな屋敷が見えた。
屋敷に向かう道はいくつもの線路のようで、ガストンの屋敷はさながら終着駅みたいだ。その内の一本から出てきたロウ達は、屋敷の前に到着するや否や、センジュが鉄格子の門をたたく。
「…こんな夜遅くにどちら様でしょうか?」
「儂じゃ、センジュじゃよ」
「これはこれは、今すぐお開け致します。しばしお待ちください」
女性の物と思われるその声は、鉄格子からきこえてきた。向こうには誰もいないので、聞き間違いかと思われたが、どれだけ聞き直しても鉄格子から聞こえてきていた。
ギイィ、と音を鳴らして開かれた扉の前に立っていたのは、メイド服に身を包んだ三つ編みおさげのメイドだった。整えられた前髪の向こうから覗く、威圧感のある吊り目は、ギャザリックといい勝負かもしれない。
「ガストンは居るかの?」
「申し訳ありませんが、主はこの屋敷には居られません。先日訪ねて来られた方々と一緒に出掛けたまま、帰ってきては居りませんので」
「訪ねてきたって、白い鎧とか付けた騎士連中か?」
「はい。内の一人は胸元のはだけたボロボロの和服を着た女性であると記憶しています」
間違えようもない特徴的な服装を、的確に答えたのだから、疑う余地は無い。
「明日、センジュ様にご相談に伺おうと思っていたのです」
「ガストンの件でか?」
「はい。連絡もなしに幾日も開けることは為さらない御方ですので、少し心配なのです」
「ならばちょうど良い、儂らもそこへ向かおうと思っとったからの。行先は、コノートで合っとるか?」
強い頷き返してきたそのメイドは、後ろを向いて手を振れば、遠くの方から何かを持った別のメイドが現れた。三つ編みお下げは変わらないが、目じりが下がったそのメイドは随分優しそうだ。
「もし、今向かうのであればこちらをお使いください」
差し出されたのは、前フェザーが使っていた浮かぶ明かりの道具だ。けど、その時と違って渡されたこの道具の方が、滑らかな手触りといい高級感に溢れている。
「うむ。ありがたく使わせてもらうとするかの」
メイドの女性に礼を告げ、照らしてくれる明かりの元センジュを先頭に先を急いだ。
◇◇◇
街灯も無くなり、頭上に輝く明かりが照らしてくれているウネリ獣道を進む中、誰一人として口を開く者はいなかった。
話すことが無いのもあるが、クロエからの依頼の内容がだんだんとキナ臭くなってきたという方が大きいからだろう。
「…ん?」
スピードが上がるにつれて強くなる逆風に紛れ、生臭い匂いが鼻を突く。
「おい、コイツぁ…」
「突っ切ろう、嫌な予感がする」
手綱を操り、さらに速度を上げて突き進む。ところどころ休憩を挟んではいるものの、ここまで走りっぱなしのレイバ達には申し訳ないと思うが、今は踏ん張ってもらいたいところだ。
そのまま一分と経たずして、最初に異変に気が付いたのはレイバだった。
「どうした?」
急に止まったレイバに習い、後ろから付いてきていたリウとギャザリックの馬も動きを止め、一向に走り出そうとしない。
魔法の反応は無く、それはリウの魔具によって証明されている。だとすれば、あるのは━━
「…あれか」
暗がりでよく見えないが、足元に細いワイヤーのようなものが張り巡らされているのが、薄らと見える。本当に目を凝らして見なければ分からないこの罠に、一歩手前で気が付いたレイバが味方で良かったと改めて思う。
「来るぞぉ!」
「あぁ、分かってるよ!」
木と木の間を縫うようなうねった道での完全な待ち伏せだ。静かだった林は、いつの間にか不自然に揺れて音を鳴らしている。戦闘準備が完了すると同時に、頭上から一斉に襲い掛かってきた相手を見て、動きが鈍る。
「…子供?」
「うおおおおお!」
暗闇から突如として姿を現したのは、数人の獣人や、体の所々が石のようになっている人型の子供などが、それぞれこん棒や刃物を手にして襲い掛かってきた。
「くたばれ侵略者ぁ!」
振りかざされた刃物をギリギリのところで躱し、地面に着地すると同時に子供の背中を掴み、襲ってきた子供たちが密集している場所へと放り投げる。
ギャザリックも同様に、意表を突かれたことは間違いないだろうが、そう簡単にやられはしない。ロウと同じようにして放り投げていた。
「おいおい、ここは学校かなにかか? 何でガキが襲ってきやがるんだ!」
「知るか、それこそ本人に聞かないと分からない。…おい、お前等!」
急に声を荒げたロウに、肩をビクつかせて驚いたが、先頭に立つとんがり耳の犬の獣人は、そんな怯える仲間たちに檄を飛ばす。
「ビ、ビビるな! おれ達だって戦えるって事を、大人たちに見せてやるって、忘れたのか!」
「ビビ、ビ、ビビってなんか無いやい! 鼻がムズムズしただけだい!」
話している内容は子供っぽいのだが、手に持ってる武器は正直笑えない。よく見ればこん棒には棘のようなイボが幾つも付いているし、刃物には何かが塗られているようで、ドロリとした液体がしたたり落ちている。
「落ち着けって、誰も戦おうなんて…」
「うるせぇええ!」
聞く耳をもたない子供たちは、手に持った武器で再び襲いかかってきた。
連携もクソも無い、ただ子供が棒を振り回しているだけの動きで、正直倒せと言われれば難なく倒せるレベルだ。が、それをしてしまっては立場というモノが無くなってしまう。
この場をどうやって収めるかを考えていると、ざわめきに合わせて、外から何か風を切る音が聞こえてくる。
限られた明かりの中で、子供たちの動きを見つつ、音の方へと全神経を集中させる。
「………ッ!」
音の方からやってきたのは一本の矢。間に立っている犬の少年を抱きかかえ、飛んでくる矢を寸でのところで掴むことに成功した。ロウの反射神経と、エデンの実による力の強化があってはじめてできる芸当であり、抱きかかえられた少年は一体何が起きたのかまるで分かっていない。
「…そこから動くなよ。それと、お前の武器ちょっと借りるぞ」
抱きかかえた少年を下ろし、持っていた武器を借りる。地面に座り込んだ少年はいつの間にか、空っぽになった両手を何度も握ったり開いたりした後、庇うようにして立つロウの背中を呆然と見上げていた。
風を切る音はまだ聞こえてくる。一メートルもないサイズのこん棒を、くるくると回し、その勢いのまま、下から上へと振り上げる。
「うわっ!」
舞い散る木片に目を瞑った。
「そのまま動くなよ……ッと!」
上へと振り上げたこん棒を返して逆手に持ち、ロウに当たりそうになった矢を受け止める。持つ手を入れ替えて、二度切り返した。
「ギャザリック!」
「分ぁってんだよ、クソがぁ!」
地面から生えてき錨の槍を叩き付け、生み出された剣や槍が飛んでくるいくつもの矢を圧し折った。
「ざまぁ見やがれってんだ!」
二人の戦う姿を見る子供たちは、視線は釘付けになっている。そんな子供たちに声を掛けて、一か所に集めているリウを庇うよと、今度は光と影の境目から、一匹のトカゲが姿を見せた。
黒いウロコを覆う白の鎧は、どこかで見たことのある装飾がされており、赤いマントを羽織る姿はまるで騎士様だ。サイズもかなり大きく、大人一人分は優にあるだろう。
「で、出たぁっ!」
「あっ、ちょっとあなた達どこ行くの!」
トカゲの姿を見るや否や一目散に逃げだして、内の一人は腰が抜けてしまったようで、その場から動けないでいる。
「チッ、仕方ないか。センジュ、ギャザリックと一緒にそこの子供連れて行け。」
「良いんじゃな?」
「あぁ、殿は任せろ。…行ってくれ」
「…こんなとこで死ぬんじゃねぇぞ」
子供を抱えて走っていくセンジュとギャザリックは、二人とも闇の中へと消えていった。
「俺がそんなに弱く見えるか?」
口角を吊り上げて二ヤリと笑うロウは、居なくなったことを確認することなく、目の前のトカゲに向かい合う。
数はいつの間にか増えており、今は五匹の鎧を付けた黒トカゲが涎を垂らしていた。
「さて、それじゃ俺は…」
「あれ? ロウ、ちょっと待って」
草陰に隠れたはずのリウは、耳をピコピコと動かしながらトカゲの鎧をじっと見つめたかと思うと、何かに気が付いたのか、両耳が立ち上がった。
「この子たちもしかしたら…」
「貴様らそこで何をしている!」
リウが発見した出来事を聞く前に、誰かの叫び声が響く。センジュが置いていったガストンの明かりの周りに、それ以外の明かりが順番に灯り始めた。
明かりに照らされて出てきたのは、トカゲと同じ色の鎧を着ている騎士たちがそこにいた。
「やっぱり、この人たち近衛の騎士たちだ」
「近衛? 神将とはまた違う役職、だよな?」
「えっと、貴族って言った方が分かりやすいかな。功績を上げた報酬に、特別な待遇を約束されている家の事なんだけど、その彼らを守護する役目を担っているのが、白の鎧に赤いマント纏うのが近衛の人たちなの」
「…なんかややこしいな。そんなに種類あるのか」
「何を話している貴様達ァ!」
進み出てきた騎士は剣先をロウへと向けるが、全く微動だにしないロウにイラついたのか、切りかかろうとした直前で、リウが間に割り込んだ。
「何のつもりだ、貴様?」
「私はリウ・クロート。ネル様が収める第5部隊の准将です。今回はクロエ様から直接の指令を受けてきました。」
ロウの前に差し出された手に、ソルドールから渡された指令書を手渡し、その紙を目の前の騎士たちへと見えるように広げた。
「確かにクロエ様の印も押してある。…いきなりの無礼、申し訳ありませんでした。リウ殿と、すいませんが後ろのソレは?」
今更ながらの対応だが、別に気にすることでもない。リウは何か言い返そうとしていたが、後ろから頭を抑えて口を閉じさせる。
「護衛だ。別に事を構えようなんて思ってないから、あんまり気にしなくていいよ」
「…了解。リウ殿、ネル様の所へと案内いたします。こちらへ」
嫌味ったらしく返された言葉に従って歩き出そうとしたところ、押さえつけられていたリウがロウの手を払って睨んでくる。
「何言ってるのよ! あんな言い方されて、ちょっとぐらい言い返してやろうとか思わないの!?」
「何でリウが怒ってんだよ。別に今に始まった事じゃないしな、もう慣れた。」
ロウとしては特に意識したわけでは無かったが、リウはその言葉にどこか諦めのようなものを感じたようだ。言い返す言葉も見当たらず、最期は悲しそうな目で俯いてしまった。
「それは……。この指令だって━━」
リウの口を手で遮る。それ以上は何も言うな、と目で伝えた。
「…大して差は無いさ。実際、俺が護衛役みたいなもんだから。本領はこれからだ、気合入れろよ?」
あくまでもいつも通りの振舞だが、ここ数日一緒に過ごしてなんとなくではあるが、ロウのスイッチのオンオフの判断がついたような気がする。
――――今はスイッチが入っている時だ。
「何をしておられるのです? さっさと戻りましょう」
「だそうだ。…行こうぜ?」
胸の内に若干のモヤモヤした気持ちはあるが、そんな事を気にしている時ではない。
自分の顔を叩いて、先に歩き出しているロウへと走って追いかけて行った。




