サンタクロース達の正月
雪国のどこか、そこにはある村があった。
人口はあまり多くない小さな、村と呼べるか怪しいような村だ。
その村にはトナカイ小屋があった。中では何人かの男達が自身の相棒の世話をしている。トナカイに餌をやり、毛皮を整え、足まわりのチェックをする。
彼らは年末の大仕事を終えたトナカイ達の最終的な確認を行っていた。
その内の一人が腰を挙げた。彼らの中で一番若い男だった。
男はトナカイの頭を撫でてから、
「また12月にな」
と、トナカイに告げる。
トナカイもその言葉を理解したのか、返事をするよう男の顔に頭を擦り寄せる。「任せろ」と、言っているようだった。
男はトナカイとの挨拶を終え、トナカイ小屋を出る。向かったのはこの村の事務所だ。
事務所には 赤い服と帽子をつけ、真っ白な髭を蓄えた恰幅のいい老人が二、三人いた。その内の一人に男は報告をする。
「No.185、最終トナカイチェック、終わりました」
「了解した、現刻を持ってNo.185の今年度のサンタクロースの任を解く。去年もありがとう、今年もまた、よろしく頼む」
老人は、穏やかな表情でそう言って手を差し出した。「お疲れ様」と「今年もよろしく」という気持ちを込めて。
男は「もちろん」と、言わんばかりにその手を取った。
男は報告を済ませ、事務所を出る。
この村はサンタクロースの村、世界中の子供たちの憧れが詰まった村である。
男は、そんな村の外れにある、一軒の木造建築の家に入った。
部屋の中では、暖炉に火が焚かれていて暖かい。外が吹雪いていたので、この部屋の暖かさはありがたかった。
「あーあっと、やっと落ち着いた」
入って早々、男はそう言う。クリスマスから今日まで、ずっと働き詰めだったのだ。無理も無い。
その言葉に、暖炉の前で本を読んでいた老人が反応した。
「おお、そっちも終わったか。去年も大変そうだったな」
老人は今のサンタクロース達の中で一番のベテランだった。
部屋に入ってきた男を老人は男を労った。
「本当だぜ、これでもかって位、あの区域の子供が増えてたぜ、ありゃ今年からもう二人程増やした方がいい。そういうお前さんの所はどうだった」
男は口ではうんざりしながら言いながらも、その顔は嬉しさが隠しきれていなかった。
男の担当した地区は、現在子供の数が年々多くなっている所だった。今年は何とかなったが、来年からはどうなるかわからない。それほど子供は増えていた。それは彼らの仕事が大変になると共に、うれしい事でもあった。多くの子供達の笑顔がそこにはあったから。
老人は男の言葉を聞き嬉しくなる。が、男の質問に対し、目を閉じてどこか寂しそうな顔でこう答える。
「あぁ、俺の所はおめぇーさんの逆さ。少子化で子供が少なくなってたさ」
老人が担当した地域ではその逆だったのだ。子供の数が少なくなっていた。彼がこの家に一人でいたのは、単に老人の仕事が早かっただけではない。仕事の数が他のサンタに比べ少なかったからだ。
それは、彼らにとって、悲しき事だった。
子供達の笑顔が減ってしまうから。
男はその言葉を聞いて、腕を組み、俯く。男は理解していたのだ。それが自分達サンタにとって、どれだけ辛い事かを。そしてそれが、自分達ではどうすることも出来ないという事を。
「そいつはまた難儀なこって」
まだ若い男には、いや、男に限らず他の者でもそう言うしかなかった。
老人はその言葉を聞くと、閉じた目を開き、ぼんやりと暖炉の燃える薪を眺める。
今回の仕事を、過去の仕事を思い出しながら。
「そうだなぁ。確かにプレゼントを配る数は少なくて済んださ。でもな、夢を見ながらプレゼントを待つ子供の数が少なくなるのは、少し来るものがある。どうしようもないと知っていてもこればっかりはな。」
そう言った老人の顔はとても穏やかだった。しかし、その穏やかな表情の裏には悲しみと憂いがあった。
男はそれをぼんやりではあるが感じ取っていた。
暖炉の薪が跳ね、パチパチという音だけが部屋には響いている。行き場の無い空気だけが部屋を満たしていく。
男はふと、自信の胸ポケットから一本の酒瓶を取り出すと老人に向かって投げた。
「ほらよ」
「おっと、おや、これは」
「俺の故郷の酒さ、勘違いすんなよ。それは、慰めでもなんでもない。この一年間、子供達の笑顔を思ってきた偏屈なあんたへの細やかなプレゼントさ」
男はまだ若い。そんな自分がベテランである彼に何が出来るのか。考えた末に出たのがこれだった。素直に渡すことも考えたが、それは少し恥ずかしくも感じたので、このような渡し方になってしまったが。
「言うようになったじゃないか。あの悪垂れ小僧がなぁ。ははは、俺も年を取ったもんだ」
老人は、男の気持ちを理解していた。何せ相手は子供の時から知っている相手だ。それなりにやんちゃだった彼が、今、立派なサンタとして、目の前に立ち、こうして自分にプレゼントをくれたのだ。
プレゼントなんていつぶりだろう。気付けば老人の目には涙が浮かんでいた。
男はそれを見ないよう、わざとらしく目を逸らした。老人が涙を浮かべ、自身も危なくなり、恥ずかしかったのだ。
そうこうしている内に、外が騒がしくなってきた。
「っと、他の連中もどうやら一段落したみたいだぜ」
「そのようだな」
男と老人はそう言いながら自身の目元を拭う。どうやら、他のサンタ達も仕事を終えたようだ。
扉が開き、何人ものサンタが部屋に入ってくる。一番最初に入ったサンタが、またか、というような表情で言った。
「なんだよ、今年もじいさんと小僧の二人が一番かよ。ったく、じいさんはともかく、小僧の成長ははえーな。あんな豆粒みたいなガキが今ではじいさんに次ぐサンタクロースだ」
サンタはそう言って笑いながら二人を見た。老人は言わずもがなだが、男の成長スピードは目を見張る物があった。
彼らにしてみれば、ついこの間までは子供だった存在が、今ではこうして、自分達並かそれ以上のサンタになっているのだ。嬉しくない訳がなかった。
「あぁ、全くだ」
「俺の髭を掴んでた頃が懐かしいぜ」
「俺は顔に落書きされだぜ、髭の」
「俺は髭でブランコされたぜ」
「ほんとに立派になったな」
それを皮切りに、他のサンタ達も男のやんちゃエピソードと、今の成長を口々に言う。イタズラ好きのやんちゃな子供が、今ではこうして立派なサンタだ。驚きはすれど、うれしいのだ。
「うるせぇな、毎回そのネタでからかうのはやめろ!恥ずかしいんだよ、此方も」
男はぶっきらぼうにそう言った。誉められるのが恥ずかしいのだ。
この男は見かけによらず、恥ずかしがり屋なのだ。そして、それをネタに、サンタ達は更に男をからかうのだ。
そんな彼らを、老人は穏やかな目で見守っていた。
さて、そろそろだな。老人はそう思って立ち上がり、手を二、三回叩いて、彼らの注目を集めた。
「まぁったく、やかましい連中だ。ほら、用意は出来てるぜ、シチューに、摘まみに、ワイン、どれも一流だ。何せ、俺が作ったんだからな。全員にグラスを回せ、先ずは乾杯だ」
老人はそう言って、全員に指示を出す。彼らがここに集まったのは他でもない。彼らの一年を通した仕事は今日終わったのだ。
仕事が終わったなら、やることは一つだけだった。
「おおっと、それもそうだな。そら、回した回した」
部屋に一番に入ったサンタがグラスを回し、其々が自信のグラスに老人特製のワインを注ぐ。老人には、男が注いでいた。
全員の用意が出来たのを確認し、老人が再び声をかける。
「そんじゃお前ら、去年のクリスマスもご苦労さん。例年の如く、少し遅いが、正月祝いだ。皆思う存分、飲んで、食ってくれよ。それじゃあ」
老人がグラスを持ち上げる。それにつれ、全員がグラスを持ち上げる。老人の合図に全員が続いた。
「世界中の全ての子供たちに幸せを!」
「幸せを!」
そうして、サンタたちの正月が始まった。