神に捧げて、逃げ出して
今回の小説は、少しグロテスクな場面が後半出てきます。そういうのが無理な方は、読むのをお控えください。
この町は、神がいることで有名だ。それも太陽神アマテラスだから、毎年捧げものをする。人間から、大切な大切な、捧げものを…。
私は三か月前に、この町にやってきた。と言っても、この町で倒れていたところを助けられてそのまま住み着いた感じだ。私が住んでいる家は村長の家で、なんの繋がりもない私を大切に面倒看てくれる。目は青、髪は金髪、雪のようと言われたこの肌。明らかな外の者なのに…。
私は今も疑問に思っている事があった。それはさっきも言った、血も繋がっていない私を丁寧に面倒看るのは、少し変だ。そんな事を思いながら私は部屋を出た。と、目の前には村長でしかも私のお父さんのような存在の人、隗だった。
「あ、すみません!」
「おや、秋那か。おはよう」
「お、おはようございます」
挨拶を返すと、隗はにっこりとほほ笑んだ。記憶がない私の名前は、隗がつけてくれたものだった。勿論、記憶がないから家も親もわからない。そんな私を物珍しそうに見る村人を押しのけて言ってくれたのだ。私が引き受けよう、と。…そんな隗だから、きっと答えてくれるだろう。私の疑問を。…後で訊いてみようか。私は夜になるまで、この家の家事をすることにした。
夜になって夕食を食べたら、私は隗のいる書斎に向かった。
私は黙ってノックをすると、すぐに返事が返ってきた。
「なんだ?」
「…秋那です」
しばらくして、目の前のドアが開いた。
「おお、秋那か。どうしたんだ?」
私は長くなるかもと言って、中に入れてもらった。
「座るか?」
私は断った。けど、大事な愛娘に立ちっぱなしはいけないとでも言うように、無理矢理座らされた。
「それで?」
「はい。今まで私を丁寧に世話してくださり、ありがとうございます…」
その一言に、隗は顔をしかめた。
「どうしたんだ、いきなり…。家族同然のおまえがそんな事を…。まるで、この家から出ていくような…」
隗は泣きそうな顔をした。
「い、いえ!まさか、記憶も戻っていないのに出ていくだなんて…私が邪魔になっているのならば、出ていきますが…」
「え!?それはやだ!!」
…そうですか。ま、それはさておき…。
「話がそれました。…訊きたいことがあるのですが…」
「何なりと」
隗は得意げにうなずいた。
「では…」
私は一呼吸ついて口を開いた。
「なぜ、私のような誰かもわからない者をここに置いてくださるのですか?」
隗は少し固まったような気がした。
「そりゃあ…」
隗は一回口を閉じてから、にっこりと笑った。
「困ったときはお互い様でしょ!?」
想像していなかった何とも疑いたくなる一言に、私は目を見開いた。
「あ、う…そうなんですか…」
「ん。ソダヨー☆」
期待していた答えと違い、がっかりしながら私は書斎を出た。だけどその後少しドアに耳を押し付けていたら、わかったかも知れない。私をここに置いてくれる理由を。
今は冬で、もうすぐ新年を迎える。町は少し浮ついた雰囲気になっていた。
「おはようございます、隗」
私は隗に挨拶に行くと、隗は真剣に書斎で仕事をしていた。
「ん…はよ…」
紙面に気を取られて、いつものような返事は返ってこない。よほどの事なのかと思い、私は書斎を後にした。…そういえば、書斎の机にキラキラ光るものがあったように見えたのだが、気のせいだったのだろうか…?
私は今日も家事をすることにした。本当は家で働いている者に任せればいいのだが、私がやったと知れば隗は喜ぶし、新年に向けて少し苦労しようと思ったのだ。
私が洗濯物を抱えて廊下を歩いているとき、小さく声が聞こえてきた。特に気になりはしなかったのだが、その内容があまりにも重要みたいだったから、聞き耳を立てることにした。
「今年の捧げものは…ね、ちょっとどうかと思う…」
「確かに。秋那さんがかわいそうよね」
周りを気にしているのか、名前ははっきりとは聞こえないが、多分今のは私の名前。私は気になって二人の所に飛び出した。
「私が、どうかした?」
すると二人はビクッとしながら私を振り向いた。
「何、悪口とか?大丈夫!私はそんなの怒ったりしないから、言ってみて!?」
二人はおどおどしながら走って行った。
「あらら」
私は仕方なく再び洗濯物を抱えてハンガーを取りに行った。
新年、いつもより気持ちよく目が覚め、私は隗に挨拶をしに行った。
「隗、おはようございます!」
部屋を覗くと、隗はボーゼンとしていた。
「隗…?」
隗は目が覚めたかのようにハッとし、私に挨拶を返した。
「大丈夫ですか…?」
「あ、ああ…」
いつもと違う隗の様子に、少し嫌な予感がした。
「どうかしたんですか?」
「いや、とくには…。…そうだ、秋那」
「はい?」
「今日の午後七時、アマテラス様が祀られている神社に来て。今日は新年を祝って、アマテラス様に感謝する日だ。良い物を見せてあげるよ」
隗の目が光り輝いて、私は断りづらくなる。いや、べつに何も予定はないんだけど、さ…。
「はい。楽しみにしてます!!」
良い物には興味があるし、私は誘いに乗ることにした。
私は部屋を出て、外に向かう。廊下ですれ違う人たちが私を見て、「おめでとう」と声をかけてくる。…私、今日何かの記念日だったっけ?とにかく私は「ありがとう」とだけ返しておいた。何がおめでとうかは後で隗に訊くとして、私は午後の事ににルンルンで廊下を進んだ。
午後七時。私は言われた通に神社に行った。そこは人でにぎわっていて全く前に進めないほどだった。そして、美味しそうなたこ焼きの匂いに誘われて私はどんどん奥へ進んでいった。人の波を、かき分けてかき分けて、一瞬にして開けた視界に映ったのは、私に手を伸ばしてくる隗。
「あ、隗!私これからたこ焼き買いに…」
私は口をふさがれ、近くの台に上がった。隗はメガホンを手にして言う。
「さあ、今年の宮の番人は、秋那!!」
ぽかんとしている私を見て、台の周りに集まった人々は手をたたき喜ぶ。中には、おめでとうと言うものまでいた。
「え…?」
しかし、当の本人が喜んでいないとわかると、一気にシンとなった。
「か…隗、これはどういう事?宮の番人って?」
この声はメガホンを通ってみんなに聞こえた。人々の中からは「何も知らないで番人になるとか、かわいそうに…」という声が聞こえる。
静まりかえったこの空間に、隗の声が響く。
「あ、あー。宮の番人を知らないそうなので、教えると同時に皆さんもおさらいしておきましょう!」
急に広場が騒がしくなった。
「宮の番人って、あれでしょ?一年間この神社で神様のお世話をして暮らすことでしょ?その身を神様に捧げるってこと」
隗は聞こえてきた声にうなずいた。
「そう、それ。一年間この神社でアマテラス様のお世話をするんだ。言い換えれば、神様に一年間お仕えするってこと。秋那、わかったかい?」
こっちを向いた隗は、どこか悲しげで、寂しげとも言うような目をしていた。
「…頑張って」
隗はすれ違う時に小声で私に呟いた。そして台の角に立つと片手をあげて元気に言った。言い放った。
「さあ、お着替えの時間です!番人の服に着替えてもらいます!秋那、行ってらっしゃ~い」
私は強制的に台から下ろされた。されるがままに私は神社の中に…。そして、その後は女性数人と一緒に神社の中に入って着替えさせてもらった。私は子供じゃないし、自分で出来るし…。というむかむかを抑えながら、着替えが終わるのを待った。
着替え終わって、私は外に出た。私と一緒に入った女性たちは一人も出て来ない。見ると、人々の中には泣いている者もいた。それで、悟った。この神社は、アマテラス様の祀られるところだ。一般人はやすやすと入って言い訳ないだろう。宮の番人以外は。つまり、女性たちが出て来ないのは罪を償うため、あの中で死ぬのだ。私一人のために。でなければ、見ず知らずの人が泣いていることがあろうか?私はこの儀式に怒りを覚えた。無駄に人を殺す儀式など、やって得があるのか?
私は泣いている人に耐えきれず、隗に駆け寄った。
「で、私はどうすればいいのですか?」
なかなか返事が返ってこないため隗の顔を覗き込んだら…見ればぎょっとする。なぜなら、隗も泣いていたから。
「ちょっ…隗!どうしたんですか!?」
「…秋那はこれから神社の奥に入るんだ。そっから先は見ればわか…うくっ!そ、そこっでは、人はもちろん、米にも会えない。ひっく!うう…」
「わ、わかりましたから、落ち着いて…」
隗はしゃっくりを繰り返して静かに泣いた。
「神社の奥は人は入れない。だから、ご飯を運ぶこともできないんだ。悪い、秋那…!」
「はあ…」
ちょっと言っている意味がわからなかった。だって、ご飯なら自分が神社の外から運べばいい話だ。どこに泣く要素があるのだろうか…?
しばらくして、隗は泣き止んだ。まるで、最初から泣いていなかったかのように。…だけど、隗の顔には行く筋もの光る液体が張り付いているのはごまかせなかった。そして隗は台に乗り、またまた片手をあげた。
「さあ、みなさん!今年の番人の誕生だよ!!」
明るい声で叫ばれた中に、悲痛の声が混じる。だけど、みんなそんな声は聞こえないふり。みんな騒ぎ立てて泣き声をかき消した。
「秋那、いってらっしゃ~い!!」
私はたくさんの人に見送られて、神社の中に再び入っていった。
「ああ…」
私はさっきの部屋に血がついていることに気が付く。きっと、角には死体が積み重なっている。自分たちでやったのだろうか?血があちこちになすりついている。
私はそんな死体を見ないようにして、奥へと向かった。
「…そんな…」
私はさっき隗が言っていた意味がわかった。人は中に入れないし、私も外に出られないのだ。つまり、捧げものとは自分の身。生贄として。私は何十年あるのかわからない、壁に少し埋められた縄を手に取る。その縄には去年のものと思われる腐って干からびた死体があった。私はそれをそっと外し、自分の腕を通した。それは引っ張るときつくなるようにできていて、どう頑張っても他の手がやらなければほどけないものだった。腐った死体が約一年放っておかれていて、縄に肉が張り付いているが、そんな事よりもその死体の臭いと残酷さが私の脳を支配していた。
そして、その時何故私がここで暮らして親切にされたかわかった。みんな、わかっていたのだ。と、言うよりも、こうしたかったのだろう。町の者よりも、外の者の方が苦しまなくて済む。記憶がなく、行くあてがない者ならば、さらに。それは誰だって同じ考えだったのだろう。…自分たちが苦しまなければそれでよい。…今更ながら思ったが、人は汚い。
その時、隗の言葉を思い出した。
「…困ったときはお互い様…か。……そんなの!!」
私を助けるふりして利用した。…何がお互い様だ!?…しかし、さっきの隗の顔を思い出せばそうは言いづらくなる。あれは、明らかに私のために泣いていた。私のため、というのも変だと思うが…。
「…そういえば、今日はやけにいろいろ思い出すな…」
私は目を閉じた。隗の声や、顔。いろいろな表情に、たくさんの行動。この三か月間で、よく見てきた。
私はふと前方を見る。目の前は金網になっていて、外に繋がっている。
「こっから外が見えていいのかしら?」
辺りを見回すと、地面の土には何かが描かれている。
「何、これ…」
それは、なんかの地図と文字だった。
「!?」
パッと見はただの絵だが、それはここからの脱出方法だった。これは、足で書いたのだろうか?少し読みづらい。…そういえば、これは何年も前に始まったはずなのに骨さえもない。…てことは、初代の番人が脱出法を見つけて代々の人は逃げ出したのだろうか?てことは、この子は何だ…?しばらく考えて、思いつくのは宗教がアマテラス系だった。そうなれば、逃げられないのも無理はない。…だが、私はアマテラス系の宗教ではない!ならば、逃げても大丈夫だろう。
私はしばらく俯いていたが、バッと顔をあげて決意した。
「よし!決めた!!私、ここから出る」
私は早速頭を使った。この儀式は、さっきから頭にきている。町の人々も泣くくらいならやめればいいのに。隗にそれを訴えて、たとえ文化でも、歴史があってもやめさせよう!私は脱出方法の文章を読み始めた。これは、かなり堀が深くて読みやすい。ありがたや…。
「ん…と、まず縄だね!…んがっ!マジか…。縄を引っ張り続けると、ナイフが出てくる…。それは何故だ?血止まって動かなくなったら困るから?んしょっと」
あ、ほんとにナイフ出てきた。…ついでに虫もぽろっと出てきたけど無視むし…。それで縄を切る。…どうやってきんだ?足か?私は器用に足でナイフを持つと縄を擦りはじめた。…ん?待てよ。何で歴代は逃げてきたのに、縄が切れていないんだ?私は文章を読みなおす。
「あ、内側を少しずづ削ってくんだ。…なんか縄の内側は他の縄がくっついて太くなっている。…成る程。これを削るんだな?
私はもくもくと縄と手首の間にナイフを差し込んだ。
「あと少し…」
…よし!私は自由になった手首を振り回しながら続きを読んだ。
「そしたら、神社の部屋の一つに脱出路がある。…て、あるのかよ!?」
私はナイフを元の場所に戻す。もし、私の願いがかなわずに次の人が来ても困らないように。
私は早速この部屋を出た。そして、出口を見つけるとまだ祭りが続いている時間だから人に見つからないように戻った。
そして、私は書斎に行く。
何時間も待って、祭りが終わったと思われる時間のさらに後になって、隗は戻って来た。
「…隗」
私は隗の名前を呼んだ。
「しゅ…秋那!?何でここに…!?」
私は隗に歩み寄って頭を下げた。
「…隗、お願いします。この、今日のような儀式をやめて。来年からはもうやんないで」
しばらくの沈黙を、やっぱり私は過ごす事になった。
「秋那…」
答えはわかっていた。どうせ、隗もみんなと同じ考えなんだ。私は少数派なんだ。
「わ…わかってます。ダメですよね。歴史のある儀式を急に来年からやめろだなんて…」
後ずさる私の肩を、隗はがっしりつかんだ。
「いや、私もその意見には賛成だ。あまりにも泣く者が多すぎる」
「…え…?」
私は信じられない答えに目をむいた。
「来年からはやめようという話が、祭りの後に出てきたんだ。…みんな思っていたんだ。今は今、昔は昔。昔と違う事があってもいいんじゃないかってね」
嬉しかった。皆も同じ考えだって。
「それじゃあ…」
「ああ。来年からはやめる」
もう、この町には新年に泣く者、亡くなる者がいなくなるのだ。
「…ありがとう」
隗は頭にはてなマークを浮かべた。
「何を言っている?」
「え?」
「お礼なら、みんなに言ってくれ」
隗は後ろを振り向いた。そこには、さっきまで何の気配も感じなかったところに祭りで見た人たちが集まっていた。
「脱出法も、脱出路も、考えたのはほぼ彼らのようなもんだ。正確には、彼らの祖先だがな…」
私は気がつけば涙を流していた。皆も、涙を流していた。
今日、この日からこの町は、神に何でもかんでも頼るのをやめて、自立したのだった。
こんにちは、桜騎です!今回、少しグロイ場面が出てきましたね。書いている私も少しいやでした。書き終わってよかったです。本当、よかった。実は少し怖かったんですよ。私的には、で、読んでくださった方にどう思うかは…。怖かった人もいれば、怖くない人もいたとおもいます。いつか本気のホラーを出そうと思っているのでそちらもよろしくお願いします。