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マンガニーズ  作者: クン・パジャマ
3章 アンサンクラー年少期編
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モリの一突きマイラ・クチャイラ

 お坊っちゃん様たちがお屋敷に帰ったあと、マイラ・クチャイラは女房のパッテナにこっぴどく叱られた。当然、酒代など恵んでいただけなくて、酒場のツケもパッテナの申し渡しできかなくなってしまっている。


 ふて寝するしかない。


(こんこんちきめ。仕方ねえ、明日は酒の代金を稼ぎに上流に出かけるか)


 ただ、夕方に口にした「ウナギ」の味もどうにも忘れられない。あれから数時間、体はいたって健康である。


(あんなうめえもんがこの世の中にあるだなんてな)


 すると、マイラ・クチャイラは起き上がる。寝床兼居間をあとにし、土を踏み固めただけの続き廊下を行けば、かまど場をそろりと覗きこんだ。客入りのピークをすぎた飯場からは、女房と姪っ子が常連を相手にけらけらと笑う声が聞こえてくる。


 そろそろと忍びこむと、背後をうかがいつつ、地下貯蔵庫の鉄板を引き上げる。おがくずをほじくり返していくと紙に巻かれた「ウナギ」の皿が出てきた。


(俺や嬢ちゃんになんともなくたって、傷んじまったもんを食わすわけにはいかねえってこった)


 早足でかまど場を脱出し、「うなぎ」を寝床に持って帰っていくと、一切れ一切れ味わいながら口に運んだ。


「うめっちゃうめえが、やっぱり冷めちまうとあれだな。それにしたって、泥臭くはねえ、骨も柔らけえときたもんだからパクパクいけら。酒の肴にしたらさぞかしおつなもんに違いねえ」


 バーママチチャリはクシータの想像している「ウナギ」とは若干違うであろうが、それはともかく、マイラ・クチャイラは全部食べた。


「いやあ、うまかった。」


 背中からひっくり返って満たされた腹をさする。この旨味を味わったのは自分がエンドラセトラで初めてに違いないと英雄にでもなったかのように悦に浸る。


 ただ、味わいも口から引いていくうち、クシータのはしゃぎようを思い出し、後悔の念をゲップで吐き出す。


(いけねえ。全部、食べちまった)


 真っ平な皿を見せたら、あれだけ食べたがっていたクシータはどうなってしまうだろう。怒るか、泣きわめくか、最悪はお屋敷様に言いつけられてアディカセラか。


「なんてこったい」


 お屋敷のお坊っちゃん様はともかく、子どもが楽しみにしていた物を胃袋にしてしまうとは、なんてろくでなしだろう、と、さすがのマイラ・クチャイラも自分が情けなくなってくる。


 石造りの床に絨毯を敷いただけのひんやりとした居間に寝転がって、マイラ・クチャイラはぼんやりと灯ったランプの火に眺め入る。


「やめだ」


 と、つぶやいた。


(酒代稼ぎはやめだ。明日は朝っぱらからお坊っちゃん様がやっていた通り、朝に罠を仕掛けに行く。道具も置いていったことだ。子どものお坊っちゃん様ができて俺ができねえわけがねえ)


 翌朝、日の出前に目覚めたマイラ・クチャイラは籠の中に縄筒を詰め込んで、一応はモリを片手に家を出た。


 ひと気の薄い目抜き通りの白みを行けば、途中、千鳥足の飲み仲間に出くわした。


「なんだい、マイラ。こんな朝っぱらに。からっけつで上流に行くってか」


 何がおかしいんだか、飲み仲間はげらげらと笑ってみせると、右に左にと大きくふらつきながら家路をたどっていく。


「酒くせえったらありゃしねえ――」


 なんとなく溜め息をこぼすと、セット川の土手に向かう。水濠に筒を放り入れ、木のくいをモリの石突きで「こなくそ!」と叩いて打っていく。縄を固く縛って、それを3箇所の水濠に仕掛けていった。


 労働のあとの息をついたころには、空がほのかな光を呼び寄せてきていた。湿った季節風が川面を撫でながら吹いてきて、土手の草はらがさらさらとそよいでは、マイラ・クチャイラのぼさぼさ頭もなびかせる。


 ぎいぎいと軋む櫓船も川にはまちまち。母なる大河はゆったりゆったり西へ西へと流れていく。


(泥蛇様が入ってくれてなかったら、俺はどうしちまおう)


 ろくでなしのマイラ・クチャイラは想像する。怒って泣きわめくクシータではなくて、昨日の朝、クシータが期待をこめて筒を放り投げていたであろう姿を。そして、縄を引き寄せて、バーママチチャリが中に入っていているの知ったときの輝きようを。


(許してもらえるかわかりゃしねえが――)


 マイラ・クチャイラは籠を背負うと、モリを片手に土手を東へと上っていく。お屋敷のお坊っちゃん様が喜んでくれるような魚を仕留めに行こうと思い、ファワラ山脈の渓谷へと向かうのだった。




さて、「ウナギ」を掴んで食べたデナの体中が真っ赤っ赤のできものだらけにもなっていないので、15時の修行が終わって居館に帰ってきた途端、クシータは真っ直ぐにマイラ・クチャイラとパッテナのメシ屋に走っていった。


「オバさん! デナは真っ赤っ赤にならなかったよ!」


 と、喜び勇んでメシ屋の飯場に飛び込んでみれば、なんと、脂の浮いた「ウナギ」の串焼きが皿に山盛りになってクシータたちを出迎えた。


 それだけではない。川魚の刺し身、焼き魚、すり身の団子までテーブルに並んでいる。


「わあっ! いっぱいあるっ!」


 魚研究家のクシータは大喜びで、デナは両手で頬を挟み込みながらバーママチチャリの真似をして体をくねらせ、ラジャはぽかんと口を開けて見とれるばかり。


 ご馳走と一緒に出迎えたパッテナも嬉しそうな苦笑で首をかしげる。


「こいつはどんな風の吹き回しなんだろうねえ」


 すると、かまど場からマイラ・クチャイラがチュニックの裾で手を拭きながら、情けなさのかけらも見当たらない、えらく大人のオジさんの顔つきで現れた。


「こりゃお坊っちゃん様たちにお嬢ちゃん様。来ると思って、ちょうど出来上がったところでしたが、15時のおやつにはちいと多すぎやしましたかい」


「オジさん! これ全部食べていいのっ?」


「構いやしませんけどよ、食べすぎてお腹をパンパンにしちまって、お屋敷の夕飯を食べられなかったなんざ、無しにしてくだせえよ。良かれと思ってかっさばいといて、お屋敷様にアディカセラをやられたんじゃあ、目も当てられねえやなんて、その目ン玉さえも動きやしねえってもんですぜ」


 言っていることがよくわからないので、クシータは飛び込んでいくようにしてテーブルに駆け寄っていき、椅子に座ってバーママチチャリの山盛りに鳶目をときめかす。


「わあ。新しいの捕まえてきてくれたんだあ。オジさん! ありがとう!」


「いやはや、こいつはまた、お屋敷のお坊っちゃん様に感謝感激されるなんざ、光栄ってなもんで」


「ありがとオジさん! ウナギありがと!」


 クシータに負けじと飛びついてきたデナは、さっそく「ウナギ」に食いつかんと手を伸ばす。ものの、「はいはい」と、パッテナに割って入られて、フォークを渡される。


「いただきます!」


「いたたきます!」


 クシータとデナはフォークを「ウナギ」にぶっ刺す。2人揃って顔のほうを「ウナギ」に寄せていき、脂したたるこんがりと焼けた白身に巨大な口でかぶりつく。口の中に入れれば、歯で噛みほぐしていく。舌で転がし回していく。唾液と旨味を混ぜ合わせていく。それらいっぱいが口の中で柔らかくなって、それでいて一緒くたに飲み込んでしまえば、クシータは体の芯の胃袋からほぐれていくよう、「ウナギ」にでもなったかのように体が自然とよじれていく。


「うわあっ! おいしい! ほっぺたが溶けてガイコツになっちゃいそうだよ!」


「ほっぺたおいしいガイコツなっちゃう!」


「いやいや、お坊っちゃん様にガイコツになられちまった日には、こちとらの頭がガイコツになっちまうってなわけで――」


 と、気恥ずかしそうに笑いつつ、マイラ・クチャイラもクシータたちの向かいに座って、フォークを「ウナギ」に刺し込む。口の中に放り込んで咀嚼すれば、泥蛇様のお恵みに体をくねらせる。


「従者のお坊っちゃん様もどうですか」


 パッテナに促されて、突っ立っつままによだれを溜め込んでいたラジャは、一応はふてくされた顔で席に歩み寄っていき、クシータの隣に腰掛けた。喜色満面のクシータを見やりつつ、フォークで「ウナギ」を取って、恐る恐るに口の中に入れてみる。


 ふてった顔も驚きですぐ晴れた。


「お、おいしいです――」


「ほら! ね! みんなおいしいんだよ!」


「はいはい、お坊っちゃん様たち、おいしいのはわかりますけど、お腹いっぱいになるまで食べちゃいけませんよ。お坊っちゃん様たちはお屋敷に帰ればもっとおいしいものを食べられるんですから」


「でもね、カバヤキにしたらもっとおいしいよ」


「はて? カバヤキってのはなんですかい」


 手を止めたマイラ・クチャイラにクシータは口の周りを脂でてかてか光らせながら説明してやる。タレだと。「ショウユ」と「ミリン」と砂糖を混ぜ合わせるのだと。


「ショウユとミリン? カアちゃんよ、そいつはなんだい」


「さて……、なんだろうね……。私らの頭じゃ、お坊っちゃん様の考えていることは想像にもつかないよ」


 すると、クシータは「ショウユ」と「ミリン」の製造方法をぺらぺらと喋り出した。大豆だ、麦だ、麹だ、酒だ、溜まりだ、と、マイラ・クチャイラは当然ながら、メシ屋の女主人のパッテナさえチンプンカンプンである。


「でも、きっと、作るのはとっても難しいんだ。お米はエンドラセトラの西のほうで作っているってレナティリア先生が言ってたけど、ファリャム豆じゃきっとダメだもの」


「いいや、坊っちゃん様、ちいと待っておくんなせ」


 マイラ・クチャイラは「ウナギ」そっちのけで腰を上げ、居間のほうに走っていった。ややもして戻ってくると、鳥骨のペンとインク、紙をテーブルに広げ、


「坊っちゃん様、そいつの作り方ってえのをもういっぺん言っておくんなせ」


 一体、どこからそんな顔を持ってきたのだか、マイラ・クチャイラは熱心な目でクシータを望んでくる。クシータはべつだん作らせようという気でもなく、ぺらぺらと口上していく。


「カバヤキ食べたい。デナがカバヤキ食べたい。ラジャもカバヤキ食べたい?」


 口の周りを脂だらけにしているラジャは、もうすっかりクシータの言うことは間違いないとして、自分もカバヤキが食べたいと意味もわからずにうなずく。


「でも、作るのなんて大変だよ。オジさんのお仕事の邪魔になっちゃうよ」


「いいや、坊っちゃん様。決して作ろうってわけじゃねえんです。ただね、坊っちゃん様の言うことには一にも二にも間違いはねえってことで、こうしてバカな俺は書き留めておいているってだけです」


 相変わらず何を言っているのかわからないし、パッテナも呆れて首をかしげている。


「でもね、オジさん、ウナギは誰にも言わないでね」


 クシータは子どもながらに真剣な眼差しをマイラ・クチャイラに注ぎ込む。


 というのも、同じ轍は踏みたくないのであった。アヌパビーの乱獲騒ぎという嫌な思い出がある。笑顔を見せられるとすぐに人に付いていってしまうクシータだが、そういうお人好しなところと奇想天外を差し引けばまともな思考である。


「おいしいってわかるとすぐに町の人が食べちゃっていなくなっちゃうんだ。だけどね、独り占めするんじゃないよ。僕はね、ウナギを育ててね、増やしたいんだ」


「ウナギを育てる? これを育てて増やすんですかい?」


「うん。捕まえたのをどっかの池に集めてね、餌をあげるんだ。だけど、ウナギが何を食べるかちゃんと調べないとダメだから、僕はね、勉強しないと。だから、それまでは秘密にしててね」


「はあ。ウナギを育てるですかい……」


「僕もそれまではウナギを食べるのを我慢するよ」


「はあ……」


 にっこりと笑ったクシータに、マイラ・クチャイラはぼんやりとしてうなずいた。



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