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マンガニーズ  作者: クン・パジャマ
2章 アバラータ探訪編
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野心、始動

 県令庁舎の執務室にアハラを訪ねたヌラ・ジャバンは、デサラの新しい家庭教師たちのリストをアハラに手渡した。


「さすがに聖旗軍元連隊長なる者はおりませんが、それなりの剣士は揃えたつもりであります。こちらの者は剣聖十六派ダラヒ流の者にて。ただ、要求している俸給は高額ですが」


「2000万エナだと。なんだこれは。誰がこんな奴を教師に付けると言うんだ。県令府役人の最高職でもこんなにいかんぞ」


 執務机に座るまま、アハラは溜め息をついてヌラ・ジャバンにリストを押し返した。


「お前が適当に決めておけ。デサラなんぞ誰を付けたとて同じだ」


「クシータ様とお比べにされてはデサラ様がお気の毒でございます」


「比べておらん」


 アハラは執務机の隅の山から書類を一枚取り、文面をしばらく眺めたあと、鳥骨の筆を取ってサインをしたためる。したためた書類は違う山に移し、また書類を取る。文面を眺める。


 せわしいアハラを目の前にして、ヌラ・ジャバンは整然とした姿勢のままに言う。


「それと、小耳に挟んだのですが、ワキア殿下が、クシータ様をアンサンクラー家に、と、おっしゃっているそうです」


 アハラは文面を眺めるまま舌打ちする。


「アンサンクラー家のイファサ様もクシータ様を養子に迎えたいと周囲にお話しされているようで」


「イファサはあいつに気づいているのか?」


「あいつ、とは?」


「どうせ、お前のことだ、わかっているんだろ?」


「デサラ様の手前、あまり存じておりませぬ」


 フン、と、鼻先を突き上げ、アハラは腰を上げた。窓辺に立って雨に濡れそぼった庭園を眺め見る。


あいつ(・・・はデサラと違って出来がいい。アンサンクラー家を継げば、あいつ・・・は日陰者ではなくなる。俺がそれまでに生きていれば、アバラータ家もあいつ・・・に継がせられる。だが、イファサはそれに気づいているんだろう? 名前の通ったクシータを迎え入れるのは筋が通っているからな」


「しかし、アハラ様のお考えは、奥方様のご実家、ゲハム公にも反目してしまうことに」


「そのときまでにはなんとかすればいいだけだ。俺はデサラなんぞにこの家を継いでもらいたくない。前々から陰険な息子だと思っていたし、今回の件では恥を欠かせてくれたし」


 しかし、アハラは舌打ちした。机の前に戻ってき、腰を下ろすと頬杖をついた。


「だが、クシータを貰いたいと言われてしまったら筋が通らん。おふくろがしゃしゃり出てくるのは間違いない」


「イファサ様が名乗り出てくれば、クシータ様のアンサンクラー家入りは、アハラ様以外のすべての者が賛同されると思われます。そうなればアハラ様は人心を失いかねません」


「ダクシナ家の連中は何か申していたか」


「いえ。クシータ様の将来については特に。ただ、何も申されなかったというのは、逆に、アンサンクラー家ではない、おそらくアバラータ県外の豊かな地域の跡継ぎにさせたいと考えているのでは」


「そうだな。アンサンクラーに跡継ぎがいないのはバフータも当然知っている。今回の来訪でその話を出しても良さそうなものだ。だが、出さなかった。ということはこちらの出方を探りに来たのだろう」


 アハラは鳥骨の筆を手にすると、瓶のインクを筆先に付けて、サインをしたためていく。


「バフータはくだらぬことを考えているようだが、俺としてもそのほうがいい。クシータをどこか県外の郡に嵌め込めば、アンサンクラー家は空位になる。そして、火の玉サバーセがダクシナ家を継いでくれればあそこも潰せる」


 アハラはサイン済みの書類を山の上に置き、未採決の山の上から書類を取ってくる。


「ヌラ。バフータたちのために、クシータの養子先を探して来い。西部辺りなら奴らはすぐに飛びつくはずだ」


「かしこまりました。しかし、デサラ様はアバラータ家の正当な後継者。恐れながら、それだけはお忘れならないでください」


 アハラは何も答えずに、手にしていた書類を否決の山に乗せた。





 ルハ・オーラ・パヌカとアンサンクラー郡を繋ぐアバンクラー街道。


 日中は鉄鉱石を運ぶ荷車であふれる石畳の街道も、星空の下にあってはひっそりとしていた。


 デサラの家庭教師の職を解かれたサッハ流の剣士ニヴルは荷物を背負いながら、溜め息をつきつき、アンサンクラー方面と歩いていた。


 アバラータ家を追われたとなると、エンドラセトラ南東部で次の職を求めるのは容易ではない。


 南部や南西部は昔ながらに土壌豊かな肥沃の地域、一帯を所領としている元貴族たちはわりと保守的で、剣聖十六派の支流の剣士にはなかなか振り向いてくれない。


 ニヴルは吐息とともに呟く。


「参ったな」


「何が参ったんだ?」


 ハッ、と、して顔を上げてみると、周囲に高原の広がる街道のかたわらには一人の若者が立っていた。ニヴルはすかさず腰の剣を握りしめる。


「何者」


 警戒のニヴルをよそに、若者は腕を組んで悠々とそこに立つままでいる。白いマントに白いズボンの若者は、星明かりを頼りによくよく見てみると金髪で、頬に一筋の斬り傷、口許には不敵な笑みを浮かべていた。


「俺の名はサバーセ・ダクシナだ」


 と、背負っていた剣をゆっくりと抜いてきた。ニヴルもすかさず剣を抜いて構える。


「わ、私になんの用だっ。ま、まさか、お主は盗賊なんかではなく、アバラータ家の刺客かっ。私を亡き者にするのだなっ!」


「な訳ねえだろうが。俺はただ、弟のクシータが暴れ回ったってのを聞いてな、その巻き添えを食らって、一人の剣士が追い出されたってのも知ったわけだ」


「それがどうしたっ。お主には関係のないことだっ」


「アバラータを追い出されたオメエがどこに行くつもりだ。ん? 俺はな、そんなオメエに情けをかけて、俺の子分にしてやろうかと考えていたってとこだ」


「ぬかせっ! 誰がお主のような賊徒の一味になるかっ!」


「だったら、俺を斬り倒してからここを進め」


 サバーセは剣の切っ先で闇を縫いながら、ゆっくりと中段に構える。


「俺に負けたら俺に従え」


「ラグタラ風情が笑わせるな。私はザーベライだ」


「フン。だからどうした。背中のものを下ろせや」


 サバーセに警戒しつつ、ニヴルは荷物を下ろした。再び構え直し、ぬるい春の夜風を頬に受ける。


 ニヴルが見た限り、サバーセの左手薬指に紋印はない。


 ダクシナ家の嫡男ならばアージサカ流かと思い一度は怯んだニヴルだが、サバーセの構えには二流剣士によくある乱れが生じていた。心は剣に統一されていなく、己の技術に囚われている。


 だが、一方でサバーセからは不気味さが漂っていた。ニヴルが今までに手合わせしてきた剣士にはない予測のつかなさがサバーセにはあった。


 ニヴルは様子見がてら、サバーセに飛び込んでいった。肩口へ剣を振り下ろす。と、サバーセが跳躍してしまい、剣は闇だけを袈裟に斬った。


 無論、それぐらいの予測を立てた上での様子見であった。ニヴルはすぐさま振り返る。サバーセはくるくると宙返りしながら遠くのほうに降り立っていく。


 ニヴルはサバーセの地点へと駆け込んでいく。


 その間、サバーセは何事かを呟いていた。


 そうして、左手を突き出し、カッと瞳孔を剥いて叫ぶ。


「――イザセパハーレ!」


 ニヴルは目を疑った。サバーセが突き出した左手から、突如として業炎が放たれたのである。闇を赤々と浮かび立た、大きな渦となりつつ炎が炎を巻き込みながら襲い掛かってくる。


 ニヴルはあわてて飛び跳ねた。


 が。


 その空中にはすでにサバーセがいた。両膝を折り曲げながら飛び込んできていた。白い歯を剥いて笑いながら、剣を振り上げている。


 ガツンッ、と、柄頭つかがしらを脳天に叩きこまれ、さらにサバーセはその柄頭をすばやく持ち替えた。ニヴルはもう一発、柄頭を頬に見舞われる。吹き飛ばされる。ニヴルは一瞬意識が飛んだものの、我を取り戻すと一回転し、草はらに片膝立ちで着地する。


 しかし、体勢を立て直す暇はまるでなかった。


 サバーセが駆け込んできながら再び業炎を放ってきたのだった。


 ニヴルはやっとの思いで横転し炎をかわす。ただ、その動きはまったくサバーセに予測されてしまっていた。ニヴルが顔を上げて体勢を立て直そうとするも、その刹那、サバーセが目玉を剥いて笑いながら、飛び込みざまに回し蹴りを放ってきた。もろに顔面に食らってニヴルは吹っ飛んだ。


 ニヴルは戦意喪失してしまった。


 草はらに仰向けに倒れ伏したところ、跳躍してきたサバーセが伸し掛かってき、逆手に持った剣を叩き落としてくる。


「どうだ。俺様に従うか」


 笑みを浮かべながらサバーセは言う。剣はニヴルの顔のすぐ脇に突き刺さっており、ニヴルは首を縦にせざるを得なかった。




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