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マンガニーズ  作者: クン・パジャマ
1章 ダクシナ幼少期編 
23/48

残痕、そして

 ナウビム城の大人たちは、大勢の子供たち、それも幼い子たちが突如として消えてしまったことに気づき、衛兵も合わせて総出で行方を追った。


 そして、何人かは、空から溢れ出てきた光が一瞬のうちに天地を繋ぐ柱となったのを見た。何だあれは、と、指差したのも束の間、柱は一度樹海の中に消えていったかと思えば、瞬く間に光が飛散し、バシュンッ、と、一挙に樹海を斬り裂いた。


 何事もなかったかのようにすぐに静寂が訪れたが、見ていた者はしばらく唖然としていた。我に返り、散り散りになっていた者たちを集め、光の出処を目指して樹海の中に入っていった。


 レナティリアは見ていない。ナウビム城内が騒がしかったので、天主塔から街に出てみたら、クシータがいなくなっていることをようやく知った。胸騒ぎを覚えながら草原の遥か彼方にまで視線を凝らしていたら、レナティリアに一人の衛兵が駆け寄ってきて、樹海に神様が降臨したと息をせき切りながら言った。


 レナティリアは現実主義かつ無神論者の変わり者ゆえ、眉をひそめた。しかし、クシータを始めとした子供たちがいなくなったことに関係しているのだと思って、チュニックの胸元を押さえながら、ナウビム城の人々とともに樹海に入っていった。


 樹海に入ってすぐに子供たちはいた。ほとんどの子が泣きわめきながら母親や縁者の胸に飛び込んでいった。プラーネも父親である衛兵長のサイニカに抱きついていった。


「坊っちゃんが! 坊っちゃんが!」


 プラーネが泣きながら指差した先にはジャンガルフとドスターに体を揺さぶられても倒れ伏したまま反応しないクシータがいた。レナティリアは切れ長の瞼を涙でいっぱいにしながらクシータに駆け込んだ。ジャンガルフとドスターを退かし、死んでしまったかのように静かに瞼を閉じているクシータの小さな体を抱きかかえ、悲痛に叫んだ。


「坊っちゃまっ!」


 クシータを呼びかけるレナティリアの腕は震えていた。碧眼は泳いでいた。頭の中は真っ白になっていた。混乱しきっていた。しかし、ようやく我に返って、クシータの胸に耳を当てた。ついで、自分の指先をクシータの手首にあてた。脈はあった。


 そして、クシータはむにゃむにゃと唇を動かしていた。意識を失っているというよりか、寝ていた。


 張り詰めていたものがほどけていって、レナティリアは涙をこらえながらもクシータを胸の中に抱き締めた。坊っちゃま、坊っちゃま、と、囁きながら、まるでクシータの母親かのようにして彼を強く抱き締めた。


「先生、坊っちゃん――」


 ジャンガルフがレナティリアの肩をちょんちょんと叩き、顔を上げさせてくると、指を差す。レナティリアは呆然とする。ジャンガルフが指で示した先には、鬱蒼と茂った樹海のそこだけ、まっすぐに道が出来ていた。


「坊っちゃんが、剣でバシュンってやったんだ。ワルモノを消したんだ。バシュンって」





 クシータは丸二日間眠っていた。レナティリアはラソイハラとともに片時も離れずクシータを見守っていて、もう起きてこないのではないかと心配になったとき、クシータは目覚めた。


 覚えていないと言う。誘拐団の用心棒に蹴飛ばされたあとから記憶がないと言う。


 ジャンガルフやドスター、子供たちの話だと、クシータは手から雷を放ったと言っていた。


 それでは、最後に用心棒を消し飛ばしてしまったのはなんだったのかと訊ねると、空からクシータの剣に雷が落ちてきて、その雷で用心棒を消したのだと子供たち言った。


 レナティリアは再び樹海の現場にやって来、クシータが残した巨大な爪痕を眺める。クシータが一体何をしたのか、レナティリアが考えていると、衛兵のユーヴァがやって来た。


 誘拐団のうちの一人、子供たちを飴玉で釣った者が、用心棒が消し飛んだあとにすぐさま逃げ出したらしく、ナウビム城の衛兵すべてが行方を追っている。もう一人いた大柄の男はジャンガルフやドスターが石で殴ったらしく、見つけたときには死んでいた。


「坊っちゃんは雷の法剣を使ったみたいですね。凄いですね。法剣士なんて。先生が坊っちゃんに教えたんですか」


 レナティリアが何も答えずに無視していると、ユーヴァは小声ですいませんと呟き、また再び樹海の中へ消えていった。


 法剣士――。


 エンドラセトラにはもはや存在しない。創立帝のアディカセラによって処分されたカヌーナのうち、法剣のカヌーナもあったからだ。もしかしたらアディカセラを逃れたカヌーナがどこかには残っているかもしれない。それでも、当然ながら、クシータは法剣などを繰り出せるはずがないのである。


 それに、クシータはレナティリアの真似でガラガラ系の法術を放ち、曲げてしまったらしい。その法術は確かにある。だが、そんな真似をできるのは法士だけである。


(クシータ坊っちゃま……。一体、坊っちゃまは何者なの……)


 現代のエンドラ言葉を生まれつき身につけていた。さらにエンドラ古語まで話せる。おそらく読み書きもできるのだろう。


 エンドラ古語がエンドラセトラから廃れてしまった理由、それは、わからない。なぜ、エンドラセトラの昔の人たちがエンドラ古語を捨てて新しいエンドラ言葉を使用するようになったかはわからない。


 一説にはエンドラ古語とは、今のエンドラ人とはまったく別のエンドラ人、なんらかの理由で滅びた前時代のエンドラ人が使っていた言葉ではないかとある。今のエンドラ人はエンドラセトラには住んでいなかった、別の地域からやって来たのではないかと。


 それを調べる者はいない。全土のエンドラ人にとって、創立帝がすべてだからだった。歴代のアヤガラ王朝政府が創立帝を崇め祀るため、統一戦争以前のエンドラセトラの歴史の痕跡のほとんどを葬ったのだった。


 しかし、地方の人々たちの大半は過去から土着してきた記憶からか、創立帝を崇める一方で、他にも神がいると信じる多神教だった。なので、あのとき、レナティリアを呼びに来た衛兵は、神様が降臨した、というレナティリアにすれば訳のわからないことを言ったのである。


(神様だなんて――)


 だが、クシータの異常な才能の説明には、現実主義のレナティリアの範疇を越えていた。たまにいるらしい。極稀にそうした才能の持ち主が現れるらしい。ただ、クシータはあまりにも凄まじすぎる。


 そもそも、クシータが法剣によって斬り裂いた樹海の爪痕、用心棒の死体もないのだから、ガラガラ系の法術によって作られたものではないことぐらい、レナティリアはすぐに理解できる。


 じゃあ、なんなのか。


 レナティリアは静寂の樹海に佇む。もしや、自分の野心などものすごくちっぽけなものではないのか。クシータはもっともっと巨大な存在なのではないだろうか。


 レナティリアは、ある種の畏れさえ覚えた。




 クシータが誘拐団を撃退した話は、それを目の前にしていた子供たちから広がっていった。


「うちの子が言っていたんだけど、クシータ坊っちゃんって雷を手から出せるんですって」


「ええっ? 坊っちゃんってあんな可愛い顔して、神様なのかしら」


 ナウビム城内の婦人連中は、田舎者らしく神の生まれ変わりじゃないかと噂したが、



「ダクシナ郡にすごい子供がいるらしいぞ。アヤガラ一族の末裔で、法剣士らしい」


「どうやら、剣聖十六派の皆伝剣士に手ほどきを受けているそうじゃ」


「ナントカっていう流派の剣士を一撃で仕留めちまったらしいぜ」


 と、アバラータ県全域にクシータ・ダクシナ・アヤガラの噂が広がった。


 やがて、父バフータのもとには、三男坊のクシータを養子に貰い受けたいという話が、アヤガラ一族の縁戚から次々と寄せられるようになる。


「そのへんの貧乏人にめちゃんこ強くてめちゃんこ可愛いクシータをくれてたまるか。大公ぐらいじゃなければ話にならんわい」


「左様でございますな。クシータ坊っちゃんはダクシナ家を救ってくださる大事な大事なご子息です」


 なぜ強いのか、なぜ誘拐団を撃退できたのか、バフータとチャンバリンにとってはどうでもよいらしく、クシータがやがてダクシナ家にもたらす莫大な利益を期待して、二人はクスクスと笑い合った。







 湖面を大スクリーンにして映し出された映像を観賞して、リリロッド・インテルジェンティアは大いに騒いだ。


「ほらっ! 見たことですかっ! クシータから記憶は消えてなかったではございませんかっ!」


 誕生してからこれまで九年間、商神ズールの覗き壺は一秒たりとも逃さずにクシータを捉え続けてきた。覗き壺を水に浸すと、これまで溜め込んできた映像を水面に映し出すことができる。


 水面を手で右回りに掻き回すと早送り、左回りに掻き回すと巻き戻し、叩いて波紋を作ると再生もしくは停止である。


 見せたいものがあると言って、統一神イスカと神導士リリロッドを自宅に招いた商神ズールは、先日のクシータの絶体絶命の戦いぶりを湖に映して見せたのである。


「どなた様ですかねぇ? あたくしがカプセルを落としたせいでクシータから前世の記憶が無くなったとおっしゃっておりましたのはぁ?」


 リリロッドは口許をにやにやと歪めながらイスカを見、ズールを見、翡翠色の瞳に優越感をたたえている。


 あのとき六歳だった彼女もすっかり髪や瞳の色が薄くなった。背丈も伸びて、ローブの裾はミニスカートぎみ膝上仕様、長い足を緑色のタイツで覆って、首周りには緑色のスカーフ、くせっ毛の頭には高級な宝石をあつらえたブローチ、杖にも宝石をごてごてと埋め込んでいて、洒落っ気に余念がない年頃である。


 もっとも、ワガママと勝ち気さは変わらない。


 ズールが、クシータが放ったフルクルイ・ルックスは前世の記憶ではなくて、イスカが吹き込んだ力のためじゃないかと言うと、細い眉根をしかめて、ズールを睨み込んできた。


「はあ? 何をおっしゃっているのかしら? ズールはあたくしがカプセルを落としたことをどうしても責めたいのかしら?」


「いえっ、滅相もないっ。そもそも、私もイスカ様もリリロッド殿を責めるような発言をした覚えは――」


「さ、左様っ。お主が勝手に自分を責めているだけではないのか?」


 ぎりっ、と、切り開いた二重瞼を強ばらせたリリロッドは、ズールとイスカの頭を宝石まみれの杖で、ゴンッ、ゴンッ、と、叩いていき、湖から離れて、ウッドハウスのベランダの椅子に足を組み、勝手に薪コンロに火を付けた。


 ズールとイスカは頭をおさえながら、二体揃ってリリロッドにちらりと振り返る。こそこそと囁き合う。


「じゃじゃ馬ぶりは相変わらずだ」


「まったく、いつまで続くのでしょうか」


「何をこそこそと悪巧みしているのですか! あなた様たちは神なのですから神らしく振る舞ったらどうなんですか!」


 ベランダの高見で見下ろしてきながら、リリロッドはティーカップにくちづけしている。ズールは自分の召喚術書を持っている神導士に聞いたことがあるのだが、すでに三年前、リリロッドはインテルジェンティア家から破門されたらしい。インテルジェンティア家から発行された破門状は、この宇宙においてインテルジェンティア家が連絡を取れるすべての導士一家、系統に関わらないすべての導士に届けられたそうで、リリロッドは若干十五歳にして全宇宙の爪弾き者、一匹狼のあらくれ者となっている。よって、ワガママどころか、凶暴化してしまっている。


 ズールとイスカはそそくさと顔を戻すと、気を取り直して湖面のスクリーンに再び向かい合った。イスカがもう一度見たいと言ったので、ズールは湖面を左に掻き回し、クシータと剣士が向かい合った場面から再生させた。


「この長髪の剣士は紋印からして、剣聖十六派オイオイオ流の亜流、タカイカタ流なるものの皆伝剣士と見受けられます」


「ほう。オイオイオか。懐かしい名前だ。奴の剣術は隆盛を極めているのか」


「ええ。ただ、タカイカタ流なるものはつい二十年前に開かれたもののようで、オイオイオ派を追い出された者が創設者のようでございます。エンドラセトラ北部で細々と門弟を集めていた一派です」


「うーむ。そうであるな。こやつの剣は大したことない」


 イスカはそう言ってすぐに湖面を鉄手袋の指先で叩いて、映像を停めた。蹴飛ばされたクシータがふいに起き上がり、フルクルイ・ルックスを放つ前、剣を振りかぶった場面であった。


「なぜ、ここでクシータは蘇ったのだろうかな」


「わかりませぬが、考えるに、前世の記憶やイスカ様の力を与えられているという意識は、クシータ様の自己意識とは、分裂してしまっているのかもしれません。あの、その、カプセルを落としたせいで」


 二体は揃ってウッドハウスのベランダをちらりと見やる。リリロッドは鼻歌を口ずさみながら鏡に向かい、翡翠の髪をブラシでとかしている。


 二体はじゃじゃ馬の上機嫌ぶりに安堵しながら、映像に戻る。


「命の危険を察知し、分裂している意識が出てきたのかもしれません。クシータ様はときたま、一瞬だけ、前世の記憶を蘇らせるのです。5番世界には存在しない釣り竿を作ってみたり、生け簀を作りたいと言い出してみたり。前世の記憶すべてを無くしているようでもなくて、若干ながら、残っているようなのです」


「ただ、常日頃は、その少ない記憶も眠ってしまっているというわけか」


「ええ、おっしゃる通りで」


 イスカは湖面を叩き、映像を再生させた。


 クシータがフルクルイ・ルックスを放つ。剣士が消滅する。クシータは気を失って膝から崩れて倒れる。


「しかし、子供のクシータがフルクルイ・ルックスを放って、よく耐えられたものだ。わしは今でこそ神となって容易いが、人間だったころはフルクルイ・ルックスを放つと三日は筋肉痛が取れなかった。フルクルイ・ルックス一発放てば、そのあとはスプリングサの温泉でも入らないとやってられなかったほどだ」


「あ、そういえばよく行きましたなあ、スプリングサの温泉。実はこの8番世界にも温泉があるそうで。先日、虹の女神に聞きまして――」


「あなた様たち、何を呑気なことをおっしゃっているのかしら」


 二体があわてて振り返ると、リリロッドがティーカップ片手にズールとイスカを白々しそうにして眺めてきていた。


「いやっ、クシータ様の戦いの考察のほどを」


「温泉の話をしていたじゃありませんか」


「わ、わしらだってたまには温泉に入りたいっ」


「よくもまあ、クシータの命がけの戦いを見たあとに温泉の話題になれるものですわね。おバカにもほどがありますわね、あなた様たちは」


 リリロッドはぐちぐちと説教をしつつ、ズールにティーカップを押し付けてくる。ズールがそそくさと自分の前に掌を差し出し、リリロッドは何食わぬ顔でティーカップを掌に置く。


「そもそもですわね、よくよく考えてみれば、クシータは苦戦しているじゃありませんか。こんなゴロツキに。あと一歩のところで殺されそうだったじゃありませんか」


「し、しかし、九歳のクシータにそこまで求めるのは酷ではないか。よくやったほうではないか」


「よくやったも何も、最初からフルクルイ・ルックスを放てばよろしかったことではありませんか」


「そ、それは、その、リリロッド殿。クシータ様はどうやら意識が分裂してしまっているようでございまして――」


「分裂? 何を訳のわからないことを。そもそも、クシータはレベル500の神の子なんですわっ! あんなゴロツキに苦戦していてどうしてエンドラセトラのアヤガラ王朝を復興できるのですっ! そもそも、おバカなあなた様たちは当初の目的を忘れているのではありませんかっ! 映画でも観ているみたいにやんややんやと騒いで!」


「し、しかし、九歳だぞ、まだ」


「九歳だからってなんですかっ! じゃあ、あのクシータがあと十年もすれば立派な皇帝にでもなれるのですかっ! イスカの名前を再びエンドラセトラに広めてくれるのですかっ! あの泣き虫が! うえんうえん泣いているあの泣き虫が!」


 リリロッドの怒りはまったくの筋違いである。ズールとイスカは神であって、自らの意志ではエンドラセトラに介入できないのである。それを神導士のリリロッドは理解しているはずなのに、二体をヒステリックに責め立てており、身も蓋もない。


 早く帰らないかな、と、二体が思いながらうつむいて黙っていると、リリロッドは張り合いがなくなったのか、杖でタルミナルホールを作成した。


「ま、いいですわ。クシータがこのまま泣き虫のお坊っちゃまでいるようなら、あたくしが叩き直しに行ってやりますから」


 そう言い残し、リリロッドはタルミナルホールに飛び込んでいったが、ズールとイスカは顔を見合わせた。


「もしそうなってしまったら、クシータが気の毒であるな。アージサカの子孫も気の強い女であったし。ああ、恐ろしい」


「クシータ様のためにも祈るしかありませんな、そうならないように」


「我ら神がか?」


「あ、そうでしたな」


「それはそうと、さきほど言っていた温泉でも行かぬか」


「おっ、妙案ですな、イスカ様」


 二体はうなずき合うと、早速、支度のために、ウッドハウスに駆け足で戻っていった。












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