生きるか死ぬか売られるか
ミータおじさんなる者、明らかに誘拐団の一人である。
奴隷制度が確立しているエンドラセトラでは、誘拐団はアヤガラ王朝存命のときからの大きな社会問題であった。
本来、奴隷はエンドラセトラの外、生け捕りにした蛮族の女子供や、犯罪者の子孫であった。
しかし、エンドラセトラ統一後の平穏な社会が、エンドラ人の人口を増やすにあたり、それによって奴隷も不足していった。
そこに便乗して頭角を表したのが奴隷商人と誘拐団である。
エンドラセトラでもっとも利益を上げられる商売は人身売買だった。王朝政府は誘拐団を取り締まるのだが、奴隷商人を取り締まるためのアディカセラは作成してこないでいた。
取り締まる側も奴隷を必要としているわけで、労働エネルギーを商品としている奴隷商人を取り締まっては、エンドラセトラ社会の構造が崩壊してしまうからである。
親たちは口が酸っぱくなるほど「知らない人には付いていくな」と子供に言い聞かせている。
しかし、年端もいかない子供である。
ナウビム城の子供たちはミータポシェット悪党おじさんの後をついて、草原の丘を何度も越え、やがてはパハロマ山に通ずる森の中で、働き蟻のような行列をつくっていた。
木々で鬱蒼としている。陽の光も遮られ、怪しげにわめく鳥の声、見渡せど見渡せど飲み込むような森閑が続いている。
ナウビム城外に広がる平原とは別世界である。
悪童ジャンガルフやドスターも森奥には恐れを抱いている。この林道がそのままパハロマ山への登山道となり、ジーラ湖まで続くことを知ってはいるが、容易に戻れなくなることも把握していた。
やがて、小さい子供たちがぐずり始める。
ジャンガルフたち年長者は最初こそ「ミータが食べられるから」と言って後輩たちを励ましていたが、小さい子供たちはミータよりも我が家が恋しいようだった。すぐに励ましは効き目がなくなり、「おうちに帰りたい!」と泣き出した。
さしものジャンガルフもミータポシェット悪党おじさんに怪しさを覚えてきたらしい。
「おじさん! どこまで行くんだよ!」
先頭を行くミータポシェット悪党おじさんは振り返ってき、
「もう少しだから。みんな、頑張ろう」
と、人さらいだからこそ出来る満面の笑顔だった。
(ミータを食べられるんだから、このぐらいは大変な思いをしないと)
人さらいを最後まで健気に疑わなかったのはクシータだった。
他の子供とは違って体力が有り余っているのもあったろう。
ただ、周囲はうるさくなってきている。
「ねえ、坊っちゃん。私、もうミータいらない」
プラーネが眉根をすぼめた。
そこでクシータは人さらいのもとに駆け寄っていき、提案した。
「おじさん。みんな歩くの疲れちゃったみたいだから、明日もう一回持ってきてくれませんか。僕たちはいっぺんナウビム城に帰ります」
「いやあ」
人さらいは首をひねった。
「そいつはあんまりにも都合が良すぎやしないかい?」
責められたような気がして、クシータは視線を落とす。
「もう少しだから。もうちょっと我慢してくれよ。な?」
人さらいの口調が変わってきているのにも気づかず、クシータはしぶしぶうなずく。子供たちそれぞれに「もう少しだって」「もうちょっとだから頑張ろう」と、普段は無口なくせに、良かれと思って人さらいを手伝う有り様だった。
もっとも、人さらいの「もう少しだから」はあてはまっていた。クシータの提案が却下されてからほどなくして、林道のかたわらに布製の大きめのテントが現れた。
(ついた!)
が、クシータはすぐに眉をひそめた。
テントの前の倒木に男が腰掛けており、キセルの煙を吹かしていた。言うならば彼は山賊のような風体をしている。ぼさぼさの茶毛を後頭部で雑多に結んでおり、薄汚れた白毛皮のコート、腰には剣を吊るしている。
山賊男がのそりと腰を上げた。
「遅えじゃねえか」
すると子供たちの先導者のミータポシェット悪党は舌を打った。
「これだけのガキを連れてきたんだ。遅えもクソもあるか」
ミータ悪党はそう言うと子供たちに振り返ってくる。目つきがあの物好きおじさんから、悪行三昧の人さらいへと急変していた。
クシータはあんぐりと口を開ける。
ジャンガルフが狼狽した。
「ど、どういうことだよ」
「このガキゃ、誰に口きいてやがんだ!」
ミータポシェットは突如として怒り出し、ジャンガルフの顔面を蹴飛ばした。ジャンガルフは吹っ飛んで尻もちをつき、子供たちは呆気に取られる。
「おいおい、大事な商品に傷つけてんじゃねえよ」
「俺が連れてきたガキどもだ。どうしようと俺の勝手だろうが」
「どちらにしろさっさと行こうぜ。さすがに大人たちも今頃気づいていやがんだろ。今日中にはあの山の湖まで行かないとな」
山賊男の目玉が子供たちにぎょろりと向いてくる。剣を抜いてきてびゅんびゅんと振り回す。
「おいテメーら! 逃げ出そうなんて馬鹿な真似したらわかっているだろうな!」
小さい子供たちが泣き出した。クシータは棒立ちした。
(だ、だまされたの――?)
ミータポシェットの冷め切った目を見やり、山賊男の野蛮さ加減を見やり、足元にうつむいていく。
(や、やっぱり、だまされたんな)
怒りというものは彼には湧かない。情けなさも湧かない。事実だけの理解に努めようとしている。
(いや、お、おじさんたちが遊んでいるだけなんじゃ)
一瞬、淡い期待を抱いておじさんたちの顔を見やる。
どう見たって悪党だった。
また再び足元にうつむく。
(やっぱり、だまされた)
「クッソ野郎!」
突然、ジャンガルフの声が立って、クシータは顔を上げた。ジャンガルフは山賊男の足にしがみついていった。すると、山賊男が黄色い歯をあらわにして顔をしかめたのだった。
「痛ってえ! このガキ!」
ジャンガルフは剣の柄を頭に叩き落とされた。「ぎゃっ」と悲鳴を上げながらジャンガルフは膝から崩れた。そうして山賊男の蹴りを喰らった。
「この野郎っ! 噛みやがった! この野郎っ!」
「やめてえっ! にい様いじめないでえっ!」
プラーネが泣きながら山賊男にしがみつく。
「邪魔くせえっ!」
「やめろ! 女は高く売れるんだぞ! 傷でもつけたらテメーをぶっ飛ばすぞ!」
ミータポシェット悪党に叱りつけられた山賊男は途端に剣を止め、舌打ちした。
(う、売れるって……、奴隷?)
クシータは男たちが誘拐団であることにようやく気づき、ごくりと生唾を飲み込む。一緒に連れ立って歩いてきた子供たちを見やっていくと、小さい女の子からジャンガルフぐらいの男の子まで、皆が涙に暮れている。
プラーネは泣きながら山賊男にしがみついている。山賊男は眉をしかめながらプラーネを振りほどこうとするが、プラーネは泣きわめきながらも山賊男の足から離れない。
クシータは唇を噛みしめた。
(僕が……、僕のせいで……)
悔やんだ。自分がジャンガルフを誘わなければ、こんなにも大勢の子供たちが連れ去られることはなかったのだ、と。
クシータは視線を足元に落とした。いや、握りしめた両拳を見つめた。
(おじさんたちを倒さないと、みんなが奴隷になっちゃう)
クシータはぐっと拳を握る。ぎゅうっと両目をつむる。ぎりっと奥歯を噛みしめる。
レナティリア鬼先生が言っていた。
わかったでしょうっ! あなたはそれなりのセンスを持っているのよっ! 無意識に飛んだり跳ねたりしてたでしょうっ!
クシータは顔を上げる。ミータ悪党おじさんも、山賊男も、どう見たってレナティリア鬼先生より強くないはずである。
決心した。
「うわあっ!」
クシータは叫びを上げたとともに山賊男に駆け込んでいく。ちょうどプラーネを振りほどいた山賊男が、クシータの叫びに振り返ってくる。
クシータは跳躍した。
高々と飛び跳ねては、顔の高さまで飛び込んできたクシータに、山賊男は太眉を押し広げて驚愕した。その顔面をクシータの両足の裏が押さえ込んだ。跳ね飛ばした。山賊男をエビ反りにさせて吹き飛ばした。
猛烈な打撃に吹き飛ばされた山賊男は、ドンッ、と、大木の幹に背中から激しく叩きつけられ、クシータは男を跳ね飛ばした反動を利用して、くるりと後方宙返り、そのまま着地する。
足元には山賊男が落とした剣が転がっている。自分の背丈ほどもある剣をクシータは片手でひょいと拾い上げる。
びっくりした子供たちが海を割るようにして林道の脇へと散っていくが、プラーネだけは涙で頬を濡らしながらクシータの腕にすがりついてきた。
「危ないから、プラーネもあっちに」
プラーネは濡れた瞳をクシータの横顔に注ぎこみながらもうなずくと、子どもたちが固まっているところへ走っていった。
クシータに睨みつけられて、ミータポシェット悪党は突っ立ったまま青ざめていく。
「クソっ! ザーベライかっ!」
悪党はテントの方向へ一目散に逃げ出した。
「先生!」
と、叫びながらテントを開け広げ、顔を突き入れた。
「先生っ! ガキの中にザーベライがっ!」
その間、蹴飛ばした山賊男が顔を抑えつつ呻いていた。クシータは振り返る。革紐で巻いた剣の柄を握りしめる。
けれども、どこから拾ってきたのか、大きな石を抱えた怒りのジャンガルフが山賊男へ駆け寄っていき、その髷頭に石とも呼べない岩を叩き落とした。
「この野郎!この野郎!この野郎!」
ジャンガルフがめった打ちにしているとドスターも岩を抱えて加勢に飛び出していき、この悪童たちはむごたらしいぐらい山賊男の頭を破壊していった。
山賊男は勇敢な友人たちに任せ、クシータは再びテントのほうへ目をやる。
テントの中から黒いコートをまとった男が、あくびをかきながら現れた。




