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マンガニーズ  作者: クン・パジャマ
1章 ダクシナ幼少期編 
15/48

支配者の呼吸

 新しい一年が明けた。


 クシータは九歳。


 この頃、エンドラセトラ各地に賊徒が増えていた。没落貴族の子弟たちを中心とする新手の賊徒である。


 ラグタラ。


 彼らは落ちぶれ貴族の意味でそう呼ばれた。


 従来の賊徒はコテット団のように、強奪を生業にする典型的なならず者か、もしくは奴隷商人と契約を結んでいる誘拐団であり、アヤガラ朝時代から、これら治安を脅かす賊徒への対応の大半は、各々の地方政権が任されていた。


 しかし、ラグタラの対応は地方政権の裁量に任せられなかった。


 盗賊や誘拐団とは本質が違うのであった。

 盗みや強奪を生業としているのには変わりなかったが、その対象がバラ帝の薫陶を受けて派遣されてきた国令府役人上がりの州令や県令、また、新王朝におもねるアヤガラ一族の裏切りものであったのだ。


 ラグタラは反逆の徒なのである。


 さらに、地方政権の長は、ほとんどの者がラグタラを野放しにした。

 なにせ、今現在、ほとんどの県令はアヤガラ一族の末裔である。そして、ラグタラもまたアヤガラ一族の末裔である。

 表では新王朝に媚びへつらって、裏ではラグタラを暗躍させているのではないか、という疑いすら立っている分家もあるほどであった。


 アヤガラ一族とは、元を辿ればすべてが創立帝イスカ・ザルカダエル・アヤガラに辿り着く、エンドラセトラでもっとも栄えている巨大な血族集団であって、これの始末はバラ帝を頂点とした新王朝政府がもっとも苦慮しているところであった。


 かといって、ラグタラという反逆賊徒が形となって現れた以上、手をこまねいているわけにはいかなかった。今はてんでバラバラだが、もしも、血縁関係のもとに一挙に集合してしまうと、エンドラセトラを混乱に招く反乱軍となるのは必須だ。


 よって、バラ帝は、聖旗軍百万のうちの皇帝親軍七万と、辺境鎮圧軍七万にラグタラ討伐令を下した。また、各地方に潜在している反乱分子に圧力をかけるようにも求めた。


 この討伐軍の一部がアバラータ県にも来る。


 辺境鎮圧軍傘下の、兵数一万による一個師団であり、率いるのはサムドラハラ・ファーザ少将である。


 聖旗軍の少将、または一個師団ほどの兵力がアバラータ県に踏み入るなど、戦乱時代以来の出来事であり、アバラータ県は大騒ぎとなった。





「聖旗軍ってな、こーんぐらいどでかいんだってよ!」


 ジャンガルフは瞳をときめかせ、鼻息を荒くしていた。


 川辺に座って川面を眺めるクシータは、ちらっと見やる。


(サバーセ兄さんはとっちめられちゃうのかな)




 当然、ダクシナ家当主バフータは、クシータの心配の何十倍も焦っていた。悪童サバーセは例に漏れ無く「ラグタラ」なのである。


「サバーセはまだ見つからんのか!」


 と、執務室で珍しく怒号を響かせる。ペンを机上に叩きつけ、衛兵長のサイニカや侍従長のチャンバリンを縮こませる。


「早く連れ戻して、あの聞かん坊をそれっぽいお坊ちゃんに見せかけないとな、ダクシナは大変なことになるんだぞ! ダクシナ家が取り潰されるだけじゃない! お前らだってな、サバーセを野放しにしたってことで処罰の対象になりかねないんだぞ!」


 衛兵たちは血眼になってサバーセを探した。アバラータ県の至るところに赴き、サバーセの存在を聞きまわった。しかし、もし、サバーセを見つけたところで、彼らがサバーセを連れ戻せるかと言ったら、まず絶対に連れ戻せないであろう。聖旗軍が来たからと言って、サバーセがおいそれとおとなしくなるような性格じゃないのは、皆が知っている。


 ましてや、レナティリアに完膚なきまでに叩きのめされたばかりである。あのサバーセが恥を偲んで戻ってくるはずがない。


 衛兵たちのサバーセ探索にはやる気がなかった。


 当然、サバーセの在り処は判明できず、聖旗軍着陣の時が刻々と迫ってくる。


「おのれ、迂闊だったわい……。パタラ川に乗り込んできたときにレナティリア先生に取っ捕まえてもらっておけば……。もう、こうなれば、とことんひた隠しにするしかない」


 バフータは本家のアバラータ家に出向いた。

 当主、アハラ・アバラータに「すべての平民に盗賊の名を口にするのを禁じる」というアディカセラを執行してくれるよう、無茶苦茶な依頼を願った。


 バフータより十歳年下のアハラは、目玉を剥いて驚いた。


「お前は一体何を申しているんだ。かようなことができるはずなかろうが。とち狂ったか、バフータ」


「しかし、アハラ様っ。もしも聖旗軍の調査でサバーセの存在が知られてしまったら、ダクシナ家のみならず、本家にもご迷惑をかけてしまいますっ。我らダクシナ家はいいんです。ただ、アバラータ本家にご迷惑をかけてしまうことは。サバーセのせいでアバラータ本家が取り潰されるようなことがあっては」


「かようなことをしたとて無駄だ! サバーセの存在はいずれ知られるのだ! だいたい、俺は関係ないだろう! サバーセのことはダクシナ家のみの問題だ! そもそもお前が野放しにしてきたツケだろうが! 俺は何度も何度も申したはずだ! サバーセをどうにかしろと!」


「しかし、私のようなしがない男では手に負えません! それは重々ご承知だったはずではないですか! ダクシナ家四代に渡って本家につかえてきたというのに、このような処置はあんまりであります!」


「なんと、お門違いもはなはだしい! 己の失態を俺になすりつける気か! お前の顔なんぞ見たくもない!」


 アハラ・アバラータはすがりつくバフータを蹴散らさん勢いで、応接間から去っていった。


 バフータは失意の帰路を辿った。


 執務室で頭を抱える。


「おのれ、先代のイマラ様であれば助けてくれたはずだというのに。ああ、終わりだ。チクショウ。あんなドラ息子一人で、ダクシナ家は終わりだ。もはやどうしようもない。わしは聖旗軍に捕ってしまう前に逃げる、それしか道はない」


「どこに逃げるのですか。逃げられる場所なんてありませんぞ」


「じゃあ、どうすると言うのだ! チャンバリン! 侍従長たるお主の責任でもあるのだからな!」


「ならば致し方ありません。ダクシナ家を救うため、このチャンバリン・ヨリダーナが禁じ手を使いましょう」







「聖旗軍というのは」


 巷で、もちきりの話題が、レナティリア先生の授業にちょうど出た。


「三百年前の統一戦争のさい、創立帝の発起に賛同して従った兵たち一千人が掲げた旗が、無地の青でした。厳密に言えば、今の聖旗軍というものが確立されたのはエンドラセトラ統一後です。統一を果たした聖なる青の旗に集う兵ということで、聖旗軍との名が付けられました」


 その総兵数、百万。


「統帥権は当然ながら皇帝陛下にありますが、指揮の頂点に君臨するのは五大将です。その下に十人の中将がいます。十人の中将はそれぞれ七万人単位の一軍の指揮権を持っています。そして、それぞれの中将は七人の少将を部下にしております。一人の少将が指揮するのは一個師団にして兵数一万です。つまり、聖旗軍は七十個の師団から組織されていて、また、予備兵として、普段は軍人ではない職業に就いていますが、発令があればすぐにいくさに出陣する者が六、七万人います。厳密に言えば聖旗軍は七十五万前後の軍組織ですが、人々は大袈裟にして聖旗軍百万と口にするのです」


 クシータは頭がこんがらがっている。レナティリアの話をそっくりそのまま書き写していっても理解できそうにないと考え、ノートに箇条書きにしていく。



・一番目 五大将


・二番目 中将 10人


・三番目 少将 70人 師団1万人×70個


・予備兵 6、7万人。


・聖旗軍百万人はウソ。



「帝都ザルカダエルに常駐しているのは皇帝親軍です。辺境鎮圧軍、異境討伐軍の本部も帝都にありますが、この二軍は年がら年中、各地を飛び回っています。その他の軍はエンドラセトラの各地に置かれており、時折、蛮族との戦いに派遣されます」


「蛮族、ですか?」


「ええ。エンドラセトラの外にはエンドラ人ではない野蛮人が住んでおります。蛮族はたびたびエンドラセトラの土地を奪い取ろうとしてきます。ただ、幸運なことに坊ちゃまがお住まいのアバラータ県はヴァパサ山脈が壁になっているので、蛮族は来ません。というか、あの山の向こうがどうなっているのか誰も知りません」


 クシータは手を止めて、ヴァパサ山脈とやらを想像してみる。ダクシナ郡の南部を取り囲んでいて、クシータは目にしたことがない。


(パハロマ山脈よりもでっかいのかなあ)


「野蛮人のことは次の機会に教えてあげるとして、このたびダクシナ郡に聖旗軍がやって来るのは坊ちゃまも嫌というほど耳にしているでしょう」


「はい。友達がこーんぐらいでっかいって言ってます」


「今回、ダクシナ郡にやって来るのは辺境鎮圧軍傘下の一個師団です。師団長はサムドラハラ・ファーザという少将です。ファーザ少将はとても有名な人でありまして、聖旗軍の将校がどのように偉くなっていくのか、ファーザ少将を例にしますと」


 サムドラハラ・ファーザはエンドラセトラ中央部のキンドラ県キンドラ郡出身、キンドラ県は一年中、涼しい気候と広大な牧草地帯を生かして、食肉牛などの酪農が盛んな土地である。


 貧しくもないが、取り立てて富豪というわけでもない酪農家の次男坊として生まれた彼は、子供ながらに逞しい体つきと、牛をまとめ上げる聡明さが親戚連中の目に留まった。

 彼らは当時の公(今では郡令)にサムドラハラを紹介し、公もサムドラハラに期待して聖旗軍士官学校への推薦状を書いた。


 十四歳のとき、サムドラハラは単身、帝都ザルカダエルに出て、士官学校に入った。


 士官学校の受け入れ年齢は十四歳から二十歳までで、二年から六年、ここで聖旗軍将校となるために学び、鍛えられる。


 サムドラハラは四年で卒業、やはり将校となった。


「卒業して将校となった人は二十人部隊の副隊長からキャリアを始めるのですが、士官学校時代に相当優秀だった人でなければ、帝都ザルカダエルの皇帝親軍には配属されません。ファーザ少将は中の中ぐらいだったようなので、配属先はエンドラセトラのウタラブ県にある、東部守衛軍の歩兵部隊でした」


 ウタラブ県は蛮族がたびたび侵入してくる土地であり、副隊長のサムドラハラは数度、蛮族との小競り合いを戦ってきた。


「ファーザ少将の部隊は連戦連勝でした。自分たちよりもより多い兵数を持つ蛮族とうっかり遭遇したこともあったようですが、たった十人で百人の蛮族を破ったこともあったそうです」


 サムドラハラは東部防衛線での働きが買われて、二十二歳のとき異境討伐軍に異動、副隊長から隊長として出世した。


「異境討伐軍の任務はエンドラセトラの防衛線の向こう側に出ていき、蛮族を弱体化、もしくは殲滅することです。聖旗軍の中でもっとも荒くれ者の兵が集まる軍です」


 サムドラハラはここでも数々の戦いで功績を上げた。二十八歳のときには歩兵大隊の大隊長となり、これはエリート将校ではない者としては異例の早さであった。


「大隊長は五つの二十人部隊を束ねる役職です」


 大隊長となるとさらに大きな戦いに望むようになって、北部討伐戦では苦労したそうだが、やはり戦果を上げて認められ、三十二歳のときには辺境鎮圧軍に異動、副連隊長となり、一年後には連隊長と出世した。

 叩き上げ軍人としてはわずか齢三十三にして、二千人の兵をまとめ上げるまでに至った。


「その二年後には辺境鎮圧軍第三師団の参謀になり、さらに三年後には小将に出世されて参謀長へ、そして二年後、四十歳、少将となって、辺境鎮圧軍第三師団の指揮官、つまり師団長となったのです」


 クシータは一連のファーザ少将武勇伝を、ペンの手を休めてぽかんと聞いていた。


「じゃあ、すごいんですか?」


「ええ。四十歳の少将は、今のところ聖旗軍で一番若いです。五大将にまで上り詰めるのは確実だと皆が言っておりました」


 何がすごいのか、あまり、ピンとこないクシータである。


「ちなみにですが、私が聖旗軍を退官したときの配属先は皇帝親軍の第七近衛師団、役職は連隊長でした」


「へ?」


「私の年齢は二十三です。辞めた時は二十二です」


「だ、だって、ファーザ少将が大隊長になったのは三十歳とちょっとだって、先生が、さっき」


「ええ。私は十四歳で士官学校に入り、十六歳のときに卒業しましたから。最初から最後まで第七近衛師団です」


 レナティリアは高い鼻先を突き上げながら、珍しく自慢気でいた。いや、自慢していた。とても有名な人だというファーザ少将を引き合いに出しておいて、それよりも更に上のエリートコースを突っ走っていた自分自身を最後に話したあたり、まったくもって確信犯である。


 もっとも、クシータは、そのような邪推ができるような子供ではない。


(レナティリア先生はめちゃんこすごかったんだ。サバーセ兄さんが勝てるはずないや)


 エリートコースをひた走りながら、どうして辞めたのか、という考えにも至らなかった。



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