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マンガニーズ  作者: クン・パジャマ
1章 ダクシナ幼少期編 
14/48

レナティリア、剣士の誇り

「こ、この声っ。この声はっ」


 剣を握っている男がにわかに叫んだ。


「サバーセ旦那様っ、この女、ザーベライですっ! 俺たちが旦那様の手下になる前、俺たちをいじめたザーベライですっ。旦那様っ、こんな女、こてんぱんにのしちゃってくださいよ! んで、犯しちゃってくださいよ!」


 どこかで見たことがあると思ってレナティリアは目を凝らしたが、男の口ぶりで思い出した。ダクシナ郡にやって来る途中の樹海で、レナティリアが撃退した賊徒である。


 そういえば、彼の両脇の斧を持った男二人にも見覚えがある。


(忌々しい)


 レナティリアは山形三本線が薬指に入る左手を顔の前に伸ばし広げ、そして、早口に唱えた。


「バンナマイムジャバドゥ メレサマーネファーリ ラーネアエロ」


 唱え終わったと同時に、レナティリアの五本の指先からバチッバチッと光源が現れ、それは瞬く間にして、五本の稲光となって伸びていった。


 コテット団の三人と、その隣にいた二人の体に激突、彼らは「ぎゃあっ」という叫びとともにビリビリと感電し、やがて、電力は柱となって曇り空に高々と突き立ち、バツンッ、と、放電していった。


 覆面の頭から若干の煙が立ち昇って、彼らは膝をがくがくと震わせながら、ばさり、ばさり、ばさり、と、前のめりに次々と倒れていく。


 サバーセは切れ上がりの瞼を大きく広げて驚愕した。


「ア、アニキ」


 サバーセの手下が声を震わせた。


「あれは、法術だ。やべえよ、あの女、法士だ」


「心配ご無用、私は剣士です」


 不敵なあまりに美々しすぎる微笑みを浮かべながら、レナティリアは不惑の剣をゆっくりと鞘から抜いてくる。


 鉛色に重い空の下、風にあおられた銀髪が、あでやかな桃色に踊っている。


「あなたたちのような世間知らずは法術など初めて目の当たりにするでしょうが、さきほどのは簡単なもの。並の人間でも少々の間だけ気絶する程度の攻撃です。ただ、そちらの連中があまりにも下品なため、黙らせたのです」


 サバーセも剣を片手に構えた。表情にレナティリアほどの余裕はない。


「その指の紋印といい、オメエはアージサカ先生の娘だな」


「残念。孫娘です」


 レナティリアがサバーセ一味と睨み合う斜向かいで、バフータが騒ぐ。


「ハッハッハ! どうだっ、見たか、サバーセ! レナティリア先生はなっ、この若さで聖旗軍の元連隊長だ! エリートだぞ、エリート! お主みたいなハチャメチャな小僧とは違うのだ! こてんぱんにされたくなかったら、おとなしく降参してしまえ!」


「せ、聖旗軍――」


 たちまち、サバーセの仲間たちは腰砕けとなってしまう。


「アニキっ」


 と、弓の男がサバーセに声をかける。


「ここは引き上げるべきだ。聖旗軍の連隊長ってのは伊達じゃねえ。さっきの法術といい、あの構えといい。それに、絶対にザーベライだ」


 サバーセの眉間に集める皺はみるみるうちに深く刻まれていく。


「聖旗軍が怖くて盗賊稼業がやってられるかってんだ、バカ野郎」


 彼はレナティリアを睨み据え、剣先をレナティリアに向けて差した。


「どうでもいいがよ、おい! 脇にいる俺様の弟をオメエの近くから遠ざけろや! 可愛い弟が巻き添え食っちまうだろうが!」


「やる気なのですか、サバーセ坊ちゃま」


「どけろっつってんだ!」


 怒号は空を割るばかりに鳴り響いた。バフータも衛兵たちもサバーセの仲間たちも、彼の激しい怒りに震え上がる。


 レナティリアだけは微笑した。


「坊っちゃま、離れていてくださいませ」


「せ、先生、け、喧嘩は――」


「お兄様がやりたいんだから仕方ないでしょうに」


 クシータは唇を結んで、不安げにレナティリアを見上げた。そうして、サバーセを見やった。


 サバーセの鳶色の瞳は火の玉になってしまっている。


 クシータはちょこちょことバフータのほうへ駆け逃げていく。


「アニキっ、引き上げようっ」


「ナメてんじゃねえ……」


 サバーセは柄をぎりぎりと握りしめながら、剣を中段に構えた。


 瞳孔をレナティリア一点にぎらぎらと注ぎ込み、彼のブロンドの髪先が、ゆっくり、ゆっくりと逆立っていく。





「うおらあっ!」





 サバーセの飛び込みは一瞬であった。


 10メートルほどあった間隔は一挙に詰まり、レナティリアは剣を立てた。



 キーンッ



 レナティリアの首を掻き切ろうとしていたサバーセの剣を、レナティリアの剣は防いだ。


「うおおおっ!」


 剣と剣がかち合うままに、サバーセは目玉を剥き出しにしてレナティリアを押し込んでこうとする。


 火の玉サバーセの馬鹿力を受けて、レナティリアは碧眼を血走らせる。


「ぬうっ!」


 頑なに両足の根を地面に張って、細い腕を巌のように硬くして、サバーセを押し込ませまいとする。


 命を喰らわんとする狂気の剣と、剣士一家の誇りの剣とを交錯させる中、サバーセとレナティリアは、視線同士をぶつけ合い、言葉なき意地をぶつけ合った。


 しかし、押し込めんと察したか、サバーセはレナティリアの剣を弾き上げようとする。


「ぬおおおっ!」


 怒りを全身でもって体現している彼は、まさに獰猛であった。


 パワーもスピードもザーベライのそれであった。


 しかし、


(この子、おじい様の教えをまともに受けてない)


 サバーセのそれは剣術とは呼ぶに等しくはなかった。それとも、レナティリアが己よりも強大であると認めてしまっているためか、力に物を言わせているだけである。


(愚か者め)


 レナティリアは受け止める力をあえて抜いた。


(意地だけで勝てるほど命のやり取りは甘くはない)


 抜いた瞬間、レナティリアは朱子織りのチュニックをなびかせながら右にひらりと避けた。


(むしろ、敗北は死ぬことよりも恥)


 ふいにレナティリアが避けていったため、サバーセは空っぽの相手目掛けて剣を振り上げるだけの格好となった。


(思い知らせてやる)


 サバーセが万歳したところへ、レナティリアは剣を横に一閃、ひるがえって縦に二閃目、斜に振り落として三閃目、常人では見て取れぬ速さで剣を振った。


 剣先だけで切り刻んだサバーセの左手の革手袋は、破片となって地面に落ちていき、風がどこか彼方へとさらっていく。


「やはりな! もう一度剣術を磨いてから出直してこい!」


 サバーセの左手の薬指には山形三本線のリングがなかったのだった。


「何だコラァ!」


 怒りのサバーセは再度、レナティリアの肩口めがけて剣を振り下ろしてくる。


 レナティリアはあっけなく払った。剣先をそのままサバーセの鼻頭に据えた。


「いくらやっても無駄よ。あなたの速さも力も大したもの。でも、あなたはザーベライである自分に過信し、剣術の道を怠ったようね。わかったでしょう、自分がこれまでお山の大将だったということに」


 ビュッ、


 と、レナティリアの頭部に矢が飛んできたが、それも右手だけで掴み取った。


「無駄よ」


 矢を放った覆面男は、唖然として弓を下ろした。


「去りなさい。もしくはこれまでのことを詫びて城に戻りなさい」


「戻るかってんだ、バカ野郎」


 サバーセの口から、ぺっ、と、唾が飛び、レナティリアの頬に付着した。


 サバーセは口許を歪めて笑う。


 瞬間、サバーセが緩めていた頬に剣先が走った。


 一瞬の太刀筋を受けて、サバーセの瞳からはみるみるうちに殺気が消えていく。斬られた頬から赤い血が一挙に溢れ流れるが、サバーセは呆気に取られる。


 レナティリアが静かに唸った。










「次は殺すぞ」










 剣を振り上げたまま、彼女の碧眼は冷酷無情さを帯びていた。静かなる佇まいでありながら、気配だけで弱者をくじく圧倒的な獰猛性を漂わせていた。


 サバーセは後ずさりする。斬られた左頬にようやく手を当てる。


「去れ。二度とその姿を私の前に見せるな」


 サバーセは肩を震わせながらも背を向け、レナティリアの前から足早に離れていき、怯えきっている子分たちの間も割って、樹海のほうへと去っていってしまった。


「あ、アニキっ!」


 子分たちもあわててサバーセのあとを追う。


 パタラ川の川辺に残ったのはバフータとクシータ、衛兵たちだけだった。


 季節を知らせる強い風はレナティリアの孤高の美しさだけをそこに残しており、皆、彼女の強さと鋭さに声を失ってしまっていた。




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