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マンガニーズ  作者: クン・パジャマ
1章 ダクシナ幼少期編 
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ここにある世界、見えない社会

 クシータの考案は、レナティリアを感心させ、さらに彼女の助力を得られた。


 クシータの言葉から編み出される提案は、所詮、子供の戯れ言となってしまう。しかし、レナティリアの言葉は重みがある。なにせ、聖旗軍元将校(不倫で追放された旨はダクシナ郡には知られていないの)である。


「アヌパビー保護のため、今すぐにアディカセラを作成するべきです」


 と、彼女は、バフータ及びチャンバリンに詰め寄った。


 アディカセラとは、州令、県令、郡令、村令などの単位の法である。


 この法機構は、アヤガラ一族などが、大公、公、小公として各所に君臨していた貴族時代から続いている。


 つまり、王侯貴族たちの権限だけで、自領の法を定められた。あるいは罪人を処罰できた。彼らはこのアディカセラを武器にして、特権利益を生み出してきたのだ。


 アディカセラに従わなければならないのは、平民だけではない。彼ら貴族もまた同じくである。小公(村令)は、公(郡令)のアディカセラに従わなければならず、公(郡令)は大公(県令)のアディカセラに、そして大公(県令)は皇帝もしくは、地方政府を統括する国令府のアディカセラに従わなければならない。


 王朝がバラ・ヴァンガのものになって、大公(県令)と国令府の間に二十三の州令府が作られた。


 バラ帝は自らの息のかかったものを州令にして、旧大公たちの監視を強めたが、アヤガラ一族たちの貴族階級は剥奪しても、なんらかの考えから、アディカセラだけはそのまま残した。




 元貴族という大小の支配役人それぞれに与えられている権限なので、エンドラセトラ各所には独自の法がある。


 例えば、ダクシナ郡の法令には、「鳥肉を食してはならない」という、独自の法がある。これは、初代当主のナウビム・ダクシナがダクシナ郡をおさめてすぐのこと、ある家族が全員死亡した。調べてみれば、前の日の夕飯に、樹海で捕獲した鳥を食べたということであった。


 どの種類の鳥なのか、毒性のある鳥であったのか、その鳥に住み着いた疫によるものなのか、そこまで調べることもなく、ナウビム・ダクシナは「すべての鳥を食してはならない」と法をダクシナ郡に発布し、「これを破った場合は死刑」とした。


 この前時代的なダクシナ鳥肉法は、クシータの兄のドサーラが養子に出た、ヴァーナ村も守らなければならない。ヴァーナ村はダクシナ郡に含まれるからである。


 また、ダクシナ・アヤガラ家の本家筋、アバラータ・アヤガラ家が支配するアバラータ県にも、独自の法がある。「アバラータ大公(県令)が許した者のみメーラー山に踏み入れることを認める。許可なき者は死刑とする」。


 アバラータ郡にあるメーラー山からは鉄鉱石が採掘できるためである。メーラー山はエンドラセトラ有数の鉱山なのである。よって、アバラータ家は、この鉱山に他の者の参入を許さない法を敷き、鉱山の利益を独占しているのだ。


 ダクシナ家はアバラータ本家から採掘の許可を得ている。購入した奴隷二十人を常時メーラー山に派遣し、収入を得ているのであった。





 とにかくも、アディカセラは権力の行使を可能とする。もし、アディカセラに従わなければ衛兵に逮捕され、それでも従わない者がいるとしたならば、聖旗軍が登場するわけだった。


「住人たちを縛りつけなければ、アヌパビーはパタラ川からいなくなってしまいます。パタラ川の魚を捕食してはならないという法を定め、さらに遊んでいるだけの衛兵たちに川の監視をさせるべきです」


 バフータもチャンバリンも、パタラ川に住人たちがごった返しているのを存じている。だが、渋った。


「先生。おっしゃることはよくわかりますが、そうでもしたらアヌパビーを食べられなくなってしまうではないか。住人たちは不満に思うに違いない」


「いいえ、住人たちだけではありませんぞ、レナティリア殿。わたくしどもも食べられなくなってしまうのです。わたくしなんか、半分しか食べていないというのに」


「アヌパビーを育てれば良いのです。肝はパタラ川の魚を食べてはならないというところで、他の場所の魚は食べても良いのです。つまり、パタラ川とは別の場所で、アヌパビーを育てれば良いのです」


「なんと」


 バフータは目を丸めて驚き、そうして、チャンバリンと目を合わせる。


「うーむ」


 クシータはこの広間でのやり取りを、隅っこで眺めている。


(やっぱり、レナティリア先生の言うことは聞くんだ。先生は頭もいいし、めちゃんこ怖いから、父上もチャンバリンも先生の言うことは聞いてくれるんだ)


 クシータは初めて思った。レナティリアが自分の家庭教師になってくれて良かったと。


 しかし、問題が発生した。


「別の場所とはどちらなのです」


 チャンバリンの問いに、レナティリアは池を造れば良いと答えた。パタラ川の水を引いてきて、造成すれば良いと。


 バフータが即座に反応した。


「そりゃいかん。金がかかる。奴隷だって、メーラー山から戻してくるわけにはいかん」


「住人たちの手を借りればできなくもありません」


「レナティリア殿。ご存知のようにダクシナ郡には年寄りと子供、女ばかりなのですぞ。それしきで何ができますか。それに、パタラ川の水を引いてしまったら、パタラ川の水が少なくなってしまうではありませんか」


「そうだっ。そうなってはいかんっ。パタラ川の水はすでに城内に引いているのだ。洗濯や洗い物の水がなくなってしまうということだ。ナウビム城はパタラ川の綺麗な水のおかげで成り立っているのだ。少なくなってしまったり、もしも汚ったなくなってしまったりしたら、それこそアヌパビーどころの話ではなくなってくる」


 雲行きが怪しくなってきて、クシータは気が気じゃない。


「であれば、パタラ川の上流、ヴァパサ山脈には他にも川となる湧き水があります。その流れを変えてしまい、パタラ川に合わせてしまえば――」


 すると、バフータは首を振った。チャンバリンはあからさまな溜め息をついた。


「まったく。レナティリア殿はさすが聖旗軍の元将校殿でございますな。聖旗軍の考えであれば可能かもしれませんがな、ここはダクシナ郡、ここはダクシナ家でありますぞ。ヴァパサ山脈を所有しているのはアバラータ本家。そのような勝手な行いを本家がお許しになるはずありませんじゃないですか」


 かなり冷ややかな口調であった。さしものレナティリアも言葉を返せないでいた。


 クシータは焦る。このままではお魚祭りが続いてしまい、ゆくゆくは祭りのあとの始末となってしまう。


 あわてて叫んだ。


「でも、お魚さんいなくなっちゃうよ!」


「お主は黙ってろ」


 バフータの冷たい視線が飛んできた。


「まったく。ちっちゃい子供のくせに。ちょっと発明したからって意見するとは生意気千万だ」


「いや、バフータ様、そうした言い草は控えたほうがよろしいんでは」


「なんだ、お主。やけにクシータの肩を持つな。さてはアヌパビーを半分コしてもらったからか。ん?」


「そういうわけではなくて。あんまりそうした言い草だと、ドサーラ様のように卑屈になってしまいますぞ。サバーセ様の言うことは聞くのに、自分の言うことはちっとも聞いてくれないと、ドサーラ様がラソイハラに愚痴をこぼしていたという話じゃありませんか」


「う、うむ。そういえばそうだった。すまん。すまんかった、クシータ。私もちょっとお魚さんが食べられないと思うとカリカリしてしまった。悪気は無い。許せ」


「はい……」


 クシータはうなずいたが、落ち込む気持ちそのままに広間を出ていった。金がないと言い出したからには、もはやあきらめた。ダクシナ郡の貧しさ、ダクシナ家の権威の無さを、クシータは十二分に理解していたのである。


 しかし、クシータのあきらめとは裏腹に、大人たちは妥協した。ややもすると、レナティリアがクシータの居室をたずねてきて、


「まあ、とりあえずは良かったことにしましょう」


 と、言う。


 バフータはアディカセラの執行を決断したのである。もっともそれは、パタラ川の魚を食べてはならない、というものではない。


 パタラ川の魚を捕食しても良いのは、年に二回。年の初めの日と、春先の創立帝生誕日のみ、ということにした。これを破れば死刑。


 バフータとチャンバリンは早速、天主塔広間に衛兵たちと、ナウビム城の年長者たちを集め、パタラ川法を発令したのだった。


 もちろん、住人たちは不満をあらわにしたのだが、チャンバリンが「年に二回食べられる日があるのと、金輪際アヌパビーを食べられなくなる。どちらが良いのか」と言ってたしなめ、住人たちはしぶしぶ納得、次の日からパタラ川には衛兵の監視が光るようになった。


 クシータはほっとした。一方で不満も残った。


(お魚さんを育てていっぱい増やせば、毎日食べられるのに)


 授業が十五時に終わって、プラーネがクシータを誘いにやって来る。クシータは城外に出てジャンガルフたちと付き合うが、たびたび彼らの目を盗んで、パタラ川をじっと見つめた。


(いつか、お金を貯めて、池を造るんだ)


 その日が来るまで、アヌパビーの生態をじっくり観察していよう、クシータは心にそう決めて川辺で一人じっとする毎日であった。


(池ができたら、ここにいるお魚さんを連れていって――)


 ただ、ダクシナ郡の住人が、アヌパビーの捕獲に成功したという噂は、パハロマ山の向こうにまで達し、


 クシータの夢見る将来に、崩落の危険性が生じた。


 この噂を聞いて、あの男が舞い戻ってきたのである。



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