波乱の幕開け
「……先輩」
「……ん? 何かな後輩くん?」
「だから私には美咲っていう名前があるんですが……」
「ならこんなとこにいないで美しく咲いてこいよ。……だいたい、そこは普通名字なんじゃないの?」
「先輩にしてはなかなかまともなことをいいますねぇ。でも、人の趣味には口を出さないでください」
「これまたお厳しい」
四月も半ば頃。日が徐々に長くなっていき、こうして部室で話す時間も長くなってきた。
「……じゃなくて。なんでウチの部室はこんなに豪華なんですか? 大した実績もないのに」
「……あれ? 部長に聞いてないの?」
「……部長は先輩じゃないんですか?」
「……そうだっけ?」
そんな記憶……あるな、確かに。
「あ、ゴメン。言い忘れてたや。てへっ」
「……てへってなんですか気持ち悪いです近づかないでください」
「……リアルにへこむよ?」
この後輩、ジョークというものを分かっていないらしい。
「んー、でも僕が説明しなくても他の人がやってくれると思うんだけど……」
「他の人って、先輩と私以外に部員いたんですか!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないですよっ」
そんなはずは……あるのか?デジャブだなぁ。
「じゃあ、状況を整理しようか。天の声の人ー?」
「そんな便利機能この世界にはありませんよっ!」
後輩くん……もとい美咲さんのツッコミが冴えてきた。
……あ、名字なんだっけ?ま、いいか。
「なんか今、ものすごく大切なことを忘れられているような気がします」
気のせいだよ後輩くん……じゃなくて美咲さん。
「あー、コホン。では、私が説明しましょう。
この私立猿渡高校の文芸部は現在、三年生二人、二年生二人、一年生二人、伝説一、未婚一となっております」
「あ、ありがとうございました。……って、誰ですかっ!」
この後輩、どうやら未だに先輩の顔を覚えていないようだ。やれやれ。
「いったでしょ? この人が三年生で生徒会長の……」
「宮下薫と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、これはご丁寧にどうも……って、やっぱり初対面ですよこの人とはっ!」
「いや、集会で顔見たことあるでしょ?」
「そういうこと言ってんじゃないんですよっ!」
「ところで薫さん、生徒会はもういいんですか?」
「ええ。しばらくはこちらに顔を出せそうです」
宮下薫さん。三年生で、この部活の権力者ランキング二位だ。だというのにも関わらず、誰に対しても敬語という、礼儀正しい人だ。
「ぶっちゃけ美咲さんとは対極の位置にいる人だよなぁ……」
「先輩、本音が漏れてますし私のことを無視しないでください!」
「ああそうだよ初対面だよこれでいいかなぁ!?」
「まさかの逆ギレ!?」
「……(ニコニコ)」
基本的に薫さんはいつも笑顔で口を挟むことはめったにない。ただ、説明することが好きだったりするので突然現れては勝手に語りだしたりもする、そんな人だ。
「……あ、すいません宮下先輩。私、福田美咲と申します。一年間よろしくお願いします」
「あ、どうもよろしくおねがいしますね、美咲さん」
あ、福田って名字なんだ。メモしとこっ。
「さて福田平部員よ。この部室が何故豪華なのか、という話だったな?」
「……そうですけどいきなり呼び方変えてどうしたんですか?」
「ぎ、儀式的なものなんだから突っ込まないでよ!」
本当は名字がわかったから、というのは口が裂けても言えない。
「とにかく、こういう時のために薫さんがいるんだよ。薫さん、よろしくお願いします」
はーい、と言って薫さんがプロジェクターとかスクリーンとか用意し始める。
「ず、随分本格的ですね……」
「……まぁ、今に分かるよ……」
「……?」
福田平部員……言いにくいな、美咲さんでいいや。とにかく、彼女が不思議そうな顔をこちらに向けてきた。
と、その時
『バチッ』
と、大きな音がしたと思ったら部屋の電気が全て消えた。
「えっと……先輩。これって……」
「……ブレーカーが落ちたね」
「しゅんくーん、電気がー」
「あー、あとは僕がやるんで薫さんは美咲さんに説明してあげてください」
「りょーかいです」
「また呼び方が……」
幸い、窓の外はまだ明るいため、懐中電灯は必要なかった。そして、美咲さんの最後の言葉は聞かなかったことにした。
「さて、しゅんくんが復旧してる間にちゃちゃっと終わらせちゃいましょうか」
「あの、宮下先輩。しゅんくんってもしかして……」
「ええ。あ、今は部長さんって呼ばないといけないのかしら?」
僕のいないところでなにを話しているのだろうか。すごく気になる。
「ま、今はそれは置いといて。なんでこの部室はこんなに豪華なんですか?」
「ほら、うちの学校ってちょっと変わってるでしょ? 学期末にある部対抗のイベントで上位から順番にいい部室が振り分けられるの。で、この前の学期末はテストの成績勝負だったからたまたまいい部室になったってわけ」
「でも、それだと実績のある部は可愛そうじゃないっですか?」
「あのね美咲ちゃん……この社会は勝者がものを言う、そんな世界なのよ」
「弱肉強食ってことですね」
「そうなの。だから、今学期はとりあえずいい部室で過ごせるのよ」
と、ここでようやく復旧が終わった。
「しゅんくんおつかれさまー」
「あ、先輩お疲れ様です」
「おう」
どうやら説明は終わったようだな。
「ところで、なんでブレーカーが落ちたんですか?しかも学校で」
「それは……なぜでしょうね……」
薫さんが遠い目をして視線を逸らす。
「ぶっちゃけちゃうと、薫さんが機械音痴だから学校側が文芸部の部室にだけブレーカーを設置してもしもの為にと、そういう経緯で付けられたんだよ」
ちなみに、ブレーカーがない時代には薫さんは三回ほど学校から電気という文明を使えなくしたことがある。電気が関与しないものなら超人的な能力を発揮するだけに、この欠点がすごく目立っている。
「なるほど。……で、宮下先輩の後ろに立っている女性は誰なんですか?」
「「……え?」」
思わず、薫さんとハモってしまった。が、問題は薫さんの後ろにいた
「「み、未婚の人……!!」」
「よしいい度胸だな二人共。お見合いが成功しない愚痴とさっきまでゲームやってたのにいきなり電源が切れたからやり直しになった、そんな私の怒りを向こうでぶつけてやんよ……!!」
「せ、先生はゲームなどの娯楽をやめればお見合いが成功すると思うのですが……」
「命の次に大切なものを貴様は捨てろというのか?宮下」
「……じゃあもう結婚は諦めたほうがいいんじゃ……」
「山田。お前私の代わりにレベル上げな?」
「クソがァ」
「……あ、新入生は帰っていいぞ」
「あ、じゃあお言葉に甘えて失礼しまーす」
「おいまていや待ってください美咲さん! 部長と最高学年の薫さん置いてどこに行くというのだ!」
「先輩……命よりも大切なものはないと思うんです」
友情は大切だと思うよ? とは言えなかった。
結局、その日は三時間ほど付き合わされた。ちなみに薫さんは三十分で帰っていた。なんで僕だけ……。
こうして私立猿渡高校文芸部部長、山田俊介の部長生活は波乱の幕開けとなった。
「なぁ、いい男いない? お前の周りで」
「……先生……さすがに年の差が……」
「私はまだ二十八だっ」
……十歳も離れていれば恋愛対象にはならないんじゃないかと、そう思った。
これじゃなくて、違う方の長編を更新するはずだったんだけどねぇ・・・