2.
「はい、はい」
と、私は大声で返事する。呼び鈴などというやんごとなきしろものは、残念ながら寮に存在しなかった。なので水道代等の徴収員は、いつもノックで合図してきたのである。
(それにしても、)
と、一旦火を止めながら私は考えた。集金が来るにしては、あまりにも時刻が遅すぎる。人の部屋に押し入ってどんちゃん騒ぎする悪友どもは、みんな就職してしまった。京都に住んでいる家族は、父親が尿管結石で入院しているため容易に身動きできないはず――。などという当てもないことを考えた矢先である。
「開けてくれ……」
という、悲痛な男性の声が聞こえてきた後に、
どん!
という大きな音が扉を震わせた。扉を叩き割ってしまうのではないかというほどの、大きな音だった。このときの私は怖いと思うよりも、無性に腹が立っていた。思えば腹が減っていて、平常心でいられなかったのかもしれない。
玄関まで歩み寄ると、私はのぞき穴から外をのぞいて見た。すると、男の足らしきモノが、玄関から伸びているのが見て取れた。どうやら、人の家の扉に背を預け、座り込んでしまっているらしい。
今思えば無用心だと言われるかもしれないが、私はこのとき、男は確実に酔っ払いであると判断していた。
「ちょっと、いきなり何です?」
できるだけ邪険な口調で、私は強引に扉を開く。男の背中を蹴り飛ばしてやろうと踵を上げたまま、私はその場で硬直した。
「すまんな、頼む、助けてくれ……」
青息吐息で、男は私にそう告る。
男の左わき腹には、包丁が深々と刺さっていた。