不感症
文才なくても小説を書くスレで、お題を貰って書きました。 お題:不感症
「あいつらは不感症かよ」
そう愚痴の一つも垂れたくなる。
勝手知ったる友の家で、文明の利器に守られた部屋の一室で涼むのはいい。
でも、なんで家主とその恋人がずっと外に居るんだよと。
「人間なら誰だって暑いと思ってるわよ。明はともかく千翔子は、間違いなく」
「いきなり明を人外呼ばわりか」
俺よりもこの家の勝手を知ったる隣の大杉さん宅の長女である博美さんは、俺よりも容赦なく辻先さん宅の孤高の家主をこきおろす。
慣れって怖いものなんだなと思い知る。
「仕方ないでしょ。何度言っても明は明だったんだから」
「そんな、幼馴染でも匙を投げるような物件を親友に薦めるなんて、とんだ悪女だな」
なんて話題にも少し花を咲かそうと思ってみても、
「悪女で悪い?」
と、花をも踏み潰しそうな形相で凄まれては諦めるしかない。
「いえいえ、滅相もありません」と、諸手を挙げて降参の意を表してから、再び堂々巡りになりそうな話題に目をやった。
辻先明と奥羽千翔子。古い邸宅の縁側で二人っきりの明治・大正ワールドを展開している馬鹿どもの話題だ。
「あっちよりはマシだと思うね、本気で」
「比べられたくないわよ。千翔子は親友だけど」
だったら何で仲を取り持とうとしているんだと。
明への評価か、奥羽さん家のお嬢さんへの評価か、一体どっちを疑えばいいのやら。
「その親友さんも幼馴染君も、さっきからぜんぜん動かないんですが」
「忍耐よ」
「なんで俺らが……」
という愚痴も最期まで語らせてもらえない。
「なによ。あんたも明の数少ない友達でしょ。心配じゃないの?」
「むしろそっちは放っておいてもいいと思ってんだけどなあ」
仲を取り持つ必要があるのかという疑問すらある。
「そっちって、ならどっちが心配なのよ」
「熱中症」
と答えると、博美は剣呑な表情をすぐに収めて、
「……確かにね」と頷いた。
「なんかさ。どっちか、もしくは両方の頭が熱暴走おこしてそうな気がするんだよな」二つの意味で。
机に転がっているアロンアルファを指で弾く。二つ目の意味はコレのことだ。
「一応、病院の番号を確認しといてよ」
「馬鹿を治せる病院を?」
思わず素で答えてしまったが、博美も思わず納得しかけたみたいで、反論にはそれほど力はなかった。
「あってほしいけど、そうじゃないでしょ」
「そうじゃないなら、青く血の気のない顔なら日射病だから、水分を与えて頭を下にして日陰だが身体を冷やしすぎない程度に休ませる。顔が真っ赤で頭まで熱い状態なら熱射病だから、水分を与え過ぎないように配慮しつつ、ほぼ全身を氷嚢で冷やして頭を上にして休ませればいいから、医者を呼ぶまでもないって。むしろこれで助からなかったら医者でも無理だから」
「へえ」
「……っていう返事ってことは、部紙に目を通してなかったな?」
誰が紙面の文字数に頭を悩ませたと思っているんだか。いや、むしろ悩ませてないから覚えていないんだろうな。
「そんなに隅々まで目を通さないわよ」
と、してやったりとした表情で適当に答えてきたので、これはいじめても良い合図とみなそう。ぜひそうしよう。
「一面だぞ」
「えっ」
「一応、校内新聞って体裁なんだから、夏休みの学生が真っ先に気付けるように一面記事にするぞって、確認も取ったぞ。お前に」
責任者をやりたがったんだから末端の仕事を理解して置いてくださいよ、まったく。という気持ちを思いっきり言外に篭めて話してみたら、ちょっと薬が利きすぎたのか、むっつりと押し黙ってしまった。
少し待ってから、
「博美さーん?」
と、追い詰めてみると「……いいじゃない」という呟きが返ってきた。
「は?」
「ほら、ちゃんとあんたが分かってんだったらあたしたちにはまったく問題ないじゃない!」
怒ってるのか笑っているのか分かりづらい表情でそう言い切ると、とても必死にリビングから縁側に出るガラス戸を指差した。
「それよりもアレよ、アレ」
「ついにアレ呼ばわりか。まあ、アレな状況だけどさ」
明はテーブルのこのアロンアルファをじっと見ていた。
明が蝉でも来ないかなと奥羽さんちの娘さんに言っていたらしいと、博美経由で聞いた。
その次の朝にこれがあって、どう見ても使われた減り方をしていて、それからずっと庭の木に蝉が止まっているらしい。
「茹だってんだろ。救急車呼べ、救急車」
「ぶち壊しにする気?」
「大丈夫壊れない。むしろ壊せないから、アレ」
明に病んでるというべきか、明らかに病んでいるというべきか。どちらにしろ引き離せないようなレベルに来ているんだから、くっつけようとするのはなんか意味がないような気がする。
「あたしはそうは見えないんだけど。むしろ無理してそうで」
そりゃそうだ。
「そら、明の朴念仁に付き合える現代人女性なんか居そうにないしな」
病みの一念が理解できていなければ、アレは明らかに無理に明に合わせようとしている光景だ。
きっとその関係は直らないだろう。
「けど、明もそれは分かってるだろうさ」
明はストレートに感謝か喜びを示すだろう。そして無理に合わせて貰って申し訳ないという思いも伝えるだろう。
伝えられたからこそ、奥羽さんちのご令嬢然とした佇まいを頑張って演じる千翔子お嬢さんは、そのお嬢さん像を演じ続けざるを得ない。
「分かってなかったら、蹴りでも入れてあげなくちゃね」
「おお、怖えー……」
本当に怖い。
そんなものは明は望んでいないと本気で分かってない奥羽の千翔子も怖いし、その奥羽の娘をそうと理解しながら無邪気に求めている明も怖い。
「でもきっと、明のほうは大丈夫だろ」
明は求めるだけだ。だから捻くれた行動は理解しても、そうせざるを得ない感情までは理解しない。
「そうね。心配なのは千翔子の方ね」
暴走するかもという心配だけどな。
むしろ、今この時の状況を暴走とカウントしていない俺はすでに毒されているのかも知れない。
「でも、あんたも高校に入ってから付き合った割りに、よくそんな知った風な言い方できるよね」
唐突に思考をこの場に呼び戻すような話を降られて、
「いや、知らねえって」と、咄嗟に答えた。
思わず言った答えに我ながら核心をついてるなと自画自賛しつつ「ただ、深く知ってもらおうと思ってないって事だけは分かるんだよ」と付け足しておいた。
「ふうん……」
と、分かったか分ってないのか微妙な返事だったので
「博美もそうだろ?」と、更に補足をつけたしていった。
「だから勝手知ったる他人の家って感じのことをやってられる」
とまで言うと、
「ま、そうよね」
と、何とか納得してもらえたようだ。
つまりそういうところが奥羽千翔子には抜けているんだ。
「もう少し気を抜いていいって、俺が言うことじゃないしな」
主語を省いてしまったが、博美にはしっかり通じたようで、
「そうね。あたしが言うしかないわね」と、笑った。
「ああ、明が言っても逆効果だろうしな」
「きっと、もっと無理しちゃうもんね、あの子」
とても朗らかに当たり前のようにその感想を述べる割にもう後一押しが足りない気がするのは、ひょっとするとその感想こそが正しい理解で、俺のは邪推に邪推を重ねた的外れの推察なのかも知れない。
「クーラーの恩恵を受けたいと、明に言ってもいいんだってぜひ教えてやって下さいな」
それだったらいいと思う。
そうだったら、俺も何も感じることなく、無関心に、喜び慈しむべき状況に応じてその表情を向けるだけで済むのかもしれない。
けれどきっと、俺も間違えているところはあるんだろうが、明も博美も千翔子も、それぞれ別のどこか大事ななにかを感じる神経を失っているんだろう。
夏の暑さの中で微動だにしない二人を見て、俺はその予感からは逃げられないなと心の中で匙を投げた。
誰もがどこか、誰かの大切なところを感じ取れていない気がして、俺はまた呟いてしまう。
それは、暑さのことじゃなくて――。
「ほんっと、あいつらは不感症かよ」
夏です。
茹だってます。
何とか、もう一作品と合わせて間に合わせようとしたのですが、毎日投稿からずれてしまった……。
夏のホラー用の作品の裏面です。
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210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/03(土) 12:38:40.86 ID:t52uBnFn0
別のお題下さい
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/03(土) 12:46:23.21 ID:Zn/sXvoAO
>>210
不感症
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/03(土) 18:44:03.09 ID:t52uBnFn0
>>211
把握