2.光を切り取る部活の話
「大丈夫だよ!犯罪には走ってないよ!」
【部活名】写真部
【説明者】亀田ヒカリ
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散々な結果に終わった前回のFB部の活動から一週間が経った。
少しずつではあるが、僕の周囲にも変化が起きた。いわずもがな、原因はFB部だ。
全員部活に入らなければならない我が校では、どこに入部しているかもアイデンティティの一つなのだ。
高校一年生の五月では、お互いのことがわかっていないから、ふとしたタイミングで「どこの部活に入ってるの?」と聞かれる。
特にごまかしたりはせず、FB部に入ってるよと答えるが、みな揃って不思議な顔をする。それって何部、と。
いいかげんな理由で作った部であるため、そういった説明はしづらい。適当にごまかした言い方になってしまう。
当然、ちょっと怪しい人と思われる。
FB部の他のメンバーが誰であるか広まっていくことで、その怪しさが増していっているようだ。
他の部員――サオリさん、スズさん、セリカさん――はその整った容姿から目立つ。そして3人は、良くない意味で容姿以外の部分もみんなの注目を集めた。
僕の胸には少し、FB部に入ったことに後悔を抱いていた。
でもそれは、FB部に対する期待よりも小さい。
あれだけキャラクターの強い部員が揃っているのだから、これからもっと面白いことが起きるはずだ。
FB部の招集メールをそっと閉じる。前回と同様、どの部活の説明を受けるのかは明記されていなかった。
三対七で不安と期待が混ざった感情が胸をうずまくが、気にせず部室に足を運ぶ。
「へーそうなんだ。カメラは中学校の頃から触ってるんだね」
部室に入ると、僕以外の部員三名と、知らない女子一人が談笑をしていた。
春のうららかな陽気の中、無邪気な顔で笑いあう少女らからは、思春期男子を近づけさせない雰囲気が発せられている。
扉を開けて半身が部室に入っている状態なので、そのまま扉を閉じて占めるという選択肢は取れない。
平常心と無表情を心がけて、いつもの席に向かい、鞄を置いてから部室を出た。
何か飲み物を買ってくると一言告げたので、引き止められず出て行くことができた。
さて、どうしたものか。
あの女子オーラが高い部室はなんなんだ。スズさんだけならわかるけど、今日は全員が女子力高そうな雰囲気だった。
見たことのない女子は、おそらく今回の説明者だろう。
自動販売機で緑茶のペットボトルを買って帰る道で、今日の対策を考える。
往復10分程度の時間では、有効な策は思いつかなかった。
そもそも年齢=彼女いない歴の僕に、いい案を望むのは間違っている。
僕に期待した僕が馬鹿だった。
平常心に、いつもどおりに、そう心に何度も刻んで、再び部室の扉を開く。
「あ、ユタ戻ってきたね。それじゃFB部の活動を始めようか」
まとめ役のスズさんの言葉で、今日のFB部の活動が始まった。
自己紹介をお願い、とスズさんが説明者の女の子に声をかける。
「うん、わかった。私は写真部に所属している亀田ヒカリです。一年なので、みなさんと同級生です。今日は写真部の説明をしてほしいと言われてきました」
亀田さんとスズさんは同じクラスの友達だそうだ。雑談をしているときにFB部の話になり、亀田さんに説明をお願いしたのだと。
同い年なので、気軽に質問してくださいね、と微笑む亀田さんからは、ほんわかとしたオーラが立ち込めている。
ヒカリもこっちに気を使って敬語で話す必要ないよ、とスズさんが言ったので、敬語をやめて亀田さんが写真部の説明を始める。
「はじめに言っておくと、写真部は堅苦しい部活ではないから。たぶん、カメラと言ってイメージするのはプロが使うような大きいレンズの一眼レフカメラだと思う。たしかにそういうカメラを使っている人も多いけど、そうじゃない人もたくさんいる。写真部の目的は”いい写真を撮ること”ではなくて”写真を楽しく撮ること”。だから気軽に入部して欲しいな」
「お、おう」
サッカー部の説明が突っ込みどころ満済だったせいで、普通に説明されて逆に困ってしまった。リアクションをどう取っていいかわからない。
サオリさん、セリカさんも同様だ。特にセリカさんは運動部にしか興味がないので、もう達観の姿勢。サオリさんは、眉間に皺を寄せて怖い顔をしていた。時折、顔がピクピク動くから、無理やり作った表情なのだろう。
ここは素直に、真面目に、の方向で行こうと決心し、質問する。
「携帯電話で写真を撮ることは多いんだけど、写真部に入るとそういった写真も上手く撮れるようになるのかな?」
「もちろんなるよ。カメラが異なろうと、写真が撮れる理論は異ならない。うーんと、光を集めて画像を形成することに変わりはないってこと。その理論の基礎的なことも教えるから、きっと上手くなる」
「昔のカメラであろうと、今のスマホであろうと変わらないの?」
「そう、根幹は変わらない。だからこそ、お手軽にも本格的にも写真部は活動できるの。フィルムを現像するための暗室も学校にはあって、自分で出来るんだよ。すごいでしょ」
「ヒカリ、その現像ってのはなんのこと?」
スズさんの質問を受けて、あちゃー、と声を出してダメージをくらった様子の亀田さん。実は僕もわからなかった。
助け舟は、意外にもサオリさんが出した。
「そもそもネガフィルムを見たことがない人達にそれを説明するのは無理よ」
「サオリさんは、もしかして分かる人なの?」
「父が趣味で写真を撮るのよ。コア過ぎる話はついていけない人がいるから、違う話を聞きたいわ。写真部は、普段どんな写真を撮ってるの?」
「その人の好みによりけり、かな。私の場合は人を撮ることが多いよ。人の表情って一瞬で変わるじゃない。その一瞬を捉えたとき、すっごく嬉しいんだ!」
笑顔とともに恐ろしいまでのリア充オーラが発生した。これが青春を満喫してるということか。
「本当に人は面白いんだよ。ずっと人を追っていたいね。…というか隠れてこっそり四六時中追ってるけど」
「…ヒカリ、最後のセリフは聞きづてならないわ」
「サオリの友達やばいな!犯罪的な意味で!」
セリカさんが僕の思っていることを代弁してくれた。強すぎる欲求は時として罪を犯す引き金となる。彼女の場合、その欲求は常時らしいが。つまり、もうとき既に遅し。
「大丈夫だよ!犯罪には走ってないよ!スズをこっそり四六時中追っていたのは先週の一日だけだし!」
「亀田さん、一日だけだろうと完膚なきまでにアウトだよ。ストーカーだし、盗撮だし」
「世間の芸術に対する理解の低さが辛いわ。私がスズを追ったのは、個人的な欲求のためではないわ。美しい写真を撮って多くの人と共有したいという全体幸福の心なのよ」
立ち上がり、両手を広げて演説するかのように話す亀田さん。僕の隣のサオリさんはちょっと引いてる。訂正、かなり引いてる。
「スズちゃん、かなり特殊な友人をお持ちのようだ。さすがの私も同情を禁じ得ない」
これ以上掘り下げると、開けちゃいけない扉がまた開きそうだったので、今日はここまでとなった。
スズさんが、机に突っ伏して動かない。良い友人と思っていた亀田さんがストーカーまがいのことをしていたのがショックだったのだろう。
前回に引き続き、なんとも言えない幕引きだ。
【フィードバック結果】
サオリさん
・入部:否
<理由>写真を撮るという行為は犯罪と隣り合わせね。それがよくわかったわ。
スズさん
・入部:否
<理由>盗撮、ダメ絶対
セリカさん
・入部:否
<理由>私は撮るより撮られる方がいいな!運動してる姿を撮ってくれ!
僕
・入部:否
<理由>合法的に楽しい部活がしたいんです、僕は。それとスズさん、元気だしてください。