1.ボールを足で蹴る部活の話
「つまり、…モテる!!」
【部活名】サッカー部
【説明者】田中タロー
←↖↑↗→↘↓↙←↖↑↗→↘↓↙←
手続きは滞りなく済み、予定通り第一回目の部活を行うと、スズさんからメールが着た。
緊張しながら部室に行くと、すでにサオリさんと、セリカさんがいた。
サオリさん、セリカさん、こんにちはと一声かけて椅子に座る。
名前呼びはまだ慣れなくて恥ずかしい。
同じ部活のメンバーなんだから他人行儀な呼び方をやめようというスズさんの提案で、名前を呼ぶことに決まったのだ。
「よーユタカ!お前は今日なんの部活の話か聞いてるか?」
「全く何も」
「セリカちゃん、私はテラフォーミング部ではないかと思っている」
サオリさんがドマイナーな部活を推してくる。そもそもテラフォーミングってなんなんだ。
「そんなことも知らないのか。テラフォーミングとは宇宙移住のことだ」
「高校の部活とは思えない壮大な計画をする部活だね…。興味あるのに、なんで入らなかったの?」
「あいつら、宇宙で生き抜くにはゴキブリの生命力を見習うべきだとか言って、ゴキブリを飼って研究しているんだ!」
そう言ったあと、思い出したのかサオリさんはガクガク震えだす。
セリカさんも嫌いなのか一緒に震えている。
「あなた達なんで震えてるのよ」
あきれ顔をしたスズさんが部室に入ってきた。
ちょっと待っててね、と外に向けて言って、机を移動するよう僕らに指示を出した。
教室にある普通の机を長机で挟んでコの字型にした。
囲われていない場所にポツンと一脚の椅子が置かれる。
説明してくれる人に余計なプレッシャーをかけそうな配置だけど、面白そうなので文句は言わない。
説明者の正面にスズさん、左側の長机にセリカさん、右側の長机にサオリさんと僕が座った。
全ての準備が整ったのを確認して、スズさんが部室の外で待っている説明者に声をかける。
「待たせてごめんなさい。入ってきてください」
失礼しますと言って入ってきたのは長身で体格の良い男子。
「サッカー部二年の田中タローだ」
「ボールを足で蹴って遊ぶ野蛮なスポーツだな」
早速サオリさんが喧嘩腰の発言。
自分が文化部希望だからか、田中さんへの当たりが厳しい。
サオリさんの言葉は耳に届かないのか、田中さんは自信満々で説明を始める。
「サッカーは国民的人気スポーツだ!ワールドカップやオリンピックはテレビ放送されて認知度はかなり高い。つまり、…モテる!!」
「君みたいな野蛮な容姿の人間がモテるとは世も末だな」
サオリさんの鋭利な横槍を受けて田中さんの目が潤んだ。おいおい、防御が崩れるの早いぞ。頑張れ。
「人間、中身が大事って言うだろ!」
「田中さん、サッカー部の説明に来たんだよね?」
「はいはい。サオはそれくらいにしときなさい」
「そうだ!そうだ!サッカーをしてる男の子は格好いいんだぞ!あたしはサッカーいいと思うぞ!」
女性陣二人の援護のおかげで安堵した様子の田中さん。
それもつかの間。援軍は一瞬で敵軍と変化する。
「でもサッカー部に限らず運動部は汗臭そうに思えます」
「ばか!それがいいんじゃないか!…ってあれ?なんか注目を浴びてる??」
墓穴を掘ったことに気づいて慌てるセリカさん。そんな彼女を僕らはジト目で見つめた。
数秒間の沈黙の後、スズさんが先を促すようにすすめる。
セリカさんは言葉通りに肩身を狭くしていた。
「じゃあ、サッカー部の説明に話を戻す。サッカーは男子のスポーツと見られがちだが、そうじゃない。今は女子サッカーが熱い。火付け役はやっぱりなでしこジャパンだな。みんな知ってるだろ?」
FB部のみんなが一斉に頷く。テレビをあまり観ない僕でも知っていた。オリンピックで銀メダルを取ったりと、好成績を上げているらしい。
「日本の女子サッカー国内リーグであるなでしこリーグも人気が高まっている。つまり、女性でもプロスポーツプレイヤーになれる!それがサッカーの凄いところだ!どうだ!少しは興味が出てこないか?」
「いや全然」
サオリさんの無慈悲な返答をうけ、田中さんは椅子から盛大にズッコケた。さすがサッカー部と言うべきか、スライディングのごとき素晴らしいコケ方だった。残念なのは、床が芝生じゃないことだ。腰骨を強打して悶えている。
「暴れないでほしいな。ホコリが舞うだろ」
「サオリさん酷すぎでしょ。先輩に敬意とかないの?」
「この男は先輩と言うより、産廃だ。産業廃棄物だ。早々に廃棄すべきだ」
「ゴミ呼ばわり!違うってサオリさん!先輩は普通、敬う存在だよ」
「ユタが言いたいのは、つまり先輩を参拝しろってこと?」
「スズさんも乗らないでください!今は大喜利の時間じゃないから!ほら先輩がうなだれてるでしょ!」
「先輩を成敗!だな!」
「セリカさん、それトドメだよ…」
口撃を受けたわけじゃないけど、僕も先輩のようにうなだれたくなった。あなたも続けて言いなさいよ、と三人から期待に満ちた目を向けられたが無視した。
数秒後、僕が続けないとわかったのか、サオリさんとセリカさんが残念そうな顔を、スズさんが蔑んだ顔をした。
スズさんの表情が気になったが、彼女はすぐに笑顔に戻り話はじめため、聞くタイミングがなくなった。
「女性からの人気も高いし、わたしはサッカー部悪くないと思ってるわよ。邪神を出して戦ったり、タイムトラベルしたりできて、すごいみたいじゃない」
「スズちゃん、それは現実のサッカーじゃないわ。というかあなた、そっちの知識あるのね」
スズさんとサオリさんが何か通じ合ったようだった。けれど、それは単純に嬉しい話ではないようだ。二人揃ってため息をついていた。
居心地の悪い沈黙が流れたので、僕がフォローに回ることにした。
「スポーツに興味が無い女の子も知ってるなんて、サッカー人気はすごいですね。セリカさんはスポーツに向いてそうだし、入るの検討したらいいんじゃない?」
「あーそれなんだが、実はあたしサッカーに向いてないんだよ」
そう言ってセリカさんは、切なそうな顔で視線を下げた。正確に視線の先を言うと、それは彼女の豊かな胸部であった。
顔が沸騰するかと思った。顔全体が真っ赤になっていることがわかる。
彼女のその部分は、男子高校生が直視するには、危険すぎた。
慌てて目をそらしたけれど、顔の熱さはすぐには引かなかった。
「セリのおっぱいはサッカーのトラップをするのには向かないが、異性を落とすトラップには向いているということね」
僕の状況を見ながら、スズさんが言う。
彼女は弱みを見せた分だけつけこまれそうだ。これからは気をつけよう。…今回はもう無理だ。
こんな状態だから突っ込めなかったけど、スズさんの言葉はどう考えても、オヤジギャグだ。しかもシモネタの。
少し落ち着いたので、周りを見てる。田中さんも僕と同様にダメージ(?)を受けたようで、顔を赤らめていた。
どこか憮然とした様子のサオリさんとスズさん。
切なそうな表情で俯いたセリカさん。
赤面している田中さん。
場は困窮し、本来の目的であるサッカー部の説明を続けられる雰囲気ではなくなった。
仕方なく僕は、この場の終了を提案した。
【フィードバック結果】
サオリさん
・入部:否
<理由>ボールを追いかけるのは犬の遊びだ
スズさん
・入部:否
<理由>人気だからといって、誰もが好きになるって考えは傲慢よね
セリカさん
・入部:否
<理由>身体的な理由により、あたしにサッカーは向かない
僕
・入部:否
<理由>僕が鍛えなければいけないのは体ではなく、心だと思う