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第三夜 深夜のドライブ

 一年前、こんな夢を見た。


 アクセルをわずかに踏み込むと、自慢の直列六気筒エンジンはさらにガソリンと空気を吸い込み、腹の中ででそれに火をつける。すると私の愛車は一瞬、駆動輪である後輪側へ傾き、さらに加速を強めてゆく。

 時刻は真夜中、空には星も見えそうだ。周囲に家はなく、ただ舗装道路の両側一面、どこまでも収穫前の田地が広がっている。前方にも後方にも、目障りな他の車はいない。対向車も無いので、市街地では普段使わない前照灯のハイビームに加え、フォグランプまで点けて平野を真ん中を突き進む。道路沿いに一定間隔に置かれた街路灯だけが私の行く先を示してくれている。暗闇に浮かび上がるその一筋の光点を目で追ってゆくと、まるで自分が航空機のパイロットにでもなったような感覚になってくる。夜の滑走路に機体を導くガイドランプのように、電柱の明かりは私と愛車を地の果てへと案内しているようだった。

 車内には絞った音量で、ジャズのピアノ曲が流れ、助手席では友人がシートにもたれてうたた寝をはじめていた。快適なドライブだった。普段はこんなにとばせない。普段はこんなにリラックスして運転を楽しめない。最高のドライブ日和の夜だ。

 田地の広がる前方に、ゆらめく街の灯が小さく見えてきた。街路灯は道路と一緒に愛車をその街へと導いている。

 寝ていた友人が目を覚ました。彼は周囲を見回しあくびをする。

「悪い、つい寝ちゃったよ」

「うん」

私はハンドルを握って前を向いたまま相槌を打った。

「ちょっとお腹すかない?」

私は夕飯を食べていない事を思い出した。急に空腹に襲われる。もう少しこの快適なクルーズを楽しんでいたい気持ちもあったが、そろそろ休憩が必要かもしれない。私は前を向いたままうなずいた。

「もう少し進むと市街地だ。あそこで何か食べよう」

 前方には、暗黒の田畑の海に島のように浮ぶ街の灯が先程よりもはっきりと見えてきた。そして街の中心には、一際高い細身の高層ビルがまるで灯台のように建っていた。私はそのタワーをランドマークにして車を進めてゆく。道路脇の街灯もその街を目指して光の筋を作っていた。緩やかなカーブを曲がるたび、ランドマークとなったビルの灯りはフロントガラスの右端へ寄ったり左端へ寄ったりしたが、道路は間違いなくその街へと続いていた。

 緩やかなカーブを繰り返しながらしばらく進む。さらに進む。ハンドルを手繰りながら、なおも進む。BGMのピアノ曲が終わり、続いてサックスの曲が流れ始めた。

 私は妙な違和感を感じ始めた。気のせいだろうか……

「思ったより遠いね…… あのビル、相当大きいんだね」

私がそう言うと、友人もうなずいた。

「ていうか、さっきからほとんど近づいている感じがしないな」

「え、やっぱりそう思う?」

私は驚いて、運転中だというのに横の友人へ顔を向けてうなずいた。最初見た時よりはずっとはっきりとその直立したビルの姿が見えているが、その後一向に近づいている気がしないのだ。街の灯りも同様で、景色に散りばめられた無数の光点が少しも大きくならない。

 周囲は暗黒だ。一瞬私は、自分の車が停車しているのではないのかという馬鹿げた想像をした。だが、エンジンは快調に唸り、スピードメーターの針は時速七十五キロを示している。それに、道路左脇の街灯と道路のセンターラインは、さっきから幾本も前方から後方へと流れてゆく。愛車は確かに疾走していた。私は妙な居心地の悪さを感じはじめた。シートに押し付けていた背中やハンドルを握る手が少し汗ばんできた。アクセルを踏み込みさらに加速を強める。スピードに合わせるように、街灯もセンターラインも勢いを増して後ろへ流れてゆく。

 演奏時間十分弱のサックスの曲が終わり、車内にはエンジン音とタイヤの回る音だけが聞こえてくる。時速八十キロ。これ以上の加速は危険だ。

「ねぇ、やっぱりおかしいよ。全然近づいてないよ」

私は狼狽気味に言った。友人も無言でうなずくだけだ。まるで、愛車と同じスピードであの街が遠くへ逃げていくようだった。私は薄気味悪く思い、適当なところで一度停車しようと思った。

「仕方ない、ここらで一休みしよう」

 私がそう言った時だった。後方からハロゲンライトの青白いハイビームが愛車に浴びせられた。私は慌てた。後続車なんていなかったはずだ。後ろから光に照らされているのはわかったので、反射的にルームミラーへ目をやるが、不思議な事に後続車もハイビームの光源もミラーに映っていない。思わず肩越しに背後を振り返ると、何故かミラーに映っていなかった大型トラックが猛スピードで加速しながら愛車後部へと突っ込んできた。悲鳴をあげる間もなくガリガリッという空き缶の潰れるような音がして、猛烈な衝撃とともにコントロールを失った私達の車は八十キロ以上の速度で、真っ暗な水田へと突っ込み、天地逆さまに転覆した。


 悲鳴のようにひぃと息を吸い込みながら、一瞬で目が覚めた。まだ明け方だったが、夢の中でアクセルを踏み込んでいた右足がこむらがえりを起こし、苦痛の余り現実の世界で叫び声を上げた。

 下手の横好きとは全く私の為にあるような言葉で、私自身は結構な自動車好きなんですが(決して詳しいわけではないです)、そのくせに運転が下手クソなんで、せっかくドライブに出かけても、駐車場で隣の車にぶつけやしないだろうか? 無謀運転の車がこっちへ突っ込んでこないだろうか?とドキドキの連続です。時々、田舎道で前後に他車や人がいなくなるとホッとしたり。小心者なんで無茶はやらず、免許はキンキラですが、あればっかりは運転が上手い下手とは関係ないような……

 きっとそんないつもの不安症が形を変えて出てきたのが今回のような夢なのかもしれません。決して辿り付けない街、砂漠の中に現れる蜃気楼のオアシスみたいな感じで、嫌な渇望感をもたらす後味の悪い夢でした。

 そういえば、別の運転がらみの夢では「ドライブ中にパトカーに当て逃げされる」っていう、細かく再現するといろいろと問題がありそうな夢を見たことがあります…… 

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