第一夜 ツキノワグマ
幼い頃、こんな夢を見た。
深い山奥にある博物館へと私はやってきた。真新しく、小奇麗だが人気少ない、郷土資料館のように小さい博物館だ。幼い私は一人、そのひなびた博物館へと入っていった。すると、薄暗いロビーに二人の同年代の男の子がいた。名前は忘れてしまったが顔だけは覚えている。当時同級生だった二人組みだ。
二人とも特に親しかったわけではなく、ほとんど話したこともない相手で、一人は太っており、もう一人は痩せいて、私より背が高かった。
当時、今よりはずっと社交的だった私は、屈託無く彼らに話かけ、薄暗い博物館内を共に展示物を見て回ることになった。多くの鳥や獣の剥製や、植物の標本がライトアップされて並んでいる。
そして私達は、直立したツキノワグマの剥製の前にやってきた。背丈は二メートル以上ありそうな、大きなツキノワグマだった。ガラス張りの展示ケースの向うで、そのクマは直立したまま腕を前に突き出し、牙を剥いて私達を見下ろしていた。胸元の白い三日月が黒い体色と強いコントラストとなって映えていた。
私達が隣の展示物に注意を移しときだった。突然、剥製であるはずのツキノワグマが首を振り、大きく咆哮した。そのクマは生きていた。背後で唸り声とガラスの割れる音が聞こえた時、恐怖に駆られた私達はすでに博物館の出口めがけて走り出していた。
私達三人は息を切らせながら展示室を駆け抜け、廊下の突き当たりにあるエレベーターへと駆け込んだ。昔から人一倍足が遅かった私はすぐに息切れして脱落した。一緒だった二人は、すでに突き当たりのエレベーターへたどり着き、コンソロールボタンを叩いている。緩慢な動作でエレベーターのドアが開いてゆく。私はもう逃げ切れないと思い、直進してエレベータには向かわず、左へ曲がって展示ケース陰へと逃げ込んだ。仲間の二人はエレベーターへと駆け込み慌ててドアを閉めようとしていた。クマは大きく吼えると、直立したまま私の横を猛スピードでエレベーターへと突進した。クマが横を通り抜けたときの荒い息遣いは、まるで私の鼓膜に焼きついたように今でも覚えている。
悲鳴が聞こえた。クマはエレベーターのドアを押し開き、エレベーターの籠へと二人を追い詰めた。エレベーターのドアが再度閉まり出した。開く時と同じくらい、ひどく緩慢に……
すると、立ったままのクマがなぜか私の方を振り返った。クマがこちらを睨んで吼えた。両側からドアが閉じられてゆく。私は急いでエレベーターのドアへ駆け寄り、床に落ちていた大きな石つぶてでエレベーターのコンソロールを叩き壊した。(なぜそこに都合よく石つぶてがあったのかは、私にも判らない……)
とにかく、コンソロールを壊さなければ、ドアがまた開いてしまうと思ったのだ。コンソロールのパネルが割れ、火花が噴出す。私を凝視するクマが、両側から閉じられるドアによって視界から消えた。中からゴトンゴトンという暴れる音が聞こえたが、それもすぐに静かになった。
私はベソをかきながら博物館のロビーへとたどり着き、明るい外へと逃げ出した。私は大人に助けを求めようと背後を振り返ったところで、夢は終わり目を覚ました。
大汗をかき、パジャマが体にはりついていた。
夢というのはまことに手前勝手なもので、夢のなかでは平気で他人をたばかったり、見捨てたり、酷い時には殺したりします。小学生の頃からこんな救いようの無い、独善的な夢を見ている私の精神レベルもおのずと知れたものです。
今になって思うと、エレベーターの外のコンソロールを壊しても中からのドアの開閉には影響ないでしょうね。当時、なんでこんな事を考えたのかというと、子供の頃に興奮して見ていた映画「スターウォーズ」で、よくシャッターやドアを閉じた後、反対側から開けられないように操作パネルをぶっ壊すシーンが複数でてきて、それが印象に残っていたからです。
ちなみにこの夢のせいか、私は今でもぬいぐるみ以外のクマって動物はかわいいとは思えません。




