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第十夜 十年前の警告

 高校生の頃、こんな夢を見た。


 すべてが鉛色。色彩というものを失ってしまった町並みを私は一人気ままに散歩をしていた。

 正確には廃墟と呼ぶべきだろう。ほとんどのビルは倒壊し、車道も歩道も区別無く瓦礫やコンクリ片が堆積し、革靴で踏みつけるたびにガラガラと崩れてゆく。足元がおぼつかない。晴れていて陽光だけは白くまぶしかったが、景色も光も全てがモノクロフィルムで撮られた映画のように色を持っていなかった。

 そんななか、私だけが上下白のスーツでめかしこんで、唯一色彩をまだ保持したまま瓦礫を踏み分け、悠々と歩いていた。

 しばらく歩くと巨大な建物の廃虚群へとやってきた。高くそびえる廃虚群を見上げると、ビルの上部は崩れ落ちていて、外壁も滅茶苦茶に破壊されていたが、いくつかは見覚えのある建物であることに気付く。

――ははぁ、ここはきっと……

私の想像を肯定するように、瓦礫のなかから突き出した折れた信号機の支柱に「新宿副都心」と書かれた、焦げ付いた標識がぶら下がっていた。

 妙に醒めた感覚で歩きなれたビル郡の間へと足を向ける。しばらく歩くと、瓦礫の間で物をあさっている人々がいた。皆一様に白髪、白髭ボウボウでグレーのぼろきれのような服を着ている。そんな乞食のような人たちが、まるで老いた猿のようにゴミを漁っていた。

 何を思ったのか、そのうちの一人がヨロヨロとした足取りで私に近寄ってくる。現実の世界なら、身をよじって逃げ出すところだが、夢の世界の私は恐ろしく無感情な上に、相当な人でなしだった……

 まるで足元に転がってきたサッカーボールを軽く蹴り返してあげるように、ゆっくりと黒い革靴が宙へと上がる。嫌悪でもなければ悪戯でもない、まるで目にとまった小石を気まぐれに蹴るように、私は足の裏でその老人を蹴った。その乞食の老人はボールのように瓦礫の山から転げ落ちてゆく。

 私はその男の様子を目で追うこともせず、周囲の滅茶苦茶な惨状を見回した。

「だから言ったじゃないか……」

私はそう一言つぶやいた。

 まるで、何故東京が破壊し尽くされたのかを知っており、そして、それを防ぐ為に事前に何かありがたい警告をしてやったかのような、えらそうな口ぶりで私は言った。そして、ただ無表情に、壊れた摩天楼を見上げ続けた。


 良い夢とも悪い夢ともつかない、感情の起伏がほとんど無い夢はそこで終わり私は目を覚ました。

 一体夢の中で、東京で何が起こり、私はその時に何を警告してやったというのだろう? 目覚めてみると、夢の中の自分が、冷めた空虚な優越感と周囲に対する嫌悪感を抱いていた事に気がついた。

 そんな夢のなかの自分を第三者視点で見ているような、不可解な夢だった。

 あの夢の世界では一体何が起きていたのか? 答えは未だに見つかっていません。ただ、妙にディティールのはっきりした夢なので今でもありありと覚えています。

 結局、独りよがりな高校生の見る夢だと思いながら十年…… 奇しくも私はその夢の言わんとする事を痛感させられる事になりました。

 二〇一一年に私の身近で起きた多くの事は、私の人生に対する向き合い方を大きく変える事になりました。

「自分の勘を鈍らせて、いつまでも社会や親に依存して、すがりついてると危ないよ。少なくともお前にとってはね……」

今になって思うと、十年前の夢の中に出てきた「私」は、他でもない私自身にそう警告していたような気がしてならないです。とにかく、なにか動くべきときはたった一人で自分に対して全責任を負う覚悟を持っていなきゃならない、ということを思い知らされました。実は、夢の中で「私」に蹴飛ばされて転がっていた薄汚い乞食こそ、この警告を無視し続けて、惰眠むさぼった末の未来の自分の姿のような気がします。

 自分が何かに気付き、行動を起こさなければならない切迫した時、必ず足を引っ張って邪魔をしようとする輩が存在します。それはなにもよその人間だけでなく自分の中にある怠惰や気おくれ、恐怖、根拠のない楽観論が最大の敵となったりします。

 私は今年、自分が正しいという自信があったにも関わらず、判断を鈍らせとるべき行動を誤りました。後に自分の最初の判断が正しかったことが、客観的にわかってきましたが後のまつりです。

 今年の漢字は「絆」とのことですが、私にとっては、人生において自分が一人ぼっちであることを再認識する年となりました。私は結局十年間、高校生のころから成長したどころか、相当退行していたようです。


〈了〉




おわりに

 お陰さまで、夢十夜もこれにて完結です。

 夏目漱石の夢十夜には解説編は無いのですが、私は大文豪ではないのでストレートに書いても恐らく何も通じまいと思い各、話一応の解説(?)付きの構成といたしました。

 もっと明るい構成になるはずが、ことごとくジメっとした内容になってしまいました。つくづく、書いてる本人だけが楽しめる作品だなと思います。

 ここまで読み通せた忍耐強い全ての方へ、凡人の夢日記にお付き合いいただきありがとうございました!

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