第九夜 ナイアガラ・フォールズ
前夜の夢から数日後、こんな夢を見た……
水の流れ落ちる轟音以外何も聞こえない。霧状になった水は甲板にいる私達のところにも降ってくる。世界三大瀑布の一つ、ナイアガラの滝。
その圧倒的な量の水の壁を、私達は古風な外輪船の上甲板から無言で見詰めていた。甲板の柵に寄りかかりながら連れの相棒を見ると、何を思っているのか彼女はまるで放心したような目つきで、その水の断崖を見つめていた。服装は高校の制服ではなく厚手のレインコートに変わっていたが、間違いなく数日前に夢で出会った女性だ。
――ゆ、夢の続きか?
無論、心中でガッツポーズをとる。と同時に、夢特有の舞台設定の補正がかかり、前夜の夢と今夜までの間に、私にとって都合のよい冒険譚の記憶が脳裏に挿入される。
前夜の夢の後、ギリギリでファシストの侵攻を逃れた私達は世界中で様々な冒険をくぐり抜けて、今ようやくこの北アメリカで一時の安息を得た……らしい。ある時は針葉樹林帯の国境線を越えるために、雪に足をとられながら走ったり、またある時は乾燥した山岳地帯の崖で、迫りくるMiL-24ハインドへ向けスティンガー・ミサイルをのトリガーを引きしぼり……
私達は(デタラメな)記憶を反芻しながら、じっと滝を見つめていた。今はまさしくハリウッドの二時間映画の最後の五分間。なんの物語的必然性もなく、最後はキスしてエンドロールとなる状況だ。
彼女は眼鏡のレンズに霧状の水滴が付くのも構わず、無言で滝を見つめている。私は滝や風景より、彼女のその怜悧な横顔に魅了されていた。冒険中の彼女はとても賢く勇敢だった……という設定になっている。
「いろいろあったね……」
滝にかかる虹をみながらつぶやくと、彼女はそうねと言った。私は、大切な事を伝えるのは今しかないと思った。私は現実世界の自分では到底考えられない、毅然とした心持で彼女に向かった。
「僕は…… 貴女を愛している」
夢の中では大胆なもので、こういう言葉がなんの躊躇いもなく飛び出す。そして私は相手の反応を待った。
「……そう」
彼女はそう返事をしたきり、虚ろな表情のまま、ただ水の壁を見つめている。
「私も……」
『私も』とくれば続く言葉はもう決まったようなものだ。固唾を飲んで返答を待っている私をよそに、彼女は何かを思い出すようなふうに小声で言った。
「君を…… 愛してるかもしれない」
私には自分の顔と右まぶたが痙攣するのがわかった。
――か、かもしれない……
どうやら、夢の世界であっても何から何まで上手く事が運ぶわけではないらしい。むしろ、夢とはっきり自覚している場合であってさえも、ストーリーや設定が制御不能なことの方が多い。どうやら今回もそのようだった。
必死で落胆を隠そうとしながらも、その返答にどう反応すべきかわからず口を半開きにして戸惑う私に一瞥もくれず、彼女はふと思い出したように笑うと、はじめて私の方を向いた。眼鏡のレンズ越しに深く黒い眼が私の目を覗き込んでくる。
「ねぇ、今度は南の方へ行ってみない?」
「え? そう? み、南ね…… 南、うん、それでいいよ」
まるで先のやりとりなんて無かったように彼女が言うので、私は慌てて同意した。どうやらこれから、夢の世界では南の方角へ旅する事になるらしい。
すると、遊覧船がもう間もなく桟橋に接岸するとのことで、周囲の乗客が下甲板に降りる準備をはじめた。すると彼女はおもむろに片腕をこちらへと突き出す。それがエスコートの催促だと気付くまでに少し遅れ、私は慌てて自分の右腕を差し出した。
私の腕に彼女は自分の腕を軽くからめ、私達は並んでアルミ製の乗船橋を降りはじめた。彼女の体温を腕に感じながら、私は背後の湖へ轟々と流れ落ちる滝を振り返った。
――何事も願うようには転ばない。それが夢の中だってね……
そう思いながら、乗船橋から木製の桟橋に降り立ったところで夢の世界はかすんで消えていった。
そしてぱっちりと目が覚めた。なぜか寝起きは悪くない。夢の記憶は鮮明。
一人、思わず苦笑いしてしまう明け方だった。
「愛してる」だって…… 普通こんな言葉、口に出して言わないですよね? 言わないですよね?(念押し)
私はまず言いません。言う機会もありません。そういえば、何度かニンテンドーDSに向かってだけは言った事ありますけど。(マイクに「愛してる」って言わないと先に進めない妙なゲームがあるんですよ)
前夜に続き、麗しの『ワイヤーフレームの君』の再登場でした。ちなみに、この夢もやはり映画の影響を受けているらしく、おそらく夢の元ネタになったのはケビン・コスナー主演「ワイアット・アープ」のエンディング・シーンと思われます。ただ、なぜ場所がアラスカじゃなくてナイアガラの滝なのかは判りません。(別にこの映画が好きというわけではない。良いと思ったのはメインテーマ曲とOKコラルの決闘シーンくらい)
本題に戻ります。何事も不完全燃焼、もしくは不燃。どうも自分の人生にはついてまわるようです。
後に冷静になってみれば、成功体験の無い分野で成功の甘さをリアルに夢でシミュレーション出来るわけもない事に気づきました。『夢』も決して万能の娯楽ではないのです。
ところで、この『ワイヤーフレームの君』は一体誰なのか? 心理学とかアニメの設定とかでピンとくるのがあったのが、彼女はいわゆる心理学上でいうアニマ(anima)っていうものなのでは?と思ったんです。具体的根拠は無いけどそう思ったんです。簡単に言えば、その男性の潜在意識のなかにある女性的側面もしくは女性性をアニマというそうです。(逆に女性内の男性性はアニスムというらしい)
アニメキャラでいえば、主人公にとってのイシュトリとか綾波レイとかみたいものなんでしょうね。(ラーぜフォンとエヴァンゲリオンの出てくるキャラです。どっちもセカイ系……)
困ったことに、この夢を見てからというもの、私のなかには、変なこだわりというか執着が生まれてしまいました。通勤などの人ごみの中で、この女性にシルエットとかパーツが共通する人がたまたま目に入ると、一瞬「あれはもしや?」みたいについ目で追ってしまう。よく見れば全く別物なので、ひと安心アンドちょっとガッカリしつつ、あわてて視線を逸らすのがいつものこと。
実のところ、眼鏡や髪の色、髪型、肌の色等のパーツのどれもが類型的だから、そのうち三つくらい重複すれば、よく見れば全くの別物でもそれこそ一瞬のシルエットだけは結構一致したりする。だから、あまり心配はしてません。私は多分正常です。
ただもし、外でこの夢の女性とそっくりそのままの人物に出会ってしまったら…… ドッペルゲンガーじゃないんで死ぬことはないでしょうが、その時私は一体どうするべきなのだろう?